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第12話 真の愛、優しい愛
しおりを挟む※ジウ視点に戻ります。今の時間は、少し前へと遡り、ラルフが祖国へ文句を言いに出かけた頃です
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何度も忘れ物をして私室へ取って返し、挙句の果てに腹が痛いの延期するのとダダをこね始めたラルフをようやくのことでアンゲルへ送り出すと、俺はオシリス号へ移った。
ヴィレルの船で、タルキア帝国の都、ティオンへ運んでもらうのだ。
ラルフからの助言で、ユートパクス軍は撤退を中止し、首都マワジを初め、各所の要塞に立て籠った。イスケンデルに集結したタルキア軍は、出鼻をくじかれた形で立ち往生している。
この隙に、タルキア皇帝から、軍に撤退命令を出してもらおうという計画だ。
「……」
オシリスに乗り込んだ俺は、予想を上回る惨状に瞑目した。
つまり、船中に例のアレが吊るされていたのだ。ラルフが大量発注した青い目玉が。
「邪眼除けだとよ。抵抗したんだが、ラルフの剣幕にはどうしても敵わなくてな」
言い訳のようにオシリスの司令官、ヴィレルがぶつぶつ言っている。
イスケンデル近郊に終結したタルキア軍がどう出るかわからない。皇帝の元へ向かう俺の送迎なんぞにフリゲート艦を使うべきではないと言ったのに。ブリックか、カッターで充分だ。※
それなのにラルフは、どうしてもフリゲート艦でなければだめだ、と主張した。しまいには、さもなければアンゲルへは行かない、とまで言い出したので、仕方なくヴィレルが折れた。
しかしまさか、船中に青い目玉を吊るされるとは思ってもいなかったろう。
「すまない、ヴィレル」
申し訳なさでいっぱいになった。
「いや、君のせいじゃないさ、エドガルド」
「ラルフの奴、過保護なんだ。だから……」
「あいつは君のことが心配なんだろう。それはよくわかってる。君が一度死んだときの、あいつの嘆きと言ったら……」
ヴィレルは言葉を途切らせた。
「そんなにひどかったのか?」
俺は不安になった。取り乱したラルフなんて、想像もつかない。
「いいや。全くいつも通りだった」
「……」
「それがいかんのだ。君が息を引き取ったのは、早朝だった。軍医が首を横に振ると、あいつは部屋に閉じこもって、政府への長い長い報告書を書いた。それから、いつも通りの時間に食堂に現れ、紅茶を一杯だけ飲んだ。しばらくの間、あいつが物を食べている姿は見たことがない。それなのに、痩せもしなければやつれもしないのが不気味だった」
生々しい話に、言葉も出ない。
「君の体を埋葬した時も、やつは涙一つ零さなかった。君の仲間はもちろん、ラルフの相棒のルグランや、士官候補生のやつらさえ、大泣きしていたというのに。それなのにあいつは、乾いた目を見開いたまま、砂漠の真ん中に突っ立っていた。泣けなかったんじゃないか? 今に至るまで」
それが、お気楽な男、ラルフの正体なのだ。俺にはよくわかっている。本当に悲しい時、彼は、自分の心を殺してしまうのだ。
そういうやつなのだ、ラルフ・リールという男は。
「以前、ユートパクス軍に追い詰められ、いよいよだめだと思った時のことだ」
問わず語りにヴィレルは、四年前のことを語り始めた。
「俺とルグラン、それに副艦長ともう一人の副官は、甲板のラルフの周りに集まった。ユートパクス艦はすぐそばまで迫っており、俺達のサファイア号は、完璧にその射程に入っていた。既に2~3発の砲弾が、右舷に着弾して甲板には白い煙がのぼっていた。その時、ラルフは言いやがったんだ。自分は船に残るから、君らはボートで脱出しろと」
息が詰まった。そんな恐ろしい目に、あの飄々とした男は遭っていたのか。
ヴィレルは肩を竦めた。
「もちろん俺達は一人残らず、最後までともに戦うと答えた。ラルフと一緒に死ぬとな」
深いため息をついた。
「俺達は全員逮捕されたが、ラルフが身を張って、俺達を本国へ返還させた。彼一人がシテ塔に閉じ込められたのは、君も知っているだろう?」
無言で俺は頷いた。シテ塔で暗殺されそうになった彼を脱獄させたのが、俺達亡命貴族だ。
それからずっと、俺達は彼の側にいる。彼の庇護を受け、その手足となってユートパクスと戦っている。
