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第一章:異世界漂流

其の一話:最悪と安息 その1 夢?

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《汝、》
 厳粛な女性の声が聞こえる。
《汝、このエルフを妻とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓いますか?》 
 その言葉に和穂は厳かに答える。
「誓います」
《汝、この人間を夫とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓いますか?》
 そして、若い女の声がその後に続く。
「誓います」
《幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることを誓いますか?》
「誓います」
「誓います」
 今度はふたつの声が同時に応えた。
 目の前の女神の奏でる言葉のわずかな時間さえも待ちきれないかのように。
《………の名の下に、これより二人が夫婦になることを認めます。和穂、あなたに我が名を、そしてこの世界全てからの祝福を『ギフト』を授けましょう。おめでとう。ようこそこの世界へ》
 その瞬間、世界が微笑んだような気がした。そして言葉が続く。
《目が覚めたら、あなたはここでのことを何も覚えていないでしょう》
《でも心配しないで。あなたはひとりではないわ。彼女がとなりにいる。そして彼女のとなりにはあなたが寄り添って》
リングこれは我らからだ》
《お似合いよ、二人共》
《末永くお幸せに》
《では、誓いの口付けを》
 ヴェールを上げると、眠っているように目を閉じる花嫁の顔があった。
 祈るように組まれた両手を包むように和穂は握ると、ゆっくりと顔を近づけた。
 唇と唇が触れ、和穂の顔が離れると花嫁の目がゆっくりと開いた。
 じーっと和穂を見つめる。
 その目に涙が滲み、身体が小刻みに震えだし、顔を伏せる。
 だ、大丈夫? と、声を掛けようとした瞬間、パーン! と、顔に気持ちのいい音が響いた。
 痛い。どうして? これって夢じゃなかったと思った一瞬の間。
 彼女の唇が何かをつぶやくように動きだす。
「え、なに」と聞く間も無く、同時に腹部に猛烈な衝撃を受け、身体が文字通り「く」の字になって後方に飛ばされた。
 和穂はこれまで自分では発したことのないような悲鳴とも動物の鳴き声ともつかない声を上げて、後ろの巨木に叩き付けられ、うつ伏せに地面に落ちた。

「ざまみろ、この変態」
 リタはそう言い捨てると、尻もちを付くようにその場にへたり込んだ。
「まったく、もう」
 なんなのよ、この男は。
 いろいろと考えを巡らせ、整理しようと思うが、さっきの初キスの感触の余韻がまだ唇に残っていて、それを妨げる。
「こんな見ず知らずの男に」
 そう何度も悪態を吐こうが、紅潮した頬の熱がさっきの行為をリプレイして落ち着かない。
 力の魔法で跳ね飛ばした、その元凶はピクリとも動かず、地面に倒れたままだ。
 リタは腰の短剣に手を掛けながら、へなへなの身体に気合いを入れ立ち上がる。
 一応、これでも冒険者だ。
 クエスト、ダンジョン攻略の経験もある。
 愛用の長剣は家の中、テーブルの上に置いたままなのは失態だったけど。
 冒険者失格だな、でも、もう油断しない。
 リタは慎重に男に近付き、いきなり攻撃されても反撃出来る距離を取って足を止めた。
「ちょ、ちょっと」
 未だに動かない男にリタは声をかけた。
 うわずり、どもる声に「しっかりしろ、リタ」と自分を鼓舞する。
 反応はない。
「いつまで寝てるつもり、さっさと起きなさいよね。
 まだ、いろいろと訊きたいこともあるし。
 ねぇ、聞こえてるわよね、私の声。
 どうせ、この場をどうやって切り抜けようか、どうしょうもない事、あれこれ思案してるんでしょうけど、それはするだけ無駄ってものよ。これでも私、冒険者なの。
 逃げられると思う。
 ねぇ、聞いてる、聞こえてるよね
 それとも死んでる?
 ねぇ、ねぇってば」
 男は動かない。死体に声を掛けているような気がしてきた。
 リタは感覚の状態スキルのレベルを少し上げた。
 途端とたん、周囲の景色が一変する。
 目に映るものはその輪郭、色彩が鮮やかになり、細かな構造までが見て取れる。
 音も鮮明だ。
 ゆったり動く気流、木々の枝葉のこすれやぶつかり合い、それに驚く小動物、昆虫。
 そして、男の状態も。
 かすかな衣擦れの音、安定した呼吸音、心臓の鼓動が聞こえる。
 ね、寝てる……
 どっと脱力した。
 と、同時に収まりかけていた怒りが再燃する。
 さっきまでの警戒は何処へやら、つかつかと足早に近寄ると、
「目を覚ませ、この」
 靴先で後ろ頭を小突いた。

 
 
 
 
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