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第二章:〈モルスラ〉でリタの師匠に会う

其の二十五話:〈モルスラ〉にて その10 お出かけ前に

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「和穂が義母さまの弟子……」
 なにこの意外な展開。弟子を取らないことで有名な義母さまが、一体どうしたの。
 突然の義母アンからの和穂の弟子取り宣言に、「なぜ? どういうこと?」と問いたいが、頭の中が白くなる驚きから言葉が紡げない、口をアングリと開いたまま固まったリタの目がようやくアンに向いた。
 別に意外ではないさ、和穂に腕をからめたままのアンがリタを見上げる。
「いろいろ考えてのことだよ、リタ。この世界はいまの和穂には厳し過ぎる。それはあなたも感じてるよね」
「それは、たしかにそうだけど」
 現れた場所がリタの家のそばで無かったら、〈黒の森〉の中だったら、今頃は魔物に骨どころが髪の毛一本も残さずに食べられて、ここに来たことすら誰にも知られずにいたに違いない。
 魔力が無いため魔法は使えず、フェリアのサポートがなければ剣もまともに振るえない身体。そのあまりにも情けない姿はリタを唖然とさせた。
 まず、基礎体力がない。
 剣を持っても腰が引けて、その重さに五分と姿勢を保つことができない。腕力も握力も弱く、リタの練習用の一番軽い弓すら引けない。それだけで普段は剣とは、いやそれ以前に狩りすら無縁の生活だとわかる。
 この世界ここでは、読み書きを覚えるより先に得物はともかく、魔物から身を守る方法、戦う方法を教わる。
 そして生きるための糧を得る方法、それは狩猟、採取といった〈モルスラ〉であれば〈黒の森〉との付き合い方、生き抜く術に他ならない。
 残念なことに和穂にはその心構えすら無い。ほとんど幼児のレベルだ。
「そうよね、義母さまの言う通りだわ」
 まずは基礎の基礎からよね、難しい顔で「うーん」と腕組みして唸るリタに、あからさまに「ここはあなたの住める世界じゃない」と揶揄されているように思えて、和穂は肩を落として力無く笑った。
(そういう話は本人のいないところでしてくれないかな)
 横でアンに捕まっていなければ、さっさと抜け出して独りになりたかった。
 どこか暗い部屋の隅っこで、どうにもならないこの現実をそっと受け止めたい気分なのに、なのにどうして僕の周りってこんななの。
 でも、っと心のどこかでそう思う。
 それでも幸せだと和穂は感じる。
 とりあえず独りじゃない、ただそれだけで嬉しかった。



