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破章:人族の怒り
第25話 虹の国の王
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「――では、魔道具の製造には1ヶ月貰おう」
クリューソスは去り際にラスへ告げた。これが意味することはつまり。
「少なくともその間は、レイジが動くことは無い訳だ」
「そうなるのう。レイジは豪気じゃが慎重でもある。準備が整わなければ動かんじゃろう。『竜王の素材』で造った魔道具は間違いなく『史上最強の兵器』になる。それを扱うお主を抜きに、いくさは始めん筈じゃ」
「……お前らの『敵』が、アスラハで良かったよ」
「かっかっか。当たり前じゃろう。奴は禁忌の魔法を使って【人心を操っている】。峰での反乱もそうじゃ。正に『魔人』。レイジとて、人族のみの世界を再興したい訳ではない。罪の無い亜人は手にかけんよ。ただ『権利』を欲しとるだけじゃ」
そこまで話して、セシルがずいと一歩出た。
「虹の国に恩を売るつもりか」
国と、世界を覆うアスラハの影。それを打倒した者は英雄となるだろう。それが人族となれば、世界の人族に対する見方は間違いなく変わる。
「端的に言えばそうじゃ。今は『虹の歴200年』。虹の竜王に認められれば人族も大手を振れるようになる」
クリューソスは、次にレナリアを見た。『ラスの隣に立つ』レナリアを。
「……じゃがまあ、アスラハを討たずとも既に竜王は人族を『好いてしまっておる』ようじゃのう」
「……ええ勿論。大好きですよ」
レナリアはくすりと笑って答えた。クリューソスは思った反応と違い、頭を掻いた。
「ふむ。照れもせんか。流石は竜王じゃのう」
「何の話でしょうか?」
「いや……失礼した。そこの竜騎士が怖いからこの辺にしておくわい」
見ると、セシルはクリューソスを睨み付けていた。国を持たないただの鍛冶屋と言えど王に対して無礼である、とその鋭い視線が告げていた。
「では、『私の肉体』を。よろしくお願いいたします」
「無論じゃ。腕が鳴るわい」
レナリアは最後に、ぺこりと頭を深く下げた。セシルは慌てたが、本人は気にしない。大事な物を預けるのだ。頭を下げるのは当たり前である。
「ではのう」
「ああ」
クリューソスは結局、10人ほどの人族を連れて去っていった。向かう先は『竜の峰』近くの潜伏先。気取られないよう少しルートを外しながら向かうらしい。
「……あの人、私を見ても何も反応しなかった」
ウェルフェアが呟いた。彼女を見た亜人族の男性は、彼女に妙に惹き付けられるのだが。
「たまに居るらしいぜ。『男色家』」
「げっ」
レイジに惚れたと言っていた。言葉通りに取れば『そういうこと』になる。ならばウェルフェアに反応しないのも頷ける。
ウェルフェアは、それはそれで何か引っ掛かるものがあった。
――
「さて、では。私達もそろそろ――」
「レナリア様」
「!」
結局、この集落には重傷者の治療やラスの完治を待ち、10日滞在した。ラスももう動けるようになっている。いよいよ竜の峰へ向かおうとした所で、セシルがレナリアの前に立った。
「ご命令を」
「何故?」
改まって畏まるセシルに、レナリアは首を傾げる。
「でなれけば、私はこの集落に留まらなければなりません」
「……」
セシルは、現政府の命令でこの集落に居る。人族を、アスラハ一派の誘拐から守る為だ。このままでは旅に同行することはできない。
「…………」
それを、レナリアは考える。当然同行してくれると思っていた。だが確かに、自分達が全員集落を離れれば、ここに戦える者は残らない。また亜人に襲われれば今度こそ壊滅するだろう。
「………………」
