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序章:人族と亜人族
第3話 亜人を狩る人族
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レナリアは、森での所謂サバイバル術に詳しくなかった。火を起こせば煙が立ち、エルフ族達に居場所を教えることになることを知らなかった。勿論ラスは知っている。だからレナリアを早めに寝かせたのだ。相手を夜目の利かない人族だと思えば、夜襲で簡単に捕らえられる。森の種族は当たり前にそう考える。
次の日の朝。
「……?」
レナリアは異臭で目が覚めた。満身創痍を引きずり、テントを出る。木と枝に繋いだ幕に過ぎないが、寝心地は悪く無かった。
「……え……!」
テントから顔を出して、外を確認する。【異臭は、死臭だった】。
凄惨な光景が広がっていた。倒れているのは数人のエルフ族。そのどれもが死んでいる。そしてその全てのエルフ族から、額の魔石が抉り出されていた。
「……起きたか」
「!」
立っていたのは、ラスひとりだった。今、最後の魔石を取り出した所だった。
「……おはようございます。これは、どう……いうことですか?」
もう、大体何が起きたかは想像できたが、だが疑問である。ただの人族でしかない彼が、どのようにしてエルフ族を相手に無傷で勝つことができるのか。
「すまんがすぐに出発だ。奴等の本隊が今来たら、さすがに勝てん」
だがラスははぐらかし、手際よくテントを回収しレナリアを担ぎ上げる。
「……もう少し、なんとかなりませんかね」
まるで俵のように肩に担がれたレナリアは、言ってしまえば無様であった。
「ああ。早く馬を回収しよう。襲撃者の馬車は無事な筈だ」
「!」
まずは、襲撃された地点へ向かう。当初の予定通り、ふたりは森を掻き分けて進んでいった。
――
「あった。荷車も無事だ」
道に出ると、昨日のそのまま、馬車があった。馬も無事だが、少し弱っているようだ。
ラスが殺した襲撃者の死体は無かった。あの逃げたひとりがあの後、片付けたのだろうか。
「……中を。私の服と、切り落とされた角と尻尾があります」
「ああ」
ラスは水筒に用意してあった水を桶に入れ、馬に差し出してから荷車の中を覗いた。
「……私の、竜尾」
昨日はここからレナリアを運び出したラスも、よく見たわけではない。中は、真っ赤な血があちこちに飛び散っていた。全て、レナリアの血なのだろう。相当暴れた形跡があった。
レナリアはラスに降ろしてもらい、這いずっていく。中に落ちていた自らの尻尾を、恐る恐る手に取った。
彼女の竜鱗と同じ、金に虹色の輝きを持つ鱗で覆われた、細く長い尻尾。先端の鱗は二股に別れており、魔法に関係する用途があったのだろうと想像できる。
「それ、どうするんだ」
ラスは中を見回し、残りの角と鱗を拾ってレナリアへ手渡す。
「……もう、私の身体には戻らないものです。売るか、武具の素材にするか、装飾に使うか。どうするかと問われれば、それくらいしか思い付きません」
悲しい声で答えるレナリア。大事そうに抱く鱗を、ラスはひょいと取り上げた。
「あ……」
「じゃ、貰うぜ」
「……良いですけど、何故?」
「まあ、報酬の一部にしてくれ。……ここはまだエルフの森だ。急いで出る必要がある。俺はあんたらの生き残りが居ないか見てくるから、あんたはそこで待ってな」
と、ラスは何かを取り出してレナリアへ渡した。
「笛、ですか」
「奴等が来たら吹いて俺に報せてくれ」
それだけ言って、荷車から降りていった。
――
「エルフ族……正式には『森人族』。魔力媒体は額の魔石。魔石には視覚もあり、暗視も可能。自然と魔法に愛された種族。基本的に排他的、閉鎖的で、自分達の森を縄張りとして、侵入者を許さない」
ラスは森を進みながら、エルフについての情報を整理していた。彼の目的は奴隷解放。そして襲撃者の皆殺しである。だがそのために、今はエルフと交戦中だ。奴等に恨みが無いことは無い。喜んで殺そう。
