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破章:人族の怒り
第19話 『人間』
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種族ALPHAは、この世界を創った。その後、彼らは消えた。それから永い年月の末、始めに人族が誕生し、それぞれの亜人達が生まれた。
これが現在、最も一般的な創世の解釈である。
――
「種族ALPHAは、どんな外見をしていると思う?」
ドレドが訊ねた。相手はレナリアである。
「……種族によって解釈が違いますね。竜人族は角と尾。エルフは魔石と杖。獣人族は獅子の顔。それぞれ自分達の種族の特徴を持っていると」
朝。再度皆を集めた。ここからが、彼の話したかった本題である。
「見てくれ」
ドレドは壁を差した。赤い『文字』がある。ラスとレナリアは見たことのある文章だった。
【Project:ALPHA】
【We will keep living on this world】
「古代人族の文字ですよね。ある集落でも見ました」
「俺はこれの解読に成功した」
「!」
考古学者のドレドは、世界各地の遺跡を廻っている。人族を追う度に、これがキーワードのように書かれているのだ。
「上の文が『アルファ計画』」
「計画……?」
古代の人族から、ALPHAの事が書かれていた。彼らは創造種を知っているのだ。
「下の文が『我々はこの世界で生きていく』」
「!」
どくんと、心臓が脈を打った。ラスだ。鼓動が速くなる。文字とは、誰かに伝えることを目的としたもの。その『誰か』とは、誰なのか。
「……彼らはこの世界で生きていくために、この世界を創った」
レナリアがふと呟いた。あの時の『魔人族』の言葉を。
「それは?」
ドレドが訊ねる。
「……旅の途中で、魔人族のシャラーラに出会いました。そこで彼女が言っていたのです」
ラスもレナリアを見る。そして思い出す。
「俺もだ。俺のことを『主と匂いが似ている』と言っていた。……奴の主は『気』を使う、とも」
「えっ……?」
「……ふっ」
ドレドは少し驚いて、笑った。
「なんだ、やっぱりそうか。はっはっは……」
「なんだよ」
「……『ALPHA=古代人族』。俺の説さ。大きくは外れてなかったらしい」
「!」
『気』を操れるのは今のところ、人族だけである。そして種族の『匂い』は、魔素の占める割合は大きい。
「だが間違いだった。人族はALPHAじゃない。俺達は世界を創れないしな」
「そりゃ……」
荒唐無稽な妄想である。ALPHAは最も偉大な種族だ。間違っても、魔力を持たない人族と同一には考えられない。
「しかしだ。遺跡のあちこちで『ALPHA信仰』が窺える。その上で、彼らの名を冠した『計画』を立てている。俺はそう考えていた」
「…………?」
「そもそもだ。これら遺跡を、『古代人族の物』と断言できる証拠はなんだ?」
「……壁面などに描かれた人物画が、人族と酷似しているから、ですよね」
「そうだ。さらには、遺跡とその周辺には魔素が無いか、少ない。この遺跡では亜人は長く生活できない。魔法を前提に考えた家具や物の配置もしていない。やはり人族の遺跡なんだ」
リルリィはまだ眠気眼だ。ウェルフェアもつまらなさそうに欠伸をしている。だがレナリアとラスは、真剣にその話を聞いていた。
「『人間』という言葉を聞いたことはあるか?」
「……ニンゲン? なんでしょう。ラスは?」
「無いな。野菜かなにかか?」
「はっは!違う違う。……彼らの文字を解読した俺は、見付かる限りの彼らの文字を読んだ。その中で、彼らが彼ら自身をそう呼んでいるんだ。『人族』ではなく『人間』と」
「……『人間』」
「彼らの文書にはこう書かれている。『アルファ計画』のことだ。いくつもの文章から、彼らの計画を知った」
ドレドは羊皮紙を取り出した。
――
『我々人間にとって、この星の空気は毒である。吸い込むと即座に昏倒し、痙攣の後数時間で死に至る。この悪魔のような気体を「魔素」と名付けた』
