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第二章:〈モルスラ〉でリタの師匠に会う
其の十九話:〈モルスラ〉にて その4 始源の街
しおりを挟む《黒の森》
「《黒の森》に入るなら、先に墓を作っておけ」
それを聞いて、隣りのテーブルで呑んでいた冒険者が腹を抱えて笑い出した。
「だったら、そこに入れるものを誰が持って帰ってくるんだい」
そんな笑い話も冗談に聞こえない場所でもある。
ギルト協会規定では、挑戦ランクは最低でもC級以上だが、それだけに貴重な素材が多く、一獲千金を狙う者、名を上げようと無茶をする冒険者、ギルトはもとより、薬、薪などを買えない一般平民が装備も無しに入り込み、迷い、命を落とす事例が後を絶たない。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「さて、それではそろそろ行きましょうか」
ひとしきり満足したアンが、魂の抜けたような顔のリタと和穂に声を掛けた。
「行くって、どこへ」
「和穂、私たち〈モルスラ〉に観光しにきたわけじゃないのよ」
「わ、わかってるよ」
リタのジトーと細められた目が「しっかりしてよ」とため息をつく。それに和穂が「リタだって楽しんでたじゃないか」と唇を突き出して抗議する。
その様子を面白そうにアンが見つめていた。
「まぁまぁ二人共、仲の良いのはわかったから、そのくらいにしてもらえるかな。和穂君、そろそろ君の連れも呼び戻してもらえると嬉しいな」
「和穂とはなんでもありません」
口に出した刹那、ハッとしてリタが和穂を見る。
「どうしたの」
いきなり振り向かれ、和穂が驚いてのけ反る。
「あ、いや、あの、なんでもない。驚かせてごめんなさい」
言い淀むリタが、気まずそうに顔を逸らした。
「たしかフェリアとカラー、と呼んでいたように思ったけど。君の精霊とペットの小鳥のことよ。向こうの屋敷で体験済みだと思うけど、私達の家の結界は少し厄介で入り辛いの」
「和穂、フェリアとカラー、私が探してみるわ」
「ありがとう、リタ」
リタは手元にディスプレイを立ち上げる。
「結界って、この辺りも危ないんですか、街中なのに」
んふふふ、アンが意味ありげに笑った。
「ここは〈黒の森〉の入り口のひとつ、通称〈モルスラ〉の〝二枚門〟と呼ばれるいわば魔物の最前線の街だからね。
〈モルスラ〉は元々旧ラジゴルプシュ王国王都を魔物から守るための砦があった場所なの。あの巨大な盾のような二枚岩もああなる前は〈黒の森〉と〈モルスラ〉を隔てる二つの山だったのよ、信じられないでしょう。
〈黒の森〉はね、時として海に例えられることがあるの。それが魔獣海嘯、魔物津波と呼ばれる魔物の大行進。あらゆるものを踏み潰し食い散らして進む最悪の厄災。
そんなものに何度も晒されながら形を変え、ひとの手が入り、破壊され修復してまた破壊されることを繰り返して、いつしかこんな街ができていた。
でもね、ここは久しく無人街だった時期があるの」
「それって、ローザの言ってた〈黒竜〉……」
「聞いてたの? でも、それは〈モルスラ〉にまた街ができてからの話。いま私たちが暮らすこの街が出来て落ち着いてしばらくたったある日に襲った厄災の話」
「アンさんの結界が王都を救ったって」
「救った……か。でも、それは間違いよ。一度目の〈死の息吹〉から護れたのは王宮を中心とした王都の中心部だけ。しかも結界はあっさりと破られ消滅、王都の三分の一がそれだけで灰になった。数万の人と生活が一瞬で消え去ったの。風でもない水でもない炎でもない、毒でも力でも光や闇とも違う純粋で圧倒的な超高密度に練られた魔力の放出、あれは高純度の魔石のようなもの。あんなもの、私たち魔法使いが千人たばになっても、ああも短時間に作り出すことは出来ない。それをあれは簡単に作り出してしまう。二度目を放たれるよりも先に私は死を覚悟した。けれど、なぜか〈黒竜〉はそのまま飛び去っていった。あの気まぐれがなかったら今頃この世界にラジゴルプシュという国は無かった」
アンの単眼が空の青を見つめている。その目にこの世界はどんな風に見えているんだろう。あの日の〈黒竜〉の飛び去る姿だろうか。
「でも」
重い空気を跳ね除けるように和穂が言った。
「でも、王国はまだあるんでしょう。アンさんの守った人たちのつくったその後、いまも紡いでいる生活が、アンさんが守った未来が王国には」
「そうだね、和穂君。君の言う通りだ。続くことが大事だね。途切れたら、そこで終わりだ。強いね、君は」
「そんな、僕、助けられてばかりです。リタやフェリア、ローザ、それにアンさんにも」
「まったく和穂、君は本当にかわいいわね。いい子、いい子」
アンが和穂の頭を撫でる。
「あ、あの、僕、子供じゃないので」
背丈はやっぱり残念ながらというか、アンの方が若干、顔半分ほど高い。