「次は、正面からは来ないだろうな。警戒しないと」
ラスは、昨日と今日でもう10人ほどエルフを殺している。それは森の王の耳に入っているだろう。ここまでくると、もう相手を人族だと侮ることなく、本気で来る。
と、考えている内に死体を発見した。エルフではない。角と尻尾がある。竜人族だ。
「……50人って言ったか。ひとりくらい、生きてないか?」
その死体を皮切りに、横転した『虹の国』の馬車や折られた旗など、死体も含めて。朝レナリアが見たものより悲惨な光景が広がっていた。
――
「馬車か。何故発見が遅れた?」
「斥候との連絡が途絶えた。言ったろ、人族にやられたって」
「なんだそりゃ。斥候って乳飲み子がやってるのか?」
声がした。聞く限りエルフである。荷車の中に隠れるレナリアは、すぐに笛を咥えて息を潜めた。
エルフ達は馬車に近付いてくる。
「水だ。さっきまで誰か居たらしい」
「荷車に居ないか? 透視しろよ」
「!」
エルフの魔石は、魔力を持つ者のみを感知する能力がある。今使われれば、即座にレナリアは見付かるだろう。
笛を吹くために息を吸い込む。
「ちょっと待て。あっち、なんだ?」
「は? ……煙?」
しかし、エルフ達はそれを止めた。レナリアも笛を寸でで止める。
「……おい火事か? 誰だ?」
「知らねえよ。敵だろ、殺せ」
「行くぞ」
彼らは馬車から離れていく。方向は、ラスの向かった先だ。レナリアは彼らの言葉から、ラスが『火葬』したのだと察した。
だからこそ。
「!」
思い切り、笛を吹いた。
――
「!? 何の音だ!」
エルフ達は混乱する。目の前に火事があり、侵入者の可能性が高い。森を焼かれるのは彼らにとって家を焼かれるのと同じだ。すぐに向かわなければならない。
しかし、先程の馬車の方から、奇妙な音が響いた。甲高く、森に響き渡る大きな笛の音。
エルフのひとりが即座に魔石で中を覗く。
「ちっ! 人族の女だ!」
「人族なら放っとけ! 火事の方へ行くぞ!」
たかが人族。まだ彼らは侮っていた。貧弱な『魔無し』には、何もできやしないと。
だが、一瞬。
後ろを向いて、意識を馬車へ向けた。咄嗟の笛の音に、前方への警戒を解いたことが。
彼らの敗因だったのだろう。
「ぎゃ……!」
「!?」
大きく踏み込んで、力一杯剣を振る。それで首を薙ぐだけで、人族であろうとエルフを殺せる。問題はそれまでの過程をどうするか。遠視と透視と魔力感知を使い遠距離から即死攻撃をノーリスクで連射するエルフとの距離をどう詰めるか、なのだが。
簡単である。ひとつは注意を他へ向ければ良い。永い迫害の歴史の中に埋もれ、彼らは『魔法を持たない者達』の戦い方を忘れてしまったのだ。
「敗北者はいつだって戦ってすらいない。勝利者はいつだって、戦わずに勝つからだ」
瞬時にエルフふたりの喉を掻き切ったラスが、現れる。またしても死体から魔石を抉り取り、悠々と馬車へ戻ってきた。
「待たせたな」
「……無事ですか」
荷車へ入ってきた人物がラスだと分かると、レナリアはほっとして息をついた。
「あんたのお陰でな。さあ、森を出るぞ。流石に部族全部を相手にはできない」
と言って、ラスはレナリアを担ぎ上げ、荷車を降りる。
「馬車は捨てるのですか?」
「身軽じゃねえしな。血痕もある。馬1頭で充分だ」
ラスは馬を荷車から離し、レナリアを乗せてから飛び乗った。
「乗馬は?」
「当たり前だろ。集落でも馬くらい飼ってたよ」
――
「……やはり全滅、でしたか」
「ひとりだけ生きてたよ。んで、これを渡された」
森の悪路をものともしない襲撃者の馬。駆ければ30分ほどで出口に辿り着いた。
「道中エルフに見付かりませんでしたね」
「消火に必死なんだろ」
ラスは後ろで自分に掴まるレナリアに、1本の小瓶を渡した。透明な瓶で、中に赤い液体が入っている。
「……上級治癒薬。ハイポーション」
「魔法の薬か。良かったな」
「その生き残りは?」
「もう死んだよ。腹に槍が刺さってた」
