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急章:開花の魔法
第27話 嵐前
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「……遅いね」
ウェルフェアが呟いた。もう、陽が傾いてきている。レナリアはまだ、降りてこない。
「そうだな」
「どうしよう?」
「………」
気付けばあの広場へ戻ってきていた。3人、立ち尽くす。王宮で、どうなったか。話はできたのか。それとも何かトラブルが起きているのか。確かめる術は無い。
「おいお前ら」
「!」
ふと背後から声を掛けられた。それまで、その男が近付くことに気が付かなかった。
「(……人族)」
注意深く振り返る。この彩京で話し掛けてくる者は限られる。警戒は必須だ。
「……あっ」
つまりこの男は。
『リルリィの魔力感知を掻い潜り』、
『ウェルフェアの嗅覚をも騙し』、
『ラスに接近を「気付かれ」ない』者。
「こんな所で『人族が』ぼうっと突っ立ってんなよ。怪しすぎるぜ」
深く、灰色のフードを被った男。顔は分からないが、その声で、ウェルフェアが息を漏らした。
「フライト!」
「よう。久し振りだな……ウェルフェア」
――
彩京は広い。ラス達は王宮に近い西側から入った為気付かなかったが、この霧煙る町並みは『どこまでも』続いている。これまで見たどんな街よりも大きい。
「ヒューリは?」
「いや。お前らとは誰とも会ってねえ。何日か前に南の空でシエラが飛んでんの見たから、他の奴等もこっちへ来てるかもな」
「ドレドは怪我して、まだ『花の国』だよ」
「まじかよ。大丈夫なのか?」
「古代人の遺跡に居るから」
フライトは『ブラック・アウト』のメンバーである。グレンという鬼人族との戦闘後、散り散りになってから行方が分からなくなっていたが、やはりこの男も『虹の国』を目指していたのだ。
一行はフライトに付いて、彩京の路地裏を行く。
「どこ向かってるの?」
「『秘密基地』さ。しばらくここを拠点にするんだろ?なら必要な場所だ」
奥へ行く程、道は入り組んでくる。あっという間に人気は無くなった。照明が無く、少し暗い道。華やかな彩京にも、こんな場所があるのだとラスは思った。
「私達、レナ様を待ってるんだけど」
「まあ、すぐだ。あと俺も挨拶させてくれよ」
「?」
フライトは立ち止まり、後ろを振り向いた。ラスの方向へ。
「あんたが『ラス』だろ。……話がある」
「……ああ」
飄々と、薄い笑みを浮かべるフライト。人族にしては、余裕のある雰囲気を纏っている。
「俺はフライト。まあ、雑用係さ」
「私はリルリィだよ」
ふたりの視線の下から、リルリィがぴょんことジャンプしてアピールした。
「おお。よろしく、リルリィ嬢。竜人族を仲間にするのはすげえな」
フライトは彼女の眼帯にやや驚いていたが、自然にリルリィの頭を撫でる。彼女もそれを拒まない。
「……亜人族に抵抗は無いのか」
ラスが、不思議に思った。ドレドは、態度にこそ出さなかったが決して亜人族に触れようとはしなかった。魔法も拒んだのだ。
「子供に罪は無えだろ」
ひと言、そう言った。
「……そうだな」
それでラスも納得した。
――
「ここから、竜の峰の『下層』へ降りる」
「!」
やがて崖が見えた。驚くことに、『崖にも建物がある』。ほぼ垂直の岩肌を登らなければ辿り着けないような場所で、竜人族達が生活している。
「……『下層』」
広いだけが、竜の峰ではない。この国は『縦』に栄えた国なのだ。
「どうやって降りるんだ?」
断崖である。底は霧に阻まれて見えない。落ちれば、亜人族であろうと即死は免れないだろう。
「昇降機ってのがあるんだ。付いてこい」
崖に沿って進んでいくと、人が集まっているのが見えた。彼らは何やら巨大な鉄の箱を囲んでいる。
「あれか?」
「そうだ。あの箱に乗って、下へ降りる」
フライトが説明した所で、丁度昇降機が動いた。地面を鉄が引っ掻く音を立てながら、人を乗せた箱がゆっくりと降りていく。
「……どうやって動いてんだ?」
「魔法に決まってるだろ。ここは『虹の国』だぞ」
「…………そうか」
ラスの後ろで、リルリィが目を輝かせていた。
「凄い! 乗りたいっ!」
「今から乗るんだよ。だが、あれじゃない。向こうに、古いのがあるんだ」
「何故だ?」
