神様を名乗る者

弓チョコ

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神様を名乗る者

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 ある日、『神様』を名乗る者が現れた。

 始まりは、某山間部にて。空き地で遊んでいた子供達の前に現れたのだ。

『私は神様です』

 純日本人顔に黒髪。身長は160と少し程度。10代前半の少年のような顔立ちだった。無地のワイシャツと何の特徴もないジーンズ、黒の革靴で。

「お前誰だよー!」
『神様です』
「はー!?」

 子供達は彼を見て、警戒心を抱かずに話し掛けた。彼は穏やかな笑顔で応える。

「よっちゃん、そいつ誰だよ」
「なんかカミサマだって」
「はー? お前ふざけてんのか?」
『ふざけてはいません』

 なんだなんだと、他の子供達も集まってくる。リーダー格の男の子が、じゃあ、と提案した。

「ならさー。なんかしてくれよ! スイッチくれよスイッチ!」
「あはは! よっちゃんスイッチ持ってないもんなー!」
「うるせー! おいカミサマ!」
『分かりました』

 彼は男の子の言葉に頷くと、右手を男の子の方へやって。

 コトン。

 と音がしたと思えば、そこには男の子が望んだゲーム機があった。

「うおおっ!? はー!? まじスイッチじゃんこれ!!」

 男の子はそれを持ち上げ、確かめる。間違いなく、望んだ物だった。彼を再度見る。何か持っていた形跡は無い。荷物は無いのだ。

「すげー! 俺も俺も! スイッチ! 黒いほう!」
『分かりました』

 別の男の子が興奮した様子で自身を指差し、願う。

 そして、コトンと音が鳴れば。

「うおおおー! やったー!」

 もう1台のゲーム機が、要望通りブラックカラーで現れた。

「すっげー! じゃ俺はプレ5!」
『分かりました』

 コトン。

「俺も俺も! えーと、あのタンジローの剣のやつ! 音出るやつ!」
『分かりました』

 コトン。

「うおおおお! じゃあ――」

 子供達は、彼に群がった。日が暮れるまで。彼へ願い続けて。
 彼は穏やかな笑顔を崩さずに、それを叶え続けた。





XP





 当然。
 各家庭にて、大人達は不審がった。子供達が、両手一杯のゲーム機や玩具、カードを持って帰ってきたからだ。

「どうしたのそれ!?」
「カミサマに貰ったー!」
「カミ……はぁ? 誰かに貰ったの!? 本当に!? ちょっと……流石に」

 困惑する。子供達にいくら訊ねても、『貰った』としか言わないのだ。明らかに高額な物を、大量に。

 親達は子供が遊んだという友人宅と連絡し合い、事実関係を確認しようとする。聞けば、その場に居た全員が『プレゼント』を山盛り貰っていたのだ。誰に貰ったのか?
 ――『カミサマ』。全員が口を揃えてそう言うのだ。

 次の日、大人達によってその『カミサマ』捜索が行われたが。彼を見付けることはできなかった。

 これが1日目。





XP





「おいお前!」
『はい』

 とある、中学校にて。生活指導を担当している、筋肉質でスポーツ刈りな男性教師は彼と廊下ですれ違い、呼び止めた。
 彼は穏やかな笑みを浮かべて振り返る。

「どこのクラスだ。ジーパンなんぞ穿いて登校しおって。制服をきちんと着ろ!」
『分かりました』

 音はしなかった。

「……は?」

 瞬きの間に、彼の服装は半袖のシャツと紺色のスラックス、そして革靴から白の上履きに変わっていた。

「は? お前……?」

 目を擦って確かめる教師。いつの間に着替えたのか? 間違いなく、ジーンズだった筈だ。上も、長袖のワイシャツだった筈だ。

「先生おはよー!」
「む。おは……」

 そこへ、ひとりの女子生徒が教師へと挨拶をした。反射的にそちらへ振り返り、また彼の方へ目を向けると。

「…………は?」

 彼の姿は無くなっていた。

 2日目の朝。





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「あー。授業だる」
「ぎゃっはは! おめーそれ毎日言ってんぞ」

