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第二章:〈モルスラ〉でリタの師匠に会う

其の十八話:〈モルスラ〉にて その3 リタと師匠

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義母はは……って、リタのおかあさん?」
 アンと握手しながら和穂が目を丸くする。リタに視線を移すと気まずそうに顔を逸らした。
「その話はまたあとで」
 苦虫を噛み潰したような表情でリタが力なく笑った。
「あの、ところでアンさん、どうして、僕の名前を」
「それはリタから。それとアンと呼び捨てでかまいませんよ、和穂君。それとも〝お義母さん〟はまだ早いか? ここはやっぱり〝お姉ちゃん〟で」
「はいはい師匠、そこまでです」
 変な方向に行きそうなアンをリタが割りこんで引き止める。「えー」と不満そうに声を上げるアンを無視して、リタが和穂に「あのね」とばつが悪そうに続けた。
「ごめんなさい。和穂のことは一通り、師匠には伝えていたの。色々、調べてもらうには必要だったから」
 所在なげに組まれた手をもじもじと動かしながら〝勝手にごめんなさい〟と送られる視線に、〝大丈夫、気にしてないよ、ありがとう〟と和穂が笑った。
 アイコンタクトで話す二人を、アンの瞳が優しく写し出していた。
 しかし、大人しく猫をかぶっていられたのはそこまでだった。アンがまた爪を出し始めた。
「リタ、まだ師匠せんせいなの。義母かあさま、悲しいな」
 両手で顔を隠し、アンが哀感たっぷりの声をだす。そのまま横の和穂に身体を擦り寄せた。
「あ、いや」
 リタの返事は歯切れの悪い。
 しかし、その目はアンを見ていない。
 よろけた演技で寄りかかるアンの肩に触れようとする和穂に、リタの厳しい視線チェックが突き刺さる。痛みを感じた気がして、宙に縫われように手が止まった。リタの視線が怖かった。
 師匠、ズルい。何も知らない和穂がいるこの状況を利用するなんて。しかも、和穂も和穂よ、なに顔を赤くしてるのよ。
 アンに対する妬心にグラグラと揺さぶられるリタに、アンが更に追い打ちをかけるようにつぶやいた。もちろん、さっきより悲哀感を増し増しにして。
義母かあさま、悲しいな」
 アンが覆った指の隙間から、あからさまにリタの様子をうかがった。アンに同情し始めている和穂からは、その表情は見えないだろうが、

〝なに、遊んでるんですか、師匠せんせい
師匠せんせいじゃないもぉん〟
〝だからって、和穂まで巻き込んで〟
〝あらぁ~、嫉妬やきもち? でも、もう一押しかな〟

 アンがわざとらしく身体から更に力を抜き、和穂にすり寄った。なにも知らない和穂が両手で支えようとする。その手を上手にあしらいながら、そっと胸を押しつけて離れた。
 和穂の心臓が、ドンと音をたてて痛いほどに高鳴った。

 どおぉぉぉん! 

 その和穂の心臓音を相殺して尚、有り余る音が響く。
 どこかに稲妻が落ちたような気がして和穂は辺りを見回した。
 目の前のリタの背後にとてつもない黒雲が立ち込めていた。横のアンがしてやったりと微笑んでいる。今にも手を叩きそうだ。
 リタは自分の顔がとんでもないことになっているような気がした。
 まだ何かしようとしている気配をアンから感じ取って、さすがにリタは白旗を上げた。
 大きく深呼吸すると、意を決したようにリタが言った。
 アンの期待に満ちた顔がリタを見つめている。瞳にこの上もなく渋い顔が、ポートレートのように写っている。その唇が苦渋選択に震える。
「た、ただいま」そしてまた一息おいて「義母かあさま」
 顔はアンを直視できずにいて、わずかに横を向いている。
 それでもアンの顔は、ぱあっ! と花が咲いたように輝いた。限界いっぱいに見開かれた瞳には和穂の両手よりも大きな涙が浮かんでいた。
 それを見たリタがギクッとして身構えた。首から下はすでにアンから逃げようとしている。
 そして一気に決壊した。
 アンの目から溢れた特大の涙が、バシャッと音をたて足元に落ちて地面で弾けた。
 それを合図に、リタが瞬間的にダッシュを掛けた。
 しかしーー
 こんなところで〝瞬間移動テレポートテーション〟と思うほど早く、アンはリタを思いっ切りハグ! 抱きしめ!! 頬ずりしていた。
 ギャーーッ
 リタの悲鳴が短く響いた。
 その声さえも吸収し押さえ込むように、胸の谷間にリタを埋めていく。
 ベアハッグならぬ、塗り込め埋没ハグにリタのHPは限界まで削り取られた。
〝リタ、私のリタ、可愛いリタ~~、私の娘! リタリタリタあぁぁ~〟
 追い討ちを掛けるように、特大の涙の雫ならぬ水玉がボチャンボチャンとリタのの頭の上に落ちては全身を濡らしながら流れ落ちる。
〝和穂、見ないで~〟
 リタが全身で叫んでいた。
 引き離そうと必死のリタの両手を「もう、仕方ないわね、リタは」といいながら、余裕でいなし続ける笑顔のアンの力量に、助けることさえ忘れて、和穂は素直に感動していた。
「お帰り、リタぁ~、寂しかったよぉ~」
 リタを涙と汗とそれ以外でスライムさながらのベトベト状態にしながら、それでも尚、アンの抱擁は続く。すでにリタには表情が無い。
 この時、リタが心に決めたことがある。
 これからは〝師匠せんせい〟ではなく、素直に〝義母かあさま〟と呼ぼうと。私、もう疲れたわ。
 その様子に言葉もなく、呆気にとられている和穂を彼方に置き去りにして、それでも、やっぱりリタは心の底から叫ばずにいられなかった。
「もう毎回毎回、これだから嫌なの、帰りたくないのよー、義母かあさま、いい加減にして下さいー!!」








 


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