「なあ、エドガルド。頼むから、ラルフのことを捨てないでやってくれ」
以前、同じようなことをルグランにも言われた。
ラルフの周囲にいる人たちは、どうして俺がラルフを裏切ると思うのだろう。
彼は俺の恋人だというのに。
「君があの男を愛しているのはよくわかる。確かに彼は、軍人としては互角か、ラルフよりちょっと上かもしれない。だが人間としては、ラルフの方がずっと格上だ」
「……いったい誰のことを言っているのだ?」
わけがわからなかった。
「シャルワーヌ・ユベールだ」
開いた口がふさがらなかった。どこの世界に、自分を強姦した男を愛する者がいるか。
「だって君が彼を見る時の目と言ったら! 頬を真っ赤に染めて、なんとも言えない色っぽい潤んだ眼差しで。あれじゃ、ラルフがかわいそうだ」
ヴィレルは、俺の中に残ったジウ王子のことを言っているのだと気がついた。
「それは俺ではないよ」
「は?」
嘘を吐くなと言わんばかりの、物凄く険悪な目でヴィレルは俺を見据えた。こんな目で睨まれる筋合いはない。
「だから、シャルワーヌを見ている時の俺は、俺じゃない、ジウだ」
ヴィレルも負けてはいなかった。
「ジウ王子は昇天したはずだ。僅かに残っていた意識も、侍従が連れて行った」
……「一緒に参りましょう。もう大丈夫です。貴方の苦しみは、全てこのアソムが引き受けますぞ。貴方のお国は、天上にございます。肉体の牢獄を離れ、さあ参りましょう。ジウ王子、もうあなたは苦しむことがない……」
頭が空っぽになった気がする。思わず俺は叫んだ。
「嘘だ! 彼の魂はまだ、この体に残っている!」
「いい加減認めろ、エドガルド」
固く強張った声が諫めた。
「君はシャルワーヌを愛しているんだ。俺達のラルフではなく。ジウ王子はもういない。言い訳は通用しない。彼を愛しているのは君自身だ」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※ブリック…2本マストで、軍用艦の外、商船にも用いられる
カッター…1本マストの小型快速線
またBL的にはどうでもいいことに血道を上げていますね。申し訳ないことです。
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何度も忘れ物をして私室へ取って返し、挙句の果てに腹が痛いの延期するのとダダをこね始めたラルフをようやくのことでアンゲルへ送り出すと、俺はオシリス号へ移った。
ヴィレルの船で、タルキア帝国の都、ティオンへ運んでもらうのだ。
ラルフからの助言で、ユートパクス軍は撤退を中止し、首都マワジを初め、各所の要塞に立て籠った。イスケンデルに集結したタルキア軍は、出鼻をくじかれた形で立ち往生している。
この隙に、タルキア皇帝から、軍に撤退命令を出してもらおうという計画だ。
「……」
オシリスに乗り込んだ俺は、予想を上回る惨状に瞑目した。
つまり、船中に例のアレが吊るされていたのだ。ラルフが大量発注した青い目玉が。
「邪眼除けだとよ。抵抗したんだが、ラルフの剣幕にはどうしても敵わなくてな」
言い訳のようにオシリスの司令官、ヴィレルがぶつぶつ言っている。
イスケンデル近郊に終結したタルキア軍がどう出るかわからない。皇帝の元へ向かう俺の送迎なんぞにフリゲート艦を使うべきではないと言ったのに。ブリックか、カッターで充分だ。※
それなのにラルフは、どうしてもフリゲート艦でなければだめだ、と主張した。しまいには、さもなければアンゲルへは行かない、とまで言い出したので、仕方なくヴィレルが折れた。
しかしまさか、船中に青い目玉を吊るされるとは思ってもいなかったろう。
「すまない、ヴィレル」
申し訳なさでいっぱいになった。
「いや、君のせいじゃないさ、エドガルド」
「ラルフの奴、過保護なんだ。だから……」
「あいつは君のことが心配なんだろう。それはよくわかってる。君が一度死んだときの、あいつの嘆きと言ったら……」
ヴィレルは言葉を途切らせた。
「そんなにひどかったのか?」
俺は不安になった。取り乱したラルフなんて、想像もつかない。
「いいや。全くいつも通りだった」
「……」