 とある高校にて。
 今は昼休みだった。教室にて、数人の生徒達が昼食を摂っている。他の生徒は学食へ行っているのだろう。若しくはもう食べ終わってどこかへ行っている。

「おい大石! 雨宮!」
「あ? 田端じゃん」

 ひとりの男子生徒が、興奮した様子で教室へ入ってきた。教室に居たふたりの男子生徒は、その背後に居る少年に視線が行った。

「んだそいつ。中坊?」

 彼だった。穏やかに微笑みながら、腕を掴まれてここまで連れて来られたのだ。

「ちげーって! やべーってこいつ! なんでもできんの!」
「は? おめーがやべーよ何言ってんだ」
「良いから! ほら、カミサマ!」

 彼はふたりの前までやってきて、にこりと笑った。

『私は神様です』

 そう言った。ふたりはぽかんとする。まず、誰なのか。学校で見たことは無い。背も低い。学ランも着ていない。

「……カミサマ? あ? 神様だって?」
「なにこいつ。ぎゃはは。中坊拉致って来たんかよ田端ぁ」
「良いから、何か願ってみろよ!」
「は?」

 ふたりは顔を互いに見合わせる。何が何だか分からないが、神様と名乗り、願えと言われれば。

 なら、とひとりが。

「じゃあ、100万出してくれ」
『分かりました』
「ぎゃはは! ぜってーあり得ね――」

 ポン、と。

 彼の手から。札束が放られた。それを、反射的に受け取った男子生徒。

「――は?」
「お……え。ちょ」

 一瞬の静寂。そして。

「はああああっ!?」
「ああっ!? あり得ねーー! なんだおめーそれ!? まじかよ!?」

 確かめる。確かに一万円札だった。天井の光で透かしてみる。本物である。厚さ1センチの束。

「おい、なんかのマジックか? え、これ……マジ貰って良いのか……?」
「だから、やべーんだって! 今朝授業サボってたら見付けたんだよこいつを! マジで。マージで『神様』なんだって!」
「何それまじかよ……。え、俺も100万くれんの?」
『分かりました』

 ポン。再び現れる札束。


「うおっ……。ふ、ま、ええ……」

 困惑する男子生徒。連れてきた男子生徒は興奮しながら得意気な様子だ。

「いやマジか。こんなことあるか? ちょ……。おい田端、これ誰かに言ったか」
「言ってねーよ! お前らだけだ! これマジで、何でもできんだろ!?」
「…………なあ、神様」
『はい』

 顎を撫でて、冷静な振りをして考える。

「マジで何でもできんのか?」
『はい』
「俺の祖母ちゃん病気なんだけど治してくれよ」
『分かりました』
「え……」

 冷静な振りが得意な大石。
 ぎゃははと笑うのが雨宮。
 彼を連れてきたのが田端。

 2日目の昼。





XP





 その日の放課後。

「なあ、病院電話してたろさっき」
「ああ。……明日からリハビリ始めて、すぐ退院できるかもって。……寝たきりだったんだぞ。祖母ちゃん……」

 この少年は。大石の祖母の病気が完治したことを受けて完全に『ガチである』と結論付けられた。授業中はサボり魔の田端が喫茶店にて監視して、その後3人が集合した。

「考えてた。授業中。この神様の、使い方」
「ぎゃはは。カミサマ使うとかマジ不遜だろフソン!」

 雨宮はあまり深く考えていないようだった。田端はにやにやした笑みが隠せていない。だが大石の表情は優れなかった。

「……あのなあお前ら。これ、マジでやべえぞ。ガチで、俺らみたいな暇な高校生に与えちゃいけねえ代物だ。ガチで」
「ぎゃはは! 暇だけどよ!」
「例えばだ。金だけじゃねえ。今すぐ俺を総理大臣にしろっつったら出来るわけだ。なあ神様?」
『はい。できます』
「……!」

 その、会話で。
 雨宮と田端も表情を変えた。

「だろ? 田端。お前に『俺らと合流するまで絶対に何も願うな』っつった理由がこれだ。俺らはもう、世界を支配してんだよ。分かるか? ちょっとでも間違えりゃ、人類滅亡すんだ」
「…………め、滅亡ってそんな、大袈裟な」
「バカ野郎。『誰々を殺せ』っつったら殺せんだぞ。『あの国を滅ぼせ』っつったらマジで出来んだぞ? 俺達のたったひと言で、全部出来んだ」
「!」

 口を噤んだ。
 恐る恐る、彼を見る。

「……まあ、そこまで大規模なことができるかはまだ怪しい。金しか見せてもらってねえからな。なあ神様」
『はい』

 穏やかな表情の彼を。

「……試しだ。いくぞ」
「え……。なんだよ大石」
「腕、掴んどけよ田端。なあ神様。俺達をスカイタワー展望台まで飛ばしてくれ。怪我の無いように」
『分かりました』
「――!?」

