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第三章: リタ、奪還
其の五十七話 その城は月の向こうに……:その2(和穂)
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静かだった。
〈妖精郷〉に来てからずっと受け続けていた風の音も圧も今はまったく感じられない。
あのフェリアとティタニアが放った一撃に全部灼き尽くされたように。
明け始めた空にようやく辺りが薄ぼんやりとうかがえるようになってきた。
それでもなにかがあるわけでもない。
なにもない。
あの紫電の閃光がすべて持って行ってしまった。
その静けさを切り裂いて和穂のバイクが走る。
さっきまであれだけ騒がしかったのに、いまは自分の運転するバイクの音のみが響いている。それすらも薄く引き伸ばされるように拡散し薄闇に吸収されていく。
走っている地面の表面はどれだけの高温で灼かれたのか、ガラスのようにてかてかとした光沢を放って固まり、真っ直ぐ導くように地平線まで伸びていた。
和穂の視野に映る限り、あの邪悪な森はきれいに無くなっていた。
それだけの広大な範囲の空間をあの一撃は作り出していた。
でも……
それでもまだ、灼き尽くしたわけじゃないんだ、あの死霊の森を。
そんな不安が頭をよぎる。
でもいまは前だけを見て疾る。
疾る。
ただ疾る。
とにかく早くここから離れる。
いまはただそれだけを考えることにした。
死霊の森は静かに再度の侵攻を開始していた。
灼き消された分の呪詛を撒き散らし、悪意の毒を枝葉のように伸ばし始める。
節くれだった灰色の枝が灼かれ溶け固まった地面を引き裂き発芽していく。
音が震動が死霊の声となって地を這った。
現れたその先は蔓のように成長し、自分以外の生けるものを追い始めた。
伸ばし絡み合い融合してまた裂ける。
そしてまた伸ばし絡み合い融合し裂ける。
その繰り返しは〈死霊域〉を個々の集合体でありながら巨大なひとつの統合意識を持たせるに至っていた。
満たされない思いは渇きとなって溢れ出した。
〝苦しい〟
未だに死霊たちはあの竜のブレスに灼かれ続けている。
〝助けて〟
呪詛が瘴気が重い鎖のように縛り締め上げる。
その思いも痛みも生者には伝わらない。
それだからこそそれは〝救い〟を求めて手を伸ばさずにはいられないのだ。
そしてその先には細石の一粒のような〝光〟があった。
無数の死霊のささくれだった枝が蔓のように伸びてバイクに和穂の身体に絡み付く。
灰白くざらついた乾いたものが、手に掴んだものを握り潰すように締まる。
和穂は止まらない。
更にスピードを上げる。手の感覚はない。
僕もリタもすでにあの巻き付いてきた樹の触手にバラバラにされているのかも知れない。
でも、でもだ。僕は止まらない。お前たち死霊なんかには僕は止められない。
絶対に止まってなどやるもんか。
身体が無くなっているなら、それでもいい。
頭の中で、心の中でアクセルを開く。
際限のない天井知らずのエンジン音がどこまでもその音階を上げて響いていった。
〝思念武装〟が反応し身体がバイクが一気に加速された。
内から溢れる圧力に自分が無限に膨れ上がっていくような感覚を覚える。
絡みついた死霊を引き千切る。
銀の両輪の回転が引き千切る。
その単調な繰り返しは、それでも和穂を前へ前へと押し出していった。
引き千切られた絡み付いた死霊はすぐに再生し絡み付く。更にその上に、そしてその上からも。際限なく重なり絡み、幾重にも層を 重ね、圧力となって縋り付く。
バイクの感覚が消えた。
いまの和穂は走っている。
リタを抱きしめて、自分の足で、走る。
速度が一気に落ちた。
だから何だ、僕は止まらない。
後から追い縋ってきた死霊が取り付き、その大きさが一気に膨れ上がっていく。
それが何だ、和穂は止まらない。
〈死霊域〉が動く。
和穂に引き摺られて、森が動いていく。
始めはスライムの蠢きのように鈍く。
