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第二章:〈モルスラ〉でリタの師匠に会う

其の二十八話:〈モルスラ〉にて その13 冒険者ギルド協会

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『マスター、起きてくださいなのですよ』
 フェリアの声の響きに頭を揺すられ、和穂は正気を取り戻した。
 少しの間、気を失っていたらしい。心配するリタの不安そうな顔が和穂を見ている。
 魔法での移動にはもう少しが必要みたいだ。でも、今の場合はフェリアの憑依コントロールのせいかな。
 突然、意識が抜けるような気分は勘弁してもらいたい。
「いきなりでごめんなさい、和穂。大丈夫」
「大丈夫、大丈夫。でも、次からはもう少し余裕というか、心の準備がほしいな」
『その割にはしっかり気絶してたですね』
「うるさいな」
 からかうようなフェリアの声に和穂が「ふん」とそっぽを向いた。
 そんな和穂に「考えておくわね」とリタが笑った。
「で、ここはどこ?」
「どこかしら」
 辺りを見回す和穂に、他人事のような顔でリタが言った。
 えっとリタさん、どういうことですか? 
 小さな荷馬車同士がすれ違える程度の石畳の通り、その両脇には高さのそろわない素材もさまざまな建物が身を寄せるように建っていた。その前には屋台やら出店が並び、いい匂いと共に、客引きや値引き交渉などの人の賑わいや活気が聞こえてくる。
「冒険者ギルドの近くなの?」
「冒険者ギルドって、なぁに? リタ、わかんなーい」
 明後日の方を向いたリタが呆けた声で和穂に答えた。
 その様子から和穂はなんとなく悟った。
 だからって……
「リタ、その誤魔化し方は卑怯だよ」
 リタの実力行使に対し異議を唱える和穂に、腕組みしたリタが「ふん」と背中を向け一蹴する。
「和穂が私の忠告を聞いてくれないのがいけないんだわ。だから私、全て忘れちゃった」
『リタ殿、大人げないのですよ』
「別に。子供で結構よ」
「いいよ、フェリア。リタって見かけによらず強情だね」
『同意、なのですよ』
「なんか酷い言われようね、心配してるのに。だったらいいわよ。冒険者でもなんでもなって、和穂なんかさっさと魔物に食べられちゃえばいいのよ」
「そんな最期は勘弁かな」
『私がついているから大丈夫なのですよ』
「そう言われて、僕、死にかけたと思う」
『あれは私を使いこなせなかかったマスターが悪いのですよ』
「じゃあ和穂、私、向こうに行くから。あとで野外劇場で落ち合いましょう」
 歩き出そうとするリタを和穂が引き止める。
「待ってよ。こんなところに一人残されたら、僕、どうしたらいいかわからないよ」
「あら、フェリアがいるじゃない」
 さらりとリタが言った。
「そういう問題じゃなくて。もうリタ、ずるいよ」
「あら酷い言われようね。私、消えたくなっちゃったな」
 わかってて言ってるよね、リタ。
 和穂が疲れたように両手を上げた。白旗だね。
「参りました。全部、リタの言う通りにするから」
「わあーい、和穂、大好き」
「ただし、冒険者ギルドの建物だけでも見ておきたいから案内はしてよね」
「前言撤回、和穂のばか!」
 笑顔で振り返ったリタの表情が一変する。
 顔を突き出し「べー」と淡い朱色の唇から赤い舌が覗いた瞬間、その姿が和穂の前から消えた。
『いいのですか』
 相変わらず見事な消えっぷりなのですよ。
 成り行きを心配するフェリアに、和穂は肩を竦めて答えた。
「大丈夫だよ。それに僕、嬉しいんだよ。あそこまで心配してもらえて」
『疑うことを知らない方ですね、マスター。そんな貴方様も嫌いではありませんが』 
「ありがとうフェリア。そっち方面、危険回避はお願いするよ。とりあえず、ぶらぶら行こうか」
『せいぜい命取りにならないように、がんばりますですよ』 
 歩き始めようとする和穂の服の裾が誰かに引かれた。それが誰かは言わずもがな、だった。
「ごめんなさい」とリタの声がした。
「僕のこと思ってのことでしょ。ありがとう、リタ」
「う……もう、和穂の方がずるいわよ」
「それでさ、妥協案だけど、聞いてくれる?」
「聞くだけなら……」