 視界が歪んだ。
 次の瞬間。

「………………ほらな」

 ゆっくりと、目を開けると。

「うおおっ!?」
「はぁっ!?」

 大石の予想通り。あの喫茶店からいくつも県を跨いだ東京都の、テレビで見た景色が広がっていた。

「マジかよ!! すげえ! マジでスカイタワーだ!」
「……今日俺ら、『うおお』と『マジかよ』と『はぁ!?』しか言ってねえな」

 冷静に。だが心臓はかつてないほど飛び跳ねている。
 あり得ないほど『あり得ない』モノを、手に入れてしまったと。

「……警察とかに言うか?」
「………………どうだろ。政府が知ってたりする、なんかこう、実験体みたいな?」
「訊けば良い。どうなんだ? 神様」
『違います。私は神様です』

 大石は。目を瞑って考える。どうするべきか。正直、もう大人達に投げても良いと思える程、あり得ない状況になっている。

「なあ神様! 俺アイドルの『まりにゃん』好きなんだけど! 結婚させてくれよ!」
『分かりました』
「おまバ……っ!」

 ピコン。
 大石の制止は意味無く。雨宮のスマホから通知音が鳴った。

「ぎゃはは! マジか! まりにゃん公式アカからDMキタ! よっしゃぁぁあ!! ぎゃははははっ!」
「バッカてめ、そういうことすんな!」
「あー? うっせえっての大石! 願えんだから良いだろが別に!」
「何が起こるか分からねえだろうが! 特に人間の頭ん中いじくるヤツは危ねえよ!」
「おい、もう行こうぜ。目立つだろ」

 青ざめた表情の田端がそう言った。3人と彼は、取り敢えず隠れられそうな場所――カラオケボックスへと場所を変えた。





XP





「でよ」

 雨宮はしきりにスマホをタップしている。アイドルと連絡取っているのだろう。田端は青ざめたままだ。大石は。

「……俺は、正直扱いきれねえと思う」
「あ? なんだよ。なんでも出来んだろ? 別に良いじゃねーか。俺ら最強じゃん」
「…………田端」
「え?」

 能天気な雨宮は置いておいて。田端を見た。

「お前さっきからずっと顔色悪いけどよ。俺達の前に神様を連れてくるまでに、『何』願って確信したんだ?」
「…………う」
「は? どういうことだ大石?」
「何か願って叶わねえと、神様だって思わねえだろ。こいつは教室に来るまでに、何か願ってんだよ」
「…………!」

 俯いて押し黙った田端。ばつが悪そうにしている。

「ふ、普通に金だよ」
「それだけじゃねえだろ明らかに。今になって、ことの重大さに気付いたって顔してんぞ」
「…………う、そ、そうだ。神様!」
『はい』
「おい……」

 田端は突然歪な笑みを浮かべて、神様へ顔を上げた。

「俺、夢があったんだ」
『はい』
「実は小説、書いててさ。『その世界』に、転生させてくれよ」
『分かりました』
「はぁっ!? ちょ、おい! 田端!」

 大石が田端の肩を掴む。振り返った田端は。

 笑っていた。

「……1回くらい。『俺つえー』してみてーじゃん」
「何言ってんだお前! おま……」

 音はしなかった。
 田端の姿はもう、大石が台詞を言い終わる前に消えていた。
 掴んだ肩の感触だけが残る。

「うおおお! 田端消えた!? ぎゃはは!」
「……マジかあいつ……!」
「なあ大石? そんな深く考えんなって。好きなことして暮らそうぜ。お前まだ何も願ってねえだろ」
「100万と祖母ちゃんしたよ。もう充分だろ」
「ツツマしーんだよ! もっと欲望曝け出せよ! なあ神様! まりにゃんは俺にゾッコンな!」
『分かりました』
「ぎゃっはは!」