寧ろそれで生きていた生命力は、流石竜人だとラスは讃えた。
「そうですか」
「それ飲めば治るのか?」
「傷口は塞がりますが、生えては来ません。失った肉体の蘇生は、できないのです」
「……そっか。……飲まないのか?」
「……揺れる乗馬中に飲めるほど器用ではありません」
「ん……なるほど」
――
ふたりは森を出た。レナリアは振り返る。巨大な森だ。地図上でもその存在感を発揮しているほど。
通常、ひとつの森にエルフ族はひとつ。しかしこの森には、いくつかのエルフの部族(と人族の集落)が同居している。ラスが戦ったのがどの部族か分からないが、ここまであっさりと『森の種族』から逃げられたのは、そうした事情による情報伝達の粗があったのかもしれない。
今は、燃え広がる炎の対処に追われているだろう。追っ手も来ない。ラスの手際は、やはり流石と言える。
「これからどうするのですか?」
森から出たと言っても、レナリアの目指す虹の国へは普通の馬では1ヶ月から2ヶ月程度掛かる。
「人族の集落へ寄る。俺の集落と定期的に交流してる集落があるんだ。全滅の報せと、あんたの凱旋の協力を要請する」
「……人族の集落」
レナリアひとりでは、決して思い付かなかった経路だ。奴隷でない人族に出会ったのもラスが初めてである。だがここで、レナリアは不安に襲われる。
「……人族の社会では、私は疎まれるのでは……無いでしょうか」
人族の中には、底知れない『怒り』がある。ラスを見てそれを知った。ならば人族の集団にひとりだけ亜人が現れれば、自分は糾弾されるのではないか。捕まり、積年の恨みと拷問されるのではないか。
それともそれこそがラスの目的では――
「不安なら人族の振りをしたら良い。魔石を持つエルフが気付かないんだ。薬を飲んでからも包帯を取らず、背中を隠したら良い。片角は……髪飾りってことにしよう」
「!」
レナリアは自分を恥じた。ラスの『怒り』は本物なのだ。それはレナリア自身が身をもって保証できる。だとするならば、亜人の王たる自分を短絡的に復讐するのではなく、人族全ての下克上を達成するため、生かして利用するだろう。そもそもそういう契約である。この期に及んで我が身を可愛く思ってしまったと、反省した。
「ラスは私を、恨んでますか」
「なんでだ? 言ったろ、千載一遇の好機だっ……ああ、そういう意味か」
震えるように訊ねたレナリアの言葉の真意を、ラスは返答中に気付く。
自分のせいで集落を崩壊させたこと、ではなく。世界に対して、歴史に対して。亜人が支配するこの時代の責任は、『虹の暦』とする世界の責任は。
人族に対する世界の待遇は。もしかしたら、いや。
もしかせずとも。
「力を持つ奴が上に立つのは必然だ。この世は弱肉強食だからな。自然の摂理に反してるのは寧ろ俺の方だ。あんたは気にしなくて良い」
自分の責任なのだと、レナリアは強く思った。
「おかしいと思ったことはあるけどな。俺達(人族)もあんたら(亜人族)も、中身は同じなんだ。つまり知能や感情は。魔法の有無と、身体的特徴が少し違うだけ。同じ知性を持つ者なのに、何故優劣があるんだ、てな。答えは単純に武力なんだが」
そう。中身は同じなのである。皆、人だ。竜人族も人族も、森人族も。同じように喜び、怒り、生きている。
時代の王として、世界の安定を考えねばならないレナリアは、今までそれを知らなかった。自国民の安定のみを考え、他国、他種族に「情」を抱いたことはなかった。
しかし、知ってしまった。最弱の奴隷である人族の怒りを。悲惨な過去を。
「亜人は嫌いだよ。だけど今のあんたを見て何かしてやろうとは思わないさ。それが『人』だ。あんたが高級そうな衣服を纏って、護衛の兵士なんかを侍らせて、偉そうに大きな椅子にでも座っていれば違ったろうけどな」
レナリアは決心した。これからの私の人生は、大恩ある人族のために使おう、と。奴隷を解放し、ラスの作る人族の国と、友好を結ぼうと。弱小国だろうから、虹の国として最大限守ろうと。
「大丈夫さ。そこは俺の生まれ故郷でもある」
