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第14話「魔法」
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「姫様っ」
水瓶の水を全て被り、放り投げて叩き割った。ガシャンと乾いた音が雨の中に鳴り響いた。
「……」
その先に。歩いてくる影がある。ゆっくりと、雨音に紛れて。
「……ネヴァン商会っ!」
アルファは咄嗟に剣を構えた。ステラを庇うようにして立つ。今彼女は無防備にも裸だ。
「先客か」
「!?」
女の声だった。背の高い、すらりとした女。黒衣は雨を弾くように乱反射している。
「少年。ここが何なのか知っているのか?」
女はアルファへ話し掛けた。戦意は感じられない。異様に思えたが、ここで戦ってステラを巻き込むことはできない。
「知らない」
「どうやって辿り着いた?」
「……『宝瓶の間』から」
「なるほどな。エストレーリャの良く知る『抜け道』を、レイピアに教えていたという訳か。ならば君達は『星海の姫』と『随伴騎士』で、カハはしくじったのだな」
アルファのひと言から全てを推察し言い当てた。アルファもその口振りから、この女の正体を見極める。
「……『アネゴ』って奴か」
「察しが良いな。そうだ。私が『ネヴァン商会』を創った。各国を唆し、『水装』を与え、兵を動かさせたのも私。部下達もそれらも、全て『今、この瞬間』の為にあったんだ」
「……何が目的なんだ。水か?」
「そうだが、違う。馬鹿な各国王のようにただ生活用水を求めている訳じゃない」
「じゃあ、何だ?」
話している内に、女はアルファの目の前まで迫ってきていた。
「『還して貰おう』。私の『水』を」
「!」
☆
「『起動』!」
「間に合うか。流石だな」
咄嗟に、アルファは全身に力を込めた。黒衣の女の一撃を防ぎ、距離を取る。
「……!」
体勢を立て直し、すぐさま見やる。女は『水装』の力で勢い良く、アルファを蹴り飛ばしたのだ。
「『火器』は使わないのか」
「火薬が濡れると駄目なんだ。君達は知らないだろうが」
ならば同じ『水装』。剣を持つアルファが有利だ。
「私の武器はこれだけだよ」
そう言って、女は黒衣から小さな棒のようなものを取り出した。剣の柄ほどの白い棒。とても武器には見えない。
「それは何だ?」
「水が出る棒さ」
「……武器とは思えないな」
「だろうな」
「はっ!」
バシュンとアルファの『水装』から水蒸気が出る。その動きは風のように速くなり、黒衣の女へ切り掛かる。
「姫様離れてろっ!」
「……少年」
女は、それを動かず受けて立った。迫り来るアルファを避けようともしない。白い謎の棒を握り、アルファへ向けた。
「『水装』はもう古い」
☆
「……?」
アルファは、何が起きたか分からなかった。突如体勢を崩し、どしゃりと転けた。
「(あれ?立てない……)」
足が動かない。否。動かせない。
自分の足を見る。
「ーー!!」
「ははっ」
女の笑い声がした。
アルファの左足は太股から切断されていた。
「ああああああ!!」
激痛。それに気付いても、何が起こったか分からない。『水装』の切断面から、水が流れ出る。
必死に耐え、女を睨む。
「『水』ってのは……鎧にも剣にもなる。『それだけの勢いで水が出る』と……言っておいた方が良かったか?」
バチャバチャと足音がする。嫌に響く。アルファにとっては、死の音だ。いつの間にか、女はアルファの目の前に居た。
「ぐううう……!」
「絶体絶命だな。小さな騎士さん」
うずくまるアルファ。左大腿から大量に血が流れている。どうにかしなければ、それだけで死ぬ。
「……ひめさ」
「ふむ」
そこへ。
パチャパチャと音をさせて。
ステラがふたりの間に立ち塞がった。
「逃げろ姫様!!」
「ステラ姫。さっきはよくも、大事な『瓶』を割ってくれたな。アレが何か知らないだろう」
黒衣の女が『水の剣』をステラへ向けた。ステラは女を睨み付ける。
「すぅっ!」
「?」
そして。息を吸い。
「ぷぅっ!!」
「!」
女の顔へ思いきり、『含んだ水を吹き掛けた』。
☆
「ギャアアアアアア!!」
「……!?」
アルファは目を見開いた。黒衣の女が、地に伏し顔を抑え悶えている。どうしたのか。
「くっ!この……!小娘がぁ!」