 しばらく〈モルスラ〉のアンの邸宅で暮らすことになった次の日、和穂はリタと共に市街の「冒険者ギルト協会」に向かっていた。
 アンの「とりあえず、冒険者登録と神殿に行ってくるように」との助言からだ。
 ダークレイとメリューサに見送られ、リタと共に外に出ようとした和穂にアンが声を掛けてきた。
「先に出てるわね。カラー、おいで」
 クトーっと鳴き声がして、和穂の肩を白い小鳥が離れた。ほとんど羽ばたくことなく三つ編みにされた銀髪の後ろ姿に追いつくと、その肩に止まった。
「和穂、君にこれを」
 そう言ってアンが透明な水晶のような球体を手渡した。
「何ですか、これ」
 肩のフェリアと共に覗き込む。
 軽い、まるで羽のように重さが感じられない。そして、なによりも透き通っている。よく見ないと手の上には何も無いと感じてしまうほどにそれは透明で、尚且つ物質としての現実味がなかった。
 まるで空気を丸めたような球体。いや違うなと和穂は直感する。これは思いの形のような……
「これはね」とからかうようなお姉ちゃん口調でアンが笑うと、つん! 指でつつくように軽く叩いた。
 そこにあの球体があると感じてなければ、アンの指が和穂の手をつつく真似をしているようにしか見えないだろう。
 その球体が突然、シュッ! と音を立て回り出した。
 回転しながらその色を形をめまぐるしく変化させる。
 その早さに目が追いつかない和穂には激しく光るだけにしか見えない。
「え、なに」
 和穂が驚いているうちに、それは光の束となって手のひらに吸い込まれるように消えていった。
 呆気に取られた表情で顔を上げ、和穂がアンを見た。今のは、あの物体はなに? 僕の身体に入ったよね。
 アンはなにも言わない。なにもなかったように微笑んでいる。
「あ、あの、師匠、い、いまのは」
 不安に堪えかねて和穂が訊いた。
〝師匠〟と言われて笑顔はそのまま、その額に青筋がたつ。
「和穂、〝師匠〟禁止って言ったよね」
「あ、ごめんなさい……じゃなくて、今のは何ですか」
 和穂に冷や汗が吹き出す。まだ朝だよ、これからまた長い一日が始まるのに、出だしからこれじゃあ、僕の身体も心も保たないかも。
 しかし、そんな和穂にアンはすげなく背中を向けた。
「ふん、ペナルティーだよ。教えてあげない」
「そんな理不尽な」
 そんなやり取りの中、リタの和穂を呼ぶ声が聞こえた。
「リタが呼んでる、行きなさい。女の子を待たせるものじゃないよ。まぁ、悪いもんじゃないから。詳細はフェリアに聞きなさい」
『丸投げは酷いのですよ、先代マスター』
「フェリアにって……そんな、待って」
 和穂の前からアンの姿が音もなく消え、数メートル離れた階段を上がる姿が見えた。
 いつの間にと思っているうちに、その姿は二階の奥へと行ってしまった。
「一瞬であんなところまで、やっぱり魔法って、すごいな」
『あれは魔法ではないのですよ、マスター』
 魔法の凄さを再認識している和穂に、フェリアが冷や水を浴びせる。
「魔法じゃないって、違うの」
 じゃあ、さっきのは何だったのと訊いてくる和穂にフェリアが素っ気なく答える。
『あれはただの武術の足さばき、いわば〝技術わざ〟のひとつなのですよ』
「あれがただの技術わざなの」
 アンの見せた移動魔法に見えたあれが、フェリアに〝技術〟のひとつと言われて、和穂は驚き、また感服した。
『相変わらずお気楽ですね、マスター。あれはマスターが明日から覚える技のひとつでもあるのですよ』
 大丈夫ですかね、ため息まじりにフェリアがつぶやく。
「あんなの僕には無理だよ」
 無茶言わないでよ、諦め顔で和穂がそれに答える。
『それを決めるのはマスターではありません、ダークレイ殿なのですよ』
「ダークレイさんがどうして」
 なぜここでダークレイの名前が出てくるのかわからず、和穂はフェリアに聞き返した。
『先代マスターは忙しそうですし、そうなるとおそらくマスターに剣とこの世界の基礎を教える役目はダークレイ殿が仰せつかると思えるからなのですよ。それと礼儀作法はメリューサ殿、サポートにローザ殿、リタ様といったところでしょうか』
「覚える前にボロボロになりそうだな、僕」
 さっさと弱気になる和穂をフェリアが一喝した。
「マスター、そのすぐに下向きにものを見る癖をやめるのですよ。不安は闇と同じ、見過ぎてはだめなのですよ」
「言いたいことはわかるけど」
 強くはなりたいとは思うけど、痛いことや辛いことはもう沢山だ と和穂は思う。
 冒険者だって、そんな何をするのかも分からない者になって、やっていけるのかな。
 何もかも投げ出して、今すぐこの場から逃げ出したい気分に駆られて、和穂は自分が泥沼に沈んでいくような気分になった。
「大丈夫なのですよ。マスターにはこの神剣〝フェリア〟が従いているのですよ」
 大舟に乗った気持ちでと快活に笑うフェリアを、和穂の言葉がチクリと刺す。
「魔剣、いや邪剣の間違いじゃないの」
「それはいくらマスターでも失礼なのですよ」
 怒ったフェリアが和穂の頬を両手で連打する。
 ごめんごめん、笑いながら謝る和穂に仕返しとばかりにフェリアが言った。
「覚悟しておいた方がいいのですよ。ローザ殿ほどとはいいませんが、それなりの形になるようには仕込まれると思うのですよ」
 不敵な笑いをもらすフェリアに和穂の背中に悪寒が走る。
「脅かさないでよ」
 別に脅かしてなどいませんよ、フンと顔を背けながらもフェリアが和穂にもう一度、喝を入れた。
「とはいえ、これはチャンスなのですよ。分かってるのですか、マスター」
「たしかにそうだけど」
 諭すような声が重く感じた。
 アンさんが帰る方法を見つけ出すまでどこかに引きこもってちゃだめなの、フェリアの助言が強制のように聞こえた。
「それよりさっきのあれはなんなの、大丈夫?」
『あれは……なのですよ』
「もしかしてわからないの」
『わからないとは言ってないのです。ただ思い出せないだけなのですよ』
「それはわからないのと同意ーー」
 和穂が言いかけた時、再度リタの呼ぶ声が聞こえた。
「和穂、まだなの」
 あの声は少し不機嫌になってるようだ。
「ごめん、今行くよ」
 フェリアとの会話をそこで打ち切り、和穂は足早にリタの許に向かった。














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