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第56話

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「じつは私、妊娠しているんです」

 わずかな沈黙の後、カリントーは落ち着いたトーンで言い直した。

 うんうん、大事なことなので二回言わなきゃだよな。……って、マジかよ!?

 魔法がエラーになったのは妊娠していたからというわけか。

 そういや取説の注意書きに、妊娠している人には効果がないようなことが書いてあったな。

「妊娠とは、つまり彼奴が父親ということか?」

 エスタが冷静さを装いつつ尋ねる。

「……はい」

 カリントーは穏やかな顔つきでお腹の辺りにそっと手を当てた。

「……ちょっと待ってよ、何それ? カリントーがパパの子を??」

 アルティナの顔に明らかに動揺が走る。

 そしてエスタへ目をやると、こいつはこいつで何だか動揺しているようだ。

「わ、我はまた伯母さんになってしまうのか……。ちゅーか、またこんな小娘に先を越されてしまったというのか……」

 頭を抱えてぶつぶつと呟くエスタ。

 ここはそっとしておいてやろう……。

「アルティナ様、このようなことになってしまい本当に申し訳ありません。私はどのような罰も受ける覚悟はできています。ですが、この子が産まれるまでの間だけ、どうか猶予をいただけないでしょうか?」

 懇願するカリントーの言葉を俯いて聞くアルティナの肩は小刻みに震えている。

「……何よそれ。何なの? 何なの何なの何なの何なの?? 何なのよそれっ! 信っじらんないんだけどっ!!」

 アルティナが大声でそう叫ぶと、目にも留まらぬ速さでカリントーの元へ駆け寄った。

 まさか、怒りが頂点に達してカリントーを!?

 俺も慌ててカリントーの元へ駆け寄ろうとしたその時――。

「マジおめじゃん! 妊娠何週目? 出産っていついつ?? もっと早くぶっちゃけてくれればいいのにマジで水くさいんだけど! あたしらの仲じゃん!」

 アルティナはカリントーに抱き着くと目を輝かせてまくし立てた。

 カリントーはアルティナの勢いに気圧されながらも、緊張がほぐれたのか笑みを浮かべながら受け応えている。

 ……ふぅ。何だよ、結局こいつら仲がいいんじゃないか。

   ※   ※   ※

「――それで。お前は何であんなにいきり立っていたんだ?」

 俺はようやく落ち着きを取り戻したアルティナに尋ねた。

「はぁ? あたしは別にいきり立ってなんかないし。つーか、ぶっちゃけカリントーの純潔しょじょについてもどーでもいいっていうか」

 へ? そうなの??

「そりゃさ、カリントーがパパとってことはショックだったけど、それはパパが強引に迫ったってことだし、カリントーは別に悪くないじゃん」

 うーん……。それはどうなのだろうと俺は心の中で呟く。

 カリントーの方へ目をやると、悪びれた様子もなくてへっと舌を出した。

 おい、そういうとこだぞ!

「ほんと言うとさ、あたしは悲しかったんだ。カリントーとは子供の頃からずっと一緒で、大きくなってからはに夢中になってすっごく楽しかった。それなのに、カリントーはパパと関係を持ってからすっかりちゃって……」

 アルティナはカリントーの方をちらちら見ながら恥ずかしそうに語った。

「アルティナ様……。そうだったのですね。それなのに、その気持ちをお察しすることができず本当に申し訳ありませんでした」

 カリントーは深々と頭を下げた。

「何だよ、まったく。そんなことが原因でこの騒ぎかよ……」
「「は? そんなこと?? 何言ってんの、おまえ。殺すよ、マジで」」

 アルティナとカリントーは息もぴったり、背筋が凍りつきそうな目で俺を睨みつけた。

「サ、サーセンした……」

 おぉ、こわっ!

 何はともあれ、一件落着ってことでいいのか、これ?

 ……って、いやいやいや。一つ大事なことを忘れているじゃないか。ギガセクスのおっさんから頼まれていた、アルティナを純潔に戻すっていう件を!

 そもそも、アルティナは純潔ではないのだろうか?

 確かに、こいつのこのギャルっぽい見た目からしたら、もうとっくに純潔ではない気もする。

 たがカリントーの話によると、超が付くほどの潔癖で大の男嫌いということだから、そうなると純潔の可能性は高いのだが……。

 しかも、それでいて腐っているとかもう訳が分からん。

 よし、ここは思い切ってストレートに聞いてみるしかない。

「あ、あのさ、ぶっちゃけ聞くけど、お前ってその……処女なの?」
「なっ!?」

 アルティナの顔が見る見る紅潮した。

「女の子に対してそんなこと聞くなんて最っ低! マジであり得ないんだけど! キモい、キモ過ぎるっ!」

 アルティナは心の底から蔑む目を向け、吐き捨てるように言い放った。

「い、いや、俺だってこんなこと聞きたくて聞いてるんじゃないんだってば! お前の親父さんからお前のことを、そ、その……純潔に戻してくれって頼まれてだな。そ、それで、確認のためにしょうがなく聞いてるだけであって……」

 俺はしどろもどろに言い訳を並べ立てた。

「はぁ? 何ごちゃごちゃ言ってんの? マジでキモいんだけど」

 あぁ、何でここまで言われなきゃならないんだ、俺……。

「つーか、パパもパパだし。あたしはずっと純潔だもん……」

 アルティナは俯き加減に頬を赤らめ、視線を逸らしてぼそっと呟いた。

 くっそ、こいつもこういう仕草はめっちゃ可愛いじゃないか。

 ていうか、アルティナが純潔だってことなら、俺がわざわざリヴァージンをかける必要はないってことだよな。

 そうなると、おっさんの依頼の件はどうなるのだろうか。

「確かに、アルティナ様は男とセックスをしたことがないという意味においては純潔だと思うのですが、果たして処女膜が無事であるかというと、甚だ疑問があるといいますか……」

「えっ!? 何それ??」

 ここに来て、カリントーがまさかの爆弾発言をぶち込んできた。

「ちょ、カリントー、何言ってんの!? あたしは正真正銘の純潔だし、処女膜だってちゃんとあるっつーの!」

 激しく動揺するアルティナにカリントーがさらに追い撃ちをかける。

「ですが、たまにこっそりとオトナノガングダケを使用されていたので……」

「そ、それは言っちゃだめぇええええええ!」

 アルティナは叫び声を上げながらカリントーの口を塞いだ。

 あっ、そういうことですか……。

「何だ、アルティナ殿は純潔ではないのか? 純潔を司る者なのにそれはいかんな。ならばスグルに魔法をかけてもらうといい」

 ちょっと、アナスタシアさん。あなたが偉そうに言える立場ではないですよ?

「そうだ、それはともかくアルティナ殿。今度、腐教やお腐施について私に詳しく教えてはくれまいか」

「えっ、何なに? もしかして、あんたってに興味あるとか? いいわ、あたしが手取り足取り教えてあげる!」

 アルティナは新たな仲間を得たとばかりに目を輝かせた。

「良かったですね、アルティナ様。これで私も心置きなく腐抜けすることができます」

 そう言ってカリントーはほっと胸を撫で下ろした。

「我はまた伯母さんに……。こんな小娘に先を越されて……、ぶつぶつ……」

 エスタはというと、まだショックから立ち直れていないようだ。

 とりあえず、俺としてはギガセクスの依頼通り、この後アルティナにリヴァージンをかけておいたのは言うまでもない。

 そして、さっきのカリントーの言葉を裏付けるかのように、アルティナの身体は魔法の成功を示す青色に光ったのだった。
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