ステラはアルファへ振り向き、彼の切断された左足を拾う。
「姫様逃げてろ。隠れるんだ」
「……」
アルファの言葉に反応しない。『宝瓶の間』に入ってから、本当にどうしてしまったのか。
「……」
ステラは雨水を口と両手に蓄え、アルファの足へ注ぐ。治そうとしてくれているのだ。だがいくら星海の姫とは言え、そこまでの力は無い。
「……このくそガキっ」
「!!」
やがて黒衣の女も立ち上がる。顔を抑え、わなわなと震えている。
「殺してやるっ!」
『水の剣』を振りかぶった。
アルファは、気づいた。
「!」
足の痛みが引いていると。
「う」
剣を持ち。
「うおおお……っ」
片足で立ち上がり。
「おおおおおおお!!」
最後の水を振り絞り。
怒れる女の首を切り払った。
「!!」
☆
「……アルファ」
「!」
ステラはようやく、彼の名を呼んだ。まるで気付いていないのかと思っていたアルファは、やや驚いて彼女を見る。
「…………!」
向かい合うふたり。
「うおっと」
アルファは体勢を崩し、落ちるようにその場に座る。ステラもしゃがみ、彼と向き合う。
アルファは生唾を飲み込む。金の髪も蒼の瞳も白い肌も、艶やかに雨に濡れている。まるで絵画のように美しいと感じた。
「……抱き締めて」
「はっ?」
ずっと真剣な表情を変えなかったステラは、ここで瞳を潤わせ、きゅっと唇を結んだ。
「…………!」
答えを待たず、ステラはアルファへ抱き付いた。アルファは状況が飲み込めず、固まった。
「これから私は……多くの人を殺すから」
「……!?」
☆
「がっ……!?」
初めに、カハが血を吐いた。側で倒れるユミトの身体には無数の穴が開いている。
「なん……っ!ぐばぁっ!」
血眼になり、原因を探した。彼は、最も『宝瓶』の近くに居たのだ。
「…………!! ……この……まさ、か……!」
呪うように『宝瓶』を睨み付け、溺れるようにもがいて死んだ。
「!」
「ぐっ!」
「ばっ……!」
続いてカハの部下達だ。同じように血を吐き、やがて死んだ。
☆
「はぁ……はぁ……。フギン」
ムニンは倒れていた。王宮に攻め入り、そして敗北した。
そこで、兄の死体を見付けた。彼女は観念し、そこを自分の最期の場所と決めた。
「げほっ……。……喉、渇いたよ」
雨に打たれながら、彼女は静かに息を引き取った。
☆
「……どういうことだ?」
黒衣の男の勝利宣言から、音沙汰が無い。どころか敵兵が全員、ひとり残らず、『勝手に死んだ』。フォーマルハウトは訳が分からなかった。
「取り合えず、敵は死んだ。勝ったようだ……」
「『水将』様っ」
部下が駆け付ける。
「王都だけでなく、アクアリウス各地で敵兵の全滅の報告を確認!戦争は終わりです!」
「……なんだと……!」
王は死んだ。皆が、この突然の勝利に戸惑っていた。
☆
「『星海の民』の体質が、大陸を救いました。たった水ひとつでも、私達生命の源なのです」
アニータの、最後の授業だ。アルファは、この時のアニータの言葉を思い出していた。
「『これ』を私達はこのように呼んでいます」
☆
「はっ!」
気が付くと、辺りは森だった。見覚えがある。王都を囲む山の中だ。
アルファは、ステラの膝の上で気絶していた。
「……姫さ」
「アルファ」
「!」
アルファはびっくりして、すぐに起き上がる。
ステラの眼には大粒の涙が溢れていた。
「……気が付いたら、そこの池に居て、アルファが倒れてたの」
「……姫様……」
「……ぐすっ。……あんまり、覚えてないの」
ステラはしゃくりあげながら、ポロポロと涙を流して話す。
「……お父様は……死んじゃったの、よね?」
「……うん……」
「ひっく……。……うわぁぁん……お父様ぁ……」
「…………」
「……アルファの、ぐすん……お父様は?」
「多分、死んだ」
「うえぇ……ん……」
ステラは堪らず、アルファへ倒れ込んだ。
「アニータも……死んじゃったよね……」
「……うん」
「ぐすっ……うわぁぁぁぁああん」
「……!」
今日1日で、起こった出来事が多すぎた。死んだ人が多すぎた。
ふたりは泣いた。抱き合って泣き晴らした。
そうして、やがてステラは心身共に疲れて眠ってしまった。
「……」
アルファは泣き止むと、ステラを抱き上げて片足で立ち上がった。
☆
「……魔法」
ふと、夜空を見上げた。
