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第三章: リタ、奪還

其の五十ニ話 エルフ里の囚われ人:その9(夜襲5)

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「ララン」
「エルシカ、付いてきたんですか」
「当たり前じゃない」
「向こうの指揮はモニカですか」
「大丈夫、私達より上手くやるわ」
「わかって……ますよ」
「ララン」
「わかってる、わかってたんです。私には何の才能もない。ただの凡人です。あなたやモニカに私は敵わなーー」
「ララン、それは違うわ! あなたが来たから来てくれたから」
「優しいですね、エルシカ。ここに来た時も一番に私を受け入れてくれた。でも、あなたのその優しさは私には諸刃の剣なんです」
「うん、わかってた。でも、私にはこうすることしか出来ないの。ごめんなさい」
「何故あなたが謝るんです。全ては私自身の愚かさからです。身から出た錆なんです」
「出ていくつもりなの……ここを」
「そうですね、それもいいかもしれません。少し頭を冷やしたい気分ですよ。
 ティタニア様との魔法修行も中途半端なものになってしまいますが。伯父上にも顔向け出来ません」
「ララン、あなたは抱え込み過ぎなのよ」
「そうでしょうか」
「ララン」
「話しはまたあとでしましょう」
 ラランは抜刀するとまたスピードを上げる。
 その横をエルシカがするすると追い抜いていった。
「エルシカ」
 これまでなら悔しさに苛立っていたラランだが、今はそれほど気にはならなかった。
「たまには私にも花を持たせなさい。ん、あれはなに?」
 遠くにぽつんと明かりが点り、更に光点が上下に動いた。
「光?」
 そして聞き慣れない音と振動が風に乗って響き、刺激する。
 それは大きく魔物のように二度三度と吠えるように唸ると動き出し、一気に距離を詰めてきた。
「動いた! まだ何かいるの。ララン、気を付けて」
「早い」
 その様子に警戒を強め、剣を握る手に自然と力が入った。
「二手に別れましょう。そして左右から同時に」
「わかりました」
 手を振るエルシカの姿が闇に紛れて見えなくなる。
 しかしラランには何の憂いもない。
 分かりますよ、エルシカ。あなたの位置が。何故、もっと早く気が付かなかったのでしょうか。
 果報者なんでしょう、私は。
 そのエルシカの速度がまた上がる。
 あなたはまたそうやって他人を庇って自分を危険に晒す。
 でも、そうはいきませんよ。
 ラランもまたその光に向かって速度を上げた。


