妖怪の恋

トマトマル

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蜘蛛×医者 2

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─────────ハァ、ハァっ

血が、血が止まらない・・・。
びちゃびちゃと音を立てて腹から赤黒い血が落ちていく。
血が足りない。欲しい。欲しい。なんでもいいから、血が欲しい。

私は何日この山をさまよっているのだろうか。
なんで私がこんな目に・・・。




私はかつて山の主と呼ばれた程の大妖怪だった。
絡新婦じょうろぐも』という名の妖怪で、恐れられ、人の生き血を啜りその血で妖力を溜めてきたのだ。
だが、昨今の人間達は戦ばかりだ。
森を焼き、妖怪達を惨殺する。人間とは、自身の欲に任せた哀れで矮小な種族だ。

住処だった森は焼かれて、同胞達は私の目の前では死んでいった。
妖怪は住まう土地が全てで、長く住まえば住まう程、その土地と深く繋がっていることになる。
木が切られると、身体が引き裂かれるように痛いし、森が焼かれると、身体が焼け切るように痛いのだ。

早く人間の血を摂取せねば私ももうじき死ぬだろう。
しかし、こんな所では死ねないのだ。何としてでも同胞達の仇を打ってやらねばならないのだから。
獣を糸で捕え、その血を啜る。人間程ではないが獣の血で数日はもつ。
草を掻き分け、森を越え、獣を喰っては来る日も来る日も、人里を探した。

そして、やっと見つけたのだ。山の麓にある小さな村を。
ここの村人達はこの時代では珍しく、全く戦をしないのだ。辺境の地であるからなのか、攻め込んでくる敵もいないみたいだった。
私はすぐこの地を気に入り、巣を山奥に作った。
やっと人間の血を吸える。この忌まわしき傷を治せる。すぐに妖力を溜めて故郷を焼いた人間達に復讐してやろう。


夜になると、私は少しばかりであるが溜め込んだ妖力で人間に化けた。
闇夜の中、木々をくぐり抜けて、集落から離れた屋敷を訪ねた。
戸を叩けば、若くて健康そうな青年が顔を出した。肌は真っ白で髪は月夜がよく似合う綺麗な黒髪だった。
青年は美しい容姿だが、私が一番に気に入ったのはもちろん血であった。
出血はしていないようだが、芳しくも彼の匂いが私に伝わるのだ。
嗚呼、早く飲みたい。その血を。きっと美味であるに違いない。

青年はどうやら医者をしているようで仕事がたくさんあって、彼が眠るのはとても遅いようだった。
私は眠るふりをして青年が眠りにつくまで、寝息を立てた。彼が深い眠りにつけるように催眠毒を共に食事をしていた時、彼の茶碗へと並々注いだ。

しばらくして隣の彼の部屋から、すぅすぅと気持ちが良さそうな寝息が聞こえてきた。
私はにんまりと笑みを浮かべて、ゆっくりと隣室へと移動した。
深い眠りに入ってくれたようで、声を掛けても、身体を揺すってもやはり、青年は起きなかった。

私はムクムクと変化を解いて本来の姿に戻った。
やっと、やっと、やっと人間の血にありつける。心は踊り、復讐に燃えたぎった。

青年の身体に顔を近ずけ、首筋をぺろりと舐めてから思い切り良く、がぶりと噛んだ。
そして、血を満足いくまで貪り啜った。彼の血は想像以上でとても甘美で美味しかった。

腹が膨れると、妖力が漲るのが分かった。包帯代わりにしていた自身の蜘蛛の糸を解くと、あんなに止まらなかった血が、腹の傷がすっかり治っていた。
朝日が昇る前にお礼の手紙を書き、青年の枕元に置いて、私は山へと帰った。

人間の血は絡新婦にとって妖力の源そのもので、質の良い血は一滴だけでも凄まじい力量になる。
彼の血は私にとって最高級のものだった。彼の血のおかげでしばらくは何も食わなくても妖力を維持できる。そしたら、この土地との繋がりを深めることも容易い。
後、二年は山奥に居座り妖力を溜めようではないか。



─────そう思っていた。
しかし、半日も経てば喉がかき切れるように疼いた。酷く身体中が乾いて、本能があの青年の血を求めていた。人間の血を摂取できれば、本来は数年先何も食わなくてもやっていける。そのはずなのだ。
なのに、こんなにも疼く・・・。
疼きは腹の奥底に溜まり全身をゆらりゆらりと揺すっては、激しい乾きを広げていく。
我慢ならない・・・。あの血を飲みたい。今すぐにでも。
夜になれば人に化けて、またもや青年の屋敷を尋ねていた。
真夜中になると血を啜って満足するはずなのに、時間が経てば経つほど、正気を保てるのがやっとなぐらい青年の血を求めていた。

飽きもせず夜になれば彼の血を求めて屋敷を訪ねていた。





─────そんなある夜だった。
いつも通り青年の屋敷を訪ねて、晩御飯を食べているときだった。
彼が口を開いて、私に問うた。

「ところで身体の調子はどうです?私の血はそんなに美味しいものでしたか?」 、と。

私は一瞬何を問われているか理解が遅れた。
まさかバレていたとは思ってもみなかったのだから。
私は真っ先に言い訳をしようと思った。もし彼の血が飲めなくなれば私はきっとどうにかなってしまうだろうと本能が感じていたからである。
だが、ふと思い付いた。彼を山奥の巣に持ち帰ったらどうだろうか。
そしたら、私の好きな時に血を飲める。糸で縛り付けて、食事も私が運んで食べさしてやろう。
毎日、私の体内で薬液を分泌して彼に飲ませたら長生きできるし、彼の妖力も溜まる。
嗚呼、それが良い。名案だ。なぜ今まで気づかなかったのだろうか。

私は立ち上がり、「その通りだ」 と一言告げて、ザワりと音を響かせ変化を解いた。
さあ、恐れ慄け。私こそがお前達人間は私達に捕食されるべき存在なのだ。


─────────しかし、青年は私が期待していたものとは程遠い反応をしていた。


「嗚呼、やっぱり貴方は可愛いなぁ」

頬を桃色に上気させて、柔らかく微笑んでいる。異形の存在である妖怪を目の前にしているのに、彼は何かがいや、全てがおかしい。

「お、お前何を言って・・・え?あれ??」

ガクンと下半身の力が急に抜けた。すぐに立っていられなくなり、手も付けずに身体から崩れ落ちてしまった。全身が細かく痙攣して視界がぼやけていく。

「え?どーして・・・?なんれ?」

呂律も上手く回らず、頭が上手く働かない。

「ふふっ、私の血に毒を入れておいたのです。依存性が高いので人間に処方するのには、扱いに困りますが、貴方の為だけに私が特別に調合しておいたのですよ」

「おまえ・・・正気らのか?毒をじぶんのからだにいれるなんて・・・」

「私は拷問を何度か受けているので毒には随分と耐性がありますので、心配なさらずに」


なんなんだ、それは・・・。
悔しい、悔しい、騙された。そうだ、彼は確かに私が連日、催眠毒を入れているのに全く自我を失わない。
絡新婦の催眠毒は人間に入れすぎると、毒が頭に回りすぎて麻薬のようになって自我を失うはずなんだ。
なんでこんなにも簡単な事に気づかなかったんだ。


「さあ、難しい事なんて考えずに、おやすみ」

優しい声が頭に響いて、私は堪らない睡魔に襲われ気を失った。
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