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第一章:異世界漂流
其の十四話:恋人たち その2 二人の婚礼
しおりを挟む「フェリア、無事だったんだ」
顔の前で止まった人型の光、フェリアの姿に和穂の表情がゆるんだ。
「ふっふー、あの程度でどうこうなるほどこのフェリア、やわではないのですよ」
両手を腰にあて、胸を張ったフェリアが不敵に〝エッヘン〟と笑った。その自信はどこから来るのか、和穂は聞きたかった。
「和穂って、光の精霊と知り合いだったの」
リタとて魔法使いのはしくれである。精霊くらい見慣れてはいる。しかし、目の前にいるのは光の精霊、レアものだ。しかも自ら形を取り、ひとと対話可能の上位精霊。師匠のアン・モルガン・ルフェが召喚したものを見たことはあったが、リタ自身、上位精霊の召喚はまだ片手ほどしか成功していない。
「私は光の精霊などではないのですよ」
リタの言葉にフェリアがすぐに反応した。
「このような姿をとっていますですが、私、和穂様の『剣』なのですよ」
「剣?」
リタは少し考え込む。いや、どう見たって精霊よね。
「屋敷の庭に刺さってた棒みたいなのに休眠したらしいんだ」
和穂が補足を差し込む。
「庭に刺さっていた……」
そして、ようやく思い当るものにたどり着いた。
「まさか、あの遺物なの」
「フェリアとお呼びくださいなのですよ」
「リタ・アーヴル・スカンディナよ。リタでいいわ」
「よろしくです、リタ様」
「フェリア、向こうの島まで戻りたいんだけど、なんとかならない」
和穂がフェリアに訊いた。
「ならないことはないのですが」
フェリアは和穂とリタを交互に見ながら、顎に手を当て考え込んだ。
「やっぱり、難しいのかしら」
「……かなぁ。どうなの、フェリア」
二人の呟きにフェリアが答えた。
「いえ、そんなことはありませんよ。ただ」
「ただ?」
和穂とリタが同時に訊いた。
「マスター、この役得な状態をもう少し堪能してはいかがなのですか。もうしばらくこのままの状態が良いのでは」と言って、グフフと下卑た笑いを漏らす。
フェリアに言われて、和穂とリタは「?」と目を合わせ、改めて今の状態を考察、赤く染まった顔がそれぞれ明後日の方を向いた。
(いやー、二人とも初々しいですね、いいですね、お姉ちゃん、変な悪のりを起こしちゃったりしそうです)
変なスイッチが入りかけていたフェリアを、どうしょうもなく気不味くなった二人が上目使いに見ていた。
現実に戻った。
ゴホン、と咳払いして間をとる。
(でも、お互いの身体から手は離さないのですね。吊り橋効果ってやつですかねー、それとも……おっと、今はこっちでした)
「安心するのですよ、マスター。いま、お助けしますのですよ。そこでリタ様、魔力を少し貸していただけませんかなのですよ」
「い、いいわよ」
薄紅色の顔でどもるリタの声にフェリアの胸がキュン! と射抜かれた。
「頭を撫でまわしたい」衝動を抑えつつ、フェリアは二人を浮遊島まで移動させた。
二人の〝お姉ちゃん?〟を自覚した瞬間だった。
◯
「ありがとう、助かったよ」
確認するように和穂の手が草の地面を撫でた。浮かんでいる大地であれ、やっぱり土の上は安心する。なんにせよ、これでようやく〝終わった〟ような気がした。
「お安い御用なのですよ」
腰を下ろした和穂の肩の上でフェリアが高笑いした。そのフェリアにリタが顔を近づけてまじまじと見ている。
時々、リタの息が首筋にかかる。その度に和穂の身体を電気が走った。
(生殺しだよ、リタぁ)
健康な男の子には酷なことだった。
「『剣』なの、あなた」
ようやくリタが口を開いた。
「はい」
フェリアが笑う。
あーあぁあー、不機嫌な声を上げながらリタが身体を後ろに投げ出した。
