BLACK OUT ~ 角折れた竜王と最弱種族の男

弓チョコ

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序章:人族と亜人族

第1話 竜の女王と人族の男

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 我々の知らない世界の話。
 空を飛ぶ種族と、視点を変える魔法により、彼らは早い段階で『地上は丸い』と知った。『星』という概念ができ、彼らは大地が有限だと理解した。

――

 古来より生物は、同じ種族同士で集まって暮らした。
 規模の単位は通称、集落、村、町、都市、国。
 ここに、世界最大の人口を持つ国がある。名は『虹の国』。由来は、「色々な種族を受け入れる」という意味が込められている。
 世界は、この虹の国を中心に回っていた。歴史もまた同じ。

【虹の暦200年】

 つまり、虹の国建国よりちょうど200年目である。王は7代目にして初の女王『レナリア・イェリスハート』。種族は人間……ではない。
 この世界には、「色々な種族」が存在する。虹の国は、元は小さな町だった。何年もかけ、都市へ。そして国へ。現在の「世界最大」になるまではまた100年かかった。
 レナリア女王の種族はこうだ。
 体格は人間と大差無い。しかし誰が見ても判るような「角」が、その頭から生えている。額ではない。左右の耳の上、こめかみより少し後ろ。その辺りから後頭部へ向けて後ろ向きに、まるで装飾品のように。連なった鱗のような拳大の「角」が生えている。それは根元は太く、先端になるに連れて細くなる。
 『竜角』と呼ばれる角だ。彼女らの種族は『竜人族』と言う。
 竜人族の身体的特徴は頭の角だけではない。彼らには尻尾がある。『竜尾』と言う。鱗に覆われながらも指で作った輪に通るほど細い尻尾は、鞭のようにしなり、長さは地に着くほど。勿論神経が通っており筋肉もある。鱗を研げば武器にもなる。
 そしてその背中。『竜角』から『竜尾』まで、直線で凡そ脊髄の上を、守るように鱗が生えている。『竜鱗』である。これの大きさや配置などには個人差がある。背中全体を覆う巨大な竜鱗を持つ者も居る。女王の竜鱗は綺麗に、まるでステンドグラスのように並べられているという。

――

 さてこの物語は、そんな世界最大の『竜人の女王』レナリア・イェリスハートが友好国であった王位継承の儀式への参列を終え、帰国を目指し歩みを進めている時。
 【】から始まる。

――

「んー! んー!」
 世界の女王と言えども、年齢は【僅か28歳】。若すぎる女王。護衛が全て倒されたレナリアは、抵抗虚しく何者かに連れ去られる。現在手足を縄で縛られ猿轡をされた所だった。
「おい、早く竜尾を切れ。得意の変身魔法を使われたらやばい」
「分かってるよ……っと、しっかり抑えてろ」
「んんー!」
 夜。ここは森の中だ。索敵能力が下がる所を狙って襲撃したのだろう。今回の使節団は全部で50人であったが、襲撃者は傭兵を雇い100人以上で襲った。現在は任務を終了しその場を離脱し、雇い主が数人でレナリアを馬車で運んでいる。
「んんんん! んんん!」
 猿轡の下から叫びを上げる女王。今、何者かにより竜人の象徴たる竜尾が戦斧にて。まな板の上の肉を切るように
「んんーー!!」
 必死に叫ぶが、夜の森に吸い込まれていく。
「あとは?」
「角だ。ふたつとも取ると死ぬらしい。片方だけにしとけ」
 嫌に冷静な彼らは、血が止まらないレナリアをうつ伏せに抑えて、さらに角を切り落とし、竜鱗を剥がす。
「丁寧にやれよ。……本来ならこんな馬車でやる作業じゃないんだが、時間がない」
「んんんん!」
 レナリアの悲痛な声が、猿轡に揉み消される。そのまま馬車は、悪路をものともせずに夜の森へ消えた。

