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第三章: リタ、奪還
其の四十七話 エルフの里の囚われ人:その4(夜襲1)
しおりを挟む「ひどいよ、もう」
理不尽が形になったようなドアの前で和穂は大きくため息をついた。
閉まったドアはどう頑張っても開くことはなく、諦めてその場に座り込んだ。
アンが構築した結界の中は風も無く気温も一定で至極快適だったが、何故か肌寒さを感じた和穂は、寝袋を出すと頭まで包まった。
なんか虚しい……。
「夜襲って」
こっちの世界に来てからもあまり聞くこともなかった剣呑な言葉に身体が思わず身震いする。
「本当に来るのかなぁ……」
怖い。そして不安だらけだ。
寝袋の中で膝を抱え、半信半疑で目の前の闇に目を凝らした。
夜間監視用の赤外線暗視ゴーグルでも用意しとけば良かった。帰ったらスゥーマに検索してもらおう。
スゥーマか……
不思議だよね。
まさか自分のスマホが精霊になって返ってくるなんて思わなかった。
おかげでこんなものまで出すことが出来たけど、喜んでいいのか悪いのか。
和穂は後ろのコテージを振り返る。
木造の平屋でテラス付き。
中はキッチン、ベットルーム、広めのバスルームは源泉掛け流し。
まさか温泉が出ようとは。
アンさん曰く「君の思いが現実になる」と笑顔で言われてしまった。
これはスゥーマが精霊魔法で提示してくれた幾つかのサンプルを参考にして和穂が構築したものだ。
スゥーマは元の世界のことをアーカイブとして記憶していて「ディスプレイ」の魔法陣を使用して見ることが出来た。
和穂はスゥーマとリンクすることによって一度具現化したものをデータとしてスゥーマに記憶、そのデータベースからいつでも出すことが出来るようになった。
簡単な物なら自力で構築した方が早いが、構造が複雑なものや記憶が曖昧なものにはスゥーマの協力が必要だった。
『こんなものに頼らなければならない能力なら無い方がマシなのですよ。マスターには更なる努力と向上を求めるのですよ』
〝思念武装〟の訓練のため、スゥーマと過ごすことが多くなってから、疎外感とか嫉妬でも感じているのか、最近フェリアからの当たりが強い。
別に蔑ろにしているつもりは無いんだけどなぁと思う和穂だが、
未だにリタからも、
「和穂ってば鈍感! 女の子の気持ち解らな過ぎ!」
と叱られているのだから、最近は半ば諦め気分だ。
他人の心が解るなら、どれだけ世の中楽だろう。でも、そんなことが出来るのは神様ぐらいだろう。
小さなメイド姿のスゥーマを紹介された時、和穂の目は点になった。
この子がスマホ?
それが初見での和穂の一声だ。
「そうだよ」と、いつもの笑顔でアンが言う。
「この子はねー、昨日、君から借りたスマホだよ」
「アンさん、また僕をからかってますよね」
「んー、さすがに信じられないか。じゃあ、とりあえず何か質問してごらん」
言われて和穂は目の前の少女の目線まで身体を下ろした。
「こ、こんにちわ。質問いいかな?」
「初めまして。その前にIDとパスワードをお伺いしてもよろしいですか」
少女が和穂の手を握り、正面から顔を見た。
「ID……とパスワード……」
久しく聞いてなかった言葉に思わず口籠る。答えながら懐かしさが込み上げてくる。
和穂が答えると同時に二人の間に魔法陣が光り、消えた。
「登録者本人、三坂和穂様と確認しました。マスター、御用件をどうぞ」
「マ、マスター……って、僕?」
「お気に召しませんか、では何とお呼び致ししましょうか」
大きめの黒い瞳が愛らしく小首を傾げる。
「あ、いやマスターでも……」
『却下、なのですよ』
和穂の肩にいきなりフェリアが現れた。
不機嫌な顔がスゥーマを睨んでいる。
「フェリア、どうして」
『私とダブるから、なのですよ』
「ダブるって、そんな理由で」
『マスターにはわからないのですよ』
「じゃあ名前で『和穂』でいいよ」
『私がマスターで、そいつが名前ではずるいのですよ』
「もう、どうすればいいの!」
「名前でいいじゃない。フェリアもあまり和穂を困らせないで」
『フン! なのですよ』
駄々をこねるフェリアをリタの嗜め、その場はとりあえず収まり、スゥーマは和穂を名前で呼ぶことになった。
でも、どうして精霊に?
