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第70話

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「おいおい~、また今朝もこれかよ~」

 目の前に出された熊肉のリエットを見て、俺はため息混じりにぼやいた。

 リエットとは熊肉(本来は豚肉)をこま切れにしたものを塩とラード、各種スパイス等でじっくりと煮込んでペースト状にしたものだ。

 それをパンにつけて食べるのだが、長期保存が利くからとエスタが大量に作ったため、ここのところ毎朝食卓に上っている。

 これに熊肉のロースト、熊肉入りのスープも付いたりと、まさに熊肉料理のオンパレードだ。

 お陰様で、今の俺は向かうところ敵なしの精力絶倫状態。

 そして相変わらず、その迸るエネルギーを解放することができずにいるのだった。

 これ以上無駄に精力をつけたくない俺は、熊肉料理には手を付けずにパンだけをかじる。

 アナスタシアに目をやると、パンにリエットを塗りたくり、その上に熊肉ロースト、目玉焼きをのせ即席のサンドイッチにして勢いよくかぶりついている。

「またお前、朝っぱらからよくもまぁそんなに食えるよなぁ……」
「わはひは、もしゃもしゃ、はいひちふはひくでも、もしゃむしゃ、かははんぞ」
「おい、食べながら話すな! 何を言っているのか全然分からん!」

 見ているだけでお腹が一杯になってきたので隣に視線を移すと、そこにはしれっとクリス・マキアが座っている。

 新聞を読みながらコーヒーをすすり、優雅な朝のひと時を満喫しているといった様子だ。

 ったく、どこの出勤前のキャリアウーマンだよ。

「私がその有り余る性欲をいつでも発散してあげるわよ?」

 クリス・マキアが新聞越しに灰色の瞳を妖しく光らせた。

 まるで俺の心の中を見透かしているかのようで何とも気味が悪い。

「……け、結構です」

 クリス・マキアはこの前の騒動の後、いつの間にかエスタの家に居ついてしまっていた。

 と言うより、あの騒動について各方面からの責任追及を逃れるために、ここに身を隠していると言った方が正しい。

 こいつがここへ来たことで、妹のアルティナとはしょっちゅう揉めている。

 そのアルティナはというと、風呂上りに下着姿のままソファに寝転んで、気だるそうにパイフォンをいじくっている。

「またそんな格好で……。っていうか、お前も食えよ! 前に私も食べるって言っていたのに全然食べてないじゃないか」
「はぁ? そんなこと言ってないし。てか、マジうざっ!」

 くっ……。この女、いつか絶対にわからせてやる!

 そこへ勢いよくリビングのドアが開いてヴィニ姐さんが飛び込んできた。

「すぐる~ん♡ あたしにぃ~、またあの魔法かけて純潔しょじょにしてぇ~♡」
「な、何すか、朝っぱらからいきなり……」

 ヴィニ姐さんは俺の元に駆け寄るやいなや、その凶暴な胸を俺に押し付けてきた。

 実はあれから、あまりにしつこく魔法をかけてくれとせがまれたので、根負けした俺は仕方なく一回だけという約束でリヴァージンをかけてやったのだった。

 けれどすぐに純潔を喪失してしまい、それ以来、毎日のように俺の所へやって来ては魔法をかけてくれとせがんでいるというわけだ。

「ねぇねぇ~、すぐる~ん♡ お願ぁ~い♡」

 ヴィニ姐さんがさらに身体を密着させておねだりしてきた。

「ちょ、止めてくださいって! どうせ魔法をかけてもすぐにまた喪失しちゃうでしょう!」

 俺は前のめり気味にそう答える。

「おい、アワブロデイッテ! 今すぐ旦那様から離れるのじゃ!」

 エスタがヴィニ姐さんにしがみついて引き離そうとするが、その弾力のあるぷりっぷりの尻に跳ね飛ばされてしまった。

「まったく、この家は朝から騒々しいのう」

 えっ? この声は!?

