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第3話 家族ごっこ
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「ごめーん。ほんとごめん。あーもう、めんどい客にさあ~っ」
22時02分。優愛はとっくに、僕の腕の中で眠ってしまっている。真愛さんは走りながらやってきた。
「もう。あそこ辞めようかなあ。ちょっとずつ時間延ばそうとしてくんのよ。社員さんも」
「でも辞めたら辞めたでまた」
「分かってー。るっつーのっ」
ぽこりと、拳を頭に乗せられた。そんな仕草もなんだか可愛い。16歳の僕からしたら、24歳なんて大人過ぎる。大人のお姉さんだ。
でもなんか、可愛いんだ。真愛さんは。
「……んぅぅ」
「ありゃ。まだ臭いしてるかな。ごめん優愛」
「……まあ、ちょっとだけ」
「きっついお客さんがひとり居てね~」
真愛さんからは、基本的に良い匂いがするんだけど。それは、隠してるんだ。本当は、煙草の臭いがする。彼女も吸ってるんだけど、それ以上に、職場が。
「あんまり良くないとは思うけどな。パチンコ屋さん」
「うーん。そだよねぇ。でもなあ。頭悪くてなんのスキルも無いわたしができる高時給って、これくらいしかなくってさぁ」
真愛さんは再度、自分の服をはたいて。ゆっくり慎重に、僕から優愛を受け取った。
もう慣れたものだ。優愛は気付かずぐっすりだ。
「重明くんは大学行くの?」
「……さあ。親が出してくれるかどうか。別に勉強したいこともないし、働いた方が良いかなって」
「えー。絶対行った方が良いよ。わたしみたいにバカになるよ」
「真愛さんはバカじゃないって」
「いやいやいや。わたし今日もさ。お客さんに確率の話されて、まっったくイミフだったもん。1/399を399回やっても当たらないってどゆこと? 意味分かんないもん。機械壊れてんじゃないのって思ったし」
「それは……僕も分からないけど」
「なんかね。カンゼンカクリツって言うらしーけど。ぜーんぜんしらーんぷい」
パチンコのことは、僕には分からない。音がうるさい、煙草臭い、青少年に良くない、くらいの知識しかない。
「そういえば色んなアニメがパチンコになってるからさあ。いつかパニピュアもパチンコになったりして」
「流石にそれは無さそう」
「まあ確かに」
「あとスロットもさぁ。メオシっていうの? 出来るわけないよねあんなの。パチンコは何となく分かるけど、スロットコーナーにヘルプ行った時にお客さんに掴まると相槌と苦笑いしかできないよね」
「違うんだ」
「全然違う。ATとかRTとか、ワルプルとかインゴッドとか言われても分かんないって。幸いホールがうるさいからさ。適当な相槌でもなんとかなるんだよね。『えーほんとですかあ?』みたいな。あはは」
だから僕も、真愛さんのパチンコ話には相槌を打つしかない。
アルバイト、と聞くと僕らからしたら新聞配達か、コンビニか、くらいしか思い浮かばない。あと飲食店か。それは、高校生でもできるようなものだからだ。
パチンコ屋さんは時給が高いらしい。それでも、皆すぐに辞めちゃうらしいんだ。全部真愛さんから聞いた話だけど。
「んじゃね。また明日。ばいばーい」
「うん。お疲れ様」
「あー。今日も可愛い弟からの『お疲れ様』いただきましたっ」
正直、平日は真愛さんと話す時間は短い。優愛の受け渡しだけだからだ。夜も遅いし。
毎朝6時に起きて。お弁当を作って。優愛を連れて出勤。17時に僕に優愛を預けて、また出勤。終わるのは21時だけど、最近は21半を越えるのが多くなってきた。
それを、週5~6日。パチンコ屋さんはシフト制だから、タイミングが悪ければ10連勤11連勤になってしまうこともある。
大変だ。
でも。
僕にできることは、何も無い。だから、真愛さんが僕を『弟』と呼びたいなら。僕は弟になろう。せめて。優愛の良い『おにいちゃん』で居よう。
家族ごっこだ。僕は、この関係が。
結構好きだったりする。
——
——
「お待たせーっ。よーし。今日は21時ジャストであがれたー」
「お帰りなさい。優愛は寝ちゃってるけど」
「にしし。良いねえ。重明くんは良い保父さんになるよ」
「……なるほど」
「あれ、真面目に考えちゃってる?」
「『将来』について、高校生は反応しちゃうんだ」
「あーそっか」
大成功だ。そう思った。下の名前で呼び合うことで。敬語を止めることで。
なんというか、距離がぐんと縮まった気がする。真愛さんは以前より、話してくれるような気がする。
「ねえ、明日休みなんだ。で、ちょうど日曜でしょ? ウチで晩御飯とか、どうかなって。ごめんね急で。さっき思い付いたんだ」
「良いね。招待されたい。僕は。親に訊いてみる」
「ハタチ越えたお姉さんちって言ったら駄目よ?」
「分かってるって」
本当の姉弟には、絶対なれないけど。この『預かり』だって、僕が卒業したら終わりだ。それからどうするかは、多分誰も考えてない。3年も先のことなんて、誰も。
『今日友達と晩飯食うけど良い?』
親にメッセージを送る。
「どう?」
「うん。返ってきた」
「なんて?」
見せたくない。真愛さんは自分のこと、話してくれてるけど。僕の事情は、まだ話してないんだ。
話すつもりもない。
『あっそ。夜中帰ってきて物音立てないでね』
「……良いってさ」
「やったあ。さー行こっ! 重明くんっ」