後ろを振り返る。湖から伸びる川を挟む、この集落を見渡す。未だ先日あった襲撃の傷跡は深く、怪我人も快復していない。残った人手で倒壊した建物を片付けているが、それも何ヵ月掛かるだろう。そもそも、たった今若い男性を10人も連れ去られたこの集落に、復興する力は残っているのだろうか。
「……………………っ」
目を瞑る。思考を巡らす。ラスのように『全体視点』で考えてみる。自身の生還に重点を置いた時、セシルという護衛が付くのは旅の安全性を高める上で非常に有効だ。是非そうしたい。
だが。【その為に集落ひとつを見捨てるのか】。その選択は、これから救おうとしている筈の人族に対して、本当に正しいのか。
「……」
ラスは何も言わない。違うのだ。レナリアは違う。彼より、10年も長くこの世界で生きている。加えて、世界の安寧を預かったと自覚する『王』だ。【この程度の選択】など、彼より遥かに多くしてきた筈だ。
レナリアも、ラスを頼らない。『ここはもう虹の国』だ。彼女の治める国だ。違うのだ。
「分かりました。セシル」
「はっ」
レナリア・イェリスハートという女性は。決して『軟弱な女』ではない。惚れた男を頼るような浅い女ではない。例え片角をもがれ、尾を切られようとも。彼女は『竜王』なのだ。
「竜人騎士団の一員である貴女は、私の凱旋に同行する必要があります」
「はっ!」
「…………でも」
呟いたのはウェルフェアだ。彼女はこの集落を見捨てては行けない。リルリィも心配している。ここはあの雪の集落とは違う。いつ亜人が来るか分からない場所にある。
「ラス」
「ああ」
レナリアは、ラスへ向いた。
「魔道具を」
「!」
言われた、ラスはひと振りの剣を取り出した。柄に赤い魔石が埋まっている。
――レナリアが、ラスに同行してクリューソスへ会いに行った理由。
11個あった魔石の内、情報と『ラスの魔道具製造』との交換として使ったのは10個。
残り1個の使い道。
彼らは既にひとつ、クリューソスから魔道具を買っていた。
「首長」
「……はい」
見送りに来ていた首長に、それを渡す。
「もうご存知かも知れませんが、私は『人族の解放』を為し遂げます。その時まで、これで自衛を」
「……ありがたく、頂戴いたします」
首長は、何から何まで感謝の一念だった。セシルが来たことも、彼らが来たことも。人族が立ち上がる為のきっかけをくれたことも。
実際、レナリアの凱旋の為にセシルを手離すつもりだった。だがそれをこちらから言う前に、レナリア自身が選択した。こちらが気など遣わなくても、彼女はやはり王なのだ。
――
「見えているとは言え、ここから『竜の峰』まで歩けば1週間以上掛かります。これから北へ進むに連れ山岳地帯に入り、起伏が激しくなります。雪も積もります。途中からは、馬はもう使えなくなるでしょう」
集落を出た一同。馬に乗るレナリアを中心に、右後ろにリルリィ、左後ろにウェルフェア。ふたりが周囲を警戒しながら歩く。レナリアの隣にラスが足元を注意している。セシルは前方に居て、哨戒をしてくれている。以前まではラスの居た位置だった。
セシルとリルリィの魔力感知。
ウェルフェアの五感。
ラスの『気配察知』。
索敵能力という点では、この一行は突出して秀でていた。
「……山賊か」
ラスが呟いた。
「ええ。主にエルフと獣人族です。彼らは元々こういった場所での生活に慣れている。竜人族もちらほら居ますが、賊とは違い基本的に干渉はして来ません。『仙竜』と呼ばれている、俗世から離れた世捨て人です」
「次の目的地は、『竜の峰』で良いのか?」
少し開けた場所に出ると、遠くに峰が見える。あれを目印にすれば、迷うことは無いだろう。
「いえ。向かう途中で、竜人騎士団の駐屯地を回ります。レナリア様の生存を伝え、仲間を増やしながら都まで戻ろうと思います」
「なるほど。だがそれじゃあ」
