BLACK OUT ~ 角折れた竜王と最弱種族の男

弓チョコ

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急章:開花の魔法

第26話 レナリアの失態

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 雲の上の存在。高嶺の花。『少女王』レナリアは正に、文字通りにそうだった。
 虹の国は、竜の峰を中心にしておおよそ円形に広がっている。竜の峰の上層は都と呼ばれ、世界の中心となっている。その上。峰の上の上に、雲を貫いてさらに上層まで上がれば、頂上が見えてくる。
 雲海の岬。見渡す限り雲海が広がる絶景。そこに、竜王の座する宮がある。
 『輝竜殿』。レナリア達輝竜の鱗のように虹色に輝く染色と装飾を施されたきらびやかな王宮。瓦の屋根はひとつひとつ磨かれ、朝露で煌めいている。起伏の激しい地形に、高床式にすることで平らな建築を可能にしている。引き戸となっている巨大な扉を開け放ち、『彼』は呟いた。
「……姉さん」
 姉より短く切った白金の髪。黄金の角。ゆるりと着崩した服のうなじから見える、虹色の鱗。袴の間から見える、細い尻尾。
 『輝竜王』ライル・イェリスハート。姉であるレナリアを抜き、18歳という史上最年少で王座に着く【羽目になった】少年だ。
「僕は王になんか向いてないよ。――正直助けて欲しい」
 悲痛な嘆き。彼は国民の反感を買いまくり、愚王と罵られている。アスラハに手も足も出ず、さらには政府要職から、亜人職員と魔法騎士の一斉解雇。あまつさえ奴隷の保護。やっていることの意味が分からない。同じ竜人族の民にさえ、呆れられている。
「――だけど」
 ライルはふと立ち上がり、着物を着崩したまま王宮を出る。崖の端までやってきて、雲海の下に広がる我が国を一望する。
「姉さんはもう居ない。僕がやる【しか無い】。全世界の人達の為に、汚名も被る。アスラハには絶対に、渡さない」
 振り向いた。その背後。王宮の真裏。巨大な……『鉄製の円盤』のような、『舟』が横たわっている。
「何が【新世主】。今生きている人々を蔑ろにした行為は許さない」
 虹色の瞳が鋭く光った。

――

――

 独自の文化、と言えばそれまでだが、『虹の国』は『様々な種族を受け入れる』という意味が込められている。それはひと言で、こう呼ばれる。
「――『和』と」
「わ」
 世界の中心、虹の国の文化。
「そう。服は『和服』。食事は『和食』。風俗は『和風』。私が目指す世界には『和』が必要なんです」
 見る限り全ての建物の屋根に、『瓦』という材料が八の字に敷かれている。『漆喰』や『杉板』など説明がされるが、ただぼうっと、呆気に取られながらそれを見て聞き流してしまう。
 行き交う人々が着ているのは、見たことの無い『着物』という服。前合わせに帯、袴。特に女性のそれは、とても『艶やか』で『綺麗』に見えた。
「……驚いた。この文化は俺達の所までは来ていないな」
「そう、だね。でも昔、シエラがあんな服着ていた気がする」
「それは、さぞお似合いだったでしょうね。和服は、『黒髪』が最も似合うのです」
 薄く霧の掛かった、神秘的な都。太陽の光に照らされ、小さな虹がいくつも架かる都。
「――名を『彩京(さいきょう)』と言います。ラス。私の故郷です」
「…………彩京」
 規則正しく並んだ荘厳な家々。平らな石で几帳面に舗装された道。花の国とはまた違った『都市』の様子。建物は巨大で、道幅も広い。恐らくは『ドラゴン』のサイズに合わせているのだろう。ここは多様な種族が住むとは言え、基本的には竜人族の里なのだ。
「……何もかもが想像の外だ。幻想的、とでも言うか。正に伝説の都だな……」
「同じ高所だけど、『羽の国』とは全然違う。どうして?」
 ラスとウェルフェアは開いた口が塞がらない様子だった。
「……やっと、帰って来れました」
 レナリアも感傷に浸っていた。これまで本当に長かった。馬に魔法を掛ければ5日の距離を、歩いて来れば『3ヶ月』掛かる。真っ直ぐ来た訳ではないから、さらに1ヶ月掛かった。
 そろそろ、今年も終わろうとしていた。