「うん」
家族より家族ごっこの方が楽しい。
22時02分。優愛はとっくに、僕の腕の中で眠ってしまっている。真愛さんは走りながらやってきた。
「もう。あそこ辞めようかなあ。ちょっとずつ時間延ばそうとしてくんのよ。社員さんも」
「でも辞めたら辞めたでまた」
「分かってー。るっつーのっ」
ぽこりと、拳を頭に乗せられた。そんな仕草もなんだか可愛い。16歳の僕からしたら、24歳なんて大人過ぎる。大人のお姉さんだ。
でもなんか、可愛いんだ。真愛さんは。
「……んぅぅ」
「ありゃ。まだ臭いしてるかな。ごめん優愛」
「……まあ、ちょっとだけ」
「きっついお客さんがひとり居てね~」
真愛さんからは、基本的に良い匂いがするんだけど。それは、隠してるんだ。本当は、煙草の臭いがする。彼女も吸ってるんだけど、それ以上に、職場が。
「あんまり良くないとは思うけどな。パチンコ屋さん」
「うーん。そだよねぇ。でもなあ。頭悪くてなんのスキルも無いわたしができる高時給って、これくらいしかなくってさぁ」
真愛さんは再度、自分の服をはたいて。ゆっくり慎重に、僕から優愛を受け取った。
もう慣れたものだ。優愛は気付かずぐっすりだ。
「重明くんは大学行くの?」
「……さあ。親が出してくれるかどうか。別に勉強したいこともないし、働いた方が良いかなって」
「えー。絶対行った方が良いよ。わたしみたいにバカになるよ」
「真愛さんはバカじゃないって」
「いやいやいや。わたし今日もさ。お客さんに確率の話されて、まっったくイミフだったもん。1/399を399回やっても当たらないってどゆこと? 意味分かんないもん。機械壊れてんじゃないのって思ったし」
「それは……僕も分からないけど」
「なんかね。カンゼンカクリツって言うらしーけど。ぜーんぜんしらーんぷい」
パチンコのことは、僕には分からない。音がうるさい、煙草臭い、青少年に良くない、くらいの知識しかない。
「そういえば色んなアニメがパチンコになってるからさあ。いつかパニピュアもパチンコになったりして」
「流石にそれは無さそう」
「まあ確かに」
「あとスロットもさぁ。メオシっていうの? 出来るわけないよねあんなの。パチンコは何となく分かるけど、スロットコーナーにヘルプ行った時にお客さんに掴まると相槌と苦笑いしかできないよね」
「違うんだ」
「全然違う。ATとかRTとか、ワルプルとかインゴッドとか言われても分かんないって。幸いホールがうるさいからさ。適当な相槌でもなんとかなるんだよね。『えーほんとですかあ?』みたいな。あはは」
だから僕も、真愛さんのパチンコ話には相槌を打つしかない。
アルバイト、と聞くと僕らからしたら新聞配達か、コンビニか、くらいしか思い浮かばない。あと飲食店か。それは、高校生でもできるようなものだからだ。
パチンコ屋さんは時給が高いらしい。それでも、皆すぐに辞めちゃうらしいんだ。全部真愛さんから聞いた話だけど。
「んじゃね。また明日。ばいばーい」
「うん。お疲れ様」
「あー。今日も可愛い弟からの『お疲れ様』いただきましたっ」
正直、平日は真愛さんと話す時間は短い。優愛の受け渡しだけだからだ。夜も遅いし。
毎朝6時に起きて。お弁当を作って。優愛を連れて出勤。17時に僕に優愛を預けて、また出勤。終わるのは21時だけど、最近は21半を越えるのが多くなってきた。
それを、週5~6日。パチンコ屋さんはシフト制だから、タイミングが悪ければ10連勤11連勤になってしまうこともある。
大変だ。
でも。
僕にできることは、何も無い。だから、真愛さんが僕を『弟』と呼びたいなら。僕は弟になろう。せめて。優愛の良い『おにいちゃん』で居よう。
家族ごっこだ。僕は、この関係が。
結構好きだったりする。
——
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「お待たせーっ。よーし。今日は21時ジャストであがれたー」
「お帰りなさい。優愛は寝ちゃってるけど」
「にしし。良いねえ。重明くんは良い保父さんになるよ」
「……なるほど」
「あれ、真面目に考えちゃってる?」
「『将来』について、高校生は反応しちゃうんだ」
「あーそっか」
大成功だ。そう思った。下の名前で呼び合うことで。敬語を止めることで。
なんというか、距離がぐんと縮まった気がする。真愛さんは以前より、話してくれるような気がする。
「ねえ、明日休みなんだ。で、ちょうど日曜でしょ? ウチで晩御飯とか、どうかなって。ごめんね急で。さっき思い付いたんだ」
「良いね。招待されたい。僕は。親に訊いてみる」
「ハタチ越えたお姉さんちって言ったら駄目よ?」
「分かってるって」
本当の姉弟には、絶対なれないけど。この『預かり』だって、僕が卒業したら終わりだ。それからどうするかは、多分誰も考えてない。3年も先のことなんて、誰も。
『今日友達と晩飯食うけど良い?』
親にメッセージを送る。
「どう?」
「うん。返ってきた」
「なんて?」
見せたくない。真愛さんは自分のこと、話してくれてるけど。僕の事情は、まだ話してないんだ。
話すつもりもない。
『あっそ。夜中帰ってきて物音立てないでね』
「……良いってさ」
「やったあ。さー行こっ! 重明くんっ」
「うん」
家族より家族ごっこの方が楽しい。
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