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第二章:〈モルスラ〉でリタの師匠に会う
其の二十一話:〈モルスラ〉にて その6 モルガン邸にて
しおりを挟むメリューサがもみくちゃになったリタの髪をブラッシングし、乱れた服とアクセサリーをさらりと整えると、和穂はリビングに通された。
「どうかした。どこか変かしら」
和穂の視線に気づいて、リタが自分の容姿を再度、確認する。その様子がポーズを取っているようにみえて、和穂は思わずつぶやいていた。
「かわいい」
素材のいいのはわかっていたが、髪を解いてブラッシングしただけで、こうも変わるものなのかと、改めて和穂はリタの美貌に感心する。
「もう、なに言ってるの」
「だって、お姫様がいる」
「もう、義母さまがいる前で」
リタの頬に赤みがさし、照れからか、和穂の視線を避けるように顔をそらす。
(やっぱりかわいい)
勧められたリタの隣の席に座りながら、更に改めて和穂は思う。
「ごめんなさい、和穂君」
椅子に和穂が腰掛けるやいなやに、開口一番にアンが頭を下げる。
メリューサが音もなくティーカップを置いていく。お茶の良い香りがあたりに満ちた。
なんのお茶だろう、和穂は意味もなく、それが気になった。
「君を元の世界に帰す方法は探し出せなかった」
「そう、ですか」
持ち上げたティーカップに口もつけずに戻す。その言葉に和穂の目が虚ろになる。ティーカップの中の波紋だけを見つめている。
その声にも落胆が色濃い。楽しそうにみえても、異世界という自分の定まらない立ち位置では何かにつけ不安の方に流動的になる。
「和穂……」
横に座るリタも、どう声をかけたらいいのかわからなかった。ただ、言葉を並べたうわべだけの同情だけはしたくなかった。
リタも師匠ならばと思っていただけに落胆が大きい。
「君には言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、時間がなかったし、資料もとぼしかった」
実際、アンがリタから連絡を受けたのは、浮遊島のフェリアの騒ぎのあと、昨日のことだ。
それから全てを放り出して、リタのお願いを最優先し、自己所有の無限書庫、王立図書〈モルスラ〉分館と回った。
しかし、閲覧したい原書や写本、禁書の類のほとんどは王宮の大書庫もしくは王都の中央図書館に行かなければならない。
原書、その写本の類いについては、アンなどの例外を除いて個人所有を認められていない。
「そんなこと、ありません。リタもアンさんも」
言葉が続かない。でも、二人には感謝しかない。これは本当だし本心だ。けど、つらい。
「ただ、落胆だけはしてほしくないの」
アンの力強い言葉が続く。
「私はまだ諦めてないし必ず探し出すつもりよ、その方法を。だから君にも諦めないで、それまでここで生きていてほしいの」
ただ、それがいつになるかはわからない。方法だって何かある訳でもなく……いや、あるか。ふと、ある大規模な魔法にアンが思い当たった。
それは大勢の、数十、数百の魔法使い、魔導士によってとりおこなわれる儀式魔法、時に生贄を捧げるようなおぞましい行いのひとつだ。
しかし、とアンはため息をつく。
いつの話だと思っているいるんだ、私よ。
『勇者召喚』『魔神召喚』など、あの〝魔獣大海嘯〟以前の更に以前のことだぞ、どこにそんな資料がと思って、ハッとし、脱力する。
「『黒の塔』かぁ。行きたいけど、でも入り口がなぁ」
『黒の塔』はラジゴルプシュにある王家直轄の総階層108にも及ぶダンジョンのことを指す。かつて二度の〝魔獣海嘯〟を引き起こすきっかけともなった場所あり、未だ完全攻略されていないダンジョンのひとつでもある。
その『黒の塔』の五階層には禁書のみを所蔵、封印した〝異空図書〟が存在していた。
ただそれについては、『黒の塔』に挑戦するには国王の承認を必要とするためで、しかも、ここ二十年間は申請の一切を拒否している。理由は定かではない。
入り口は王宮内を通らねばならず、そしてそこは自ずと警備は堅かった。
ダンジョンであればもれなくついてくる数々の逸話、うわさ話の中でも、『黒の塔』でまず語られるものとしては、このダンジョンに消えた当時の第三王女、戦姫イリクロヤだろう。嘘か本当か、彼女は最下層まで到達し、そこで魔王にあったとされる。以後、その姿を見たものはいない。
「義母さま、どうしたの。大丈夫?」
黙り込んだアンを心配して、リタが声をかけた。その声にアンが即座に復活する。
「ありがとう、リタ。さすが私の自慢の娘!」
抱きつこうとするアンからメリューサが、さりげなくリタを遠ざける。
「私たちの、で、ごさいます。御主人様」
「えー、リタは私んだもん」
メリューサがにっこりと笑いながら、リタの後ろから首に手を回す。
「もうメリューサってば」
リタは嫌がらない。それどころか、その腕に身をまかせた。二人のその様子に片手でほおづえを付いたアンが不貞腐れる。
「ママ、って」
目の前の修羅場(?)に陰鬱な空気も吹き飛んで、三人の関係が理解できていない和穂がリタに訊いた。
「あ、あのね和穂、これは違うのよ」
メリューサから、パッと離れリタがなにかを弁解しようして、顔の前で手を振る。
「リタ、どうせ一緒に生活し始めれば、すぐにバレちゃうことよ。二人がデキてるってことは」
「義母さま! 違う、違うのよ。和穂、私とメリューサはそんな」
「私は男性も女性も大好きですよ」
「メリューサ、そんな誤解を招くようなこと、言わないで」
「リタって、あの、もしかして」
「姉と妹よ」
と、アン
「姉妹、なの」
「違います、母娘です」
「どっちが本当? でも、どっちでもいいかな」
「どっちでもいい?」
「リタって、愛されてるなって。なんだか僕もうれしいです」
「ば、ばか。なに臆面もなく言ってるのよ」
「いけなかったかな」
「だって」
「いけなくなんかありませんよ、リタ。ふふふ、和穂様、これからも娘をよろしくお願いします」
お茶が冷めてしまいましたね、淹れ直してまいります。三人分のカップをトレイに載せ、メリューサが備え付けのキッチンのカウンター奥に見えなくなる。そして、いきなりアンが豪快に笑い出した。
「か、義母さま。突然、どうしたの」
リタの声にもアンの笑いは止まらない。ひとしきり笑ったあと、アンの瞳が和穂を見つめた。
「一本、取られたね。リタの相手が君のような子で良かった」
と、あ、あれ、と和穂が辺りを見回した。
隣のリタの姿が消えていた。
「驚かせてすまない、いま、きみと私だけだ、ここにはね。意識だけを私の中に引き込んだ。結界の中にいると思ってもらえればいい」
「あの、リタに聞かれたくない話ですか」
「そうね、本人の前で堂々と本人の話はできないわね」
「あの、どんな」
「そんなに肩肘張るようなことではないのよ。義母とかママとか師匠とかって、ややこしいでしょ、ここ。ちなみにダークレイはパパよ」
「はあ」
和穂からため息がもれる。
その様子にアンが微笑む、そしてなつかしむように話し始めた。
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