徐々に亀の歩み、ウサギの跳躍、俊敏なキツネへ、更に狼の早さに。飛ぶ鳥に。
リタ、僕に魔法をかけてくれ。
風のように走らせてくれ。
もっと早く、もっともっと速く。
〈死霊域〉が移動する。
風に乗った雲のように流れていく。
その和穂の進む先を阻むように何かが立っていた。
街を守る城壁のように広がり天を衝くように空に伸びている。
巨大な塔、遺跡にも見えたそれは近付くにつれ、少しづつその外容が見え始めた。
それは一本の巨大な樹だった。
伸ばされた枝葉は雲のように天を覆い、その幹は植物というよりは突き立てらた岩の柱を思わせた。
前方が見えていない和穂がそれに気付ける訳もなく、そのまま突進していく。
ぶつかった瞬間、ズウゥゥーーゥンと地の底から湧き上がるような重音が大気を震わせ、大地を振動させる。
巨大樹の全ての枝がしなり、悲鳴のような葉音が激しく大気を揺らした。
衝撃に耐えられず地表を割って根が持ち上げられ、堅固な〈妖精郷〉の地表を無数の亀裂が深く口を開けながら走っていく。
大きく傾きながら、それでも〈死霊域〉の森ひとつを巨大樹は受け止めた。
その衝撃は和穂にも伝わった。
いきなり動きを止められた。
それでも振り上げた脚を振り下ろす。
絡みついた死霊が引き千切られ砕かれる。
死霊の身体はすぐに再生し巻き付き、絡まる。そしてその上からも更にその上からも。
それでも和穂を止められない。
振り下ろされた脚はその方向を変えた。
上へ。
〈死霊域〉の動きが止まった。
『樹木精霊』と『古樹精霊』の目標が変わった。
次々と枝を根を巨大樹に伸ばし始めた。
それが上に引き伸ばされ引き千切れていく。
再び森が〈死霊域〉が動き始めた。上へ。
和穂の足が巨大樹の幹を蹴るように走り、上へ上へと駆け上がっていく。
しかし当の本人にはそれが全くわかっていない。
いま自分が何処にいるか、何処を走っているのか。
自分の状態も、向かっている方向も、上か下かも。そして自分の生死さえも。
でも、それでもただ一つ、分かっていることはある。
リタは僕の腕の中にいる。
今はそれだけでいい。
〈妖精郷〉に来てからずっと受け続けていた風の音も圧も今はまったく感じられない。
あのフェリアとティタニアが放った一撃に全部灼き尽くされたように。
明け始めた空にようやく辺りが薄ぼんやりとうかがえるようになってきた。
それでもなにかがあるわけでもない。
なにもない。
あの紫電の閃光がすべて持って行ってしまった。
その静けさを切り裂いて和穂のバイクが走る。
さっきまであれだけ騒がしかったのに、いまは自分の運転するバイクの音のみが響いている。それすらも薄く引き伸ばされるように拡散し薄闇に吸収されていく。
走っている地面の表面はどれだけの高温で灼かれたのか、ガラスのようにてかてかとした光沢を放って固まり、真っ直ぐ導くように地平線まで伸びていた。
和穂の視野に映る限り、あの邪悪な森はきれいに無くなっていた。
それだけの広大な範囲の空間をあの一撃は作り出していた。
でも……
それでもまだ、灼き尽くしたわけじゃないんだ、あの死霊の森を。
そんな不安が頭をよぎる。
でもいまは前だけを見て疾る。
疾る。
ただ疾る。
とにかく早くここから離れる。
いまはただそれだけを考えることにした。
死霊の森は静かに再度の侵攻を開始していた。
灼き消された分の呪詛を撒き散らし、悪意の毒を枝葉のように伸ばし始める。
節くれだった灰色の枝が灼かれ溶け固まった地面を引き裂き発芽していく。
音が震動が死霊の声となって地を這った。
現れたその先は蔓のように成長し、自分以外の生けるものを追い始めた。
伸ばし絡み合い融合してまた裂ける。
そしてまた伸ばし絡み合い融合し裂ける。
その繰り返しは〈死霊域〉を個々の集合体でありながら巨大なひとつの統合意識を持たせるに至っていた。
満たされない思いは渇きとなって溢れ出した。
〝苦しい〟
未だに死霊たちはあの竜のブレスに灼かれ続けている。
〝助けて〟