『この星の生命は「魔素」を吸い込むことでエネルギーとし、火や風を発生させる。昨日狩った巨大な空を飛ぶ怪物が、どうしてその体重で飛べるのか調べると、「魔素」のエネルギーで身体を浮かせるように風を発生させていた。小説好きな乗組員が「魔物」「魔力」「魔法」と悪戯で名付けた』
『あと数年で、空気中の魔素を除去する装置が稼働できなくなることが分かった。電力が作れなくなっている。魔素以外は本当に理想的な星だが、魔素のせいで様々な弊害が出ている。だがもう一度飛び立つことはできない。我々はこの星でなんとか生きていくしかないのだ』
『他の船との連絡に成功した。魔素をどうにかするのではなく、魔力として使えないか模索する方が良いらしい。「通信魔法」と名付けた』
『乗組員が突如倒れた。原因不明だ。健康状態も良かった。だが彼は死んでしまった。解剖の結果、胃腸内から大量に、消化不足の食料が出てきた。例の魔法を使う怪物の肉だ。食べる際に魔素の反応は無かったが、彼の身体からは魔素の反応があった。一大事である。船内に魔素を入れてしまった』
『「魔素」によるパンデミックから10日。倒れる者と、平気な者に分かれた。理由は分からない。だが平気な者は、スーツを着ずに外へ出た。我々は取り残されてしまった』
『「魔素」を取り込んだ人間には、身体が変化を起こした者が居た。彼らは「魔物」達の使う「魔法」を、装置を用いずに使うことに成功した』
『やがて、「魔法」を扱える者達とそうでない者達で分かれ、争いになった。人間の姿を残す者は魔法が使えない。専用の施設も機材も無いため、詳しく調べることもできない。だが人類という視点で見れば、我々は進化に成功し、新たな姿と力を得た。私個人が取り残され朽ちていくのは不本意だが、結果的に「アルファ計画」は成功したと言えるだろう。彼らはこの星で、これから新たな歴史を歩んでいく。「創世記」に立ち会えた事を神に感謝して、私も神の元へ旅立とうと思う。――ミルコ・レイピア』
――
「――これが、全貌だ。俺の解読が正しければな」
「…………!」
リルリィとウェルフェアは眠ってしまっていた。レナリアは開いた口が塞がらないといった表情である。
「『星』『船』『電力』『神』。不可解な単語はいくつかあるが……九種族の誕生について『人族起源説』はこれでより信憑性を増した。と、考えられる。魔素に適合できず遺跡に取り残された者を『人間』。適合できたが身体の変化が無く魔法を扱えない者を『人族』。魔法を得た者を『亜人族』。これで間違いないと思う。……竜王の見解は?」
顎に手をやり、考える。もしこれが本当ならば、世間の人族を見る目は一気に変わる。
「……『星』とは、この大地のことです。夜空に浮かぶ星々のひとつがここ。彼らは『この星』と言っていた。『船』を使い、この星までやってきたのでしょう。魔力ではなく『電力』で動く船で」
「そうなるな。『人間』は魔力を持たず『電力』を持っていた。……俺はこの『人間』こそが、俺達の言う『種族ALPHA』じゃないかと思ってる」
「……世界を創ったのではなく、元々あった星に適応させる。この星で暮らせるようにする計画を『アルファ計画』と」
「そう。遺跡の文献には、アルファを『種族』として扱っている物は無かった。何かの理由でこの大地にやってきた彼らが、生きるための計画。それがアルファなんだ。シエラ」
「はい」
ふとシエラを見た。彼女は水を汲んできた所だった。
「翼人族には『神』の伝承があったよな」
「ええ。『終世主』ですね。全知全能の王の王。何をしても、全て見られている。白い翼を持つハーピーを大量に従えた『翼の無い老人』。角も尾も無い人物として描かれています」
「その実在は分からないが、『人間』達も『神』を知っている。種族間の争いとは無縁だった翼人族だからこそ、彼らの文化が残されているのかもな」
「……ふむ。そうなのでしょうか」
シエラはドレドの話に興味は薄かった。元より自己主張は強い方ではない。ヒューリとウェルフェアさえ居れば、彼女の世界は完結しているのだ。
――
――
結局この遺跡には2日滞在した。ドレドはまだ話し足りない様子だったが、のんびりしている訳にもいかない。シエラとウェルフェアのことは置いておいて、ALPHAの話は正直【革命】には関係無い。