 聞き覚えのあるその声に振り向くと、そこに何とギガセクスのおっさんが立っているじゃないか。

「やほ」

 さらにその後ろから、愛くるしい赤ちゃんを抱いたカリントーがひょっこり姿を現した。

「きゃー! それってカリントーの赤ちゃん!? 超可愛いんですけど! ねぇねぇ、あたしにも抱っこさせて!」

 アルティナはさっきまでの気だるそうな雰囲気から一転、カリントーの元へ駆け寄ると、赤ちゃんを抱きかかえてめちゃくちゃテンションが上がっている。

「名前はカリスキーです。アルティナ様の妹ということになりますね」

 おいおい、カリスキーって何だかすごい名前だな……。

「どうだ、わしとカリントーの子は可愛いであろう。今から将来が楽しみだ。ガハハハハハ!」

 そう言ってギガセクスが豪快に笑った。

 このおっさんの将来が楽しみという言葉ほど危なっかしいものはない気がするのだが……。

「ぎーだん。この子に手を出したら殺すよ、マジで」
「あ、はい……」

 いつぞやの俺の時のように、血の気が引くような目で凄んで釘をさすカリントーに、さすがのギガセクスもたじたじといった様子だ。

「まったく、弟はいつまでたっても女癖の悪さが直らんのじゃから」

 エスタがやれやれといった感じで大きなため息をついた。

 さっきからやけに大人しいアナスタシアを見てみると、何やら白目を剥いて完全に固まってしまっている。

 あぁ、こいつが絶対崇高な神と崇めるギガセクス本人が目の前に降臨して、感激のあまり座ったまま気絶しているというわけか。

 それはともかく、思いがけずギガセクスが訪ねてきたので、ここは大事なことを確認しておかなければならない。

「ところで、ギガセクスのおっさん。俺は約束通りあんたからの依頼を果たした。だからその、元の世界へ戻してもらうことについてなのだが……」

 俺は真顔でギガセクスに尋ねた。

「う、うむ。確かにお主はわしの依頼を見事に果たしてくれた。それについては礼を言おう。だが、まだ魔王討伐が残っているであろう」

 ギガセクスはどこか都合が悪そうな、やや困惑した顔でそう答えた。

「いやいやいや。クソ雑魚なこの俺が魔王なんか倒せるわけないって!」
「大丈夫だ。お主はただの童貞ではない。全宇宙最強の童貞だ。それにほれ、こうして頼もしい仲間もいるではないか」

 そう言って俺の肩にぽんと手を乗せるギガセクス。

「ちょ、そんなの答えになってないわ!」

 くそっ、やっぱりそう簡単には元の世界に戻してくれないということか……。

「それにな、お主にはまだまだこっちにいてもらわなければ困るのだ」

 ギガセクスが耳元に顔を近づけて声をひそめた。

「えっ? 何それ、どういうことだよ??」
「ほれ、わしの女神むすめたちのことだ。どうせすぐにまた純潔を喪失するに決まっておる。だからお主には魔王を討伐するまでの間、女神たちのことを見てやって欲しいのだ」

 おいおいおい。結局、魔王討伐なんてのは口実で、それが本音なんじゃないかよ!

 ていうか、本当に親の信用ないんだな、あの姉妹……。

 俺は大きなため息をつくと、ギガセクスの手を払いのけて振り返る。

 そこにはおっさんの言うように頼もしい? 仲間と呼べる奴らがいた。

 ぶっちゃけ、俺に魔王を討伐できるだなんて微塵も思ってはいない。そして、魔法を使うためにこれからも童貞でいなければならないのかと思うと、正直なところ気が滅入る。

 けれど、もう少しこいつらとここでやっていくのも悪くはないか。

 異世界でも童貞確定した俺が魔王を討伐しにいくこの話はまだまだ続いていく……のかもしれない。

《完》
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