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第三章: リタ、奪還
其の六十話 その城は月の向こうに……:その5(ヒュプノス)
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この話には残酷シーンが登場します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
浮遊島にあるアン邸の朝。
その日のいつものテラスには、白の丸テーブルを挟んでアンと神祖の他にもう一人、銀髪のハイエルフの姿があった。
リタの実母リリクス姿のヒュプノスが腕を組み、アンを正面から睨みつけていた。
〈妖精郷〉の一件がよほど腹に据えかねたのか、憤りも隠さず、ここに現れてから一言も話さず、獲物を前にした魔物の如く微動だにしない。
対峙するアンはというと、メリューサが淹れたお茶をゆっくり飲み干すと、満足したように微笑んだ。
「これは実母様。朝早くからのご訪問、痛み入ります」
その言葉にヒュプノスの眉が動いた。
この阿保が。
「たわけが。いつまでふざけているつもりだ」
「ご立腹のようですね、姉さん」
ちょっと失礼。よいしょ、っと。
胸のふたつの重いものをテーブルに乗せ、その前に両肘を付く。重ねた手の上に顎を乗せた。まるでどうぞとでもいうように。
その刹那、アンの首から上が音も無く破裂した。
そしてその一瞬後、破裂した頭が四散する直前の状態で止まった。
アンの横に座っていたカミューラが鋭い視線でヒュプノスを射た。
ほお、恋人の惨状に腹でも立てたか。
もう、もったいないでしょう。アンの血は一滴残らず私のものなんだからぁー。貴重なのよ、これ。
少しはこっちの心配もしてほしいですね。さすがに悲しいですよ。
再生した頭がテーブルに転がる。
それをカミューラがひょいと持ち上げ、身体に戻すと思いきや、ギュッと抱きしめる。
「ひどくないですか、姉さん」
頭を抱きしめられた状態でアンがヒュプノスを非難する。
それを一蹴し、
「差し出された首を落として何が悪い。その程度で我の憤りが消えたと思うなよ」
侮蔑のこもった目がアンを睥睨する。
「重々、刻み込んでおきますよ」
アンもアンで、それを明後日の方角に吹き飛ばす。
リタと和穂が見たら卒倒しそうな光景も、ここに在る五人の神にとっては日常のようなものだった。
ヒュプノスが本題にはいった。
「よく言う、今回のこと、全てお前の算段ではないか。少しおいたが過ぎないか」
「まさか。この程度でですか、姉さん」
過保護ですねー、姉さん。
アン、あなたがそれを言うの?
お前にだけは言われたくないわ!
「我を姉と呼ぶな」
「では母さまで」
「ふざけるな。言っておくが実の娘以外に実母とは呼ばせん」
「なら、姉さんで」
「好きにしろ。で、これからどうするつもりだ」
「どうもしません」
「ふん、どうせなにも考えておるまいが」
「姉さんにはかないませんね」
「たわけ」
「ふーん。じゃあ、私もあなたのことお姉ちゃんって呼んでいいのかしら」
アンの頭部を身体に戻したカミューラが尋ねる。アンの首に残る接合の痕が染み込むように消えた。
うん、大丈夫。とでもいうようにアンが顔を数回、左右に動かす。
「きさまは神祖だろうが。何故、貴様にまで姉と呼ばれねばならんのだ。我を〝姉〟と呼ぶものは、このたわけ一人で充分だ」
「そんなのうんざりよ。しかしヒュプノス、あなた、垢抜けたわねえ」
「黙れ」
「はいはい」
「で、この後はどう決着をつけるつもりだ?」
「王都へ行きます」
「行ってどうする?」
「その後のことは二人に任せますよ」
「任せる、か。都合の良い口ぶりだな。まさかとは思うが〈黒の塔〉に行かせるつもりではないだろうな」
「さあ、どうでしょうか」
「我は知らぬぞ。どうなっても」