「やってらんなーい! 師匠や私が何度やっても抜けなかったあの遺物がフェリアなの。あれ、和穂が抜いちゃったんだ。私が師匠より先に抜いて驚かせようと思ってたのに」
倒れる際、外套の奥に見えた白い三角に和穂が顔を赤らめ、目のやり場に困った風に顔を背けるが、剥き出しになった白い足から目を離せず、横目で見ている。
そんな和穂をフェリアが優しい目で見つめていた。
(マスターも男なんですねー)
と、いきなりリタが起き上がった。
「ご、ごめんなさい」
謝りながら、和穂が後ずさった。
「なに、どうしたの」
突然、和穂に謝られて、リタがなんのことかわからず聞き返す。
「べ、別に」
和穂がそっぽを向いた。
「まぁ、いいわ。ねぇ、フェリア」
リタが和穂を押しのけるようにして、フェリアに近付いた。
「あなたが和穂に憑依をかけていたのよね」
「はい」
「あれ、魔法でしょう。でも、和穂は」
「マスターに魔力はありません。なので、マスターの場合、生体エネルギーを使用、魔力変換しました。だから時間が限られていたのです」
「もし、時間切れになったら」
「ご臨終なのですよ」
「危ないなぁ、洒落になんないよ。それに、そんなこと一言も言わなかったじゃないか」
「仕方なかったのですよ、魔力の代用としては。それに本当のことを言ったら即決できましたか、マスター」
「たしかに。和穂には無理ね」
和穂が答える前にリタが口をはさむ。
「酷いよ、リタ。そりゃ、たしかにヘタレなのは認めるけど」
落ち込む和穂にリタが身体をすり寄せる。
びっくりして振り返る顔に向けてリタが微笑んだ。
ドキ! と胸が高鳴り、また和穂は顔をそらした。もう、どこを見ればいいのかわからなくなった。
リタは気にする様子もなく和穂に寄り添ったまま、フェリアに訊いた。
「私があなたを使ったら、和穂と同じことができるのかしら」
「リタ様は魔力量もありますから大丈夫なのですよ。もう少しレベルが上のスキル使用も可能かと」
「本当!」
リタの表情が輝いた。
「でも、私はすでにマスターと契約登録していますので」
「無理なの」
そんなぁー、一気にテンションが下がった。ころころ変わる表情、その無邪気で屈託のない笑顔から和穂は目を離せなくなっていた。
「私はひとりのマスターと共に成長し導くよう設計されてます。ですが、方法はあります」
「方法って」
「あるの、そんなの」
リタと和穂が同時に訊いてきた。
「マスターとパートナー契約していただけるなら可能になるのですよ」
「パートナー契約って」
「保険のようなものですね。マスターになにかあった場合に使用権が一時的にもう片方の方に移されます。これは任意でもできます。ただし登録は一人だけですので慎重にです」
「なら、リタがいい」即答した。「というか、元の世界に帰ったら使えないし、だったらリタに渡したい」
「いいの?」
「もちろん。でも、リタはどうなの」
「どうしてもって和穂がいうなら、してあげてもいいわよ」
「なら決まりだよ、フェリア」
「わかりました。了解なのですよ。では」
フェリアが両手を胸に当て、なにかを引き抜くように伸ばされた。
フェリアの小さな身体を二つに割るようにして、一振りの片刃の刀身が現れた。それと共にフェリアの姿が消え、刀身が地面に刺さる。それはローザの槍《風切り》と交えた『剣』の姿だった。
「剣になった」
「だから『剣』だといってます。あの姿はコミュニケーションのための擬似体、ナビゲーションモードなのですよ。本来はもう少しハッキリとした実体なのですが、魔力ゼロではがんばってあれが限界なのです」
「ごめん、フェリア」
僕に魔力がないばかりに苦労かけっぱなしで、ごめんね、フェリア。和穂の頭が更に垂れた。