「それがいかんのだ。君が息を引き取ったのは、早朝だった。軍医が首を横に振ると、あいつは部屋に閉じこもって、政府への長い長い報告書を書いた。それから、いつも通りの時間に食堂に現れ、紅茶を一杯だけ飲んだ。しばらくの間、あいつが物を食べている姿は見たことがない。それなのに、痩せもしなければやつれもしないのが不気味だった」
生々しい話に、言葉も出ない。
「君の体を埋葬した時も、やつは涙一つ零さなかった。君の仲間はもちろん、ラルフの相棒のルグランや、士官候補生のやつらさえ、大泣きしていたというのに。それなのにあいつは、乾いた目を見開いたまま、砂漠の真ん中に突っ立っていた。泣けなかったんじゃないか? 今に至るまで」
それが、お気楽な男、ラルフの正体なのだ。俺にはよくわかっている。本当に悲しい時、彼は、自分の心を殺してしまうのだ。
そういうやつなのだ、ラルフ・リールという男は。
「以前、ユートパクス軍に追い詰められ、いよいよだめだと思った時のことだ」
問わず語りにヴィレルは、四年前のことを語り始めた。
「俺とルグラン、それに副艦長ともう一人の副官は、甲板のラルフの周りに集まった。ユートパクス艦はすぐそばまで迫っており、俺達のサファイア号は、完璧にその射程に入っていた。既に2~3発の砲弾が、右舷に着弾して甲板には白い煙がのぼっていた。その時、ラルフは言いやがったんだ。自分は船に残るから、君らはボートで脱出しろと」
息が詰まった。そんな恐ろしい目に、あの飄々とした男は遭っていたのか。
ヴィレルは肩を竦めた。
「もちろん俺達は一人残らず、最後までともに戦うと答えた。ラルフと一緒に死ぬとな」
深いため息をついた。
「俺達は全員逮捕されたが、ラルフが身を張って、俺達を本国へ返還させた。彼一人がシテ塔に閉じ込められたのは、君も知っているだろう?」
無言で俺は頷いた。シテ塔で暗殺されそうになった彼を脱獄させたのが、俺達亡命貴族だ。
それからずっと、俺達は彼の側にいる。彼の庇護を受け、その手足となってユートパクスと戦っている。
「なあ、エドガルド。頼むから、ラルフのことを捨てないでやってくれ」
以前、同じようなことをルグランにも言われた。
ラルフの周囲にいる人たちは、どうして俺がラルフを裏切ると思うのだろう。
彼は俺の恋人だというのに。
「君があの男を愛しているのはよくわかる。確かに彼は、軍人としては互角か、ラルフよりちょっと上かもしれない。だが人間としては、ラルフの方がずっと格上だ」
「……いったい誰のことを言っているのだ?」
わけがわからなかった。
「シャルワーヌ・ユベールだ」
開いた口がふさがらなかった。どこの世界に、自分を強姦した男を愛する者がいるか。
「だって君が彼を見る時の目と言ったら! 頬を真っ赤に染めて、なんとも言えない色っぽい潤んだ眼差しで。あれじゃ、ラルフがかわいそうだ」
ヴィレルは、俺の中に残ったジウ王子のことを言っているのだと気がついた。
「それは俺ではないよ」
「は?」
嘘を吐くなと言わんばかりの、物凄く険悪な目でヴィレルは俺を見据えた。こんな目で睨まれる筋合いはない。
「だから、シャルワーヌを見ている時の俺は、俺じゃない、ジウだ」
ヴィレルも負けてはいなかった。
「ジウ王子は昇天したはずだ。僅かに残っていた意識も、侍従が連れて行った」
……「一緒に参りましょう。もう大丈夫です。貴方の苦しみは、全てこのアソムが引き受けますぞ。貴方のお国は、天上にございます。肉体の牢獄を離れ、さあ参りましょう。ジウ王子、もうあなたは苦しむことがない……」
頭が空っぽになった気がする。思わず俺は叫んだ。
「嘘だ! 彼の魂はまだ、この体に残っている!」
「いい加減認めろ、エドガルド」
固く強張った声が諫めた。
「君はシャルワーヌを愛しているんだ。俺達のラルフではなく。ジウ王子はもういない。言い訳は通用しない。彼を愛しているのは君自身だ」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※ブリック…2本マストで、軍用艦の外、商船にも用いられる
カッター…1本マストの小型快速線
またBL的にはどうでもいいことに血道を上げていますね。申し訳ないことです。
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