「ええ。都に戻った時、政府とぶつかることになります。必ずそこで、一度都は混乱するでしょう」
「問題ありません」
「!」
ラスとセシルの会話に、レナリアが口を挟んだ。
「私が収めます。現政府も、話せば分かってくれる筈。だって相手は、『ライル』でしょう?」
「!」
レナリアの死を公表し、新たに虹の国の王座に座る男。アスラハ登場後、竜人族以外の者を解雇し人族の保護を命じた者。
「……その通りです。現在『雲海の岬』の王宮にはライル様が」
「誰だ?」
レナリアの、実弟の名。
「ライル・イェリスハート。私の弟です」
「!」
輝竜王ライル。虹の国の第8代国王。その座は既に彼の物になっていた。
レナリアが大森林で襲撃されてから、既に。
3ヶ月が経とうとしていた。
「ライルは、恐らく国を建て直すため苦渋の決断をしたのでしょう。亜人追放もそれを思ってのことだと思います。アスラハに操られるから、切る。あの子がやりそうな手口です」
「……なるほど」
ラスは前に1度だけ、弟について聞いたことがある。年齢は彼と近いらしいと。
「ライルと話し、再び『私が』玉座に着きます。あの子には荷が重い。アスラハも人族解放も『私が』対応します。『その為に』ここまで連れてきて貰ったのですから」
レナリアは決心を口に出した。それはこの場の全員に伝わった。ラスを見ると、彼と目が合った。
「……そうだな。『あんたに』してもらわなくちゃいけねえ。あんたには、ファンやサロウの命が乗っかってる」
「勿論です」
お互いに微笑み合う。その様子を、斜め後ろからウェルフェアが見ていた。
「…………」
「ウェルちゃん? どうしたの?」
リルリィが気になって訊ねた。
「……いや。何でもないや」
――
しばらく山道を進むと、雪が降ってきた。気温が下がってきている。だが寒そうな仕草をしたのは、ラスとレナリアだけだった。
「……寒いですね」
「そりゃあな。あんたは慣れてるんじゃないのか」
「…………いえ。この国の『本来の寒さ』は、今初めて味わいます」
「!」
その言葉で、セシルが気付いた。そうだ。今女王には魔力が無い。
「<カロル>」
セシルと、ウェルフェアは。その魔法により寒さを防いでいた。リルリィも最近覚えた魔法だ。
「!」
セシルがレナリアとラスに触れる。するとその掌から、『人の物とは思えないほどの熱』を感じた。だが熱い程ではなく、じんわりと、しかし急激に身体全体へ広がっていく。ただ暖かい掌という訳ではなく、謎の力を感じる。
「……助かった。凄いな」
もう震えは止まっている。セシルが手を離しても、暖かいままだ。
「気温が下がり、空気が薄くなると大気中の『魔素』も活動を弱め、濃度が下がる。竜人族はそんな環境で鍛えられてきた種族だ。だから、最強と言われる。安心しろ。都には『これ』が全体に掛かっている」
「……!」
熱の魔法。それは人が生きる上で必要なもの。火を起こす魔法とは使い方も使い勝手も異なるもの。
「レナリア様。気付けず申し訳ありません」
「良いのよ。……ただ、『人族と同じ目線』になっただけだから。ありがとうセシル」
続いて馬にもその魔法を掛ける。
「……誰かに分け与える魔法は魔力の消費が激しい。やっぱりセシルは凄いね」
ウェルフェアが呟いた。彼女にはまだ、そこまでの魔力は無いからだ。
「私は騎士だ。レナリア様を守るために日々命を削って鍛練している」
「……」
その会話に、ラスはふと疑問を持った。
「そういや、魔法使いばっかの一行だな。誰が一番強いんだ?」
「は?」
「ん?」
「ん」
「…………ん」
ラスには、魔力を感じられない。同じ魔法と言っても、その差は分からない。竜人族同士だが、セシルとリルリィに差はあるのか。単純に、素朴な疑問だった。
「…………なるほど」
だが彼女らは。『全員』、レナリアを差した。
「……えっ。えっ」
