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さまざまな日々
其の一話:ファーストミッション
しおりを挟む〈モルスラ〉冒険者ギルド内
私の名前はアリア・ロンバルデ。
〈モルスラ〉の冒険者ギルド協会の副ギルドマスター、やってます。
以後、お見知りおきを。
とりあえず、今日の朝の占いは最悪だった。
今日も冒険者ギルドは喧騒の中にあった。
受付カウンターでは、
「ふうーん、そうねぇ」
アリア・ロンバルデがカウンターの上に積まれた紙束をパラパラと捲りながら、トレードマークの丸メガネ越しにカウンター先の二人を見た。
顔見知りの人族とエルフのカップル。
まぁ、パーティーの取り合わせとしてはさして珍しいものでもない。
ここ〈モルスラ〉ではむしろポピュラー、かしら。
身体能力的にバランスの良い人族を前衛にして、魔法、弓に長けたエルフを後方支援に据える。
定石だわね。だけど……分かってないわね、彼女……。
「あのさぁリタ、ちょっと聞くけど」
ったく、新婚だからってイチャつきおって。
少しは場所とか人目とか気にしなさいよ。
相手がリタじゃなかったら、すぐに誰かに絡まれて、ボコボコにされて外に放り出されてるわよ。
あのね、依頼はデートじゃないのよ! 仕事、仕事・な・の!
ーーって思ってる側から、バーのカウンターで昼から一杯やっていたクエストを終えて来たばかりのバカな冒険者が呪詛を飛ばして来る。
んで、唐突にジョッキーの酒を撒き散らしながら椅子から転げた。
案の定、リタに返されちゃってる。
しかも倍返しじゃないわね。倍々々ぐらいの呪詛返しを食らった紫色の顔が床の上を跳ねるように転がっている。
まるで釣り上げられた魚だ。
アホが……D級レベル程度の呪詛がこのお嬢様に効くか!
そんじょそこらの呪術師より強力で上手いんだ、この女は。
呪術師より解呪とか退魔除霊で稼いでんのよ。甘く見るんじゃない。
義母がアン・モルガン・ルフェってのは伊達でも飾りでもないのよ、このお嬢様は。
「リタぁー」
「なに、アリア」
「やり過ぎでしょ」
「そうかしら」
和穂ぉー、気をつけなさいよー。本当はこんなエルフなのよ、リタって。
が、とりあえず今は横に置いとこうか。
こんだけニヤけたリタを見るのって初めてじゃない。だったらこれって超レアな……じゃなくて、
「あなたの旦那ーー和穂って、今日が初依頼なのよね?」
「そうよ」
冒険者の身分証ーークラスカードを見たらわかるじゃない。
「あなた、自分の旦那を殺すつもりなの」
「はぁーあ、私が和穂を殺すぅう」
バン!
険しい顔でリタがアリアと自分を隔てるカウンターを手で叩いた。
平素、あまり聞かれることのないリタの怒鳴り声とその音に、アリアを挟んで他の冒険者に対応していたエリダヌスとドリス、そして周りの冒険者までもが驚き、何事かと視線を送ってくる。
「アリア、いくらあなたでも言っていい事と悪い事があるわよ」
「ちょっとリタ、落ち着いて」
リタの剣幕に和穂が慌てて間に入る。
「和穂は黙ってて」
「でもリタ、アリアさんの話も少しは聞いてみるべきじゃないかな。初めから喧嘩腰だと何も解決しないよ」
「和穂はどっちの味方なの!」
どっちの味方って……
勿論、リタの味方だけど、今はもう少し冷静になろうよ。
アリアを庇うような和穂の行為に、リタが更に逆上する。
その主な原因は嫉妬なのだが。
「だから、話の最初、取っ掛かりをちゃんと聞こうよ」
「喧嘩、売ってきたのは向こうなのよ」
「それじゃあ、話が進まないから。で、アリアさん、なにが問題なの」
アリアを睨み付け、灰色狼のように唸るリタとそれを宥めながら問題解消しようとする和穂。
アリアがメガネの位置を直しながらため息を吐く。
「最初に聞くけど、この依頼を選んだのはどっち?」
「私よ」
旦那様の初仕事だもの。
自慢げに胸を張るリタのそれをアリアがばっさりと切った。
「アホね」
「なんですってーー」
そんなリタを無視してアリアが依頼の紙束の内容を幾つか読み上げた。
あー面倒くさい。さっさと依頼受理書を渡してお引き取りお願おうかしら。
けど……
アリアが依頼書から視線を外し、リタを宥める和穂を見る。
苦労人、だわねぇー。リタの旦那って。
いい物件、捕まえたわねー、彼女。
「じゃあさー」
アリアがリタの持って来た依頼の紙束の一枚目を面倒くさそうに読み上げた。