「『〈モルスラ〉は冒険者がつくった街』とも言われているわ、知ってる?」
声に少し明るさが戻ったアンが話しを続ける。
フェリアとカラーはまだ帰ってこない。
どこにいったのか、リタにディスプレイで探してもらっているけど、まだ見つけた様子はなかった。
「もう、どこいったのよ」
リタのイライラが和穂まで伝わってくる。
困ったな。リタに声もかけられず、和穂は笑うしかなかった。
「それ、リタが言ってました。でも、詳しくは」
リタ、ごめん。和穂はアンとの会話に戻った。慰めるように、アンの手が和穂の頭をまた撫でた。
「さっき、ここが砦跡だっていったわよね」
和穂がうなずく。
「一度だけ、旧ラジゴルプシュの時代、それまで誰も見たことのない魔獣海嘯が起きたの。見渡す限りの空と大地を、ありとあらゆる種類と大きさの魔獣魔物の群れが覆い尽くし、互いが互いを狩り合い狩られ合い、殺し合い食い合いながら、地底から噴き出す溶岩の流れのようにいつまでも尽きず、決壊した大河の大水のように覆い被さり流れに巻き込み飲み込みながら押し寄せて来た。この世の終わり、粛正だ、審判だと騒ぎ立て、国王、王族は城を、騎士や兵士は砦を、人々は国を街を村を捨てて逃げていった。こうして最初のラジゴルプシュ王国は地上から消えた。
岩は砕け土は焼かれ水は毒を吸い大気は瘴気で充満していた、〈黒の森〉が人を拒んだ暗闇の時間、あの二枚の大岩はその魔獣海嘯を見ていた数少ない証人なのよ。
〈モルスラ〉の象徴建築のひとつ、時計塔の聖堂、ひとによっては神殿とも呼ぶあれには、その頃に崩れた二枚岩の破片から削り出された二体の女神像が納められている。
そんな絶望の日々の中でそれでも立ち上がろうとするものがいた。それがこの街の冒険者と呼ばれる者の姿の原点。あの大岩はそんな人たちの依り代拠り所となって、次第に人が集まり始め、最初のギルドができた。
それが〈始源〉と呼ばれる集団。
数々の伝説、逸話や記録を持つ、その名は大陸大海のその向こうにまでも届いたと言われる、今は亡き最古のギルドの名前。その〈始源〉が新たな開祖となって、この〈モルスラ〉の地でかつての王国名で建国を宣言、新生ラジゴルプシュが誕生した。
だから〈モルスラ〉には『冒険者のつくった街』の他にもう一つ、呼び名があるの。
それは『〈始源〉の街』
それと話は変わるけども、少し訳ありで、私達の家は今この街の中には無いの。君とリタが通ってきたあの二枚岩の外にあるのよ」
「あの森の中に」
「そうよ、怖い?」
「そりゃあ」
「ふふ、素直ですね。その素直さ、最初に感じた感覚を大切に。それが君を守ることもある」
「脅かさないで、アンさん」
「アンさん、かぁ? なんか他人行儀な気がしない。ねえ、やっぱり〝お姉ちゃん〟にしない? 〝お姉ちゃん〟がいいなぁ、ワタシ」
「お、お姉ぇ……ちゃん?」
「うんうん、いい響きだなぁ」
満面の笑顔でアンが何度もうなずく。
この単眼女性、本当に英雄なのか? リタのお義母さんだから、あまり悪くは言いたくないけど、残念な感じしかしないよ。
それでも押し込まれるような眼力と、徐々に壁際に追いつめられるような迫力はさすがは英雄、いまの和穂には笑うしかない。
そこにようやく、待っていた声が聞こえた。
「マスター、ごめんなさい。お待たせです」
悪びれる様子もなく、フェリアが和穂の肩に立った。で、あとは。
「フェリア、カラーは」
「ここよ」
リタがカラーの止まった指先を和穂に見せた。
「光の精霊ですか、すごい」
アンが和穂の肩のフェリアに目を丸くする。
「フェリアはアンさんの屋敷の庭にあった遺物で眠っていたんですよ」
「和穂、あれを抜いたの、すごーい!」
「〝剣〟なのですよ。フェリアは精霊ではありません。私はマスターの〝剣〟ですから、以後、お間違えのないようにです。モルガン様」
「アンで結構ですよ、〝堕落の門〟殿」
その言葉に空気が変わる。
フェリアはいつもと変わらない笑顔のままで和穂の肩から離れると、アンの目の前に進んだ。
「フェリアと呼び捨て下さいです、〝目覚めた者〟様」
アンの瞳に飲み込まれたように、フェリアの光る姿が写っている。その中と外で微笑みと微笑みがぶつかりあっていた。
しかしそれは刹那に消滅すると、残り香のような沈黙に変わって、奇妙な緊張感となって二人の間に漂った。
訳がわからない和穂は、ただそれを見ているしかなかった。
「どうしたの」
その短い沈黙をリタが破った。
「なんでもないのですよ、リタ様」
フェリアのいつもの悪戯っぽい笑顔がリタに向けられる。
「フェリアの言う通りですよ、リタ」
アンも変わりない。
「ふーん、なら、早くいきましょう」
いつもの二人ではないことは、リタにも感じられた。しかし、これくらいはリタにも判る。自分が関わっていい代物かどうかということだ。
答えは言わなくても判っていた。
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