「……今は使われてないやつだ。無断で俺達が使ってる」
「なんだそりゃ」
「案外バレないもんさ。『亜人』を味方に付けてるからな」
――
「わ、わ、わ」
「ちょっと。あんまり、引っ張らないでリル」
竜人族であるリルリィも初めて乗るようだ。感じたことのない揺れに驚いている。勿論、ウェルフェアも。
「亜人に味方が居るのか」
「そもそも、あんただって亜人だらけの一行じゃねえか。亜人全部が全部、嫌な奴じゃねえよ」
「……他にも人族が居るのか?」
「まあな。……俺達は『花の国』でオーガに負けてから散り散りになった。俺はその後、自力でここにたどり着いたんだ」
フライトはブラック・アウトのメンバーだ。その彼が、この国で、人族同士の集まりを知っている。
ラスは簡単に予想ができた。
「……『レイジ』か?」
「その通りだ。俺は今、奴の下で動いてる。俺達が持ってなかった色んな『兵器』や『情報』が、そこにはある」
「……」
兵器は魔道具のことだろう。会話はそれで終わった。
沈黙が流れる。4人はただ、昇降機で奈落へ落ちていった。
――
「着いたぜ。ここが『竜の峰』最下層。通称『ゴミ棄て場』だ」
ガシャンと、昇降機が揺れた。そこは谷の底だった。だが暗くは無い。地面や壁の所々に、枝に括り付けた灯りがある。あれも魔法だろう。
「寒いね。魔法、ここまでは届いてないんだ」
「ね。じゃあフライト? にも掛けるよ?」
「ああ頼む。ありがとうなリルリィ嬢」
底まで来ると、『冬の山』の厳しい環境が顔を出す。魔法ではない冷たい風が吹き抜け、一堂は身を震わせる。ウェルフェアとリルリィが熱の魔法を、それぞれラスとフライトに掛けた。
「……ゴミ棄て場」
しかし静かだ。人気は無い。異臭もしない。細い川が流れていた。
「ああ。峰中からあらゆるゴミがここへ集まり、定期的に役人が焼却してる。広いは広いから、向こうの方へ行けばもう亜人は誰も近寄らない。そこがレイジ達【革命軍】の本拠地さ」
「革命ね」
シエラとドレドも、その言葉を使っていた。ラスは確認するように復唱する。
「俺は粗方の事情は知ってるからな。『少女王』には歯向かわねえよ。倒すべきはまず『アスラハ』。次に『輝竜王ライル』」
「…………」
底から、本拠地まではまだ距離がある。
「ゴミとか灰とか、散らばってるな。川も汚れてねえか?」
ラスは注意深く観察しながらフライトを追う。
「そりゃ、管理してた奴は全員解雇されたからな。竜王が代わってかららしいぜ。峰が荒れだしたのは」
「……そういうことか」
――
しばらく歩くと、照明魔法ではない明かりが見えてきた。人の声もする。テントのようなものも見えた。
「ようフライト。今戻りか」
火を囲むひとりの男が気付き、話し掛けてくる。
「おう。レイジは居るか?」
「いや。まだ帰ってないな。どうした?」
男は話しながら、背後のラスと亜人族に見えるふたりを見た。
「――まさか」
目を見開いた。
「ああ。この男が『ラス』だ」
「!」
それを聞いて、口も開いた。
――
その場に居たのは30人ほどの人族。ラス達は歓迎され、食事を振る舞われた。
「さあ、食ってくれ。英気を養わねえとなっ」
「…………ああ」
もう陽は沈んでいた。火を起こせば上層から気付かれるのではないかと考えたが、どうやら霧と谷風の関係で上からは見えないらしい。ここは絶好の隠れ家となっているようだ。
「……レナさま、大丈夫かな」
食事は主に魔物の肉を焼いたものだった。どこへ行っても魔物が出る以上、それを狩ることができれば食料には困らない。リルリィが、焼いた肉を齧りながら呟いた。
「私だけでも上へ戻ろうかな? ねえラス」
ウェルフェアが提案する。
「……そうだな。だがもう遅い。朝でも大丈夫だろ」
ラスも勿論、気になっている。弟との話が、ここまで長引くものなのかと。
「大丈夫さ。宮殿近くには常に誰かを見張らせてる。だからまあ、俺があんたらを見付けたんだが」
そこへ、フライトがやってくる。
「そのローブさ。なんかおかしくない?」
ウェルフェアは、彼の纏う灰色のローブに目を付けた。彼女が、共に旅をしたフライトの匂いに気付かない訳は無い。勿論、リルリィの魔力感知に引っ掛からないことも不思議である。
「まあな。お目が高い。こいつは魔素を反射する素材で作られてる。亜人の魔力感知から逃れられるのさ」
「匂いもしないし、『気』も感じないよ。なんか気持ち悪いフライト」