「やっぱりエンジン音がないと、張り合いが無いよね」
 命を刻む心臓のように鳴り響くエンジン音を聞きながら、満足そうに和穂が呟く。
 これだけで少しは勇気が出たかな。
 そしてライトを何度か上向きハイビーム下向きロービームに変えて試してみる。
 照らすことの出来る範囲などはたかが知れていて、なにも照らし出すことはなかった。
 それだけここはだだっ広いのだ。
 誕生日プレゼントにバイクを手に入れた時、地平線に憧れた。
 真っ直ぐな何もない道をどこまでも駆けてみたいと思った。
 念願叶って、いまは毎日がだけど……
 和穂はヘルメットをかぶると暗闇の中、ゆっくりとバイクを走らせた。
 そして徐々にギアを上げ、スピードを加速させていく。
 何もない星の光だけの夜の闇にエンジン音だけが風に乗り、長く響いた。
 先を照らす水先案内のようなライトの光に浮かび上がるものもない。
 和穂が〝思念武装サイキック・ギア〟でようやく形にした頃のバイクはただ走らせるだけのものだったが、神祖カミューラの指導の元、〝思念武装サイキック・ギア〟の使い方、その技能の腕も上げていた。
 スゥーマの提示するカタログ、更にはそれを面白がり悪のりするアンと、リタからの無茶ぶりな要求も詰め込むことによって、形こそ和穂の強い要望でそのままのオフロードに落ち着いたものの、その性能はまるでに変わっていた。
「こんなのバイクじゃないよ」と嘆く和穂に、
「あら、かえって安全になって良かったじゃない」とリタが笑う。
「あんな不安定な乗り物じゃあ、ギルドの依頼クエストには使えないわ」
「だけど、バイクってそういう乗り物だよ」
「じゃあ和穂は私が転倒とかして怪我した方がいいって言うの」
「リタに怪我してほしい訳ないじゃないか」
 だからって、止まったらそのまま自立とか、呼んだらそばまで来て、直進だけじゃダメよね。後進、そのまま横移動出来るとか、あー飛べれは問題ないじゃないって、リタはこれに一体何を求めてるの?
「だったら、ね」
 う……直視出来ない。僕の奥さんリタ、やっぱり可愛い過ぎ。
 ダメ押しのウインクに和穂の顔が赤くなり、声が上ずる。
「〝ね〟って……ずるいよ、リタ」
 陥落おとされるって、こういうこと……
 お互いのツボを知り始めて、最近ようやく相手に甘えることを覚えた二人だが、未だ和穂はリタに敵わない。
 でも、構わないかな。そう思う。
 常になにかしら新たな一面インパクトを見せてくれるリタを知る度に、更に好きになっていく。
 なんて素敵で幸せなことだろうーーーー!
 そんなお花畑な自分も和穂は好きになっていた。いや、ただの妥協、諦めかな。
 その和穂の耳元を〈妖精郷アヴァロン〉に来てから嫌というほど聞き慣れた風を切る音が擦過していく。
 どれだけの矢を用意してるんだよ、それとも魔法?
 車体を倒し、一気に方向転換する和穂を追うように、風切り音が掠めていく。まるで僕が見えているようだ。
妖精郷アヴァロン〉のある崖の方に向け和穂はバイクを走らせた。
 嵐のような強い向い風を受け、バイクが後方へ押され大きく流される。
 しかし、それも一時のことで、大きく弧を描きながらも二つの銀輪はしっかりと大地にくい付き走り始めた。
 和穂がアクセルを更に開くと、嘶くようにエンジンが震え加速した。
 風をわずかに感じた。
 和穂を吹き飛ばそうとする強風は鳴りを潜め、撫でるような微風が擦過していく。
「必要ないと思っていたけど、これはこれでーー」
 あとでアンさんにお礼言っとかなきゃ。
 前方には『風除け』の加護と『風切り』のシールドが、タイヤと車体には『自立姿勢』と『絶対安定』なるものが付与され、結果、乗り手がいなくても倒れることなく、自由にどこまでもどこでも走ることが出来る代物になってしまった。
 前方をカウリングして強化すれば魔物も倒せる程に……
 こんな戦車のようなバイクって、何処かの特撮ヒーローが乗るような代物でしょう。
 僕が求めてるバイクはもっとシンプルでーーーー
 和穂のロマンが異世界に虚しく響いた。
 

妖精郷アヴァロン〉に方向転換した和穂をみて、エルシカとラランは速度を更に上げた。
 すでに後方からの矢の援護はない。
『収納』スキルがあるからと言って、無限に放ち続けることが出来る訳ではない。
 モニカたちも後を追ってきているだろう。
 夜間、暗闇での行動はそれだけで昼間の倍以上の魔力消費、精神疲労がなされる。
 できれば彼等に追いつかれる前に役目だけは果たしておきたいと思った。
 しかし、とエルシカは思う。
 あれは夜間戦闘の定石を知らないの?
 これみよがしに灯りを付け、辺りに響く音を立てる。何から何まで正反対だ。
 囮とか仲間の奇襲といった、なにかしらの戦術であるならばそれもありだろうが、その行動は行き当たりばったりのように思える。
 その細い後ろ姿がようやく見え始めた。
 速度は早い。
妖精郷アヴァロン〉からの向かい風を受けながら、それでも最速まで上げた私とラランが容易に追いつけない。
 それにしても間に触る音ね。聞いていると頭にガンガン響いてくる。まるで楔でも打たれているようだわ。
 これもこいつの攻撃? 防衛方法の一つなのかしら。
 とにかくーーーー
 エルシカの後方に魔法陣が展開する。
 気付いたラランがそのサポートに入る。
 高密度に圧縮された気流がエルシカを一気に和穂の背後まで押し出す。
 革鎧のような長袖の上着と頭をすっぽり覆った見慣れない兜姿が現れた。
 構えた細身の剣がその兜と革鎧の間、和穂の首に狙いを定め、刀身に魔法陣を展開する。
 次々と開花するように魔法陣が刀身を埋めていく。

