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プロローグ
00-2 誘拐された少女
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「ったぁ……」
派手に尻餅を付き、ガンッと鈍い音が響き渡ってしまい、ありさは顔を青ざめる。
「なあ、何か聞こえたか?」
「ろーせ。箱がズレたんらろ」
「いや、箱にしてはちょっと……なあ、一旦止めて見てみようぜ」
「んとも、ねえーと思うぞぉ?」
「まあ、念の為だ」
聞こえてきた男たちの声に、ありさはマズいと焦りを覚える。慌てて立ち上がり、出入り口に垂れ下がる布からバッと顔を覗かせると案の定、そこは木々に覆われた山道で、整備されていない獣道を車は進んでいた。
「これ、車?」
光が差し込んだ事により、荷物台スペースが見やすくなる。ありさが立っている台の床は、金属製ではなく何故か木製で、造りが普通の車とは何か違うように思えた。
そんな余計なことに気を取られている間にも、車はゆっくりとスピードを落としていく。
完全に止まった状態まで待っていたら、降りてきた男たちに見つかってしまう。逃げ出すなら車が止まってしまう前が、唯一のチャンスだろう。
減速していく速度。ありさは動く地面を見つめる。
――――転んだら、きっとアウト。よね。
思わずごくりと固唾を呑む。
大きな音が響くだろうし、何よりもまだ両手が使えない状態で派手に転んで、素早く立ち上がれる自信がない。
「よしっ」
覚悟を決め、ありさは体に力を込める。
心の中で何度も何度もタイミングを計り、何度目かのカウントでありさは車から飛び出した。
「っ!」
着地は何とか両足が着いたので出来たが、上体が前のめりになり、フラフラとバランスを崩して、倒れそうになるのを渾身の力と思いで堪える。
何とかバランスを保つと、ありさは走った。
とにかく男たちから離れるために必死に走った。
がむしゃらに逃げることを考えながらも、頭の中にいる少しだけ冷静な自分が、数メートル前進した後に右折しろ。と命じたので、ありさは道なき道を更に右に突き進んだ。
社会人になってから、学生のように定期的な運動をしていなかったありさだが、命の危機に瀕している故か、不思議といくら走っても息が途切れることはなかった。
それでも、後ろに視線を移せば、完全に歩みを止めた男たちの車が僅かに目に入り、ありさの心臓は破裂しそうなぐらい脈打つ。
頭の中は逃げることでいっぱいで、ありさはあの車が、ありさが思う自動車ではなく、馬が引いていた馬車であることに気付くことはなかった。
「くそっ、いねえ。あの餓鬼! どこ行きやがった!」
「逃げらのがぁ!」
「折角の金目になる獲物だったのに、あの亜人!」
男たちの怒鳴り散らす声が耳に入り、ありさは思わず転びそうになりながら、大きな木を探し、その後ろに身を潜めた。
「うっ、くっ、ふっ……」
これだけ走ったのに声が聞こえて来るなんて、なんて大きな声なんだろう。それとも自分が勘違いしているだけで、それ程あの男たちとの距離は離れていないのだろうか。
恐怖に泣き出しそうになりながら、否。半分は泣いているに等しいありさは、一度後ろを振り返り、男たちの姿が完全に見えなくなっているのを確認して、また駆け出した。
木々が行く手を遮る道は視界が悪く、逃げるのにはもってこいだが、葉の擦れる音が響くのが難点だった。
ありさはなるべく音を立てないように、一秒でも早く男たちの手の及ばないところへと向かい、足を早める。
「はぁ、はあっ、はあはあっ!」
長らく走り続けて、男たちの姿も声も聞こえなくなった頃、ありさは自分の行く手に木の根が突き出ているのを見つけた。
巨木の一部であるそれは、根とは言え幹から地面まで大きく弧を描き、楽々跨げる幅ではない。
足を止めたくないのもあって、ありさは走り込んだままのスピードで木の根をバッと飛び越えた。
「えっ?」
ふわりと、体が宙に浮かぶ。
ほんの少し勢いをつけた程度のありさのジャンプは、木の根を避けるどころか、上空凡そ五メートルまで彼女の体を舞い上げ、更には直進するスピードも相まって、前方方向三メートル程の距離を進めさせ、どっしりと構えた太い木の枝の一本に、ありさは腹を思い切り打ち付けた。
「ぐふっ」
今までの二十数年の人生で、出したことのない微妙な声が口から漏れると同時に、今までの人生で感じたことのない強烈な痛みがお腹全体に迸る。
――――何で?
