上 下
69 / 70

第69話

しおりを挟む
 一体どれだけの時間が経過したのだろうか。

 視界がゆっくり元に戻ると、辺りは静寂に包まれていた。

 目の前のインヴィランド軍からも物音一つしない。

 抱きかかえたアナスタシアに目をやると、安らかな表情で静かに寝息を立てている。

「おい、アナスタシア! 大丈夫か?」
「う、う~ん……」

 そっと身体を揺すって呼びかけると、アナスタシアは静かに目を開いた。

「……スグル。どうして貴様が私を抱きかかえているのだ? 離せ、この童貞が」

 目を開けて早々、俺にそんな悪態をついてきた。

「うっさいわ。ったく、一人で無茶しやがって」

 目を覚ました嬉しさを誤魔化すために俺もぞんざいな口調で返した。

「魔法、かけておいてやったぞ。とびっきりのやつをな」
「そうか、ありがとう。なら、私はまた救国の英雄になれるというわけだな」

 そう言うとアナスタシアはにっこり微笑んだ。

「お、おう……」

 これまでに見たどの笑顔よりも可愛いその表情にドキッとした俺は、ぶっきらぼうに答えるのが精いっぱいだった。

 一方、沈黙を守ったままだったインヴィランド軍がにわかにざわめきだした。

「う、嘘だろ……。俺、童貞になっちまったのか?」
「心が、身体が、まるでピュアになったようだ……」
「セックス? 何それ、おいしいの??」
故郷くにに帰ったら俺、かみさんにまた筆下ろししてもらうんだ!」

 そんな声があちこちから聞こえてきた。

 どうやら、インヴィランド軍の兵士たちは悉く純潔どうていになってしまったようだ。

 それって明らかに、さっき俺が放った魔法のせいってことだよね。

 怒りに任せて物凄いやつをぶっ放したつもりだったけど、まさかインヴィランド軍のみんなを純潔にしてしまうなんて……。

 我ながら、何と恐ろしい魔法なのだと背筋がぞくぞくする思いがした。

 そう言えば、クリス・マキアはどうなった!?

 攻城塔の上に目を凝らすと、クリス・マキアはぺたんと座り込み、震えながらながら何ごとかをぶつぶつと呟いているようだが、ここからではそれを聞き取ることができない。

 だがあの様子だと、どうやら彼女にも魔法の効果はあったようだ。

 ということは、ついに俺は二人の女神むすめ純潔しょじょに戻して欲しいというギガセクスの依頼を達成したことになる。

 あぁ、これでやっと元の世界に戻れるのか。

 そうすれば由依ちゃんともまた……。

「どうしたのだ、スグル。涙など流して」

 抱きかかえていたアナスタシアの顔にぽたぽたと涙がこぼれ落ちている。

 えっ? 俺、泣いてるのか!?

「い、いや……、目にゴミが入っただけだ」

 俺はバレバレの言い訳で誤魔化した。

「ところで、いつまで私を抱きかかえているのだ? 早く離せ、気持ち悪い」
「なっ!? 俺だって、いつまでもお前の面倒なんて見ていられるか!」

 ちょっとムッとした俺はアナスタシアを雑に突き放す。

 そうこうしているうちに、インヴィランド軍が撤退し始めた。

「スグル君。まさかこの私が君に純潔にさせられてしまうとは思わなかったわ。今日のところは私の負けね。また会いましょう」

 ようやく正気を取り戻したクリス・マキアは、そう言い残すと威儀を正して立ち去っていった。

「あのクリス・マキアを退けるとは大したものじゃ。さすがは我が旦那様と見込んだ男だけのことはある」

 いつの間にか隣にいたエスタが俺にねぎらいの言葉をかけてきた。

「くっくっく……。これであやつもまた我と同じ純潔じゃ」

 いつにも増して下衆な笑みを浮かべるエスタに思わずドン引く。

「すぐるん♡ さっきのあれって何なにぃ~?♡ あの魔法でぇ~純潔に戻れるのぉ~?♡ だったら私にもかけてかけてぇ~♡」

 ヴィニ姐さんが目を輝かせながらぐいぐい迫ってきた。ちょ、だから近いんだってば!