――

 作戦は成功した。【かに見えたが】。
「うおっ」
 馬車を駆る御者は、前方に人影を確認し、慌てて馬車を止めた。
 その勢いで、荷車のふたりとレナリアは激しく揺られる。
「おっと……おいどうした?」
「分からねえ! 馬車が止まりやがった!」
「?」
 御者からの声。ふたりはレナリアを荷車の柱に縛り付け、馬車を降りた。
「なんだよ全く。おい、暗視魔法を……」
「!?」
 次の瞬間、ふたりは何かに足を引っ掛けたように、地面に転けてしまう。
「うおっ。なんだ!? 良く見えねえ!」
「草が絡まったのか? ……ったく、なんなんだよ」
 ふたりが立ち上がろうと見上げると。
「?」
 自分達以外の『気配』がした。
 彼らの前に立つひとりの男。その男の種族こそ、何の装飾も、角も尻尾も無い人の姿だ。この世界では『人族』と言う。【最弱の種族】。何も持たない『奴隷』の種族。勿論虹の国の護衛などでは無い。
 彼の名は『ラス』。この森に隠れ暮らす人族の集落の若者だった。

――

 この世界には魔法と呼ばれる現象がある。魔力を使って行うそれは、あらゆる種族の生活を根本から支える無くてはならないものだ。生活用水に水の魔法。料理に火の魔法。移動に風の魔法。様々な種類がある。
 前提として、『人族』は魔法を使うことはできない。竜人族のような角(魔力を感知するアンテナ)や尻尾(魔力を伝導させるアース)も無く、文字通り何もないのだ。我々の良く知る普通の『人』と同じく、魔法など使える筈は無い。そして、我々の世界では魔法の代わりとなる『科学』も、この世界では発達させられていない。人族以外の種族、否【人族以上の種族】が存在しているからである。
「死ねっ」
「誰だっ!」
 襲撃者ふたりは勧告も無く、地に伏したまま魔法を放つ構えを取る。それは巨大な炎の塊で、襲撃者の右手の平から湧き出た。大抵の生物はこれで即死である。何せ炎の塊だ。対象を燃やし、酸素を奪い、灰と炭にする。
 だが、それが発射される前に。
「――ぎゃ!?」
 襲撃者は突如として地面に縫い止められた。『人族』の男は剣を使い、襲撃者の右手に突き刺した。精製された炎の塊は空中分解するように消えた。
「おい!?どうした――」
 そして近付いたもうひとりの襲撃者も同じように倒れた。
「……ぐおおっ!?」
 最後のひとり。御者であるが彼は暗闇で遠く、ラスを見て『人族』とは分からなかった。危険を感じ、さっさと逃げてしまった。
「………このっ」
 ラスはわなわなと震えながら、腰に差した短剣を抜いた。そして倒れている襲撃者達に近寄っていく。
「…………」
 襲撃者は何故か、既に失神ブラックアウトしていた。

――

「ん……んんっ」
 御者が倒れた拍子に、荷車のカーテンが少しずれて外の景色を覗かせた。
 息も絶え絶えながら、なんとか脱出しようと試みるレナリアはその様子を見た途端、目を疑った。
 彼女が暗闇で見えたのは魔法ではなく、単純に『竜』としての視力故である。
「!?」
 襲撃者達が倒れている。ふたりだ。そして、その襲撃者に短剣を突き立てる『人族』の姿が見受けられた。
「この野郎! 許さねぇ! !」
 叫ぶラス。その暗がりでよく見えないが、表情は憤怒に満ちていると分かった。たかが人族ひとり。魔法ひとつで消し飛ぶ小さな命。
 しかしその鬼のような形相と、怒りの込められた声を目の当たりにしたレナリアは、彼に少しだけ恐怖した。
 そして……ラスの短剣が襲撃者達の喉元に深々と突き刺さった。