「……感謝します、ラス」
「……おう……?」
レナリアはラスを掴む力が強くなり、そう言葉を絞り出した。
次の日の朝。
「……?」
レナリアは異臭で目が覚めた。満身創痍を引きずり、テントを出る。木と枝に繋いだ幕に過ぎないが、寝心地は悪く無かった。
「……え……!」
テントから顔を出して、外を確認する。【異臭は、死臭だった】。
凄惨な光景が広がっていた。倒れているのは数人のエルフ族。そのどれもが死んでいる。そしてその全てのエルフ族から、額の魔石が抉り出されていた。
「……起きたか」
「!」
立っていたのは、ラスひとりだった。今、最後の魔石を取り出した所だった。
「……おはようございます。これは、どう……いうことですか?」
もう、大体何が起きたかは想像できたが、だが疑問である。ただの人族でしかない彼が、どのようにしてエルフ族を相手に無傷で勝つことができるのか。
「すまんがすぐに出発だ。奴等の本隊が今来たら、さすがに勝てん」
だがラスははぐらかし、手際よくテントを回収しレナリアを担ぎ上げる。
「……もう少し、なんとかなりませんかね」
まるで俵のように肩に担がれたレナリアは、言ってしまえば無様であった。
「ああ。早く馬を回収しよう。襲撃者の馬車は無事な筈だ」
「!」
まずは、襲撃された地点へ向かう。当初の予定通り、ふたりは森を掻き分けて進んでいった。
――
「あった。荷車も無事だ」
道に出ると、昨日のそのまま、馬車があった。馬も無事だが、少し弱っているようだ。
ラスが殺した襲撃者の死体は無かった。あの逃げたひとりがあの後、片付けたのだろうか。
「……中を。私の服と、切り落とされた角と尻尾があります」
「ああ」
ラスは水筒に用意してあった水を桶に入れ、馬に差し出してから荷車の中を覗いた。
「……私の、竜尾」
昨日はここからレナリアを運び出したラスも、よく見たわけではない。中は、真っ赤な血があちこちに飛び散っていた。全て、レナリアの血なのだろう。相当暴れた形跡があった。
レナリアはラスに降ろしてもらい、這いずっていく。中に落ちていた自らの尻尾を、恐る恐る手に取った。
彼女の竜鱗と同じ、金に虹色の輝きを持つ鱗で覆われた、細く長い尻尾。先端の鱗は二股に別れており、魔法に関係する用途があったのだろうと想像できる。
「それ、どうするんだ」
ラスは中を見回し、残りの角と鱗を拾ってレナリアへ手渡す。
「……もう、私の身体には戻らないものです。売るか、武具の素材にするか、装飾に使うか。どうするかと問われれば、それくらいしか思い付きません」
悲しい声で答えるレナリア。大事そうに抱く鱗を、ラスはひょいと取り上げた。
「あ……」
「じゃ、貰うぜ」
「……良いですけど、何故?」
「まあ、報酬の一部にしてくれ。……ここはまだエルフの森だ。急いで出る必要がある。俺はあんたらの生き残りが居ないか見てくるから、あんたはそこで待ってな」
と、ラスは何かを取り出してレナリアへ渡した。
「笛、ですか」
「奴等が来たら吹いて俺に報せてくれ」
それだけ言って、荷車から降りていった。
――
「エルフ族……正式には『森人族』。魔力媒体は額の魔石。魔石には視覚もあり、暗視も可能。自然と魔法に愛された種族。基本的に排他的、閉鎖的で、自分達の森を縄張りとして、侵入者を許さない」
ラスは森を進みながら、エルフについての情報を整理していた。彼の目的は奴隷解放。そして襲撃者の皆殺しである。だがそのために、今はエルフと交戦中だ。奴等に恨みが無いことは無い。喜んで殺そう。
「次は、正面からは来ないだろうな。警戒しないと」
ラスは、昨日と今日でもう10人ほどエルフを殺している。それは森の王の耳に入っているだろう。ここまでくると、もう相手を人族だと侮ることなく、本気で来る。
と、考えている内に死体を発見した。エルフではない。角と尻尾がある。竜人族だ。
「……50人って言ったか。ひとりくらい、生きてないか?」