一枚目、デュバイ遺跡のゴブリン討伐
「ねえリタ、ここってゴブリンキングがいるって報告、聞いてた?」
「勿論よ」
わかってたか、さすがはB級ね。
情報収集が早くて助かるわ。
分かってて、迷わず取ったと。
しかも初心の旦那の初仕事に。
ゴブリン退治、討伐は少なくともD級上位者かC級からだ。
〈黒の森〉では下位の魔物であっても何故か他の地域より強力となり脅威度が跳ね上がるのだ。
原因はわからない。でもこれまでの資料と結果がそれを示している。
それを知らずにナメてかかり、ほうほうの体で逃げ帰って来る冒険者は少なくない。
新参、新人においては帰還率が他の地域のギルド協会に比べ一割も少ない。
そしてキングがいるとなれば更に脅威度は上がり、D級上位者以上で討伐隊が組まれることも稀じゃない。
かけ出しが手を出していい代物じゃないの。
これを『アホ』と言わずしてなんていうのよ! 知ってるなら誰か教えて。
冒険者の依頼は自己責任だから、そんな命知らずは大抵ほっとかれる。
所謂『冒険者稼業、舐めんなよ!』ってヤツよ。
でもギルド協会は斡旋業で、そんな無謀な冒険者の命を少なからーず保護、サポートする義務もある。
これはどこの大国小国、地域、大陸、離島の冒険者ギルド協会も共通している大前提だ。
大体、この手の類の奴等は『命』が普通は一人一個しかないってことを何処かに置き忘れてきてる。
だから正式、仮の受諾に限らず、そんな自殺志願者ーーもとい気負い過ぎた生意気なガキ、いえ未来ある若き冒険者にはプロとして優しく笑顔で一言助言しなくてはならない。
『死にますよ』と。
二枚目、迷いの森の青い妖蘭採取。
ここは死霊とアンデットの巣窟みたいなとこでしょう。一部、ダンジョン化してるし。
しかも以前に倒されたリッチの呪詛がまだ完全に浄化出来てないところよね。
ねえ、誰よ。
この依頼は受けないようにって、ギルマスから言われてたわよね? 私も言ったよね!
またエリダヌス、あんたか。
ちょっ、〝貴婦人〟 いい加減に庇うのはやめて下さい。
『だって』じゃ、ありません。
その子のためにならないっていってるんです。
はあ、『じゃあ、わたくしが今から鎮めてまいります』って、〝沈める〟の間違いじゃないですよね。
水底に〝迷いの森〟ごと永久保存しちゃ、ダメですよ。
湖が一個増えるだけ、全部聖水? その聖水を何処からもってくるんですか。
知り合い? 知り合いって、誰ですか。
あ、いえ、すいません。口が滑りました。ごめんなさい。ですから名前は言わなくても結構ですって。怖いからやめてって。
ラウンマトルの双子ちゃんーーって、〈モルスラ〉の守護神を〝ちゃん〟付けですか。可愛い姪っ子よって、神様の家系図なんて知りたくありませんから!
私、とんでもない人達から目を付けられそう。
いいですから『いい子いい子』なんて。
あたま、撫でないで。ご褒美って、なんでなにがですか。
エリダヌス、ドリス、そこ笑わない! 仕事に集中しなさいよ。
あんたらもよ! そんなんじゃあ、今日の依頼、失敗するわよ。
アリアかわいい、じゃない!
ノーラも笑ってないで助けてよぉー
近々ラウンマトル聖堂神殿からクレス様が〈ナンバーレス〉団長のマドル様と浄化に向かうって噂もあるけど、そんな場所に「初ミッション」の和穂を連れて行くって……
リタ……私、もう呆れるを通り越してっちゃったわよ。
その他、ハニー蝶の捕獲、双頭熊討伐、ゴーレム退治等々……
「何処が問題なのよ。全部楽勝じゃない」
「リタ、本気で言ってる? それはあなたから見れば、でしょ」
「大丈夫よ、旦那様は私が守るから」
『マスターにはこのフェリアが付いているのですよ』
フェリアの声はアリアには聞こえない。
和穂とリタ以外で聞こえているのは貴婦人ぐらいだろう。
「これ、誰の『初仕事』でしたっけ」
「パーティーだから大丈夫でしょう」
『ーーでしょう』って、本末転倒でしょう。
あーもーいい、わかった。いや、わかってた。
やっぱりリタって、リミッター外れてるの外されてるの。
教えてください、アン・モルガン・ルフェ!
結局、アリアの努力により和穂の『初仕事』は無難な『採取』と『狼討伐』に決まった。
結果は……
普通通りに終わらないのが、この夫婦のさがかもしれない。
応援ありがとうございます!
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