「大丈夫なのですよ、マスター。リタ様とパートナーになれば、リタ様からの魔力供給も可能になりますので、実体での私をご覧いただけるです。では始めますよ。まず、お二人で刀身を掴んでください。やり方としてはまずマスターの右手を私に、そしてリタ様の左手を反対側に、指を組みます」
二人がフェリアに言われた通りに手を組むとチクッと刺されるような痛みを感じた。痛みはすぐに消え、互いが触れる側の刀身を一筋の血が細い糸のように流れる。刃でひとつに交わり、下に流れ落ちる前に刀身に吸い込まれるように消えた。
「パートナー登録、無事完了いたしましたのですよ」
「これで私も、あれが使えるのね」
「ただし、リタ様の魔力量でも三回が限度です。上位スキルは一回、もしくは発動しないかもです」
「それだけ」
「元々はA級の上位スキルなのですよ、《飛燕》は」
「飛燕っていうのね、あの技」
「はい。細かくいうなら《飛燕》の技のひとつです」
「ひとつってことは」
「まだ上位技があるのですよ」
「すごい、試してみたい」
「リタ様のいまの実力では発動しない確率の方が高いのですよ」
「そんなぁ」
「まず、飛燕で試してみるでーすぅ」
急にフェリアのテンションが下がり、声が尻窄みに小さくなっていく。
「どうしたの、フェリア」
和穂の心配そうな声にフェリアの眠そうな呆けた声が返ってきた。
「〝代償〟がきたのですよ。しばらく眠るでーすぅ」
「〝代償〟ってあの時言ってたこと」
フェリアの憑依が外れた時に聞いた言葉を思い出す。
「覚醒したばかりで、まだ魔力回復が充分ではなかっただけです。三時間ほど完全休止状態になります。おやすみです、マスター」
魔力回復って、フェリア、魔力がないって、持ってないって言ったよね。まさか騙したの?
「なんだか『剣』って気がしないわね」
ぼんやりとしたフェリアの姿が消えていく様子を眺めていたリタが大きく身体を伸ばした。
「そ……だね」
「どうしたの」
その顔はいまにも蕩けそうだ。
「フェリアをみていたら、なんだか僕も眠くなって……きたみ、たい」
和穂の身体からふっと力が抜け、リタの肩にもたれ掛かる。眠っている。
「ちょっと、和穂」
押し返そうとしたリタの手が止まり、そのまま髪を撫でた。柔らかい。まるで女の子みたい。
「まぁいいわ、許してあげる。いろいろあったものね。よくがんばったわ和……穂。私も疲れ……そのまえにローザに連絡を……うーん」
その和穂の顔を見ながら微笑むリタもまた、穏やかなまどろみの中に飲み込まれていった。
『そして、この時に思ったんだ。
(僕は君と)
(私はあなたと)
もう恋に落ちていたんだって』
「おやおや、呼ばれてきてみれば」
剣をにぎり、肩を寄せ合って眠るふたりの姿にローザは目を細めた。
それはまるで古の、
「まるで御伽噺の婚礼の儀式のようではありませんか」
それはなんというお話だったか、誰に聞いたものなのかは、いまとなっては思い出しようもないものだったが、それでもそれは心躍る優しい物語だったと記憶している。
そして次にローザがとった行動、それは彼女自身も予期せぬものだった。
両手の指を組み、深々と一礼した。
「どうぞ、末長くお幸せに。ようこそ和穂様、この世界に」
そして身体を起こしてから思った。
たったいま自分が発した言葉が思い出せない。確かに私はいま何か言ったはずなのですが、何故でしょう、まるでその上に覆を被されたように思い出せないのです。
そして何故、お辞儀をしているのでしょう?
「私、いまなにを言ったのでしょうか? 自分の行動が理解出来ません。ま、まぁいいでしょう。いまはこちらが優先です。起きてください、二人とも、朝食ができておりますので」
今日もローザの一日が始まる。
そして、和穂とリタの二日目が幕を開けた。
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