呪詛が瘴気が重い鎖のように縛り締め上げる。
その思いも痛みも生者には伝わらない。
それだからこそそれは〝救い〟を求めて手を伸ばさずにはいられないのだ。
そしてその先には細石の一粒のような〝光〟があった。
無数の死霊のささくれだった枝が蔓のように伸びてバイクに和穂の身体に絡み付く。
灰白くざらついた乾いたものが、手に掴んだものを握り潰すように締まる。
和穂は止まらない。
更にスピードを上げる。手の感覚はない。
僕もリタもすでにあの巻き付いてきた樹の触手にバラバラにされているのかも知れない。
でも、でもだ。僕は止まらない。お前たち死霊なんかには僕は止められない。
絶対に止まってなどやるもんか。
身体が無くなっているなら、それでもいい。
頭の中で、心の中でアクセルを開く。
際限のない天井知らずのエンジン音がどこまでもその音階を上げて響いていった。
〝思念武装〟が反応し身体がバイクが一気に加速された。
内から溢れる圧力に自分が無限に膨れ上がっていくような感覚を覚える。
絡みついた死霊を引き千切る。
銀の両輪の回転が引き千切る。
その単調な繰り返しは、それでも和穂を前へ前へと押し出していった。
引き千切られた絡み付いた死霊はすぐに再生し絡み付く。更にその上に、そしてその上からも。際限なく重なり絡み、幾重にも層を 重ね、圧力となって縋り付く。
バイクの感覚が消えた。
いまの和穂は走っている。
リタを抱きしめて、自分の足で、走る。
速度が一気に落ちた。
だから何だ、僕は止まらない。
後から追い縋ってきた死霊が取り付き、その大きさが一気に膨れ上がっていく。
それが何だ、和穂は止まらない。
〈死霊域〉が動く。
和穂に引き摺られて、森が動いていく。
始めはスライムの蠢きのように鈍く。
徐々に亀の歩み、ウサギの跳躍、俊敏なキツネへ、更に狼の早さに。飛ぶ鳥に。
リタ、僕に魔法をかけてくれ。
風のように走らせてくれ。
もっと早く、もっともっと速く。
〈死霊域〉が移動する。
風に乗った雲のように流れていく。
その和穂の進む先を阻むように何かが立っていた。
街を守る城壁のように広がり天を衝くように空に伸びている。
巨大な塔、遺跡にも見えたそれは近付くにつれ、少しづつその外容が見え始めた。
それは一本の巨大な樹だった。
伸ばされた枝葉は雲のように天を覆い、その幹は植物というよりは突き立てらた岩の柱を思わせた。
前方が見えていない和穂がそれに気付ける訳もなく、そのまま突進していく。
ぶつかった瞬間、ズウゥゥーーゥンと地の底から湧き上がるような重音が大気を震わせ、大地を振動させる。
巨大樹の全ての枝がしなり、悲鳴のような葉音が激しく大気を揺らした。
衝撃に耐えられず地表を割って根が持ち上げられ、堅固な〈妖精郷〉の地表を無数の亀裂が深く口を開けながら走っていく。
大きく傾きながら、それでも〈死霊域〉の森ひとつを巨大樹は受け止めた。
その衝撃は和穂にも伝わった。
いきなり動きを止められた。
それでも振り上げた脚を振り下ろす。
絡みついた死霊が引き千切られ砕かれる。
死霊の身体はすぐに再生し巻き付き、絡まる。そしてその上からも更にその上からも。
それでも和穂を止められない。
振り下ろされた脚はその方向を変えた。
上へ。
〈死霊域〉の動きが止まった。
『樹木精霊』と『古樹精霊』の目標が変わった。
次々と枝を根を巨大樹に伸ばし始めた。
それが上に引き伸ばされ引き千切れていく。
再び森が〈死霊域〉が動き始めた。上へ。
和穂の足が巨大樹の幹を蹴るように走り、上へ上へと駆け上がっていく。
しかし当の本人にはそれが全くわかっていない。
いま自分が何処にいるか、何処を走っているのか。
自分の状態も、向かっている方向も、上か下かも。そして自分の生死さえも。
でも、それでもただ一つ、分かっていることはある。
リタは僕の腕の中にいる。
今はそれだけでいい。
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