「俺じゃなくてこのローブな。……俺達は『見付かったら即死』だからな。隠れ忍ぶことには力を入れねえと」
「…………」
フライトはローブを脱ぎ、ラスへ渡した。ラスはそれをまじまじと手に取って見る。
ずっと。
考えていたのだ。
世界最大人口を誇る大国『虹の国』の。
大魔法使いである女王を護衛する最強の竜人騎士団を以て。
【何故、簡単に襲撃され、全滅したのか】
「……奴等の技術か」
気配も魔力も感じず、視界も悪い森の中。そして夜の闇。
この『凄すぎる』ローブひとつあれば、『そんな襲撃』は可能となる。
「…………鋭いな。そうさ、こいつは『爪の国』から盗んできたもんだ。調べても、素材や製法は詳しくは分からねえ。多分魔人族謹製なんだろうなと思うぜ」
「どれくらいあるんだ?」
「10もねえよ。選ばれた奴がこれを羽織って都の内外へ調査、斥候に出る。どうにかすりゃ、『雲海の岬』にも潜入できるかもな」
「『魔道具』は?」
「今んとこ、20振りって所か。……って、知ってんのかよ」
「ここへ来る途中の集落でクリューソスに会った。魔道具を作って貰うよう頼んでいるんだ」
「そうかい。……奴もここには居ない。ドワーフの工房は専門的な設備が必要らしいからな」
――
「話ってのはなんだ?」
ラスが切り出した。
「ああ。今この、『竜の峰』で起きてることについてさ」
フライトも焼いた魔物肉を掴む。どかりとラスの正面に座った。
食べ終わったリルリィは、身体をウェルフェアへ傾けて寝てしまっている。
「もう知ってると思うが、『輝竜王ライル』は各地の人族保護に動いてる。その話はもう、国中に広まってる」
「ああ」
「だから、『国中の人族が、この竜の峰を目指して移動している』んだ」
「…………」
ラスは考えた。それが意味することを。先程彼の『鋭さ』を見たフライトも、それ以上説明をしない。
「……どれだけ居るんだ?」
「10万人」
「っ!?」
ウェルフェアがその数字に驚いて、フライトを凝視する。
「――『じゃあ』足りねえだろうな。もっと多くの人族が押し寄せる。『竜王に守って貰えるように』」
「それって……!」
「『民族大移動』」
「!」
ラスが答えた。フライトは薄い笑いを浮かべる。
「……勿論、そんな数を峰で受け入れられる訳は無い。そして、残念なことに竜王ライルは別に好きで人族を保護してる訳じゃない。『アスラハの手に渡らないように』だ。王として角が立つから殺してないだけで、こんなことが起きればどう出るか分からねえ。最悪虐殺だってあり得る」
「……そんな……」
「それを防ぐために、俺達は色々動いているのさ。今はまだレイジが峰の麓に留まらせてる。それに一応、保護の命令を受けた竜人騎士団が付いてくれてるんだ。彼らはライル政権に少なからず反発している。さらにはあんたら『ブラック・アウト』と『ラス』の活躍だ。少女王の『人族好き』は、彼女直属だった騎士団へ波及しつつある」
フライトはラスを指す。ラスは、あの谷の集落からここまでの旅で味方に付けた竜人族達だと予想する。
「……だが、一部の漏れた人族は早ければ明日にでも彩京へ到着する。そこで一時混乱するだろう。力を貸してくれねえか?」
「……分かった。が、俺に何ができるんだ?」
その問いに、フライトはくすりと笑った。
「はっ。何でも良いんだ。『人族が竜王の施策の理由を知って暴動が起きる前』に、宥めてくれりゃ」
「自信はねえな」
「大丈夫さ。皆、お前の話に耳を傾ける筈だ」
――
肉を食べきったフライトは、そこで立ち上がった。
「さあ、休んでくれ。向こうにテントがある。ひとつ使ってくれよ」
「……助かる」
もうウェルフェアも、こくりこくりと頭を揺らしていた。ラスはふたりを抱き抱え、テントへ向かった。
ウェルフェアが呟いた。もう、陽が傾いてきている。レナリアはまだ、降りてこない。
「そうだな」
「どうしよう?」
「………」
気付けばあの広場へ戻ってきていた。3人、立ち尽くす。王宮で、どうなったか。話はできたのか。それとも何かトラブルが起きているのか。確かめる術は無い。
「おいお前ら」
「!」
ふと背後から声を掛けられた。それまで、その男が近付くことに気が付かなかった。
「(……人族)」
注意深く振り返る。この彩京で話し掛けてくる者は限られる。警戒は必須だ。
「……あっ」
つまりこの男は。
『リルリィの魔力感知を掻い潜り』、