――

「止まれ」
「!」
 彩京の中央を真っ直ぐ進むと、広場へ出る。そこには舞台と、奥に王宮へ続く果てしない階段と巨大な赤い門が見えてくる。彼らは真っ直ぐ、そこへやってきた。途中の街並みに目もくれず、そこへ。
 竜人族の男性がふたり、門番として立っていた。ひとりは赤い鱗、もうひとりは翡翠の鱗だ。
「お前は……セシル・スノーバレットか? 何故こんなところに居る。お前達騎士団の任務は――」
「ああ。『それどころ』じゃない」
 赤い鱗の男はセシルを見付け、不思議に思う。セシルは彼の話を遮り、その脇からレナリアが前へ踏み出た。
「……?」
「『赤竜』バロウス・レッドショット。『地竜』ルシード・ゼロックス。貴方達はまだ、門番で居てくれたのですね」
「……んん? 人族が俺達の名……を……?」
 訝しげに見ながら、彼らは途中で気付いた。この『魔力の感じられない女』は。その白金の髪と虹色の瞳は。
「れ……!」
 柔らかな微笑みは。
「王宮へ通してくれますか? ……弟と、話をさせてください」

――

 その数分後。ラスとウェルフェア、リルリィはぷらぷらと彩京を歩いていた。
「……流石に、私達は入れてくれないんだね」
「まあな。入れたら歴史上初の人族になるぜ」
 王宮へは、レナリアのみが通された。ひとりで、なんとか階段を上がって。その上は、王族にのみ入ることを許された聖域である。『混血児』や『他種族』などが立ち入って良い場所ではない。
「セシルは?」
「さあ。なんかどっか行ったよ。騎士団的ななにかじゃない」
「騎士団的ななにかか」
「ななにかか」
 ふと、辺りを見回す。道行く人は、当たり前だが竜人族が多い。だかそれにしても、広いこの都市では『少ない』と感じるのだ。
「……お店、閉まってるね」
「亜人追放って言ってたな。要職だけじゃなく、その家族も居られなくなるわけだ」
 その雰囲気に初めは圧倒されたが、よく見るとどこか『寂しさ』が見える。
「……どこかで休憩するか」
 その辺の茶屋へ入る3人。ここへ来て一気に、気が抜けてしまった。レナリアを無事送り届けた安心感からか、この薄霧の立ち込める都市の空気感からか。急に目的を失ったように、適当に団子を頼む。
「お金なんてあったっけ」
「峰を登る途中の町とかで結構山賊殺したからな。謝礼貰ってるぜ」
「さっすが」
「美味しいよこれ。ねえウェルちゃん」
「…………ほんと」
 どさりと席へ座る。人族のラスに対してもきちんと接客をした、竜人族の店員。ラスは彼女を見て、先程のレナリアの言葉を思い出した。
「……『和』ねえ。少なくとも、虐げられる奴隷はこの彩京には居ないらしい」
「奴隷自体は結構見掛けるけどね。他の国みたいに酷く扱っては無いね。お手伝いさんって感じ」
「結構高所だと思うが、寒くもないし息苦しくもない。これも魔法のお陰か?」
「だと思うよ」
「…………」
 魔法都市。魔法文明。これが時代の最先端。それをひしひしと感じさせられた。窓から、風が吹くのだ。風魔法が。
「一番便利なやつだよ。移動にも何も。栄えてる都市には、風がよく吹くの」
 大きな物の持ち運び。高所作業でのバランス。老人や怪我人の介護。空調管理。自由に扱える風の利便性はとても高い。
「羽の国でもか?」
「そう。翼人族は元々風魔法が得意だから特にね」
「……ふむ」
 平和。そんな雰囲気が、彩京にはあった。とても、聞いていたような緊張感は無い。