 気持ちが昂り、ソファに寝転んで足をばたつかせる雨宮。

「ぎゃはは! ……お? なんだこれ」
「どうした雨宮」

 雨宮はふと、スマホの画面を大石に見せた。
 ニュースサイトだった。

「……は?」
「なあ? こないだ授業でやったよな。日本って、これやらねえんじゃなかったっけ?」

 そのネット記事に踊る文字を。
 映る、首相の姿を。

「……『核兵器保有を決断』……だと……?」
「ぎゃは。これ、田端じゃねえの?」
「おいおい……。布告? ……これ」
「え、マジで? 戦争か?」
「…………!」

 愕然とした。

「田端……っ」





XP





「……戻そう」
「は?」

 大石が切り出した。雨宮がアイドルとの電話を終えた後だった。

「こんなもん、人の世界にあっちゃいけねーって。戻すぞ。全部」
「何言ってんだ大石ふざけんなよお前。俺は今からまりにゃんと会うんだよボケ」
「…………日本が戦争すんだぞ」
「あっそ。じゃ神様。俺とまりにゃんだけ不老不死で」
『分かりました』
「……! この馬鹿!」
「あんだよてめー。ぎゃは。知らねえよもう。俺は行くぜ。田端も消えたし。まりにゃんだけで良いわ。神様はお前にやるよ」
「おい雨宮……っ」

 雨宮は荷物を纏めて、ドアノブに手を掛けた。

「戻すとかつまんねーことすんなよ。本気で怒んぞ。てかお前も、戻したら祖母ちゃんどうなんだよ。このカラオケ代も神様の100万から出てんだろーが」
「…………! 待てよ」
「じゃあな」

 大石の制止も聞かず。雨宮は出ていってしまった。





XP





 ひとり残された、大石。俯いたまま、1時間。

「…………」

 2時間。

「……なあ神様」
『はい』

 ぽつり。思い至る。まず、状況を把握せねばと。

「どこから来たんだあんた」
『天国からです』
「……何故来たんだ」

 天国。さらりと答えられた。それについても疑問は山程あるが、ひとまずは置いておく。

『人の願いを叶える為です』
「どうしてだ?」
『私は神様ですから』
「……いつ来たんだ」
『昨日です』
「どうして昨日なんだ」
『前回から2000年が経ちました』
「…………イエス・キリストは自分が神だなんて言ってねえよ」
『私はイエス・キリストではありません。私はあなたに会うために昨日やってきたのです』
「……ちっ」

 毎度、質問のごとに脱線しそうになる。したくなる。
 それをぐっと堪える。

「どうやって叶えてる。物理も何も無視した現象が起きてるだろ」
『説明するには、人類がまだ発見していない事柄の説明を先にせねばなりません。名前の付いていない物質や法則を』
「…………じゃあ良いわ。いや……それも俺が理解できるように願えば良いのか」
『はい』
「願わねえよ。ちょっと待ってくれ」
『はい』

 この『神様』の存在を、知られてはならない。どんな悲劇が起こるか想像に難くないからだ。田端のような危険思想の持ち主や、雨宮のような自己中心的な人物はどこにでも居るだろう。

「……俺が願うまで、ずっとそこに居るつもりか?」
『正確には、願い主が満足すれば私は離れます。そうして、全人類を回っていきます』
「それまでに矛盾が生じたら? 例えばもう誰の願いも叶えるなと願うヤツが出てきたら」
『その願い通りになるでしょう』
「パラドックスが起こる願いはどうなる?」
『どちらも現実になり、願い主の思い通りになります』
「…………訳分かんねえ」

 パラドックス。よくある言葉だ。上官から『命令を聞くな』という命令を受けた部下はどうやっても命令違反になってしまうといったような。
 どちらも現実になる。興味はあるが、それを試そうという気持ちは大石には起こらなかった。

「…………祖母ちゃん」

 大石は、決断できずに居た。このおかしくなった世界を戻そうと考えている。田端や雨宮は許さないだろうが、その記憶すら消してしまえば良いだけだ。結局は、最終的に『神様』と共に居る者が全てにおいて後出しジャンケンの願いで上書きできる。

「……祖母ちゃんだけ、助けるのは。……違うよな。くそっ……」

 悩んでいるのは、病気であった祖母のことだ。リハビリが終わればもう退院できる。健康体になっているのだ。だが。
 戻せば。寝たきりの状態に戻る。いつ、万が一があるか分からない状態に。

「……俺は、ただの高校生なんだよ。授業つまんねとか愚痴ってほざいてる普通の。……こんな重荷背負えねえよ……」

 重荷に感じたのなら、それを消してくれるよう願えば良い。だが、それをしない。
 大石は目の前で穏やかに微笑む神様に恐怖を感じていた。

「……監視カメラ映像みたいに、田端の今を映したりできるか?」
『分かりました』

 ぶわんと。カラオケのテレビ画面が変わった。

「…………」

 赤ん坊が、ふかふかの揺り籠で寝ている映像だった。他には、その部屋の様子。木造の住宅らしく、暖炉が見える。壁には剣や盾が立て掛けられており、揺り籠の側に夫婦が居た。白人の夫婦だ。夫は赤ん坊にでれでれしながら話し掛け、妻は何やら魔法のような光で赤ん坊をあやしている。