『ウェルフェアの嗅覚をも騙し』、
『ラスに接近を「気付かれ」ない』者。
「こんな所で『人族が』ぼうっと突っ立ってんなよ。怪しすぎるぜ」
深く、灰色のフードを被った男。顔は分からないが、その声で、ウェルフェアが息を漏らした。
「フライト!」
「よう。久し振りだな……ウェルフェア」
――
彩京は広い。ラス達は王宮に近い西側から入った為気付かなかったが、この霧煙る町並みは『どこまでも』続いている。これまで見たどんな街よりも大きい。
「ヒューリは?」
「いや。お前らとは誰とも会ってねえ。何日か前に南の空でシエラが飛んでんの見たから、他の奴等もこっちへ来てるかもな」
「ドレドは怪我して、まだ『花の国』だよ」
「まじかよ。大丈夫なのか?」
「古代人の遺跡に居るから」
フライトは『ブラック・アウト』のメンバーである。グレンという鬼人族との戦闘後、散り散りになってから行方が分からなくなっていたが、やはりこの男も『虹の国』を目指していたのだ。
一行はフライトに付いて、彩京の路地裏を行く。
「どこ向かってるの?」
「『秘密基地』さ。しばらくここを拠点にするんだろ?なら必要な場所だ」
奥へ行く程、道は入り組んでくる。あっという間に人気は無くなった。照明が無く、少し暗い道。華やかな彩京にも、こんな場所があるのだとラスは思った。
「私達、レナ様を待ってるんだけど」
「まあ、すぐだ。あと俺も挨拶させてくれよ」
「?」
フライトは立ち止まり、後ろを振り向いた。ラスの方向へ。
「あんたが『ラス』だろ。……話がある」
「……ああ」
飄々と、薄い笑みを浮かべるフライト。人族にしては、余裕のある雰囲気を纏っている。
「俺はフライト。まあ、雑用係さ」
「私はリルリィだよ」
ふたりの視線の下から、リルリィがぴょんことジャンプしてアピールした。
「おお。よろしく、リルリィ嬢。竜人族を仲間にするのはすげえな」
フライトは彼女の眼帯にやや驚いていたが、自然にリルリィの頭を撫でる。彼女もそれを拒まない。
「……亜人族に抵抗は無いのか」
ラスが、不思議に思った。ドレドは、態度にこそ出さなかったが決して亜人族に触れようとはしなかった。魔法も拒んだのだ。
「子供に罪は無えだろ」
ひと言、そう言った。
「……そうだな」
それでラスも納得した。
――
「ここから、竜の峰の『下層』へ降りる」
「!」
やがて崖が見えた。驚くことに、『崖にも建物がある』。ほぼ垂直の岩肌を登らなければ辿り着けないような場所で、竜人族達が生活している。
「……『下層』」
広いだけが、竜の峰ではない。この国は『縦』に栄えた国なのだ。
「どうやって降りるんだ?」
断崖である。底は霧に阻まれて見えない。落ちれば、亜人族であろうと即死は免れないだろう。
「昇降機ってのがあるんだ。付いてこい」
崖に沿って進んでいくと、人が集まっているのが見えた。彼らは何やら巨大な鉄の箱を囲んでいる。
「あれか?」
「そうだ。あの箱に乗って、下へ降りる」
フライトが説明した所で、丁度昇降機が動いた。地面を鉄が引っ掻く音を立てながら、人を乗せた箱がゆっくりと降りていく。
「……どうやって動いてんだ?」
「魔法に決まってるだろ。ここは『虹の国』だぞ」
「…………そうか」
ラスの後ろで、リルリィが目を輝かせていた。
「凄い! 乗りたいっ!」
「今から乗るんだよ。だが、あれじゃない。向こうに、古いのがあるんだ」
「何故だ?」
「……今は使われてないやつだ。無断で俺達が使ってる」
「なんだそりゃ」
「案外バレないもんさ。『亜人』を味方に付けてるからな」
――
「わ、わ、わ」
「ちょっと。あんまり、引っ張らないでリル」
竜人族であるリルリィも初めて乗るようだ。感じたことのない揺れに驚いている。勿論、ウェルフェアも。
「亜人に味方が居るのか」
「そもそも、あんただって亜人だらけの一行じゃねえか。亜人全部が全部、嫌な奴じゃねえよ」
「……他にも人族が居るのか?」
「まあな。……俺達は『花の国』でオーガに負けてから散り散りになった。俺はその後、自力でここにたどり着いたんだ」
フライトはブラック・アウトのメンバーだ。その彼が、この国で、人族同士の集まりを知っている。
ラスは簡単に予想ができた。
「……『レイジ』か?」
「その通りだ。俺は今、奴の下で動いてる。俺達が持ってなかった色んな『兵器』や『情報』が、そこにはある」
「……」