「俺はここから動けない。置いていってくれ。なに、釣りも得意だし食べられる植物の知識もある。革命が成功してから迎えに来てもらえればそれで良い。それよりヒューリとフライトを探してやれよ」
「……かしこまりました。お気を付けて」
シエラは少し躊躇ったが、ここでドレドの回復を待つよりはラスに付いて『虹の国』を目指した方が良いと判断した。
「じゃ、治癒魔法掛けるよ」
リルリィがちょこんと、前へ出た。だが。
「止めてくれ」
ドレドは拒否した。
「なんで? 痛くないよ?」
「創世の話は別にしても、俺も亜人に家族を殺されてる。『魔法』は感情が許さないんだ。何故か拒否反応を起こす。ああ、別に君が嫌いな訳じゃない。申し出は本当にありがたい。だけど、俺に魔法は使わないで欲しい」
「…………わかった」
リルリィはしょぼんとして項垂れた。くすりと笑ったラスが、彼女の手を引いた。
「大丈夫だ。そんなに人族はやわじゃない。行こう」
「……うん」
「ドレド」
「なんだ?」
「あんたの話は面白かったし、楽しかった。変かもしれないが、わくわくした。必ず迎えに来る。死ぬなよ」
「……おう。今度は酒でも呑みながら語らせてくれ。ヒューリによろしくな」
――
「私は、ヒューリ様を探そうと思います」
シエラが言った。彼女にとっては、それが一番の目的だ。
「……ああ。そもそも共に行動する必要も無いしな。俺はてっきり、その『ブラック・アウト』に誘われるかと思ってたが」
「私の勘ですが。ヒューリ様とラス殿は恐らく対立してしまうように思えます。ですが【革命】の時は、私とウェルフェア殿の名をお使いください。その為の『会』だったということで」
「……ふむ」
ラスは今後の方針を考えた。基本的には変わらない。虹の国へ行き、そこからはレナリアの仕事だ。だが国で獣人族の反乱が起きているなら、これを鎮圧しなければならない。『人族は強く、虹の国の役に立った』功績を得られれば、成功する確率は高くなる。
「私は、もう少しラス達と居て良い?」
「!」
飛び立とうとするシエラに、ウェルフェアは足を止めた。シエラも少し驚いている。ヒューリにあんなに懐いていたというのに。
「どうせ多分、『虹の国』で会えるよ。そこが目的地だし。なら私は、ラスと一緒に居た方が良い。ヒューリは多分、私を『証』としては使わないと思うし」
自分の、やるべきこと。ドレドの話を鵜呑みにした訳ではないが、自分にしかできないことだ。『必要とされる』ことは、彼女の心を動かした。
「私はこんな見た目だけど、人族のつもり。種族全体のことを考えたら、そうした方が良いと思う。……駄目かな」
ウェルフェアは初めは、亜人に恨みを持った子供だった。ヒューリの『怒り』を見て、心が晴れた。
だが考えたのだ。自分のことだけではなく、皆のことを。両親のことは知らないが、恐らく『それ』を、彼らも思ったのではないかと、考えるようになったのだ。何故自分が生まれたのか。それをずっと。
「……かしこまりました。では『虹の国』で再会しましょう。お気を付けて」
「シエラもね。今までありがとう」
ずっと、母代わりだったシエラ。国が滅んでも一緒に居た家族。今初めて、ヒューリともシエラとも離れることになる。
「ではラス殿。『私の愛しい娘』を。どうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げた。ラスは頭を掻いてしまった。
「……なんか変な感じだな。別に娶る訳でもねえし」
「そうだよ。魔法使えるんだから、ラスより強いよ私」
「ふふ。……ではこれで」
初めから最後まで、微笑を崩さなかった。シエラは大きな翼を広げて、飛び立った。
「……あっという間に見えなくなった。やっぱ魔法は凄えなあ」
「ふふ」
「レナ?」
少年のような目で空を見るラスに、つい笑ってしまった。最初は魔法を憎んでいたのに、今ではこうだ。亜人が人族を知るだけではない。彼も亜人を認めてきている。お互い歩み寄れているのだ。それが嬉しかった。
「そういや、ウェルフェアは魔法使えるんだな」
「まあね。あんまり上手く無いけど」
ウェルフェアはフードを脱いで、駆け出した。あっという間に木に登り、ジャンプして飛び降りる。その手には果実が握られていた。
「……へぇ」
「人族にはできない身のこなしですね」