そんなヒュプノスの言葉にもアンはどこ吹く風で、メリューサの淹れるお茶をまた満足そうに飲むのだった。
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浮遊島にあるアン邸の朝。
その日のいつものテラスには、白の丸テーブルを挟んでアンと神祖の他にもう一人、銀髪のハイエルフの姿があった。
リタの実母リリクス姿のヒュプノスが腕を組み、アンを正面から睨みつけていた。
〈妖精郷〉の一件がよほど腹に据えかねたのか、憤りも隠さず、ここに現れてから一言も話さず、獲物を前にした魔物の如く微動だにしない。
対峙するアンはというと、メリューサが淹れたお茶をゆっくり飲み干すと、満足したように微笑んだ。
「これは実母様。朝早くからのご訪問、痛み入ります」
その言葉にヒュプノスの眉が動いた。
この阿保が。
「たわけが。いつまでふざけているつもりだ」
「ご立腹のようですね、姉さん」
ちょっと失礼。よいしょ、っと。
胸のふたつの重いものをテーブルに乗せ、その前に両肘を付く。重ねた手の上に顎を乗せた。まるでどうぞとでもいうように。
その刹那、アンの首から上が音も無く破裂した。
そしてその一瞬後、破裂した頭が四散する直前の状態で止まった。
アンの横に座っていたカミューラが鋭い視線でヒュプノスを射た。
ほお、恋人の惨状に腹でも立てたか。
もう、もったいないでしょう。アンの血は一滴残らず私のものなんだからぁー。貴重なのよ、これ。
少しはこっちの心配もしてほしいですね。さすがに悲しいですよ。
再生した頭がテーブルに転がる。
それをカミューラがひょいと持ち上げ、身体に戻すと思いきや、ギュッと抱きしめる。
「ひどくないですか、姉さん」
頭を抱きしめられた状態でアンがヒュプノスを非難する。
それを一蹴し、
「差し出された首を落として何が悪い。その程度で我の憤りが消えたと思うなよ」
侮蔑のこもった目がアンを睥睨する。
「重々、刻み込んでおきますよ」
アンもアンで、それを明後日の方角に吹き飛ばす。
リタと和穂が見たら卒倒しそうな光景も、ここに在る五人の神にとっては日常のようなものだった。
ヒュプノスが本題にはいった。
「よく言う、今回のこと、全てお前の算段ではないか。少しおいたが過ぎないか」
「まさか。この程度でですか、姉さん」
過保護ですねー、姉さん。
アン、あなたがそれを言うの?
お前にだけは言われたくないわ!
「我を姉と呼ぶな」
「では母さまで」
「ふざけるな。言っておくが実の娘以外に実母とは呼ばせん」
「なら、姉さんで」
「好きにしろ。で、これからどうするつもりだ」
「どうもしません」
「ふん、どうせなにも考えておるまいが」
「姉さんにはかないませんね」
「たわけ」
「ふーん。じゃあ、私もあなたのことお姉ちゃんって呼んでいいのかしら」
アンの頭部を身体に戻したカミューラが尋ねる。アンの首に残る接合の痕が染み込むように消えた。
うん、大丈夫。とでもいうようにアンが顔を数回、左右に動かす。
「きさまは神祖だろうが。何故、貴様にまで姉と呼ばれねばならんのだ。我を〝姉〟と呼ぶものは、このたわけ一人で充分だ」
「そんなのうんざりよ。しかしヒュプノス、あなた、垢抜けたわねえ」
「黙れ」
「はいはい」
「で、この後はどう決着をつけるつもりだ?」
「王都へ行きます」
「行ってどうする?」
「その後のことは二人に任せますよ」
「任せる、か。都合の良い口ぶりだな。まさかとは思うが〈黒の塔〉に行かせるつもりではないだろうな」
「さあ、どうでしょうか」
「我は知らぬぞ。どうなっても」
そんなヒュプノスの言葉にもアンはどこ吹く風で、メリューサの淹れるお茶をまた満足そうに飲むのだった。
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