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第二章:〈モルスラ〉でリタの師匠に会う

其の十七話:〈モルスラ〉にて その2 二人の時間

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「わぁ! すごいな」
「もう、和穂ったらはしゃぎ過ぎよ」
 まるでリードから解放された愛玩動物みたい。リタが肩をすくめる。でも、その顔は全然迷惑そうではなくて、むしろリタ本人も楽しんでいるようだった。ただ、周囲の目は少し気になるようで、ほら、捕まえにいってしまった。
「だって、こんなに賑やかなんて、ここが、本当に辺境?」
「王都から一番遠いって意味ではそうね」
「ふうん、そうなんだ」
「あ、次はあっちに行ってみない」
「そろそろ師匠との約束の時間になるわ」
〈モルスラ〉のほぼ中央、この街のどこからでも見えるシンボル、聖堂の時計塔、その大時計を見てリタが言った。
「もう少しだけ、お願いリタ」
「もう、しょうがないわね」
 師匠には後であやまっとかなきゃ、和穂に手を引かれながらリタはあれこれ師匠への謝罪を考えた。
ーーーーーーのようなことを空想していたリタだったが、走り始めたのは彼女の方だった。
 最初は簡単に街を案内した後、師匠のところに案内する予定だった。
 リタにしてみれば、いつもの見慣れた光景だったが大抵は一人だった。たまに知り合いや友人、ローザとも歩くことはある。たしかにそれも楽しい。
 でも、和穂といるとなにか別のものを感じる。この漠然とした思いがなんなのかは分からなかったが、怖いものではない。むしろ、心地良かった。
 友人以外で、自分の横で同じものを見て共有してくれる誰かと歩いたのはいつのことだっただろう。隣に誰かがいることがこんなに楽しい、そのことをリタは久しぶりに感じていた。
「ねぇ和穂、こっち」
「リタ、待って」
 女の子の方から手を握られる、男の子にとってはこの上もなく嬉しいことだけど、さすがにこうあちこち、半ば、引き摺られるように引っ張り回されるのはどうなんだろうか。
「リタ、もう少しゆっくり」
「ごめん、疲れちゃった?」
「そういう訳じゃないけど、もう少し、落ち着いて」
 両膝に手を当て肩で息をする。さすがに強がりも限界だ。
 昔は二つの山だったと言われる〈モルスラ〉と〈黒の森〉を隔てる二枚の大岩の壁、その二つを繋ぐように築かれた城塞の門を通り街に入った。
 郊外にあるというリタの師匠の住居に行きがてら街を案内するというリタに、あちこち二時間近く休憩無しで引っ張り回されて、和穂はすでに限界だった。
 最初は一緒に喜んでいたフェリアとカラーも「じゃあ、お邪魔虫は消えますので、お二人でごゆっくりですぅ」「ピー」の声を残して、いつの間にか消えていた。勝手だよ、皆んな!
「ごめんなさい。でも案内したいところがまだあるのよ。だから、ね」
 だから、その笑顔は反則だって。
 心底、楽しそうなリタを見ると強請ねだられると、さすがに嫌とは言えない。
 やれやれもうどうとでもしてよ、いざとなったらフェリアに憑依マリオネットを使ってもらってでも最後まで付き合おう、この満面の笑みが曇るよりはいいや。
「ねえねえ、あの屋台、おいしそう」
「じゃあ、行ってみる?」
 和穂がひとつわかったことがある。
 リタって考えるより先に走り出すタイプなんだってこと。
 背中で跳ねる銀の三つ編みが「早く早く」と和穂を手招きしているようにみえた。
 屋台で買ったアンパンのような甘い蒸し饅頭を食べながら、更にもう一ヶ所を回って、和穂はやっと一息つくことができた。
「私、飲み物を買ってくるわ。和穂はここにいて」
「うん、気を付けて」
「大丈夫。和穂こそあんまり動き回っちゃ、だめよ」
 リタきみがそれを言うの……
 跳ねるように走って行く、羽でも付いているんじゃないかと思うリタの背中を見送りながら、和穂は近くの長椅子に腰を下ろした。
「ここどこかな?」
 リタの案内ナビゲーションも途中からはうわの空で、いつの間にか連れてこられたこの場所のガイドも右から左へと抜けていた。
 目安にしていた聖堂の時計塔が、石造りの建物の間に小さく見えていた。かなり遠くにきたようだ。
 目の前にはすり鉢状の半円形、底の方に少し高くなった舞台のようなものがあって、子供達が追いかけっこや騎士の真似事をしている。その近くで見ているのはあの子たちの家族だろうか。
 傾斜部分には舞台に続く階段が数本、その階段を横に繋ぐように石造りのベンチが作られて、思い思いに老若男女が寛いでいる。