その死体を皮切りに、横転した『虹の国』の馬車や折られた旗など、死体も含めて。朝レナリアが見たものより悲惨な光景が広がっていた。
――
「馬車か。何故発見が遅れた?」
「斥候との連絡が途絶えた。言ったろ、人族にやられたって」
「なんだそりゃ。斥候って乳飲み子がやってるのか?」
声がした。聞く限りエルフである。荷車の中に隠れるレナリアは、すぐに笛を咥えて息を潜めた。
エルフ達は馬車に近付いてくる。
「水だ。さっきまで誰か居たらしい」
「荷車に居ないか? 透視しろよ」
「!」
エルフの魔石は、魔力を持つ者のみを感知する能力がある。今使われれば、即座にレナリアは見付かるだろう。
笛を吹くために息を吸い込む。
「ちょっと待て。あっち、なんだ?」
「は? ……煙?」
しかし、エルフ達はそれを止めた。レナリアも笛を寸でで止める。
「……おい火事か? 誰だ?」
「知らねえよ。敵だろ、殺せ」
「行くぞ」
彼らは馬車から離れていく。方向は、ラスの向かった先だ。レナリアは彼らの言葉から、ラスが『火葬』したのだと察した。
だからこそ。
「!」
思い切り、笛を吹いた。
――
「!? 何の音だ!」
エルフ達は混乱する。目の前に火事があり、侵入者の可能性が高い。森を焼かれるのは彼らにとって家を焼かれるのと同じだ。すぐに向かわなければならない。
しかし、先程の馬車の方から、奇妙な音が響いた。甲高く、森に響き渡る大きな笛の音。
エルフのひとりが即座に魔石で中を覗く。
「ちっ! 人族の女だ!」
「人族なら放っとけ! 火事の方へ行くぞ!」
たかが人族。まだ彼らは侮っていた。貧弱な『魔無し』には、何もできやしないと。
だが、一瞬。
後ろを向いて、意識を馬車へ向けた。咄嗟の笛の音に、前方への警戒を解いたことが。
彼らの敗因だったのだろう。
「ぎゃ……!」
「!?」
大きく踏み込んで、力一杯剣を振る。それで首を薙ぐだけで、人族であろうとエルフを殺せる。問題はそれまでの過程をどうするか。遠視と透視と魔力感知を使い遠距離から即死攻撃をノーリスクで連射するエルフとの距離をどう詰めるか、なのだが。
簡単である。ひとつは注意を他へ向ければ良い。永い迫害の歴史の中に埋もれ、彼らは『魔法を持たない者達』の戦い方を忘れてしまったのだ。
「敗北者はいつだって戦ってすらいない。勝利者はいつだって、戦わずに勝つからだ」
瞬時にエルフふたりの喉を掻き切ったラスが、現れる。またしても死体から魔石を抉り取り、悠々と馬車へ戻ってきた。
「待たせたな」
「……無事ですか」
荷車へ入ってきた人物がラスだと分かると、レナリアはほっとして息をついた。
「あんたのお陰でな。さあ、森を出るぞ。流石に部族全部を相手にはできない」
と言って、ラスはレナリアを担ぎ上げ、荷車を降りる。
「馬車は捨てるのですか?」
「身軽じゃねえしな。血痕もある。馬1頭で充分だ」
ラスは馬を荷車から離し、レナリアを乗せてから飛び乗った。
「乗馬は?」
「当たり前だろ。集落でも馬くらい飼ってたよ」
――
「……やはり全滅、でしたか」
「ひとりだけ生きてたよ。んで、これを渡された」
森の悪路をものともしない襲撃者の馬。駆ければ30分ほどで出口に辿り着いた。
「道中エルフに見付かりませんでしたね」
「消火に必死なんだろ」
ラスは後ろで自分に掴まるレナリアに、1本の小瓶を渡した。透明な瓶で、中に赤い液体が入っている。
「……上級治癒薬。ハイポーション」
「魔法の薬か。良かったな」
「その生き残りは?」
「もう死んだよ。腹に槍が刺さってた」
寧ろそれで生きていた生命力は、流石竜人だとラスは讃えた。
「そうですか」
「それ飲めば治るのか?」
「傷口は塞がりますが、生えては来ません。失った肉体の蘇生は、できないのです」
「……そっか。……飲まないのか?」
「……揺れる乗馬中に飲めるほど器用ではありません」
「ん……なるほど」
――
ふたりは森を出た。レナリアは振り返る。巨大な森だ。地図上でもその存在感を発揮しているほど。