兵器は魔道具のことだろう。会話はそれで終わった。
沈黙が流れる。4人はただ、昇降機で奈落へ落ちていった。
――
「着いたぜ。ここが『竜の峰』最下層。通称『ゴミ棄て場』だ」
ガシャンと、昇降機が揺れた。そこは谷の底だった。だが暗くは無い。地面や壁の所々に、枝に括り付けた灯りがある。あれも魔法だろう。
「寒いね。魔法、ここまでは届いてないんだ」
「ね。じゃあフライト? にも掛けるよ?」
「ああ頼む。ありがとうなリルリィ嬢」
底まで来ると、『冬の山』の厳しい環境が顔を出す。魔法ではない冷たい風が吹き抜け、一堂は身を震わせる。ウェルフェアとリルリィが熱の魔法を、それぞれラスとフライトに掛けた。
「……ゴミ棄て場」
しかし静かだ。人気は無い。異臭もしない。細い川が流れていた。
「ああ。峰中からあらゆるゴミがここへ集まり、定期的に役人が焼却してる。広いは広いから、向こうの方へ行けばもう亜人は誰も近寄らない。そこがレイジ達【革命軍】の本拠地さ」
「革命ね」
シエラとドレドも、その言葉を使っていた。ラスは確認するように復唱する。
「俺は粗方の事情は知ってるからな。『少女王』には歯向かわねえよ。倒すべきはまず『アスラハ』。次に『輝竜王ライル』」
「…………」
底から、本拠地まではまだ距離がある。
「ゴミとか灰とか、散らばってるな。川も汚れてねえか?」
ラスは注意深く観察しながらフライトを追う。
「そりゃ、管理してた奴は全員解雇されたからな。竜王が代わってかららしいぜ。峰が荒れだしたのは」
「……そういうことか」
――
しばらく歩くと、照明魔法ではない明かりが見えてきた。人の声もする。テントのようなものも見えた。
「ようフライト。今戻りか」
火を囲むひとりの男が気付き、話し掛けてくる。
「おう。レイジは居るか?」
「いや。まだ帰ってないな。どうした?」
男は話しながら、背後のラスと亜人族に見えるふたりを見た。
「――まさか」
目を見開いた。
「ああ。この男が『ラス』だ」
「!」
それを聞いて、口も開いた。
――
その場に居たのは30人ほどの人族。ラス達は歓迎され、食事を振る舞われた。
「さあ、食ってくれ。英気を養わねえとなっ」
「…………ああ」
もう陽は沈んでいた。火を起こせば上層から気付かれるのではないかと考えたが、どうやら霧と谷風の関係で上からは見えないらしい。ここは絶好の隠れ家となっているようだ。
「……レナさま、大丈夫かな」
食事は主に魔物の肉を焼いたものだった。どこへ行っても魔物が出る以上、それを狩ることができれば食料には困らない。リルリィが、焼いた肉を齧りながら呟いた。
「私だけでも上へ戻ろうかな? ねえラス」
ウェルフェアが提案する。
「……そうだな。だがもう遅い。朝でも大丈夫だろ」
ラスも勿論、気になっている。弟との話が、ここまで長引くものなのかと。
「大丈夫さ。宮殿近くには常に誰かを見張らせてる。だからまあ、俺があんたらを見付けたんだが」
そこへ、フライトがやってくる。
「そのローブさ。なんかおかしくない?」
ウェルフェアは、彼の纏う灰色のローブに目を付けた。彼女が、共に旅をしたフライトの匂いに気付かない訳は無い。勿論、リルリィの魔力感知に引っ掛からないことも不思議である。
「まあな。お目が高い。こいつは魔素を反射する素材で作られてる。亜人の魔力感知から逃れられるのさ」
「匂いもしないし、『気』も感じないよ。なんか気持ち悪いフライト」
「俺じゃなくてこのローブな。……俺達は『見付かったら即死』だからな。隠れ忍ぶことには力を入れねえと」
「…………」
フライトはローブを脱ぎ、ラスへ渡した。ラスはそれをまじまじと手に取って見る。
ずっと。
考えていたのだ。
世界最大人口を誇る大国『虹の国』の。
大魔法使いである女王を護衛する最強の竜人騎士団を以て。
【何故、簡単に襲撃され、全滅したのか】
「……奴等の技術か」
気配も魔力も感じず、視界も悪い森の中。そして夜の闇。
この『凄すぎる』ローブひとつあれば、『そんな襲撃』は可能となる。
「…………鋭いな。そうさ、こいつは『爪の国』から盗んできたもんだ。調べても、素材や製法は詳しくは分からねえ。多分魔人族謹製なんだろうなと思うぜ」
「どれくらいあるんだ?」
「10もねえよ。選ばれた奴がこれを羽織って都の内外へ調査、斥候に出る。どうにかすりゃ、『雲海の岬』にも潜入できるかもな」