 振り返らずに、独り言のように和穂が言った。リタの手はまだ和穂の服の裾を離さない。
「どこか高い、展望台のようなところから眺めるだけっていうのはどうかな。ダメ?」
「それなら」リタの両手が和穂の手を取り引いた。
「お勧めの場所があるわ」
「お勧め?」
「こっちよ」
 そのまま走り出す。
「ちょっとリタ、落ち着いて。フェリア、お願い」
『しょうがないのですよ』
 しかし、楽しそうに笑っているですね。マスター、リタ殿。
 前のめりに引かれる身体をフェリアがテコ入れしようとした時、リタが振り返り、言った。
「和穂、ぶわよ」
「跳ぶ? って、なに」
 その言葉と同時に走るリタの足元に魔法陣が展開する。
 自分の足に風を感じ、
「それーー」
 リタの掛け声とともに繋いでいた手が伸び切り、上に向かって引かれた。
 走っていた足が地面から離れ、空を蹴った。
「えっ、えーーーーまたぁ! フェリア、早……くぅぅ」
『マスター! ってば、やれやれなのですよ』
 その急激な上昇加速に身体も意識も追いつかず失神した和穂を連れて、リタは自らが築いた風の橋ウインドブリッヂを「お勧め場所」まで走り始めた。
 


◯ 〈モルスラ〉冒険者ギルド協会内



「なによ、忠告してるのに。あーあ」と大きくため息をつく。
「エリー、仕事中のため息厳禁って言ったでしょう」
 たった今、決まった依頼クエスト受理の書類に目を通しながら、冒険者ギルドの副統括No.2、丸メガネがトレードマークのエルフの女性、アリア・ロンバルデが、受付窓口のカウンターに頰杖をつくツインテールの人族の女の子、エリダヌスを注意する。
 冒険者は結構、げんを担ぐ者が多い。ついこの前もそれでトラブったばかりでしょうが。
 ため息は幸運を逃す。
 最近の若い連中はさほどではないが、老練な冒険者等の嫌がる行為のひとつだ。
 ベテラン、高ランクの名の知れた冒険者ほど、験を担ぎたがるが、ならば彼らは本当にそれを信じているだろうかといえば、必ずしもそうではないというのは、よくある事だし、よく聞く話だ。
 ベテランとは自分を外からも内からも眺めることの出来る者たちのことだ。
 彼らは普段の所業や性格、その見た目が破綻しているようであっても、自分自身の実力と能力を嫌というほどに把握しているものだ。
 出来ると言えば不可能に見える依頼も彼らが可能であるといえば可能であり、逆にどんなに簡単に見える依頼であっても出来ないといえば出来ないものなのだ。
 慣れは時として危険への一本道になる。
 その戒めとして、彼らは験を担ぐのだ。
「だってですね、アリアさん」
 言いかけた不機嫌な顔が「はーい」と返事をして、エリダヌス・アケルナルがカウンターから身体を起こした。
 これ以上は藪ヘビであることをエリダヌスはこれまでの経験で骨身に染みている。
 エリーはここでの彼女の通り名で、この〈モルスラ〉の冒険者ギルド協会の受付嬢として窓口に立つようになって、ようやく一年目となる。
 失敗ミスはーーまあ、新人だからそれなりだが、なにより物怖じがない。
 強面こわもての冒険者にも臆することなく対応するところはすごいと思う。
 しかしそれは彼女の後ろで室内にも関わらず、淡い青の日傘を差して佇んでいる空色の髪のドレス姿の淑女、その魔力に気圧されているからではないだろうかと、常々アリアは思うのだ。
 そのアリアの視線に気付いて、日傘の淑女が彼女の方を向いてニッコリと微笑んだ。
 澄んだ湖面に落ちた一滴の雫が起こす細波のような波紋。
 それだけで腕利きの「空間の支配者」の異名を持つB級冒険者アリアの背筋にも冷たい静電気のような波紋がピリピリと流れていく。
 おそらく彼女の姿が見える者はそういないだろう。アリアもその目に宿る〝千里眼〟がなければ分からなかったかもしれない。
 その抑えられた魔力だけを感じとり、それをエリダヌスのものと錯覚させられていただろう。
 エリダヌスは王都でも指折りの商家の次女として生まれた。
 彼女が三歳の時に家族で訪れた湖畔の山荘、そこで湖面の上を日傘を差して優雅に歩く淑女と出会い、気に入られ、契約する。
 まさか、それが〝水の貴婦人〟とも呼ばれる大精霊ウンディーネとも知らずに。