穿孔一閃インジェクトストライク

 刀身に込められた魔力は当たった瞬間に前方にドミノ倒しに集中し硬い岩盤さえ穿ち吹き飛ばす。
 エルシカの一撃必殺の剣だ。
 しかしその様子の全てを和穂は把握していた。
 ディスプレイを応用した周囲防衛支援魔法が常に和穂のヘルメットのシールドに、まるでVRのように周囲の状況を映し出していた。
 映像も夜とは思えないほど鮮明だ。
 それだけに迫力満点、抜き身剣を手に迫るエルシカに、思わず「ひぃいいーー」と悲痛な声をあげる。
「な、なにあれ? 人? いやエルフか」
 その姿が一瞬で和穂の背後、タンデムシートまで移動する。
「〝黒曜〟 お願い」
 エルシカの放った必殺の一撃を〝黒曜〟が受け止めた。
「な……!」
 エルシカの顔色が変わった。
 かつて正面からこれを放って受け止めたのは戦士長のスサヤだけだった。
 同時に込められた魔力と共にそれを握っているエルシカの魔力も〝黒曜〟は吸い取り始める。
「こいつ、私の魔力を!」
 強制的に吸い取られていく魔力と共にエルシカの身体が重怠く弛緩していく。
 エルシカも防御スキルを駆使して抗うが役に立たない。
 和穂の「〝黒曜〟」の声に、エルシカを抑えた状態で、その一部が和穂まで伸び、剣状に変化する。
 シートから立ち上がり、力無く今にも落ちそうタンデムに跨っているエルシカに〝黒曜〟を振り上げた。
 魔力を限界まで吸い上げられ、朦朧とするエルシカの半開きの目が悟ったように閉じた。
 しかし、そこで和穂の動きが止まった。
 振り下ろさなければ、そうしなければ僕が死ぬんだ。
 だけど、だけどだけどだけど! ごめんね、リタ。
 僕にはやっぱり、斬れない! 殺せないよ。
「エルシカ!」
 追いついたラランがバイクと並走しながら、エルシカに魔法陣を掛ける。
『風の繭』を作り出し包み込むとタンデムから引き剥がし地面に転がせた。
 落ちて弾むように後方に消える『風の繭』に目も向けず、更に和穂の襟首を掴み、崖の方に投げようとする。
「この!」
 そうはさせるかと和穂もラランの衣服を掴み、二人はバイクの上で揉み合いになった。
「離しなさい」
「もう、うるさいって」
 もがくラランを和穂が力任せに引き寄せた。
 ガツン! 
 ラランの額に和穂のヘルメットがその勢いのままに衝突し、弾けるように離れた。
 しまった、ごめんなさい!
 ヘルメットのおかげでほぼノーダメージの和穂が反射的に謝る。
 その身体が反対側のラランの方に引かれた。
 え、まだーーと身構える和穂は、気絶し頭が地面すれすれで止まっているラランに気付いた。
「ちょ、ちょっと起きて」
 引き上げようとするが、意識の無い身体は重く容易には持ち上がらない。
 更にガクンと大きくバイクが前に傾く。
「えっ?」
 地面が無い! 和穂が気づく前に二人を乗せたバイクが崖を飛び出し、次いで落下を始める。
 和穂の悲鳴が狭いヘルメットの中に響いた。
「ララン!」
 追いついたモニカの目の前で、何かと絡れるように崖の奥の闇にラランが飲まれていった。
 届くわけがないとわかっている。それでも伸ばしてしまう手にモニカは虚しさを感じた。
「ラランはわたしが行く。あなた達はエルシカをお願い」
 素早く指示を出し、モニカもまた闇へと身を投じた。
 途切れた大地と夜の空が交わるその先には、今は見えないが、遥か下に〈妖精郷アヴァロン〉の森が広がっている。
 ラランの姿はもう見えない。
 けど、位置は分かる。見える。
 モニカは大きく息を吸い、吐き出した。
 その身体に魔法陣が展開し、吸い込まれる。
 ガチャっと、モニカの中で何かが外れる音がした。
 彼女が自分で外すことの出来る枷を解除する。
 外せる枷はあと五つあるが、それを解放するにはエルシカとラランの解呪魔法キーが必要だった。
 不用意に解放すれば、その呪いのような魔力はモニカ自身を蝕みながら周囲をも巻き込んで破壊へと及んでいく。
 枷の解放と共に魔力がモニカの全身を駆け巡っていく。
 だがモニカにはこの呪いのような魔力が恨めしかった。
 でも今はーー
 力が漲ると同時にモニカの中の〈狂戦士〉が目覚め、思考が破壊欲求に傾倒し始める。
 傍若無人なそれは、魔力というより人格に等しく、常に自分を解放しろとモニカに語り続ける。
 エルシカ、モニカ、ラランの三人で今の状態に調伏するまでは、まるで正反対の二人が一つの身体に混在しているようだった。
 エルシカが抑え、ラランが分離し、モニカとエルシカが魔法で封印した。
 二人には感謝しかない。だから今度はわたしが二人の力になりたい。
 〈妖精郷〉へと落ちていく和穂とラランを追ってモニカが迫る。


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