続いて、果実を貰おうと近付いたリルリィの手を取った。
「ぎゃっ!」
「!」
瞬間、リルリィの身体は反転してお尻から地面に落ちた。
「……ほう……」
ラスは感嘆した。レナリアはまた目を丸くした。
「……『キ』じゃないですか」
「うん。私はどっちも使える。シエラに魔法を。ヒューリに気を習ってたから。……こっちも修行中だけど」
ラスより強い。
それはあながち間違いでは無いのだ。
「いてててててて」
「あっ。……ごめん」
――
「この山を下りると、大きな湖があります。『魚人族』のテリトリーですが、湖に近付かなければ心配ありません。彼らは多少なら活動できますが、基本的に陸で生活はできません」
「魚人族(マーマン)ね。奴隷文化の無い種族で有名だ」
「そうなの?」
坂道を下っていく。レナリアはまだ杖に頼らなければならないため、馬に乗っている。リルリィとウェルフェアが周囲を警戒してくれているため、比較的安全に進んでいる。
「人族は水の中では生きていけない。奴隷にしようが無いのさ。まあ奴等のストレス発散に付き合わされた人族の話はよく聞くが。……基本的には関わりは無い。翼人族と同じようなもんだな」
「つまるところ、人族を毛嫌いして蔑んでいるのは獣人族、エルフ、ドワーフ、オーガと……竜人族が主体です。オーガとドワーフは『鉄の国』での狩猟で手一杯とすると、獣人族、エルフ、竜人族。『虹の国』にはこの3つの種族が最も多いのです」
反乱を起こしたのが獣人族となれば、『爪の国』の息が掛かっていると考えられる。彼らは虹の国民でありながら、獣王に従っているのだ。
「とにかく、湖は迂回して行きましょう。それを越えると、ようやく麓まで辿り着きます」
「……麓」
ラスとレナリアと、リルリィとウェルフェア。人族がひとり、竜人族がふたり。そして、人族と獣人族の混血児がひとり。4人で『虹の国』を目指す。
「ええ。……『竜の峰』の麓へ」
これが現在、最も一般的な創世の解釈である。
――
「種族ALPHAは、どんな外見をしていると思う?」
ドレドが訊ねた。相手はレナリアである。
「……種族によって解釈が違いますね。竜人族は角と尾。エルフは魔石と杖。獣人族は獅子の顔。それぞれ自分達の種族の特徴を持っていると」
朝。再度皆を集めた。ここからが、彼の話したかった本題である。
「見てくれ」
ドレドは壁を差した。赤い『文字』がある。ラスとレナリアは見たことのある文章だった。
【Project:ALPHA】
【We will keep living on this world】
「古代人族の文字ですよね。ある集落でも見ました」
「俺はこれの解読に成功した」
「!」
考古学者のドレドは、世界各地の遺跡を廻っている。人族を追う度に、これがキーワードのように書かれているのだ。
「上の文が『アルファ計画』」
「計画……?」
古代の人族から、ALPHAの事が書かれていた。彼らは創造種を知っているのだ。
「下の文が『我々はこの世界で生きていく』」
「!」
どくんと、心臓が脈を打った。ラスだ。鼓動が速くなる。文字とは、誰かに伝えることを目的としたもの。その『誰か』とは、誰なのか。
「……彼らはこの世界で生きていくために、この世界を創った」
レナリアがふと呟いた。あの時の『魔人族』の言葉を。
「それは?」
ドレドが訊ねる。
「……旅の途中で、魔人族のシャラーラに出会いました。そこで彼女が言っていたのです」
ラスもレナリアを見る。そして思い出す。
「俺もだ。俺のことを『主と匂いが似ている』と言っていた。……奴の主は『気』を使う、とも」
「えっ……?」
「……ふっ」
ドレドは少し驚いて、笑った。
「なんだ、やっぱりそうか。はっはっは……」
「なんだよ」
「……『ALPHA=古代人族』。俺の説さ。大きくは外れてなかったらしい」
「!」
『気』を操れるのは今のところ、人族だけである。そして種族の『匂い』は、魔素の占める割合は大きい。
「だが間違いだった。人族はALPHAじゃない。俺達は世界を創れないしな」
「そりゃ……」
荒唐無稽な妄想である。ALPHAは最も偉大な種族だ。間違っても、魔力を持たない人族と同一には考えられない。
「しかしだ。遺跡のあちこちで『ALPHA信仰』が窺える。その上で、彼らの名を冠した『計画』を立てている。俺はそう考えていた」