レナリアも困惑する。
「天才魔法使いだって、目標にしろって言われたことあるよ」
「まあ、リルも相当天才だけど」
リルリィは、ジェラ家での家族の話を思い出す。4歳で変身魔法と魔力強化を覚えた『少女王』の逸話を。
「私も『羽の国』に居たからね。色々知ってるよ。『鉄の国』との国境付近で大量発生したモンスターの群れをひとりで殲滅したとか。……確か8歳くらいの時に」
「……は?」
「いやいやいや……ま、まあ」
ウェルフェアも、竜王についての情報を話す。ラスは目を見開いてレナリアを見るが、彼女は照れながら首を振っていた。
「そもそも『王』とは、国内最強の魔法使いが得る称号だ。どの国でも基本的にな。レナリア様は、その点では完璧に『王』だった。僅か20歳の時点で、国内のどの老練な達人より卓越した『魔術』を使いこなしていた」
「……そうなのか」
「せ、セシル。もう、恥ずかしいわ」
セシルも褒めちぎる。彼女が、レナリアが熱魔法を使えないことを忘れていたほど、レナリアという『大魔法使い』の印象は強いのだ。
「――もう、過去の話です。いくら最強と讃えられようと、あの日襲撃者の不意打ちに為す術も無くやられてしまいました。私の油断故、甘さ故。私はもう魔法使いですらありません。魔法を『掛けて貰わなければ』凍えて死んでしまう、まともに歩けもしない『最弱』の竜人族です」
「レナリア様」
「良いの。それでもできることはある。大丈夫よ。あなた達が守ってくれれば」
「!」
そう思えば。これまでどれほど歯痒い思いをしてきたのか。ラスの故郷でシャラーラが現れた時も、その後爪の使者が来た時も。鉄の国での戦闘も。花の国での光景も。魔法が使えたなら、全て解決できた筈だ。
「……レナ」
だがレナリアは気にした様子を見せなかった。甘んじて、現状を受け入れている。人族を知った時に。シャラーラに宣告された時に。覚悟を決めたのだ。魔法など無くとも、『世に平和を』と。必ず自分の手で、『人族の解放を』と。
「さあ進みましょう。もう、目と鼻の先なのですから」
クリューソスは去り際にラスへ告げた。これが意味することはつまり。
「少なくともその間は、レイジが動くことは無い訳だ」
「そうなるのう。レイジは豪気じゃが慎重でもある。準備が整わなければ動かんじゃろう。『竜王の素材』で造った魔道具は間違いなく『史上最強の兵器』になる。それを扱うお主を抜きに、いくさは始めん筈じゃ」
「……お前らの『敵』が、アスラハで良かったよ」
「かっかっか。当たり前じゃろう。奴は禁忌の魔法を使って【人心を操っている】。峰での反乱もそうじゃ。正に『魔人』。レイジとて、人族のみの世界を再興したい訳ではない。罪の無い亜人は手にかけんよ。ただ『権利』を欲しとるだけじゃ」
そこまで話して、セシルがずいと一歩出た。
「虹の国に恩を売るつもりか」
国と、世界を覆うアスラハの影。それを打倒した者は英雄となるだろう。それが人族となれば、世界の人族に対する見方は間違いなく変わる。
「端的に言えばそうじゃ。今は『虹の歴200年』。虹の竜王に認められれば人族も大手を振れるようになる」
クリューソスは、次にレナリアを見た。『ラスの隣に立つ』レナリアを。
「……じゃがまあ、アスラハを討たずとも既に竜王は人族を『好いてしまっておる』ようじゃのう」
「……ええ勿論。大好きですよ」
レナリアはくすりと笑って答えた。クリューソスは思った反応と違い、頭を掻いた。
「ふむ。照れもせんか。流石は竜王じゃのう」
「何の話でしょうか?」
「いや……失礼した。そこの竜騎士が怖いからこの辺にしておくわい」
見ると、セシルはクリューソスを睨み付けていた。国を持たないただの鍛冶屋と言えど王に対して無礼である、とその鋭い視線が告げていた。
「では、『私の肉体』を。よろしくお願いいたします」