「『魔道具』は?」
「今んとこ、20振りって所か。……って、知ってんのかよ」
「ここへ来る途中の集落でクリューソスに会った。魔道具を作って貰うよう頼んでいるんだ」
「そうかい。……奴もここには居ない。ドワーフの工房は専門的な設備が必要らしいからな」
――
「話ってのはなんだ?」
ラスが切り出した。
「ああ。今この、『竜の峰』で起きてることについてさ」
フライトも焼いた魔物肉を掴む。どかりとラスの正面に座った。
食べ終わったリルリィは、身体をウェルフェアへ傾けて寝てしまっている。
「もう知ってると思うが、『輝竜王ライル』は各地の人族保護に動いてる。その話はもう、国中に広まってる」
「ああ」
「だから、『国中の人族が、この竜の峰を目指して移動している』んだ」
「…………」
ラスは考えた。それが意味することを。先程彼の『鋭さ』を見たフライトも、それ以上説明をしない。
「……どれだけ居るんだ?」
「10万人」
「っ!?」
ウェルフェアがその数字に驚いて、フライトを凝視する。
「――『じゃあ』足りねえだろうな。もっと多くの人族が押し寄せる。『竜王に守って貰えるように』」
「それって……!」
「『民族大移動』」
「!」
ラスが答えた。フライトは薄い笑いを浮かべる。
「……勿論、そんな数を峰で受け入れられる訳は無い。そして、残念なことに竜王ライルは別に好きで人族を保護してる訳じゃない。『アスラハの手に渡らないように』だ。王として角が立つから殺してないだけで、こんなことが起きればどう出るか分からねえ。最悪虐殺だってあり得る」
「……そんな……」
「それを防ぐために、俺達は色々動いているのさ。今はまだレイジが峰の麓に留まらせてる。それに一応、保護の命令を受けた竜人騎士団が付いてくれてるんだ。彼らはライル政権に少なからず反発している。さらにはあんたら『ブラック・アウト』と『ラス』の活躍だ。少女王の『人族好き』は、彼女直属だった騎士団へ波及しつつある」
フライトはラスを指す。ラスは、あの谷の集落からここまでの旅で味方に付けた竜人族達だと予想する。
「……だが、一部の漏れた人族は早ければ明日にでも彩京へ到着する。そこで一時混乱するだろう。力を貸してくれねえか?」
「……分かった。が、俺に何ができるんだ?」
その問いに、フライトはくすりと笑った。
「はっ。何でも良いんだ。『人族が竜王の施策の理由を知って暴動が起きる前』に、宥めてくれりゃ」
「自信はねえな」
「大丈夫さ。皆、お前の話に耳を傾ける筈だ」
――
肉を食べきったフライトは、そこで立ち上がった。
「さあ、休んでくれ。向こうにテントがある。ひとつ使ってくれよ」
「……助かる」
もうウェルフェアも、こくりこくりと頭を揺らしていた。ラスはふたりを抱き抱え、テントへ向かった。
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グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
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公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
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悪役令嬢エリザベート物語
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私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
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⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
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アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
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