 大陸をも一夜にして水底に沈めると言われるその力は一般人が持つには大き過ぎるものであるため、以来エリダヌスは魔法ギルド協会で保護され、学舎で精霊魔法を学び、更に経験を積むべくこの〈モルスラ〉の冒険者ギルド協会へやってきた。
(なんで王都の冒険者ギルド本部ではなく、〈モルスラここ〉なのかしらねぇ)
 なにか面倒なことがあれば、とりあえず〈モルスラ〉へーーのような風潮がギルド協会内に出来ている。
 だからという訳でもないだろうが、ここ〈モルスラ〉のギルド協会職員はチート級の能力、技術を持つ者が多い。
「うーん、でもエリーちゃんの言いたいこと、わかります」
 そう言って二人の会話に加わってきた、エリダヌスを挟んで受付に立つ人族の女性、ノーラ・ミノシスもそのひとりだ。〈真実と鑑定〉の魔眼、薬師のスキルを持ち。動植物に精通していて、その知識は森エルフ以上とも言われている。協会で販売しているポーション、各種薬品の大半は彼女の調合によるもので、しかもその品質は薬師ギルドのものより評判が良く、このギルドの売れ筋商品だ。
 おかげでギルドは彼女専用の調合工房を新たに建て増ししたくらいだ。
「ノーラ、あんまりその子を甘やかさないで」
「あら、そんなことないですよね、〝貴婦人〟」
 〝貴婦人〟はギルド内でのウンディーネの通り名だ。そしてノーラは、時にエリダヌスが嫉妬するほどウンディーネと仲が良い。たまにノーラの方が契約者ではないかと思ってしまうほどだ。
 そして聖女かと思わせるほどにというものが無い。
 それがノーラの最大の美点にして欠点だった。
 困っている者を放っておけないという辺りはまだしも、一番厄介なのは、時間を費やして調合した薬品のレシピを簡単に他人に教えてしまうことだ。
「だって困ってたようだったので」と屈託のない顔で答える彼女の後始末に追われるのはいつもアリアだ。
 最近はとにかく新しい薬が出来たならアリア、もしくはギルドマスターに報告することを義務化してもらっている。
(けど、作り方を知ったところで、それを作れる訳じゃないけど)
 そこは彼女の〈真実と鑑定〉の魔眼が伊達ではないということだ。
 工房に入り、ものの数分で調合してしまうノーラの〝薬品類〟は、薬師ギルドのB級薬師が三日かけても再現できるかどうかというほど微妙な代物だ。
 以来、薬師ギルドはノーラの獲得に躍起になっている。
「だーって、ノーラさん。あの人達、ぜーったいに怪我しちゃいますよ」
 一年とはいえ、ここに立ち、毎日のように依頼とその結果を見てきた彼女には、そのパーティの行く末が見えてしまうのだ。
 エリダヌスがごねているのは、半刻ほど前に彼女が受理したC級冒険者のことだ。
 一ヶ月前にやっとD級から念願のC級に昇格したパーティで、ここのところは堅実で確実な依頼を複数回こなしていた。
 しかし、さっきエリダヌスが受理した依頼は内容がいつもとは違っていた。
 C級依頼ではあったが、が受けていいものではなかった。
 そこでエリダヌスと少し揉め、
「俺たちをバカにしてるのか」と、この手の茶番では紋切り型のような怒鳴り声がして、
結果的にアリアと二人で謝罪する羽目になった。
 ごねているように見えて、エリダヌスは彼等を心配している、受諾してしまった自分を責めているのだ。
 冒険者の依頼受諾は、それを選ぶ時点から、いや、このギルド内に足を踏み入れた時から自己責任だ。受ける受けないは彼等の自由で、ギルドが、ましてやエリダヌスが気負うものではない。
「最悪、全滅なんてことだって」
「ダメよ、エリーちゃん」
 不吉な言葉を口にしたエリダヌスを、さっきまで温和な笑顔だったノーラが怖い顔で嗜める。
 験を担ぐのはなにも冒険者だけではない。たとえ身内でなくとも無事を祈る者はここにもいる。
「あ……」
 エリダヌスが慌てて口を手で覆った。
「それは絶対に口にしちゃ、いけないわ」
「ごめんなさい……」
 その様子を静観していたアリアが、ふとその視線を窓の外に移した。
 ふん……あら、誰だろう。展望塔の屋根からこちらを見ている。
 あそこを指定席にしているのは〈モルスラ〉でも一人と一匹しか心当たりがない。
 その一匹は今日はまだ飼い主の膝の上から動いてはいないし、だとすれば……
 アリアはその方向に〝千里眼〟を向けた。
 二枚門の旧砦、その展望塔の屋根から冒険者ギルドここを見ている二人が見えた。
 二人?