そこは、彼の心情とは裏腹に、とても綺麗な満天の星空だった。
水瓶の水を全て被り、放り投げて叩き割った。ガシャンと乾いた音が雨の中に鳴り響いた。
「……」
その先に。歩いてくる影がある。ゆっくりと、雨音に紛れて。
「……ネヴァン商会っ!」
アルファは咄嗟に剣を構えた。ステラを庇うようにして立つ。今彼女は無防備にも裸だ。
「先客か」
「!?」
女の声だった。背の高い、すらりとした女。黒衣は雨を弾くように乱反射している。
「少年。ここが何なのか知っているのか?」
女はアルファへ話し掛けた。戦意は感じられない。異様に思えたが、ここで戦ってステラを巻き込むことはできない。
「知らない」
「どうやって辿り着いた?」
「……『宝瓶の間』から」
「なるほどな。エストレーリャの良く知る『抜け道』を、レイピアに教えていたという訳か。ならば君達は『星海の姫』と『随伴騎士』で、カハはしくじったのだな」
アルファのひと言から全てを推察し言い当てた。アルファもその口振りから、この女の正体を見極める。
「……『アネゴ』って奴か」
「察しが良いな。そうだ。私が『ネヴァン商会』を創った。各国を唆し、『水装』を与え、兵を動かさせたのも私。部下達もそれらも、全て『今、この瞬間』の為にあったんだ」
「……何が目的なんだ。水か?」
「そうだが、違う。馬鹿な各国王のようにただ生活用水を求めている訳じゃない」
「じゃあ、何だ?」
話している内に、女はアルファの目の前まで迫ってきていた。
「『還して貰おう』。私の『水』を」
「!」
☆
「『起動』!」
「間に合うか。流石だな」
咄嗟に、アルファは全身に力を込めた。黒衣の女の一撃を防ぎ、距離を取る。
「……!」
体勢を立て直し、すぐさま見やる。女は『水装』の力で勢い良く、アルファを蹴り飛ばしたのだ。
「『火器』は使わないのか」
「火薬が濡れると駄目なんだ。君達は知らないだろうが」
ならば同じ『水装』。剣を持つアルファが有利だ。
「私の武器はこれだけだよ」
そう言って、女は黒衣から小さな棒のようなものを取り出した。剣の柄ほどの白い棒。とても武器には見えない。
「それは何だ?」
「水が出る棒さ」
「……武器とは思えないな」
「だろうな」
「はっ!」
バシュンとアルファの『水装』から水蒸気が出る。その動きは風のように速くなり、黒衣の女へ切り掛かる。
「姫様離れてろっ!」
「……少年」
女は、それを動かず受けて立った。迫り来るアルファを避けようともしない。白い謎の棒を握り、アルファへ向けた。
「『水装』はもう古い」
☆
「……?」
アルファは、何が起きたか分からなかった。突如体勢を崩し、どしゃりと転けた。
「(あれ?立てない……)」
足が動かない。否。動かせない。
自分の足を見る。
「ーー!!」
「ははっ」
女の笑い声がした。
アルファの左足は太股から切断されていた。
「ああああああ!!」
激痛。それに気付いても、何が起こったか分からない。『水装』の切断面から、水が流れ出る。
必死に耐え、女を睨む。
「『水』ってのは……鎧にも剣にもなる。『それだけの勢いで水が出る』と……言っておいた方が良かったか?」
バチャバチャと足音がする。嫌に響く。アルファにとっては、死の音だ。いつの間にか、女はアルファの目の前に居た。
「ぐううう……!」
「絶体絶命だな。小さな騎士さん」
うずくまるアルファ。左大腿から大量に血が流れている。どうにかしなければ、それだけで死ぬ。
「……ひめさ」
「ふむ」
そこへ。
パチャパチャと音をさせて。
ステラがふたりの間に立ち塞がった。
「逃げろ姫様!!」
「ステラ姫。さっきはよくも、大事な『瓶』を割ってくれたな。アレが何か知らないだろう」
黒衣の女が『水の剣』をステラへ向けた。ステラは女を睨み付ける。
「すぅっ!」
「?」
そして。息を吸い。
「ぷぅっ!!」
「!」
女の顔へ思いきり、『含んだ水を吹き掛けた』。
☆
「ギャアアアアアア!!」
「……!?」
アルファは目を見開いた。黒衣の女が、地に伏し顔を抑え悶えている。どうしたのか。
「くっ!この……!小娘がぁ!」
ステラはアルファへ振り向き、彼の切断された左足を拾う。
「姫様逃げてろ。隠れるんだ」
「……」
アルファの言葉に反応しない。『宝瓶の間』に入ってから、本当にどうしてしまったのか。