「無論じゃ。腕が鳴るわい」
レナリアは最後に、ぺこりと頭を深く下げた。セシルは慌てたが、本人は気にしない。大事な物を預けるのだ。頭を下げるのは当たり前である。
「ではのう」
「ああ」
クリューソスは結局、10人ほどの人族を連れて去っていった。向かう先は『竜の峰』近くの潜伏先。気取られないよう少しルートを外しながら向かうらしい。
「……あの人、私を見ても何も反応しなかった」
ウェルフェアが呟いた。彼女を見た亜人族の男性は、彼女に妙に惹き付けられるのだが。
「たまに居るらしいぜ。『男色家』」
「げっ」
レイジに惚れたと言っていた。言葉通りに取れば『そういうこと』になる。ならばウェルフェアに反応しないのも頷ける。
ウェルフェアは、それはそれで何か引っ掛かるものがあった。
――
「さて、では。私達もそろそろ――」
「レナリア様」
「!」
結局、この集落には重傷者の治療やラスの完治を待ち、10日滞在した。ラスももう動けるようになっている。いよいよ竜の峰へ向かおうとした所で、セシルがレナリアの前に立った。
「ご命令を」
「何故?」
改まって畏まるセシルに、レナリアは首を傾げる。
「でなれけば、私はこの集落に留まらなければなりません」
「……」
セシルは、現政府の命令でこの集落に居る。人族を、アスラハ一派の誘拐から守る為だ。このままでは旅に同行することはできない。
「…………」
それを、レナリアは考える。当然同行してくれると思っていた。だが確かに、自分達が全員集落を離れれば、ここに戦える者は残らない。また亜人に襲われれば今度こそ壊滅するだろう。
「………………」
後ろを振り返る。湖から伸びる川を挟む、この集落を見渡す。未だ先日あった襲撃の傷跡は深く、怪我人も快復していない。残った人手で倒壊した建物を片付けているが、それも何ヵ月掛かるだろう。そもそも、たった今若い男性を10人も連れ去られたこの集落に、復興する力は残っているのだろうか。
「……………………っ」
目を瞑る。思考を巡らす。ラスのように『全体視点』で考えてみる。自身の生還に重点を置いた時、セシルという護衛が付くのは旅の安全性を高める上で非常に有効だ。是非そうしたい。
だが。【その為に集落ひとつを見捨てるのか】。その選択は、これから救おうとしている筈の人族に対して、本当に正しいのか。
「……」
ラスは何も言わない。違うのだ。レナリアは違う。彼より、10年も長くこの世界で生きている。加えて、世界の安寧を預かったと自覚する『王』だ。【この程度の選択】など、彼より遥かに多くしてきた筈だ。
レナリアも、ラスを頼らない。『ここはもう虹の国』だ。彼女の治める国だ。違うのだ。
「分かりました。セシル」
「はっ」
レナリア・イェリスハートという女性は。決して『軟弱な女』ではない。惚れた男を頼るような浅い女ではない。例え片角をもがれ、尾を切られようとも。彼女は『竜王』なのだ。
「竜人騎士団の一員である貴女は、私の凱旋に同行する必要があります」
「はっ!」
「…………でも」
呟いたのはウェルフェアだ。彼女はこの集落を見捨てては行けない。リルリィも心配している。ここはあの雪の集落とは違う。いつ亜人が来るか分からない場所にある。
「ラス」
「ああ」
レナリアは、ラスへ向いた。
「魔道具を」
「!」
言われた、ラスはひと振りの剣を取り出した。柄に赤い魔石が埋まっている。
――レナリアが、ラスに同行してクリューソスへ会いに行った理由。
11個あった魔石の内、情報と『ラスの魔道具製造』との交換として使ったのは10個。
残り1個の使い道。
彼らは既にひとつ、クリューソスから魔道具を買っていた。
「首長」
「……はい」
見送りに来ていた首長に、それを渡す。
「もうご存知かも知れませんが、私は『人族の解放』を為し遂げます。その時まで、これで自衛を」