――

――

「ごほっ! けほっ! ………はっ」
 自身の咳と共に目覚めた。レナリアは、あの後すぐに気絶してしまったのだと理解する。
「……ここは……痛っ!」
 木造の、小屋だろうか。窓から日が差している。藁の上で寝ていたようだ。起き上がろうとしたが右の後頭部と背中、腰の激痛により悶えて失敗する。
 よろよろと手で確かめる。頭には包帯が巻かれてあった。気絶している間に誰かが止血と治療をしてくれたのだ。背中にも包帯が巻かれている。レナリアは衣服を身に付けてはいなかった。襲撃されたときに剥ぎ取られたのだ。
「…………ぅ」
 治療自体は見事な手際だった。レナリア(竜人族)にはできない。何故なら『治癒魔法』がある限り、医療用の道具と知識は必要無いからだ。
「……ぅぅうう……!」
 今まであった当たり前の、肉体の一部。角と尾が無くなっている。切断されたのだ。背中の竜鱗も何枚か剥がされた。余りにも急な事件。【痛いでは済まない痛さ】。右の頭部は毎秒金属の塊を叩き付けられているように揺れ、背中は剣山に寝転がったように刺さり、尻尾のあった付け根は先の感覚が無い恐怖が覆っている。竜人にとっては想像も絶する拷問。だがそれは現実なのだと、燃え盛る痛みが告げた。
「……く……きゃあ!」
 それでも彼女は、王である。体内に残存する僅かな魔力を使い、痛みを最大限和らげる。
 なんとか起き上がろうとしたが、バランス感覚まで狂ってしまったのか、扉の前で転けてしまい、扉を壊して外へ出てしまった。なんて脆い小屋なのだと思いながら、顔を上げる。
「……あなた」
 小屋の前には、切り株があった。そこに、昨日の人族の青年が座っていた。黒髪の短髪。こちらには目を向けず、ただ向こう側を見ていた。この小屋は丘の上に建てられていた。
「『竜人は2本足じゃ立てない』。……伝説は本当だったんだな」
「伝説?」
「あんたらじゃ噂程度だろうが、俺達に取っちゃ伝説なんだよ」
 ラスはなおも、じっと何かを凝視している。レナリアは這いずりながら切り株へ辿り着き、よじ登るように手を付いた。するとラスはようやくこちらを向き、レナリアを、自分の隣に座らせた。
「ちょ……」
 レナリアは戸惑ったが、抵抗もできないのでそのままちょこんと座った。
「世界最大『虹の国の少女王』竜王レナリア・イェリスハート。だったか。俺達の間じゃ架空の人物だったよ」
 レナリアの年齢は28歳。だが見た目は、精々10代前半の少女であった。竜人族。その平均寿命は約150~160歳。その身体的成長は、人族と比べると著しく遅いのであった。
「………これは」
 だが、抱き上げられた女王の赤面は、すぐに消えた。目の前の光景が、余りにも凄惨であったからだ。
 丘の下には、集落があった。今はもう無い。何者に襲撃されたのかは分からないが、家は全て潰れ、無惨な死体がそこらじゅうに横たわっている。ここは風上なのか、その臭いは丘の上までは届いていない。
「俺達の集落だ。昨日壊滅した。首長の家だけは無事だったから、あんたを寝かせた」
「!」
 脆く汚ない小屋だと思ったが、そこは人族の首長の家だった。竜人に当て嵌めると【レナリア自身の王宮に該当する】建物。如何に人族が脆弱な種族か知識では知っていたが、この時初めて、彼女は実感した。人族の最高クラスの豪邸が、あのボロ小屋なのだ。
「昨日のあれは、一体なんだ? あんたを狙ったのか? その『ついで』に、俺達(人族)の国は滅んだのか?」
「――!」
 ラスは続ける。襲撃者が雇った傭兵は100人。統率はあまり取れないだろう。好戦的な者達だ。道すがら通り掛かった弱小種族の集落を襲い、金品や食料を奪っていったと容易に想像できる。
「俺達は……細々と。誰にも迷惑掛けず暮らしてきたつもりだ。『亜人族』様に見付からないように。何かの間違いで怒りを買い、滅ぼされないように」
 亜人とは、人族以外の、人族以上の種族のことだ。
「…………」
 レナリアは、掛ける言葉が見付からなかった。自分以外、種族が全て滅びる感覚。想像しても、まるで実感できない。彼はどれほど絶望しているのか。
 ……その言葉が、身体の痛みと同化して彼女の体内で反芻される。
「だがもう……『キレた』。俺の怒りを買ったのは奴等だ。喧嘩を売ったのは奴等だ。【根絶やしにしてやる】」
 ラスの表情。それは昨日見た『怒り』の化身のような、鬼の形相だった。レナリアはまた、その緊張感に充てられごくりと生唾を飲み込んだ。
「……あなた、名前はあるの?」
 だが仮にも世界最大国の女王。目の前の恐怖に克つ精神力など基本として押さえている。
「……あんたら(亜人)にとっちゃ、人族は獣と同じか」
 その一言に、礼を失したとはっとした。
「失礼しました。私の命の恩人の、名を聞かせてください」
「……ラスだ」
「ラス。申し遅れました。私はレナリア・イェリスハート。昨日は助けていただき、誠にありがとうございます」
 レナリアは深く頭を下げようとして、距離が近すぎだと思い、ただラスの顔を見上げた。ラスは依然として、レナリアと目を合わせようとしない。
「それで、あの……」
「あんた、これからどうするんだ?」
 ラスはレナリアを遮って訊ねた。ラスはもう、無表情に戻っていた。
「……なんとかして、国へ帰ります。私を狙う理由は分かりませんが、私に『ここまでした』のです。奴等は諦めないでしょう。向こうも、もう取り返しが付きません。何がなんでも追ってくる」
「まともに歩けないのにか」
「……それでも、帰らなければ民が危ない」
「……こんな時まで民の心配か。種族は違っても変わらないな」
「え?」
「なんでもない。じゃあ、頑張れよ」
 ラスは切り株から立ち上がり、裸のレナリアへ上衣を羽織らせてから、集落跡へと降りていった。仲間達の葬送だろうか。