「…………?」
「そもそもだ。これら遺跡を、『古代人族の物』と断言できる証拠はなんだ?」
「……壁面などに描かれた人物画が、人族と酷似しているから、ですよね」
「そうだ。さらには、遺跡とその周辺には魔素が無いか、少ない。この遺跡では亜人は長く生活できない。魔法を前提に考えた家具や物の配置もしていない。やはり人族の遺跡なんだ」
リルリィはまだ眠気眼だ。ウェルフェアもつまらなさそうに欠伸をしている。だがレナリアとラスは、真剣にその話を聞いていた。
「『人間』という言葉を聞いたことはあるか?」
「……ニンゲン? なんでしょう。ラスは?」
「無いな。野菜かなにかか?」
「はっは!違う違う。……彼らの文字を解読した俺は、見付かる限りの彼らの文字を読んだ。その中で、彼らが彼ら自身をそう呼んでいるんだ。『人族』ではなく『人間』と」
「……『人間』」
「彼らの文書にはこう書かれている。『アルファ計画』のことだ。いくつもの文章から、彼らの計画を知った」
ドレドは羊皮紙を取り出した。
――
『我々人間にとって、この星の空気は毒である。吸い込むと即座に昏倒し、痙攣の後数時間で死に至る。この悪魔のような気体を「魔素」と名付けた』
『この星の生命は「魔素」を吸い込むことでエネルギーとし、火や風を発生させる。昨日狩った巨大な空を飛ぶ怪物が、どうしてその体重で飛べるのか調べると、「魔素」のエネルギーで身体を浮かせるように風を発生させていた。小説好きな乗組員が「魔物」「魔力」「魔法」と悪戯で名付けた』
『あと数年で、空気中の魔素を除去する装置が稼働できなくなることが分かった。電力が作れなくなっている。魔素以外は本当に理想的な星だが、魔素のせいで様々な弊害が出ている。だがもう一度飛び立つことはできない。我々はこの星でなんとか生きていくしかないのだ』
『他の船との連絡に成功した。魔素をどうにかするのではなく、魔力として使えないか模索する方が良いらしい。「通信魔法」と名付けた』
『乗組員が突如倒れた。原因不明だ。健康状態も良かった。だが彼は死んでしまった。解剖の結果、胃腸内から大量に、消化不足の食料が出てきた。例の魔法を使う怪物の肉だ。食べる際に魔素の反応は無かったが、彼の身体からは魔素の反応があった。一大事である。船内に魔素を入れてしまった』
『「魔素」によるパンデミックから10日。倒れる者と、平気な者に分かれた。理由は分からない。だが平気な者は、スーツを着ずに外へ出た。我々は取り残されてしまった』
『「魔素」を取り込んだ人間には、身体が変化を起こした者が居た。彼らは「魔物」達の使う「魔法」を、装置を用いずに使うことに成功した』
『やがて、「魔法」を扱える者達とそうでない者達で分かれ、争いになった。人間の姿を残す者は魔法が使えない。専用の施設も機材も無いため、詳しく調べることもできない。だが人類という視点で見れば、我々は進化に成功し、新たな姿と力を得た。私個人が取り残され朽ちていくのは不本意だが、結果的に「アルファ計画」は成功したと言えるだろう。彼らはこの星で、これから新たな歴史を歩んでいく。「創世記」に立ち会えた事を神に感謝して、私も神の元へ旅立とうと思う。――ミルコ・レイピア』
――
「――これが、全貌だ。俺の解読が正しければな」
「…………!」
リルリィとウェルフェアは眠ってしまっていた。レナリアは開いた口が塞がらないといった表情である。
「『星』『船』『電力』『神』。不可解な単語はいくつかあるが……九種族の誕生について『人族起源説』はこれでより信憑性を増した。と、考えられる。魔素に適合できず遺跡に取り残された者を『人間』。適合できたが身体の変化が無く魔法を扱えない者を『人族』。魔法を得た者を『亜人族』。これで間違いないと思う。……竜王の見解は?」
顎に手をやり、考える。もしこれが本当ならば、世間の人族を見る目は一気に変わる。
「……『星』とは、この大地のことです。夜空に浮かぶ星々のひとつがここ。彼らは『この星』と言っていた。『船』を使い、この星までやってきたのでしょう。魔力ではなく『電力』で動く船で」