 ていうか、さっきの魔法で恐らくヴィニ姐さんも純潔になってると思うのだが、面倒臭いことになりそうだから黙っておくとしよう。

「うわっ、うっざ。そんなことより、早く帰ってヤリゾンで買った本読みたいわ~」

 アルティナがだるそうにしてそうぼやいた。

「お前、今回は何にもしてないよね?」
「はぁ? 喧嘩売ってんの? こうしてここに来てやってんじゃん。マジでうざいんですけど」

 くそっ、本当にムカつく女だ。いっぺん本気でわからせてやろうか。

 ぐうううううううううううううう……。

 アルティナの態度にキレそうになったところに、アナスタシアのお腹が盛大に鳴り響いた。

 それに釣られて何だか俺も急に腹が減ってきた。

「さて、我らも帰ってご飯にでもするかの」
「はい、エスタ様。そうしましょう!」
「よし、それじゃあ熊肉料理で盛大にパーティーといくか!」
「えっ、熊肉料理ぃ~?♡ 何それ美味しそぉ~♡ あたしも食べたぁ~い♡」
「あたしはいらな~い」
「おいアルティナ。お前、さっきこの戦いが終わったら熊肉料理を食べたいって言っていただろう?」
「はぁ? うっざ、そんなの知らないし」

 しばらくの間、俺たちはそんなことを言い合いながらその場に留まり、撤退するインヴィランド軍を見送ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田舎で師匠にボコされ続けた結果、気づいたら世界最強になっていました

七星点灯
ファンタジー
俺は屋上から飛び降りた。いつからか始まった、凄惨たるイジメの被害者だったから。 天国でゆっくり休もう。そう思って飛び降りたのだが── 俺は赤子に転生した。そしてとあるお爺さんに拾われるのだった。 ──数年後 自由に動けるようになった俺に対して、お爺さんは『指導』を行うようになる。 それは過酷で、辛くて、もしかしたらイジメられていた頃の方が楽だったかもと思ってしまうくらい。 だけど、俺は強くなりたかった。 イジメられて、それに負けて自殺した自分を変えたかった。 だから死にたくなっても踏ん張った。 俺は次第に、拾ってくれたおじいさんのことを『師匠』と呼ぶようになり、厳しい指導にも喰らいつけるようになってゆく。 ドラゴンとの戦いや、クロコダイルとの戦いは日常茶飯事だった。 ──更に数年後 師匠は死んだ。寿命だった。 結局俺は、師匠が生きているうちに、師匠に勝つことができなかった。 師匠は最後に、こんな言葉を遺した。 「──外の世界には、ワシより強い奴がうじゃうじゃいる。どれ、ワシが居なくなっても、お前はまだまだ強くなれるぞ」 俺はまだ、強くなれる! 外の世界には、師匠よりも強い人がうじゃうじゃいる! ──俺はその言葉を聞いて、外の世界へ出る決意を固めた。 だけど、この時の俺は知らなかった。 まさか師匠が、『かつて最強と呼ばれた冒険者』だったなんて。

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

クズな少年は新しい世界で元魔獣の美少女たちを従えて、聖者と呼ばれるようになる。

くろねこ教授
ファンタジー
翔馬に言わせるとこうなる。 「ぼくは引きこもりじゃないよ  だって週に一回コンビニに出かけてる  自分で決めたんだ。火曜の深夜コンビニに行くって。  スケジュールを決めて、実行するってスゴイ事だと思わない?  まさに偉業だよね」 さて彼の物語はどんな物語になるのか。 男の願望 多めでお送りします。 イラスト:イラスト:illustACより沢音千尋様の画を利用させて戴きました 『なろう』様で12万PV、『カクヨム』様で4万PV獲得した作品です。 『アルファポリス』様に向けて、多少アレンジして転載しています。 

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

処理中です...