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第二章:〈モルスラ〉でリタの師匠に会う
其の二十四話:〈モルスラ〉にて その9 アンの弟子
しおりを挟む揺れた景色が戻った。
なにかいいに香りがする、その思った目の前にいきなりリタの顔が壁のように現れた。
「リ、リタ」
びっくりして声が上ずる。あと少し前に動いたら鼻と鼻がぶつかりそうだ。
「どうしたの、和穂」
さすがにびっくりしたとは言えず、目を逸らして「な、なんでもないよ」と上ずった声で答えた。
「ねえ、義母さまとなにを話してたの」
聞かれて、ドキリとした。まさか、知ってたの、リタ。疑問の答えを求めるような和穂がアンの方を見た。
その和穂にメリューサから渡されたお茶をすすりながら、にんまりとした笑顔でアンが応じた。
愉しんでるよ、この人。リタの苦労がほんの少し和穂にも理解できた。
この人がこれから僕の師匠になるのか、先が思いやられる和穂が大きくため息をついた。
「僕のこれからのこととか、いろいろ、ね」
リタから視線を外したまま、うつむき加減に和穂は答える。少し間を置いて上目使いに見ると、リタの顔はまだそこにあった。
「私に聞かれたくないことかしら」
それはリタの勘違い、僕のリアクションからそう感じたなら謝るけど、それは違うよ。それに責める相手が違うと思う。リタ越しにアンを見ると、メリューサに勧められた焼き菓子に手を伸ばしていた。
「リタ、なんか誤解してないかな」
早く止めてください師匠、いやお姉ちゃん。
「私の誤解って、どんなこと」
リタの顔が少しづつ近づいてくる。
正直に言った方がいいのかなと思う反面、絶対に怒らせてしまうような気がする。
別に特別なことをアンは話したとは思ってないだろうが、リタはどうだろうか。
リタのお実母さん、リタがここに来た経緯、アンから聞いた通り、本当にリタは覚えてないのかな。
「あ、あのね、リタ」
「なに、和穂」
和穂がリタの実母のことを切り出そうとしたとき、ようやくアンが言葉をはさんだ。
「リタ、意地悪もそれぐらいにしなさい。ごめんね、和穂。お姉ちゃん、少し冗談が過ぎたわ」
そして、ぺろっと舌をだす。
「後で聞かせてもらうわよ、和穂」
仕方なさそうにリタが離れる。
ホッとする反面、少し残念に思いながらも、和穂はその容赦のない迫力に背筋に凍えるようなものを感じ、身を縮めた。B級冒険者の仮名書きは伊達ではないようだ。絶対に怒らせないようにしようと心に刻んだ。
「はーい、みんなに聞いてほしいことがありまーす」
焼き菓子をお茶で流しこんだアンが、カップをテーブルに戻しながら切り出した。
いつの間にか和穂の隣に席を移している。
何かを察知して腰を浮かせかけた和穂の片腕を、アンが両腕と胸の三点でホールドで席に固定した。
和穂にはわかったことがある。
アンがなにか(主に和穂に、主に悪戯を)仕掛けようとするとき、合図のように〝お姉ちゃん〟仕様に変わること。
だからこそ少し離れようとしたが、結局はアンに見越され先手を打たれてしまった。
はは、っと困ったように笑う和穂の、その反対側から聞こえる呪咀のような唸り声と怒気に背筋がゾクっと震え上がる。
(怖くて振り向けないよ……)
そしてアンがにこやかに宣言した。
「和穂君は今日から〝お姉ちゃん〟の弟子になることになりましたぁー、仲良くしてね」
そしてギュッと抱きしめる。
「ほう」
「まあ」
ダークレイとメリューサが感嘆のつぶやきをもらす。
「か、義母さま……」
呟いたっきり、リタの動きが止まる。その顔を肩のカラーが心配したようにコンコンと嘴でつついた。
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