「そうなるな。『人間』は魔力を持たず『電力』を持っていた。……俺はこの『人間』こそが、俺達の言う『種族ALPHA』じゃないかと思ってる」
「……世界を創ったのではなく、元々あった星に適応させる。この星で暮らせるようにする計画を『アルファ計画』と」
「そう。遺跡の文献には、アルファを『種族』として扱っている物は無かった。何かの理由でこの大地にやってきた彼らが、生きるための計画。それがアルファなんだ。シエラ」
「はい」
ふとシエラを見た。彼女は水を汲んできた所だった。
「翼人族には『神』の伝承があったよな」
「ええ。『終世主』ですね。全知全能の王の王。何をしても、全て見られている。白い翼を持つハーピーを大量に従えた『翼の無い老人』。角も尾も無い人物として描かれています」
「その実在は分からないが、『人間』達も『神』を知っている。種族間の争いとは無縁だった翼人族だからこそ、彼らの文化が残されているのかもな」
「……ふむ。そうなのでしょうか」
シエラはドレドの話に興味は薄かった。元より自己主張は強い方ではない。ヒューリとウェルフェアさえ居れば、彼女の世界は完結しているのだ。
――
――
結局この遺跡には2日滞在した。ドレドはまだ話し足りない様子だったが、のんびりしている訳にもいかない。シエラとウェルフェアのことは置いておいて、ALPHAの話は正直【革命】には関係無い。
「俺はここから動けない。置いていってくれ。なに、釣りも得意だし食べられる植物の知識もある。革命が成功してから迎えに来てもらえればそれで良い。それよりヒューリとフライトを探してやれよ」
「……かしこまりました。お気を付けて」
シエラは少し躊躇ったが、ここでドレドの回復を待つよりはラスに付いて『虹の国』を目指した方が良いと判断した。
「じゃ、治癒魔法掛けるよ」
リルリィがちょこんと、前へ出た。だが。
「止めてくれ」
ドレドは拒否した。
「なんで? 痛くないよ?」
「創世の話は別にしても、俺も亜人に家族を殺されてる。『魔法』は感情が許さないんだ。何故か拒否反応を起こす。ああ、別に君が嫌いな訳じゃない。申し出は本当にありがたい。だけど、俺に魔法は使わないで欲しい」
「…………わかった」
リルリィはしょぼんとして項垂れた。くすりと笑ったラスが、彼女の手を引いた。
「大丈夫だ。そんなに人族はやわじゃない。行こう」
「……うん」
「ドレド」
「なんだ?」
「あんたの話は面白かったし、楽しかった。変かもしれないが、わくわくした。必ず迎えに来る。死ぬなよ」
「……おう。今度は酒でも呑みながら語らせてくれ。ヒューリによろしくな」
――
「私は、ヒューリ様を探そうと思います」
シエラが言った。彼女にとっては、それが一番の目的だ。
「……ああ。そもそも共に行動する必要も無いしな。俺はてっきり、その『ブラック・アウト』に誘われるかと思ってたが」
「私の勘ですが。ヒューリ様とラス殿は恐らく対立してしまうように思えます。ですが【革命】の時は、私とウェルフェア殿の名をお使いください。その為の『会』だったということで」
「……ふむ」
ラスは今後の方針を考えた。基本的には変わらない。虹の国へ行き、そこからはレナリアの仕事だ。だが国で獣人族の反乱が起きているなら、これを鎮圧しなければならない。『人族は強く、虹の国の役に立った』功績を得られれば、成功する確率は高くなる。
「私は、もう少しラス達と居て良い?」
「!」
飛び立とうとするシエラに、ウェルフェアは足を止めた。シエラも少し驚いている。ヒューリにあんなに懐いていたというのに。
「どうせ多分、『虹の国』で会えるよ。そこが目的地だし。なら私は、ラスと一緒に居た方が良い。ヒューリは多分、私を『証』としては使わないと思うし」
自分の、やるべきこと。ドレドの話を鵜呑みにした訳ではないが、自分にしかできないことだ。『必要とされる』ことは、彼女の心を動かした。
「私はこんな見た目だけど、人族のつもり。種族全体のことを考えたら、そうした方が良いと思う。……駄目かな」
ウェルフェアは初めは、亜人に恨みを持った子供だった。ヒューリの『怒り』を見て、心が晴れた。
だが考えたのだ。自分のことだけではなく、皆のことを。両親のことは知らないが、恐らく『それ』を、彼らも思ったのではないかと、考えるようになったのだ。何故自分が生まれたのか。それをずっと。