「…………お前がオタクってのは知ってたがよ。……スマホもコンビニも、まともな医療もねえんだぞその世界」

 大石は、ぼんやりとそれを見る。

「……雨宮は?」
『はい』

 ぶわん。チャンネルが切り替わった。雨宮とアイドルが裸で抱き合っていた。

「だろうな。もう良いわ消してくれ」
『はい』

 ぷつん。画面は真っ暗になった。

「…………全員自己中かよ。俺がおかしいのか?」

 大石は授業には不真面目だったが、生来の性格としては真面目だった。冷静な振りをしながら、徐々に真に冷静になっていく。

「…………あんたの目的はなんなんだ」
『全人類の願いを叶えることです』
「それは手段だろ。叶えることでどうしたいんだ」
『皆に幸福を』
「…………」

 あり得ない。何かおかしい。大石は、彼を『人の枠』では当て嵌めて考えられないと思った。何か、プログラムのような、無機質な感覚があった。

「全人類の願いを同時に叶えたら、幸福になんかなる訳ねえだろ。……誰かに命令されてやってるのか?」
『いいえ。私の意思です』
「……前回はどうなった? なんで2000年周期なんだ」
『私を消す願いをした男性が最後です。それから2000年が経ち、あなたが生まれました』
「!」

 大石は。
 それを聞いてから、表情に変化があった。

「…………はっ」

 笑いが出たのだ。

「4000年前は?」
『これまでの願いを無効化し、夫と自身を殺せという願い主の女性が最後です』
「……ははっ」

 理解したのだ。
 『これ』を。

「あー、そういうことかよ。あんた……。嘘吐いてんな」
『…………』
「珍しく答えずに黙ったな。沈黙は肯定ってのは、神にも適用されんのか。いや……俺がそう望んでるだけか」
『私は神様です』

 彼は穏やかな笑みを崩さない。

「……俺も田端ほどじゃねえが、ラノベは読んだことあるんだよ。その知識で情けねえが、こんなんがあった。『神の吐いた嘘を見抜ける人間は居ない』ってな。確かにその通りだ。何もかも思い通りなんだから」
『…………』
「で、それを俺にチラ見させたのもあんたのミスじゃなくて計算だ。『俺がこれを願う』ことが最初から分かってわざわざ日本に現れた訳だ」
『…………』

 彼は返事をしない。だが、答えなくて良い。大石はにこりと笑う。

「人を救いたい神が全能を持って実在しているのに、人々を救わない理由。……それは『遊び』だからだ。それで矛盾しねえ。何もかも手の平の上。ただの暇潰し。神々の遊び」
『…………』

 ヴヴヴ、と。大石のスマホが振動した。見なくても分かる。緊急アラートである。恐らくは、どこかの国からミサイルでも発射されたのだろう。先程、被害者の返還が無ければ直ちに核兵器を持って攻撃すると発表したのは政府だ。田端の願いによって。

「……分かったよ。神様」
『はい』
「…………」

 目を瞑って。
 意を決した。

「ごめん祖母ちゃん……」

 小さく呟いて。
 顔を上げて、彼を見た。

 もう恐怖は無い。

「時を昨日まで戻して、あんたが来なかったことにしてくれ。これまでの記憶も昨日時点にリセットしてくれ」
『分かりました』
「……あと、今後一切、地上に来ないでくれ」
『分かりました』
「……神様、か。どうやって、証明するんだろうな。俺には神様を名乗ってるだけの、全能を持っただけの悪魔にしか見えない。その全能を、人間の手に委ねてるんだからな」

 音は、しなかった。
 何も。





XP





「あー。授業だる」
「ぎゃっはは! おめーそれ毎日言ってんぞ」

 とある高校にて。

「よーっす」
「んだよ田端。また午前サボりやがって」
「悪い悪い」
「ぎゃはは。俺ら授業出てる分チョー優踏生じゃん」
「バーカ」

 誰も何も気付かない。大石さえ。





XP





『私は神様です。救世主Χριστοςではありません』

『答え合わせはしません。ではまた、2000年後と言わず、明日にでも』
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