――

――

「……ふぅ。階段もひと苦労ですね。いや、ここまで回復できたと喜ぶべきでしょうか」
 果てしなく続く螺旋の階段。レナリアは一段一段しっかり踏みしめて登る。『踏みしめなくては』登れない。杖を突きながら、1時間掛けてなんとか辿り着いた。
「(……市街地は避けたとは言え、誰が見ても峰はもう栄えてはいない。ライル。貴方は……)」
 レナリアはここへ来た瞬間に分かっていた。峰の人口が激減していることに。
 雲の上の宮殿。半年振りに帰ってきた我が家を見上げる。
「……。何でしょう、あれは」
 レナリアは、宮殿の裏にある『円盤』を見た。以前は無かったものだ。不思議に思う。
「誰だっ!」
「!」
 カツンカツンと、階段を登る音がする。その音で、上に居た者は気付く。
「……ライル」
 白金の髪。黄金の角。きらびやかな和服。虹色の瞳。
「……!?」
 ふたりの再会は、まるで絵画のように美しかった。
「…………」
 だが。
 久々に弟の顔を確認して安堵するレナリアの向かいで。
「……誰だ、お前は」
「えっ」
 竜王ライルは、その『謎の人族の女』に対して敵意を引きはしなかった。
「捕らえろ」
「ちょっ。待ってライル。私よっ」
「なるほど。『そういう事』か」
「――っ!」
 ライルの合図で、脇から素早く竜人騎士がレナリアを拘束した。
「姉さんに『なりすまし』て、何をするつもりだったかは知らないが。女よ。お前達には決して感じ取れない『魔力』によって、僕と姉さんは繋がっている。見た目を少々似せた所で意味は無いんだ」
 魔力を感じない。それだけで、判断するには充分だ。『あの』最強の大魔法使いレナリアが、『あの』姉さんが。こんな弱々しい人族である訳は無い。
「待って。お願い! ライル! 違うの! 私はレナリアよ!」
「奥へ連れていけ。明日にでも『見せしめ』にする」
 それは、彼女の魔力を最も近くで感じていたライル『だからこそ』起きた悲劇。
「ライル!」
 引き摺られていくレナリア。抵抗などできる筈も無い。
「お前達の目論みは大体分かってる。『人族の受け入れ』だろう。何を勘違いしているのか」
「…………!!」
 だが精一杯暴れる。意味など無くとも、足掻かなければならない。ここで失敗すると、もう『終わり』だからだ。
「……無駄なことを。――眠れ」
「!!」
 突然、レナリアは気を失った。ライルが何かしたのだ。魔法では【無い】術を。

――

「はっはっは。随分上手くなったもんだな、ライル坊や」
 ひょっこりと、宮殿の奥から竜人が顔を覗かせた。灰色の髪に黒い角。そして黒い鱗が見える。
「……別に。簡単だよ」
「はは。今、『それ』は人気なんだぜ。どこから盗んだか、人族が使ってるらしい」
「ふぅん」
 ライルはどうでも良さそうに、また崖の方へ歩いていく。
「……元々は、『気功それ』は『仙竜我々』の技術だ。魔法に加えてこれがあるから、だから我々が最強だった」
「――そうだね」
 ライルは自分の拳を見る。魔法ではない力を扱う、特別な拳を。
「姉さんはもう『』」
 そう告げなければ、国は崩壊していた。そう決め付け、思い込んでいる。だから、顔と声色が一致しようと、決して認めない。
 彼の中ではもう、レナリアは故人なのだから。
「だから、僕がやるんだ」
 これは。
 最も近い弟だから分かってくれると思い込んでいた『レナリアの失態』である。この数ヶ月のライルの激動を、深く考えていなかった為の。
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