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第42話

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 湖賊船はおよそ1000メートルぐらいの所にまで迫ってきていた。

 俺たちの船が湖を南に進んでいるのに対して、湖賊船は北北東に進路を取り、このままいけば反航戦のような形になる。

 しかしそうなったら、大砲などの飛び道具がない俺たちに勝ち目はない。

 接近するにつれ湖賊船からの砲撃が増してきて、辺りに水柱がいくつも上がるようになってきた。

 そろそろか――。

「エスタ、これをマストに掲げろ!」

 俺は手にしていたアレを放り投げた。

「何じゃ、小娘の紐か……」

 水着を受け取ったエスタは、不承不承マストによじ登ってそれを結び付けた。
 
 アナスタシアのハレンチ極まりない、ほぼ紐のようなTバックが湖上の風を受けて勢いよくたなびく。

「わ、私の水着があああああ! 下ろせ、今すぐあれを下ろせえええええええ!」

 アナスタシアが顔を真っ赤にして喚き散らしている。

「旦那様よ。あれには一体何の意味があるのじゃ? ちゅーか、なぜあやつの水着なのじゃ? 我の水着でもよかろうに」

 何とも解せぬといった顔でエスタが聞いてきた。

 いやいやいや、エスタの着ていたスク水なんて掲げられるかっての。それよりも、これにはこれでちゃんと意味がある。

「あれはZ旗の代わりだ」
「Z旗?」

 まぁそう言っても、エスタたちに分かる訳ないか。

 日本海海戦で東郷平八郎が戦闘開始直前に、座乗する旗艦三笠のマストにZ旗を掲げて全軍に伝達したのだ。

 ――皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ――

 それに倣って、俺も湖賊との決戦を前に、みんなの士気を鼓舞するためアレを掲げたというわけだ。

 まぁ俺たちのはZじゃなくてTだけどね。

「あれはゲン担ぎみたいなもので、ぶっちゃけて言うと、この戦いに負けたら俺たちのパーティはおしまい。だからみんなガンガンいこうぜ! っていう意味だ」
「何じゃ、そういうことか。そんなことは言われるまでもないわ!」

 エスタは腕を組みふんっと鼻を鳴らした。

「我はこの戦いに勝利して、旦那様と正式に夫婦めおととなるのじゃ」
「おいエスタ、それ言っちゃダメなやつだから!」

 大事な戦いを前に、フラグを立てるようなことを言うんじゃない。

 それに勝っても負けても、俺はお前との結婚はご免だ。

「いやあああ! 下ろせ、早く私の水着を下ろしてくれえええええ!」

 半泣き状態ですがりついてくるアナスタシアを払いのけて、俺は船首に立った。

 湖賊船との距離はすでに800メートルを切っている。

 ――今だ!

 俺はすっと右手を挙げ、一呼吸置いてからその手を静かに左へと傾けた。

 ――ふん、決まった!

 三笠の艦橋に立つ東郷平八郎が、バルチック艦隊の目前で艦隊に大回頭を命じる名シーンの再現ってやつだ。

 くぅ~、これ一回やってみたかったんだよね。

 ……。

 …………。

 ん? あ、あれ??

 俺たちの乗る船は、進路を変えることなくそのまま真っ直ぐに進んでいる。

「旦那様よ、そのポーズは何なのじゃ? もう湖賊の船がかなり近づいてきておるというのに、呑気にそんなことをしておっていいのか?」

 エスタが半ば呆れたような顔つきで尋ねてきた。

「いやいやいや、さっきのあれは大回頭しろってことだよ!」
「大回頭じゃと?」

 あぁ、もう。分からないかな、このノリっていうやつが。

 まぁ小説の世界観をこの世界の住人に分かれっていう方が無理な話か。

「あれは取舵いっぱいっていうサインだよ! と、とにかく、急いで船の進路を左に切ってくれ! 目一杯にだ!」
「ならば最初からちゃんとそのように言えばよいのじゃ。まったく……」

 エスタはぶつぶつ言いながら、操舵室に入って舵輪を勢いよく回し始めた。

「おわぁ! ……っとっとっと」

 左に急旋回したため船が大きく右へ傾き、船首に立っていた俺はバランスを崩して危うく船外へ放り出されそうになった。

「ちょ、おい! もうちょっと丁寧に操船しろよ!」

 まぁ急旋回しろって言ったのは俺だけど……。

 これじゃ、おちおち小説の世界観に浸ることもできやしない。

 どうにか急旋回を終えた俺たちの船は、湖賊船を右手に見るようなかたちになった。

 距離は500メートルを切っているが、位置関係はまさにTの形をしていると言っていい。

 湖賊船はこちらに対して真正面を向いているため、砲撃も一時的に止んだ状態になっている。

 よし、いよいよ反撃開始だ!
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