「ここは野外劇場ですよ」
「野外劇場……」
 ぐったりとベンチにもたれる和穂に話しかける、落ち着いた柔らかな女の人の声が聞こえた。通りがかりだろうか。
「普段は自由に開放されて〈モルスラ〉の人たちの憩いの場です。週末はここで歌劇やコンサートが催されるんですよ」
「どんな演目が上演されるんですか」
 反射的に言葉を返す。目はぼんやりとまだ舞台の方を見つめている。
「昔話、伝説、勇者、英雄の物語を題材にしたものが多いですね。恋愛が絡んだものがほとんどですよ」
「恋愛……もの、ですか」
 リタ、遅いな。どこまで行ったんだろう。
そう思うと、和穂は急に心細くなってきた。
「そう、今のあなた達みたいな」
 不意打ちを食らって、和穂の顔がボッと紅潮する。
「な、なにを言って」
 なぜ、ドモる。心の中で自分に突っ込みを入れ、のたうち回る。
「仲睦まじいですね」
「僕と彼女はそんな関係じゃ」
 そんな風に周りの目には写ってたのかな。というか、いつから見ていたんだ、この女性ひとは。嬉しさや恥ずかしさが一気に押し寄せて、思わず否定する。本当はそんなこと、まったく思ってないのに。
「ほう、ではどんな関係なのかな」
 一瞬、女性の雰囲気が変わった。まるで父、男親と話しているような気がした。
「ど、どんな関係って、どうして通りすがりの人にって」
 なんなんだ、この女性ひとは。声の方に顔を向けた和穂の表情が固まる。
「どうしました」
 長い黒髪が傾げた小首に揺れる。細面の人懐こそうな顔が微笑んでいた。美人なお姉さん、そう見えた、ある一点を除いて。その一点に和穂は固まった。
「ひ、一つ目」
 それは和穂の元の世界では、昔話、伝説、神話など伝承の世界にしか存在しないもの、あやかし、モンスター、神、神の使い、悪魔等々、想像上の幻達のひとつ。
「あー、単眼族モノアイは初めてなのかな」
 顔の真ん中にある、和穂の目の二倍以上はある大きな目、その黒い瞳が怯えた和穂の姿を鏡のように写しだしていた。単眼族の女性は面白そうに〝うふっ〟と悪戯な笑顔を浮かべると、目蓋をウインクするように閉じて開いた。
 だから、その姿に耐性など無くて、そんなモノを見たら精神こころが追いつかない。
 口だけがパクパク動き、声が出ない。女性の問いに和穂がぎこちなくうなずいた。
「そんなにビックリさせたかな、ワタシ。なんか傷ついちゃうなぁ」
「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
 その女性の持っている雰囲気なのか、そのほわっとした雲のような柔らかさに、和穂の頭のパニックが落ち着きを見せた。
「冗談よ、かわいいわね、君は」
 かわいいと言われ、更に頭を撫でられて、その度に和穂は自尊心プライドを袈裟がけに斬られながらも顔は猛火に包まれてたように熱くて真っ赤で、彼女にされるがままに押されまくる。こんなところリタに見られたら……
 なにかが落ちる音がした。甘い臭いが辺りに広がる。
「和穂、なにやって……」
 その声に顔を上げると、目を点にしたリタが立っていた。足元には買ってきた飲み物が二つ転がっていて、こぼれた中身が流れ出している。
「あ、リタ、これは」
「やっほう、リタ」
 弁解しようとする和穂を、薄い桜色のブラウスに隠した見た目よりも大きな胸の谷間にギュッと埋めて行動不能にすると、女性はリタに片手を上げた。
「やっほう……って、何しているんですか、師匠せんせい!」
「師匠……って、リタの師匠!」
 女性の腕からやっと逃れた和穂を、腰に手を当てたリタの冷たい目が見下ろしていた。
「そ、私の師匠」
 リタの視線が師匠に移る。途端に師匠の大きな瞳が泳ぎ始めた。
「あまり遅いから迎えに来ちゃった、てへ!」
 そう言って、師匠と呼ばれた女性は自分で軽く頭を小突く。
「てへ……って、てへ、じゃないでしょう。和穂が引いてますよ」
「悪ふざけが過ぎたみたいね。ごめんなさい、和穂君」
 立ち上がり、黒いスカートをぽんぽんと叩いて居住まいを正すと、リタの師匠が和穂に手を差し出す。その姿勢はさっきまでのお姉さんっぽさは微塵もなく、凛々しかった。
「では改めて」
 けれどその言葉は、またしても和穂を混乱させる。
「初めまして三坂和穂君。私がリタ・アーヴル・スカンディナの義母はは、そして魔法の師匠せんせいをしています、アン・モルガン・ルフェです」
 
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