「……」
ステラは雨水を口と両手に蓄え、アルファの足へ注ぐ。治そうとしてくれているのだ。だがいくら星海の姫とは言え、そこまでの力は無い。
「……このくそガキっ」
「!!」
やがて黒衣の女も立ち上がる。顔を抑え、わなわなと震えている。
「殺してやるっ!」
『水の剣』を振りかぶった。
アルファは、気づいた。
「!」
足の痛みが引いていると。
「う」
剣を持ち。
「うおおお……っ」
片足で立ち上がり。
「おおおおおおお!!」
最後の水を振り絞り。
怒れる女の首を切り払った。
「!!」
☆
「……アルファ」
「!」
ステラはようやく、彼の名を呼んだ。まるで気付いていないのかと思っていたアルファは、やや驚いて彼女を見る。
「…………!」
向かい合うふたり。
「うおっと」
アルファは体勢を崩し、落ちるようにその場に座る。ステラもしゃがみ、彼と向き合う。
アルファは生唾を飲み込む。金の髪も蒼の瞳も白い肌も、艶やかに雨に濡れている。まるで絵画のように美しいと感じた。
「……抱き締めて」
「はっ?」
ずっと真剣な表情を変えなかったステラは、ここで瞳を潤わせ、きゅっと唇を結んだ。
「…………!」
答えを待たず、ステラはアルファへ抱き付いた。アルファは状況が飲み込めず、固まった。
「これから私は……多くの人を殺すから」
「……!?」
☆
「がっ……!?」
初めに、カハが血を吐いた。側で倒れるユミトの身体には無数の穴が開いている。
「なん……っ!ぐばぁっ!」
血眼になり、原因を探した。彼は、最も『宝瓶』の近くに居たのだ。
「…………!! ……この……まさ、か……!」
呪うように『宝瓶』を睨み付け、溺れるようにもがいて死んだ。
「!」
「ぐっ!」
「ばっ……!」
続いてカハの部下達だ。同じように血を吐き、やがて死んだ。
☆
「はぁ……はぁ……。フギン」
ムニンは倒れていた。王宮に攻め入り、そして敗北した。
そこで、兄の死体を見付けた。彼女は観念し、そこを自分の最期の場所と決めた。
「げほっ……。……喉、渇いたよ」
雨に打たれながら、彼女は静かに息を引き取った。
☆
「……どういうことだ?」
黒衣の男の勝利宣言から、音沙汰が無い。どころか敵兵が全員、ひとり残らず、『勝手に死んだ』。フォーマルハウトは訳が分からなかった。
「取り合えず、敵は死んだ。勝ったようだ……」
「『水将』様っ」
部下が駆け付ける。
「王都だけでなく、アクアリウス各地で敵兵の全滅の報告を確認!戦争は終わりです!」
「……なんだと……!」
王は死んだ。皆が、この突然の勝利に戸惑っていた。
☆
「『星海の民』の体質が、大陸を救いました。たった水ひとつでも、私達生命の源なのです」
アニータの、最後の授業だ。アルファは、この時のアニータの言葉を思い出していた。
「『これ』を私達はこのように呼んでいます」
☆
「はっ!」
気が付くと、辺りは森だった。見覚えがある。王都を囲む山の中だ。
アルファは、ステラの膝の上で気絶していた。
「……姫さ」
「アルファ」
「!」
アルファはびっくりして、すぐに起き上がる。
ステラの眼には大粒の涙が溢れていた。
「……気が付いたら、そこの池に居て、アルファが倒れてたの」
「……姫様……」
「……ぐすっ。……あんまり、覚えてないの」
ステラはしゃくりあげながら、ポロポロと涙を流して話す。
「……お父様は……死んじゃったの、よね?」
「……うん……」
「ひっく……。……うわぁぁん……お父様ぁ……」
「…………」
「……アルファの、ぐすん……お父様は?」
「多分、死んだ」
「うえぇ……ん……」
ステラは堪らず、アルファへ倒れ込んだ。
「アニータも……死んじゃったよね……」
「……うん」
「ぐすっ……うわぁぁぁぁああん」
「……!」
今日1日で、起こった出来事が多すぎた。死んだ人が多すぎた。
ふたりは泣いた。抱き合って泣き晴らした。
そうして、やがてステラは心身共に疲れて眠ってしまった。
「……」
アルファは泣き止むと、ステラを抱き上げて片足で立ち上がった。
☆
「……魔法」
ふと、夜空を見上げた。
そこは、彼の心情とは裏腹に、とても綺麗な満天の星空だった。
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