 その様子はあまりに無防備だった。
 エルフと人族。
 エルフの少女の方はアリアと旧知の仲だった。
 あれは、やっぱりリタか。けど、もう一人の人族の少年は誰だろう。リタとどういう関係なのか……うーん、気になる。
「ノーラ、少し抜けるわね」
 アリアの声に、
「どうかした」
 ノーラのおっとりとした声が訪ねた。
「大した事じゃないわ、じゃあ」
 あとをお願い、とでもいうように片手を上げる。
「いってらっしゃい」
 多くは聞かず、「いつものことね」というように、姿が薄れていくアリアにノーラが手を振る。
〝千里眼〟と共にアリアがその代表格のように語られる能力が〝瞬間移動〟だ。
 魔法ではなく天から彼女に与えられた二つの〝異能ギフト
 アリアの姿が見えなくなると同時に、ギルドの入り口辺りが騒がしくなった。
「さあーて、休憩終わりー。お仕事お仕事」
 ノーラの声にエリダヌスが姿勢を正して前を向いた。



 ◯ 〈モルスラ〉旧砦跡、展望塔


「どう、和穂」
「すごい眺めだね」
 でしょー、と誇らしげなリタ。
〈モルスラ〉の街並みが一望、だった。
「で、ここはどの辺りなの」
「ここは旧砦跡の元監視塔、今は展望塔って呼ばれてるわ」
 ここは〈モルスラ〉の観光名所のひとつだが、しかし今二人が在るのは、その下の展望室ではなく、その上の野外、屋根の上だ。
「展望塔? でも、前はなにを監視してたの」
「『魔獣海嘯』の監視よ」
「うわっ!」
「きゃ!」
 目の前の空間に、いきなり耳の長いエルフの女性が出現した。足元にはなにもなく、宙空に浮かんでいる。更に「へえー」と身を屈め、品定めするように和穂を下から上へと眺めて行く。
 突然、目の前に現れた女性にびっくりした和穂の身体が引け、横のリタにしがみついた。しがみつかれたリタも短く悲鳴をあげる。もしものためにリタが結界を敷いていたため、滑り落ちる心配はなかったが、さすがに肝を冷やした。
「はあーい、リタ」
「アリア」
 リタにアリアと呼ばれた白のブラウスに黒のベストとパンツのスーツ姿のエルフの女性が、丸レンズのメガネを直しながら、挨拶代わりにニッコリと微笑み、片手を上げた。
「アリア……さん」
 和穂に名前を呼ばれ、アリアが手を差し出す。
「初めまして。私はアリア・ロンバルデ、冒険者ギルドの職員よ」
「三坂和穂です。よ、よろしく」
「で、二人はどんな関係?」
 握手を交わしながら、いきなり踏み込んできた。
 その様子にリタがため息で応じた。
「アリア、会って最初がそれなの」
「あら、他に何があって」
「他にって」
 何かあるなら言ってほしいわぁー。
 その営業スマイル、やめて。
 そんな心理戦こころの会話をしつつ、思いついたようにアリアが和穂に言った。
「なら三坂和穂さん、冒険者に興味おありですか」
「まあ、はい」
「なら、やってみませんか」
 アリアの顔がぱあっと輝き、両手で和穂の手を握った。思わず身体が前に出て、鼻がぶつかりそうになった。
 赤くなった顔を恥ずかしそうに和穂がそらした。
 その間に膨れたリタが割って入った。
「ちょっとアリア、なにいきなり勧誘してるのよ。和穂もデレっとしないで、みっともない」
「ご、ごめん。つい、引き込まれちゃって」
「リタの伴侶なら、適正あるかなって思ったのよ」
 ほほほーーと笑うアリアに、あーら残念でしたと、嫌味っぽく半目でリタが答えた。
「残念ながら、和穂に魔力はないわ。嘘だと思うなら、あなたの自慢の〝千里眼〟で確かめてみれば」
 アリアが和穂を見つめる。
 赤くなる和穂。
 膨れるリタ。
「あら、本当。でもリタ、あなたとエンゲージしてるみたいじゃない。なら大丈夫でしょ」
「見るだけでそこまでわかるんだ」
「そんな訳ないでしょう! カマをかけようたってだめよ! アリア、和穂は素人なの。危ない死地に送るような真似はやめて」
「まさか、でしょう。そんなことばかり言ってるから、『未だ冒険者の世界は野蛮で危険』なんて誤解を剥がせないでいるのよ。魔物の討伐や退治、探索や探検、護衛だけが冒険者のクエストじゃないのよ、リタ。大体、それだって、全部が全部危険な訳ではないでしょう」
「今更、言われなくてもわかってるわよ」
「いいえ、わかってない。あなたはわかってないわ、リタ」
 しまった、やってしまったとリタが後悔する。
「小言のアリア」の説教モードにスイッチを入れてしまった。
「でも、ここで冒険者登録できるの?」
 和穂、ナイス!