それ以外、ありさは言葉が浮かばなかった。
何故体がロケットのように勢いよく吹っ飛んだのか。
自分では軽くジャンプをしたつもりだったのに、一体何が起きたのか。
視界に映る地面はあまりにも遠く、ありさは木の枝にお腹からぶら下がると言う苦しい体勢を強いられるが、両手を縛られている状態では自ら落下する以外降りる術がない。
――――あぁ、もう。駄目だ。
どうにもならない状態に陥り、頭とお腹、痛みのダブルパンチで限界に達したありさは、枝に引っかかった体勢のまま、ぷっつりと意識を失った。
派手に尻餅を付き、ガンッと鈍い音が響き渡ってしまい、ありさは顔を青ざめる。
「なあ、何か聞こえたか?」
「ろーせ。箱がズレたんらろ」
「いや、箱にしてはちょっと……なあ、一旦止めて見てみようぜ」
「んとも、ねえーと思うぞぉ?」
「まあ、念の為だ」
聞こえてきた男たちの声に、ありさはマズいと焦りを覚える。慌てて立ち上がり、出入り口に垂れ下がる布からバッと顔を覗かせると案の定、そこは木々に覆われた山道で、整備されていない獣道を車は進んでいた。
「これ、車?」
光が差し込んだ事により、荷物台スペースが見やすくなる。ありさが立っている台の床は、金属製ではなく何故か木製で、造りが普通の車とは何か違うように思えた。
そんな余計なことに気を取られている間にも、車はゆっくりとスピードを落としていく。
完全に止まった状態まで待っていたら、降りてきた男たちに見つかってしまう。逃げ出すなら車が止まってしまう前が、唯一のチャンスだろう。
減速していく速度。ありさは動く地面を見つめる。
――――転んだら、きっとアウト。よね。
思わずごくりと固唾を呑む。
大きな音が響くだろうし、何よりもまだ両手が使えない状態で派手に転んで、素早く立ち上がれる自信がない。
「よしっ」
覚悟を決め、ありさは体に力を込める。
心の中で何度も何度もタイミングを計り、何度目かのカウントでありさは車から飛び出した。
「っ!」
着地は何とか両足が着いたので出来たが、上体が前のめりになり、フラフラとバランスを崩して、倒れそうになるのを渾身の力と思いで堪える。
何とかバランスを保つと、ありさは走った。
とにかく男たちから離れるために必死に走った。
がむしゃらに逃げることを考えながらも、頭の中にいる少しだけ冷静な自分が、数メートル前進した後に右折しろ。と命じたので、ありさは道なき道を更に右に突き進んだ。
社会人になってから、学生のように定期的な運動をしていなかったありさだが、命の危機に瀕している故か、不思議といくら走っても息が途切れることはなかった。
それでも、後ろに視線を移せば、完全に歩みを止めた男たちの車が僅かに目に入り、ありさの心臓は破裂しそうなぐらい脈打つ。
頭の中は逃げることでいっぱいで、ありさはあの車が、ありさが思う自動車ではなく、馬が引いていた馬車であることに気付くことはなかった。
「くそっ、いねえ。あの餓鬼! どこ行きやがった!」
「逃げらのがぁ!」
「折角の金目になる獲物だったのに、あの亜人!」
男たちの怒鳴り散らす声が耳に入り、ありさは思わず転びそうになりながら、大きな木を探し、その後ろに身を潜めた。
「うっ、くっ、ふっ……」
これだけ走ったのに声が聞こえて来るなんて、なんて大きな声なんだろう。それとも自分が勘違いしているだけで、それ程あの男たちとの距離は離れていないのだろうか。
恐怖に泣き出しそうになりながら、否。半分は泣いているに等しいありさは、一度後ろを振り返り、男たちの姿が完全に見えなくなっているのを確認して、また駆け出した。
木々が行く手を遮る道は視界が悪く、逃げるのにはもってこいだが、葉の擦れる音が響くのが難点だった。
ありさはなるべく音を立てないように、一秒でも早く男たちの手の及ばないところへと向かい、足を早める。
「はぁ、はあっ、はあはあっ!」
長らく走り続けて、男たちの姿も声も聞こえなくなった頃、ありさは自分の行く手に木の根が突き出ているのを見つけた。
巨木の一部であるそれは、根とは言え幹から地面まで大きく弧を描き、楽々跨げる幅ではない。
足を止めたくないのもあって、ありさは走り込んだままのスピードで木の根をバッと飛び越えた。
「えっ?」
ふわりと、体が宙に浮かぶ。
ほんの少し勢いをつけた程度のありさのジャンプは、木の根を避けるどころか、上空凡そ五メートルまで彼女の体を舞い上げ、更には直進するスピードも相まって、前方方向三メートル程の距離を進めさせ、どっしりと構えた太い木の枝の一本に、ありさは腹を思い切り打ち付けた。
「ぐふっ」
今までの二十数年の人生で、出したことのない微妙な声が口から漏れると同時に、今までの人生で感じたことのない強烈な痛みがお腹全体に迸る。
――――何で?
それ以外、ありさは言葉が浮かばなかった。
何故体がロケットのように勢いよく吹っ飛んだのか。
自分では軽くジャンプをしたつもりだったのに、一体何が起きたのか。
視界に映る地面はあまりにも遠く、ありさは木の枝にお腹からぶら下がると言う苦しい体勢を強いられるが、両手を縛られている状態では自ら落下する以外降りる術がない。
――――あぁ、もう。駄目だ。
どうにもならない状態に陥り、頭とお腹、痛みのダブルパンチで限界に達したありさは、枝に引っかかった体勢のまま、ぷっつりと意識を失った。
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