「……ありがたく、頂戴いたします」
首長は、何から何まで感謝の一念だった。セシルが来たことも、彼らが来たことも。人族が立ち上がる為のきっかけをくれたことも。
実際、レナリアの凱旋の為にセシルを手離すつもりだった。だがそれをこちらから言う前に、レナリア自身が選択した。こちらが気など遣わなくても、彼女はやはり王なのだ。
――
「見えているとは言え、ここから『竜の峰』まで歩けば1週間以上掛かります。これから北へ進むに連れ山岳地帯に入り、起伏が激しくなります。雪も積もります。途中からは、馬はもう使えなくなるでしょう」
集落を出た一同。馬に乗るレナリアを中心に、右後ろにリルリィ、左後ろにウェルフェア。ふたりが周囲を警戒しながら歩く。レナリアの隣にラスが足元を注意している。セシルは前方に居て、哨戒をしてくれている。以前まではラスの居た位置だった。
セシルとリルリィの魔力感知。
ウェルフェアの五感。
ラスの『気配察知』。
索敵能力という点では、この一行は突出して秀でていた。
「……山賊か」
ラスが呟いた。
「ええ。主にエルフと獣人族です。彼らは元々こういった場所での生活に慣れている。竜人族もちらほら居ますが、賊とは違い基本的に干渉はして来ません。『仙竜』と呼ばれている、俗世から離れた世捨て人です」
「次の目的地は、『竜の峰』で良いのか?」
少し開けた場所に出ると、遠くに峰が見える。あれを目印にすれば、迷うことは無いだろう。
「いえ。向かう途中で、竜人騎士団の駐屯地を回ります。レナリア様の生存を伝え、仲間を増やしながら都まで戻ろうと思います」
「なるほど。だがそれじゃあ」
「ええ。都に戻った時、政府とぶつかることになります。必ずそこで、一度都は混乱するでしょう」
「問題ありません」
「!」
ラスとセシルの会話に、レナリアが口を挟んだ。
「私が収めます。現政府も、話せば分かってくれる筈。だって相手は、『ライル』でしょう?」
「!」
レナリアの死を公表し、新たに虹の国の王座に座る男。アスラハ登場後、竜人族以外の者を解雇し人族の保護を命じた者。
「……その通りです。現在『雲海の岬』の王宮にはライル様が」
「誰だ?」
レナリアの、実弟の名。
「ライル・イェリスハート。私の弟です」
「!」
輝竜王ライル。虹の国の第8代国王。その座は既に彼の物になっていた。
レナリアが大森林で襲撃されてから、既に。
3ヶ月が経とうとしていた。
「ライルは、恐らく国を建て直すため苦渋の決断をしたのでしょう。亜人追放もそれを思ってのことだと思います。アスラハに操られるから、切る。あの子がやりそうな手口です」
「……なるほど」
ラスは前に1度だけ、弟について聞いたことがある。年齢は彼と近いらしいと。
「ライルと話し、再び『私が』玉座に着きます。あの子には荷が重い。アスラハも人族解放も『私が』対応します。『その為に』ここまで連れてきて貰ったのですから」
レナリアは決心を口に出した。それはこの場の全員に伝わった。ラスを見ると、彼と目が合った。
「……そうだな。『あんたに』してもらわなくちゃいけねえ。あんたには、ファンやサロウの命が乗っかってる」
「勿論です」
お互いに微笑み合う。その様子を、斜め後ろからウェルフェアが見ていた。
「…………」
「ウェルちゃん? どうしたの?」
リルリィが気になって訊ねた。
「……いや。何でもないや」
――
しばらく山道を進むと、雪が降ってきた。気温が下がってきている。だが寒そうな仕草をしたのは、ラスとレナリアだけだった。
「……寒いですね」
「そりゃあな。あんたは慣れてるんじゃないのか」
「…………いえ。この国の『本来の寒さ』は、今初めて味わいます」
「!」
その言葉で、セシルが気付いた。そうだ。今女王には魔力が無い。
「<カロル>」