 それを和穂の一言がうまく回避した。
 しかし、これが思わぬ結果になるとはリタも予測出来なかった。
「略式ですが出来ますよ。これでも私、冒険者ギルドの副統括No.2ですので。可能ですよ。しちゃいますか?」
「和穂、ダメよ。約束したわよね」
「約束、とは?」
 アリアが小首を傾げ、和穂に訊いた。
「僕の今の実力じゃ、冒険者は務まらないってリタに言われて。でも本当のことだし、リタも心配して厳しく言ってくれてるだと思うから」
「だ、誰が和穂を心配してなんか……」
「和穂、ねえ……」
 なんか、おアツいわよねえ、お二人さん。
 内心、見せつけられ面白くないアリアの目が、面白い悪戯を思いついたように微笑った。
「でも本当、簡単なんですよ。ほら、こうやって」
 ほらほら、やってみてとアリアが片手を上げる。
 つられて和穂も片手を上げた。
 その手にアリアが自分の手を重ねる。
「ちょっとアリア、何やってーー和穂、手を離して」
 和穂が「えっ」という間も与えず、合わせた手と手の間に魔法陣が現れて消えた。一瞬の出来事だった。
「はい、完了っと。ね、簡単だったでしょう」
「簡単だったでしょう、じゃないわよ」
「あら、だって」
「アリアさん、今のって」
「簡易登録ですよ。と言っても、この権限はギルドマスターと副ギルマスに限定されますが。それと和穂さんの冒険者証が発行されますので、あとでギルド協会まで取りに来ていただけますか」
「アリア、いまのは騙し討ちじゃない。和穂、キャンセルして」
「キャンセルは可能ですが、手続きはギルドでないと出来ませんよ」
「嘘つくな。さっさと解除して、アリア」
「悪徳商法ですか」
 和穂の思わずの抗議の声に、
「金銭取引が関わってませんので、悪徳商法とは言えないのでは」
 アリアはやんわりと躱す。
「騙したことには変わりないじゃない」
「騙すだなんて、少なくとも和穂さん本人にはなりたいという気持ちがあった訳で、ね、和穂」
 リタとのやり取りは慣れている。いつものことだ。でも今日はいつもと少し違うかな。
「馴れ馴れしいわよ、アリア。和穂もデレっとしないで」
「あら、リタってば、ヤキモチかしら」
「違う! 私は和穂を心配して」
 あ、これは違うの。
「僕を心配して、リタ、ありがとう」
 あたふたしちゃって、リタってば、かっわいーー。
「そろそろ戻らなくちゃ。では私はこれで。和穂さん、ギルド協会でお待ちしてますね。それとリタ」
「な、なによ」
「いい人そうで良かったじゃない、お幸せに。じゃあ、またね」
 薄くぼやけるアリアが手を振る。
「ア、アリア」
 耳の先まで赤くなったリタが何かを言う前に、その姿は唐突に消えていった。 
「消えた……」
「あれが〝瞬間移動〟アリアの持つ異能ギフトのひとつ」
「彼女もリタの知り合いなの?」
「冒険者ギルドの職員だもの、嫌でも顔を合わせるし知り合いにもなるわよ」
「楽しい人だね」
「そう思える和穂は幸せだわ。あーもう、疲れちゃった。ねぇ和穂、お茶でも飲みましょうか」
「うん、いいよ」
「じゃあ、またぶわよ」
 仕返しとばかりに意地悪な顔でリタが笑った。
「えーまたぁ!」
 和穂の悲鳴が〈モルスラ〉の空に消えた。













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