「……かしこまりました。では『虹の国』で再会しましょう。お気を付けて」
「シエラもね。今までありがとう」
ずっと、母代わりだったシエラ。国が滅んでも一緒に居た家族。今初めて、ヒューリともシエラとも離れることになる。
「ではラス殿。『私の愛しい娘』を。どうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げた。ラスは頭を掻いてしまった。
「……なんか変な感じだな。別に娶る訳でもねえし」
「そうだよ。魔法使えるんだから、ラスより強いよ私」
「ふふ。……ではこれで」
初めから最後まで、微笑を崩さなかった。シエラは大きな翼を広げて、飛び立った。
「……あっという間に見えなくなった。やっぱ魔法は凄えなあ」
「ふふ」
「レナ?」
少年のような目で空を見るラスに、つい笑ってしまった。最初は魔法を憎んでいたのに、今ではこうだ。亜人が人族を知るだけではない。彼も亜人を認めてきている。お互い歩み寄れているのだ。それが嬉しかった。
「そういや、ウェルフェアは魔法使えるんだな」
「まあね。あんまり上手く無いけど」
ウェルフェアはフードを脱いで、駆け出した。あっという間に木に登り、ジャンプして飛び降りる。その手には果実が握られていた。
「……へぇ」
「人族にはできない身のこなしですね」
続いて、果実を貰おうと近付いたリルリィの手を取った。
「ぎゃっ!」
「!」
瞬間、リルリィの身体は反転してお尻から地面に落ちた。
「……ほう……」
ラスは感嘆した。レナリアはまた目を丸くした。
「……『キ』じゃないですか」
「うん。私はどっちも使える。シエラに魔法を。ヒューリに気を習ってたから。……こっちも修行中だけど」
ラスより強い。
それはあながち間違いでは無いのだ。
「いてててててて」
「あっ。……ごめん」
――
「この山を下りると、大きな湖があります。『魚人族』のテリトリーですが、湖に近付かなければ心配ありません。彼らは多少なら活動できますが、基本的に陸で生活はできません」
「魚人族(マーマン)ね。奴隷文化の無い種族で有名だ」
「そうなの?」
坂道を下っていく。レナリアはまだ杖に頼らなければならないため、馬に乗っている。リルリィとウェルフェアが周囲を警戒してくれているため、比較的安全に進んでいる。
「人族は水の中では生きていけない。奴隷にしようが無いのさ。まあ奴等のストレス発散に付き合わされた人族の話はよく聞くが。……基本的には関わりは無い。翼人族と同じようなもんだな」
「つまるところ、人族を毛嫌いして蔑んでいるのは獣人族、エルフ、ドワーフ、オーガと……竜人族が主体です。オーガとドワーフは『鉄の国』での狩猟で手一杯とすると、獣人族、エルフ、竜人族。『虹の国』にはこの3つの種族が最も多いのです」
反乱を起こしたのが獣人族となれば、『爪の国』の息が掛かっていると考えられる。彼らは虹の国民でありながら、獣王に従っているのだ。
「とにかく、湖は迂回して行きましょう。それを越えると、ようやく麓まで辿り着きます」
「……麓」
ラスとレナリアと、リルリィとウェルフェア。人族がひとり、竜人族がふたり。そして、人族と獣人族の混血児がひとり。4人で『虹の国』を目指す。
「ええ。……『竜の峰』の麓へ」
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※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
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エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
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4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
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