――

「……よ、よし」
 レナリアは、小屋の壁を使ってなんとか立ち上がった。姿勢を保とうとする度に尻尾の生えていた場所が痛む。普段どれほど尻尾を頼りに生活していたのかを痛感した。
「……森から国へは、北北東に進めばいつかは辿り着く筈。馬に風の魔法を付与して5日の距離ですから、歩けば……早くて半年でしょうか。今の私の速度では、2年以内に着けば御の字ですかね……」
 冷静に考えれば考えるほど、無事に帰れる可能性は絶望的になる。
「だけど挫けている暇は無い。まずは襲撃地点に戻り、生存者か馬か、何か使えるものを見付ける」
 ひとりでも生存者が居ればこれほど心強いこともない。馬があればもっと早く帰ることができる。まずは襲撃された場所を目指そうと、よろよろと不安定ながら、レナリアは2本足で歩き始めた。

――

「……はぁ……はぁ。……く」
 そうして、どれほど経っただろうか。数歩歩き、倒れ、また立ち上がり。もう陽が傾き始めている。
 丘を転がるように降り、地を這いつくばってようやく、森の入り口へ辿り着いた。身体中が熱い。【魔力を使わずに運動するとこうもエネルギーを消費するのか】と、レナリアは思った。
「……熱い……?」
 ふと、冷静になった。この熱は、レナリアの中から来ているものではなかった。
「!」
 パチパチと音がした。赤い。これは炎だ。見ると……。
 人族の集落がまるごと燃えていた。

――

「火事……」
「違う。だ」
 レナリアの呟きに答えが返ってきた。松明を持ったラスがすぐそこに居た。目を閉じ、燃え盛る集落の方へ頭を下げている。
「なんですか、それ?」
 レナリアはその行為の意味が分からなかった。
「あんたには関係無えよ」
 彼は先程見た格好とは違った装いだった。やはり目は合わせないが、レナリアはもう気にしなかった。
 拳がふたつ入るくらいの、革で出来た収納ケースが連なってベルトに通され、袈裟懸けで2本装着し、また腰にも同じようにベルトを通している。腰のベルトにはロープや短剣が提げられている。その上から厚手のコートを纏い、一見して軽装に見える。
「……旅荷、ですか?」
「軽装と思うか? 大荷物で良いことは無い。身軽さが一番だ。……あんたらは、重装備でも軽快に駆けるんだろうがな」
 そう言って、ラスはレナリアに近付き、右肩に乗せるよう俵持ちに持ち上げた。
「ちょ……何を」
 まともに動けず、魔法も使えない。抵抗などできない。レナリアは、ラスを『力強い』のだと錯覚した。
「ひとりで森に入ると死ぬぞ」
「だからと言って、こんな……ちょっと」
 彼が何を考えているか分からない。レナリアは己の無力さと恥ずかしさを感じながら、ラスに担がれて森へ入っていった。
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