通常、ひとつの森にエルフ族はひとつ。しかしこの森には、いくつかのエルフの部族(と人族の集落)が同居している。ラスが戦ったのがどの部族か分からないが、ここまであっさりと『森の種族』から逃げられたのは、そうした事情による情報伝達の粗があったのかもしれない。
今は、燃え広がる炎の対処に追われているだろう。追っ手も来ない。ラスの手際は、やはり流石と言える。
「これからどうするのですか?」
森から出たと言っても、レナリアの目指す虹の国へは普通の馬では1ヶ月から2ヶ月程度掛かる。
「人族の集落へ寄る。俺の集落と定期的に交流してる集落があるんだ。全滅の報せと、あんたの凱旋の協力を要請する」
「……人族の集落」
レナリアひとりでは、決して思い付かなかった経路だ。奴隷でない人族に出会ったのもラスが初めてである。だがここで、レナリアは不安に襲われる。
「……人族の社会では、私は疎まれるのでは……無いでしょうか」
人族の中には、底知れない『怒り』がある。ラスを見てそれを知った。ならば人族の集団にひとりだけ亜人が現れれば、自分は糾弾されるのではないか。捕まり、積年の恨みと拷問されるのではないか。
それともそれこそがラスの目的では――
「不安なら人族の振りをしたら良い。魔石を持つエルフが気付かないんだ。薬を飲んでからも包帯を取らず、背中を隠したら良い。片角は……髪飾りってことにしよう」
「!」
レナリアは自分を恥じた。ラスの『怒り』は本物なのだ。それはレナリア自身が身をもって保証できる。だとするならば、亜人の王たる自分を短絡的に復讐するのではなく、人族全ての下克上を達成するため、生かして利用するだろう。そもそもそういう契約である。この期に及んで我が身を可愛く思ってしまったと、反省した。
「ラスは私を、恨んでますか」
「なんでだ? 言ったろ、千載一遇の好機だっ……ああ、そういう意味か」
震えるように訊ねたレナリアの言葉の真意を、ラスは返答中に気付く。
自分のせいで集落を崩壊させたこと、ではなく。世界に対して、歴史に対して。亜人が支配するこの時代の責任は、『虹の暦』とする世界の責任は。
人族に対する世界の待遇は。もしかしたら、いや。
もしかせずとも。
「力を持つ奴が上に立つのは必然だ。この世は弱肉強食だからな。自然の摂理に反してるのは寧ろ俺の方だ。あんたは気にしなくて良い」
自分の責任なのだと、レナリアは強く思った。
「おかしいと思ったことはあるけどな。俺達(人族)もあんたら(亜人族)も、中身は同じなんだ。つまり知能や感情は。魔法の有無と、身体的特徴が少し違うだけ。同じ知性を持つ者なのに、何故優劣があるんだ、てな。答えは単純に武力なんだが」
そう。中身は同じなのである。皆、人だ。竜人族も人族も、森人族も。同じように喜び、怒り、生きている。
時代の王として、世界の安定を考えねばならないレナリアは、今までそれを知らなかった。自国民の安定のみを考え、他国、他種族に「情」を抱いたことはなかった。
しかし、知ってしまった。最弱の奴隷である人族の怒りを。悲惨な過去を。
「亜人は嫌いだよ。だけど今のあんたを見て何かしてやろうとは思わないさ。それが『人』だ。あんたが高級そうな衣服を纏って、護衛の兵士なんかを侍らせて、偉そうに大きな椅子にでも座っていれば違ったろうけどな」
レナリアは決心した。これからの私の人生は、大恩ある人族のために使おう、と。奴隷を解放し、ラスの作る人族の国と、友好を結ぼうと。弱小国だろうから、虹の国として最大限守ろうと。
「大丈夫さ。そこは俺の生まれ故郷でもある」
「……感謝します、ラス」
「……おう……?」
レナリアはラスを掴む力が強くなり、そう言葉を絞り出した。
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森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
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