セシルと、ウェルフェアは。その魔法により寒さを防いでいた。リルリィも最近覚えた魔法だ。
「!」
セシルがレナリアとラスに触れる。するとその掌から、『人の物とは思えないほどの熱』を感じた。だが熱い程ではなく、じんわりと、しかし急激に身体全体へ広がっていく。ただ暖かい掌という訳ではなく、謎の力を感じる。
「……助かった。凄いな」
もう震えは止まっている。セシルが手を離しても、暖かいままだ。
「気温が下がり、空気が薄くなると大気中の『魔素』も活動を弱め、濃度が下がる。竜人族はそんな環境で鍛えられてきた種族だ。だから、最強と言われる。安心しろ。都には『これ』が全体に掛かっている」
「……!」
熱の魔法。それは人が生きる上で必要なもの。火を起こす魔法とは使い方も使い勝手も異なるもの。
「レナリア様。気付けず申し訳ありません」
「良いのよ。……ただ、『人族と同じ目線』になっただけだから。ありがとうセシル」
続いて馬にもその魔法を掛ける。
「……誰かに分け与える魔法は魔力の消費が激しい。やっぱりセシルは凄いね」
ウェルフェアが呟いた。彼女にはまだ、そこまでの魔力は無いからだ。
「私は騎士だ。レナリア様を守るために日々命を削って鍛練している」
「……」
その会話に、ラスはふと疑問を持った。
「そういや、魔法使いばっかの一行だな。誰が一番強いんだ?」
「は?」
「ん?」
「ん」
「…………ん」
ラスには、魔力を感じられない。同じ魔法と言っても、その差は分からない。竜人族同士だが、セシルとリルリィに差はあるのか。単純に、素朴な疑問だった。
「…………なるほど」
だが彼女らは。『全員』、レナリアを差した。
「……えっ。えっ」
レナリアも困惑する。
「天才魔法使いだって、目標にしろって言われたことあるよ」
「まあ、リルも相当天才だけど」
リルリィは、ジェラ家での家族の話を思い出す。4歳で変身魔法と魔力強化を覚えた『少女王』の逸話を。
「私も『羽の国』に居たからね。色々知ってるよ。『鉄の国』との国境付近で大量発生したモンスターの群れをひとりで殲滅したとか。……確か8歳くらいの時に」
「……は?」
「いやいやいや……ま、まあ」
ウェルフェアも、竜王についての情報を話す。ラスは目を見開いてレナリアを見るが、彼女は照れながら首を振っていた。
「そもそも『王』とは、国内最強の魔法使いが得る称号だ。どの国でも基本的にな。レナリア様は、その点では完璧に『王』だった。僅か20歳の時点で、国内のどの老練な達人より卓越した『魔術』を使いこなしていた」
「……そうなのか」
「せ、セシル。もう、恥ずかしいわ」
セシルも褒めちぎる。彼女が、レナリアが熱魔法を使えないことを忘れていたほど、レナリアという『大魔法使い』の印象は強いのだ。
「――もう、過去の話です。いくら最強と讃えられようと、あの日襲撃者の不意打ちに為す術も無くやられてしまいました。私の油断故、甘さ故。私はもう魔法使いですらありません。魔法を『掛けて貰わなければ』凍えて死んでしまう、まともに歩けもしない『最弱』の竜人族です」
「レナリア様」
「良いの。それでもできることはある。大丈夫よ。あなた達が守ってくれれば」
「!」
そう思えば。これまでどれほど歯痒い思いをしてきたのか。ラスの故郷でシャラーラが現れた時も、その後爪の使者が来た時も。鉄の国での戦闘も。花の国での光景も。魔法が使えたなら、全て解決できた筈だ。
「……レナ」
だがレナリアは気にした様子を見せなかった。甘んじて、現状を受け入れている。人族を知った時に。シャラーラに宣告された時に。覚悟を決めたのだ。魔法など無くとも、『世に平和を』と。必ず自分の手で、『人族の解放を』と。
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