浮かぶ疑問をアンに訊きたい和穂だが、いつものようにはぐらかされそうな気がして諦めた。〝神様〟のすることに和穂の考えは及びようがない。
はぁー。抱えた膝に顔を沈め、大きく息を吐く。気が重い。
「リタ……」
唇から最愛の名前が溢れでる。
和穂は『岩戸』となったドアに身体を預けると空を見上げた。
真っ暗な闇の中、無数の星々が励ますように輝いていた。
「こっちの世界では空の女神様が宝石箱をひっくり返して散らばった宝石の粒っていわれているのよ」
「だったらどれだけ大きな箱だったんだろうね」
「和穂の世界の夜空もこんな感じ?」
「うん、そうだね。こんな感じ」
二人で夜空を見上げて、星や星座にまつわる物語の話をした。
ひとつの毛布の中で、互いの肩に自分を預けあって感じる温もりと星空に、今まで感じられたことのない不思議な充足感があった。
「まったく呑気なものだね、婿殿は」
単眼が見下ろすその寝顔は、どんな夢を見ているのか幸せそうに笑っていた。
迫る現状は明らかにその真逆だというのに。
目が覚めたら婿殿には少し苦労してもらおうか。
寝袋の中で寝息をたてる和穂の傍らに立って、アンはその気配を感じていた。
「ようやく来たか、愚者共が」
こちらの認識阻害はとっくの昔に解除しているというのに反応の鈍いことだ。
長命種というのは悠長なものだな。
認識阻害魔法を付与した者が〈妖精郷〉のある崖側から上がって来る者五人、平原側を大きく回り込んで来る者十人。向い風の吹き付ける強風の中を身体強化と気流操作で飛んでくる。
たった二人に挟撃とは見下げた奴らだ。
まあいい、返り討ちにしてくれる。
さてと。
「婿殿、そろそろ目を覚ませ」
アンの声に和穂が飛び起きる。
と、同時に包まっていた寝袋のことを忘れて、絡まり、前のめりに倒れ、テラスの床に転がった。
「痛ったー」
「大丈夫か、婿殿」
見下ろすアンがため息混じりで手を貸す。
「ははは……すいません。あの、そろそろって」
立ち上がりながら和穂が訊いた。
「敵襲だ。崖側から五人、平原側から十人。すでに囲まれているといっていい」
こともなげにアンが言った。
「十五人も……で、どうするんですか」
和穂には充分に多い人数だ。緊張で胃の辺りが痛くなった。
「落ち着け、婿殿。我がついている」
「は、はい。役に立てず、すいません」
「事が起こる前から自分を卑下するものでは無いよ。大丈夫だ、婿殿は充分に役に立っている」
「アン……さん」
その言葉に和穂が感極まったような声を出す。その様子を優しくアンが見つめる。
優し過ぎる……
我が婿殿は冒険者に向いていない。
「素直だな、婿殿。あの悪ふざけの過ぎる単眼の側に置くには少々心配だな」
「悪ふざけの単眼の……って」
それアンさん、自分のことでは……?
「気にするな、独り言だ。ならば我が崖側を撃退する間、婿殿は平原側を見ていてくれるか。なに、ただ見ていてくれれば良い」
「それで役に立つのであれば」
今の自分の技量で十人相手なんて、絶対に無理だ。それにこれは現実、下手をすれば死んでしまう。
「立つさ、心配はいらん。それとこれを渡しておこう」
アンが和穂に手を差し出し、何かを掴むような動きを行うと、その手には一本の奇妙な形のものが握られていた。
なにかを細く引き裂いような無造作な造形、しかも僅かだがゆらゆらと炎のように揺れている。剣のようなものだとは思うがこれまでの経緯から他の何かのような気がしてならない。
「剣……なんですか」
言ってみたものの、まったくそんな気がしない。アンもその事にはまったく言及しない。いつものように意味ありげに笑っている。
敵襲と言いながら、その様子はいつもと変わりがない。
「敵を前に丸腰という訳にもいかないだろう。持ってみなさい」
言われて、恐る恐る受け取った。
軽い! それになんだろう、仄かに温かい感じがする。
「気に入ってくれたかい、婿殿。それは婿殿の思った通りに動き、形を変える」
「〝思念武装〟みたいなものですか」
正体不明のものばかりも持たされている気がする。
まだ使いこなせずにいる〝思念武装〟のようなものをもう一つよこされても和穂の手には余るーーどころか、いつか自分が怪我しそうだ。いや、それで済めばまだ幸いの域かもしれない。
「あれほど凶悪ではないよ。形を変えるだけだからね。それと魔力も込めてあるから、それを持っていれば婿殿も単独で魔法が使えるぞ」
「本当ですか」
その言葉だけで嬉しそうに和穂が声を上げる。
単純だなー、僕も。
これでようやくリタやフェリアに頼らなくても、僕も魔法が使えるんだ。
そう思うと、何やら良い物のように思えてくるから不思議だ。
「自力で魔力の吸収も行うから補充してもらう必要もない。そしてそれは婿殿とリタの専用だ」
「僕とリタの……でもどうしてリタも」
「それはおいおい試してみるといい。きっと役に立つよ」
「それでこれ、名前とかあるんですか」
「名前は無いな。婿殿が付けてやるといい。さてーー」
不意にアンの視線が和穂を外れ、平原の星空に移った。
細く銀線のような光が一つ、流れて消えた。
「ようやく動くか。では頼んだぞ、婿殿」
言い終えると同時にアンの姿が歪み、消えた。
おぼろげなアンが消える寸前に、
「そうだ婿殿、我が消えると同時にここの結界もーー」
しかしその言葉は和穂の耳には届かなかった。
いつもながら見事、と和穂が思った瞬間、
ゴオオーーーーーーーー
和穂の耳を風の轟音が駆け抜けて行った。
ドン、と擬音が聞こえてきそうな見えない塊を全身に受け、その強さに身体が浮き、飛ばされそうになる。
一体、何が?
這うようにコテージの陰に入り風をしのいだ。
そのコテージもあちこちからギシギシと嫌な音を立て、その形を歪め始めている。
確かアンさんは結界を張っているから大丈夫だって……って、まさか解除された……とか。ええーー、どうして?
しかし悠長に考える間は与えてもらえず、更に和穂を無数の矢の雨が襲いかかった。
頭を抱え床に伏せた。
どういう魔法が付与されているのか、コテージの壁を易々と貫通してくる。
ドンドン、と棍棒で殴打するような鈍い音が続き、脆くなった場所から開くように大穴が出来た。
「さて、どこまでやれるか」
五人のエルフの猛者を瞬殺してアン=ヒュプノスが笑う。
さてさて我が笑うなど、何時ぶりのことか。
まずは婿殿のお手並み拝見だな。
がんばるのだぞー。
応援ありがとうございます!
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