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第16話

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 あれから俺は、この世界に飛ばされた森からほど近い街へとやって来た。

 さっき見かけた第一街人のおっさんが『ようこそ、ウォーター市へ! ここはフリンスのガンマ地方にある第三の都市だ!』とか言っていた。

 木骨レンガ造りの家々に石畳の道路、それらを城壁がぐるっと取り囲んだ街並みはまさに中世ヨーロッパといった趣だ。

 そして、この街に入る際に城門で入市税だとか言ってお金を取られた。しかも二人分。

 そう、あの後アナスタシアも俺についてきていたのだ。

 そのアナスタシアはというと――。

「殺せ、殺してくれ……」

 相変わらずのレ○プ目でぶつぶつとそんなことばかり呟いている。今日はもう純潔しょじょに戻れないと分かってからずっとこの有り様だ。

「おい、ついてくるならその呟きはやめろ! 俺まで変な目で見られるだろうが! それとさっき立て替えたお前の分の入市税、後できっちり返してもらうからな!」

 ダメだこいつ……。何を言っても心ここにあらずだ。

 まぁいい。ひとまずこいつは放って置こう。

 それよりもだ。異世界でやっていくに当たって、当面の間この街に生活の拠点を築いておいた方がいいかもしれない。

 そうなると、まずやることと言えばあれだな。

 そう、冒険者ギルド的なところへ行ってのクエスト受注だ。

 俺が異世界転生モノのラノベで師と仰ぐ『あの憎らしい異世界に乾杯を!』の主人公オズマも、そうやって充実した異世界ライフを送ったんだよな。

 よし。俺も『あのにく!』のように、ここでの生活を充実させるぞ!

「はぁ? 冒険者ギルド? クエストを受けられる所はどこかって?? あぁ、それなら――」

 通行人に話しかけて聞いたところによると、そういう場所はこの街ではボンクエと呼ばれる施設で行っているらしい。

 正式名称は公共クエスト安定所といい、通称はボンジュールクエスト。それを略してボンクエというわけか。

 お役所の、この何とも言えないネーミングセンスの無さというか薄っぺらさって、どこの世界も同じなんだな。

 それはともかく、俺とアナスタシアはそのボンクエと呼ばれる周辺よりもひと際大きな建物の中へと入った。

「あぁ、死にたい。死にたい……」

 アナスタシアはふらふらとした足取りで、まるでゾンビのように俺の後をついてくる。

「おい、ちょっとここでは黙っててくれ!」

 俺はそうたしなめるものの、まるでうわの空といった様子だ。

 ボンクエの中はというと、冒険者ギルドによくあるような酒場といった雰囲気ではなく、事務的な机や椅子、相談窓口らしきものがあるだけで、いかにもお役所然としていた。

 そしてここにいる人たちも、クエストに飢えて鼻息を荒くする猛者どもというより、どいつもこいつも覇気のかけらもない、死んだ魚のような目をした連中ばかりだ。

 この雰囲気、テレビか何かで観たことがあるハローワークの様子にそっくりだな。

 気を取り直して、俺は受付のカウンターに座っているちょっときれいめなお姉さんに話しかけてみた。

「あの~、初めてここを利用する者なんですが。クエストの受注はここでできますか?」
 
 お姉さんは気だるそうに、薄くて四角い板のようなものを指でしゅしゅと操作している。

 だが、俺に話しかけられたことに気付くと慌ててそれを仕舞い込んで、事務的な作り笑いを浮かべた。

 さっきの四角いやつって、もしかしてスマホ??

 こんな中世みたいな異世界にスマホのような物があるというのか!?

「よ、ようこそ、ボンジュールクエストへ。初めてのご利用でしたらまずはご登録を……」
「ちょ、お姉さん! さっき仕舞ったやつって、もしかしてその……スマホですか?」
「は、はぁ? 何ですかいきなり。ス、スマ……ホ?」

 受付のお姉さんが怪訝な顔つきで答えた。

「そうそう! さっきのあの薄くて小さな、四角い板みたいなやつですよ! あれってやっぱりスマホですよね?」
「えっ? あぁ、マジカルフォンのことですか?」
「マジカルフォン!? あれってマジカルフォンっていうんですか?」
「は、はぁ……」

 受付のお姉さんの話によると、この世界にはマジカルフォンという魔力を使って音声や映像をやり取りできる道具があるという。

 そしてさっきお姉さんが使っていたのは、マジカルフォンの中でもパイフォンというもので、それはパイナポーストアというところで扱っているらしい。

 ……って、完全にアレじゃねーか!

 でもこれはいいことを教えてもらった。後でそのパイナポーストアに行ってみるとしよう。

「あ、あの……お客様。それでその……ご登録の方はいかがされますか?」
 
 あぁ、そうだった。マジカルフォンに気を取られてそのことをすっかり忘れていた。

「ボンジュールクエストを初めてご利用の方でしたら、まずはこの用紙にお名前とご住所、それと簡単な経歴などを記入して登録をしていただきます。それであの……ご登録されるのはえーと……一名様でよろしいでしょうか?」

 ん? 一名様ってどういうことだ?

「いや、あの……俺と、この後ろにいる女の子の二名なんですけど」
「あぁ、そうでしたか。これは大変失礼しました。お客様の後ろにいる女性の方はてっきり見てはいけない、見えてはいけないものなのかと思いまして……」

 あぁ、そう思うのも無理ないよな。まるでゾンビか幽霊のようだし……。

「い、いや、彼女はこれでもちゃんとこの世に実在していますし、こんなのでも一応俺の連れなので……」

 俺がそう説明すると、お姉さんは引きつった笑みを浮かべながらも納得したようだった。

「死にたい……。殺してくれ……」
「だあああ! いい加減黙ってろ! そんなだから変な勘違いされちまうんだよ!」

 それはともかく、ボンクエの登録には住所が必要なのか。

 住所も何も、こっちの世界に飛ばされてきたばかりで今夜寝る場所すら決まっていないというのに……。

「と、とりあえず、出直してきます」

 俺はアナスタシアを引きずりながらそそくさとボンクエを後にした。

 参ったな。いきなり詰んだぞ、これ……。
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