4 / 99
第4話 再会
しおりを挟む
ルクシルア共和国。ラビア王国の西側に隣接して位置する小さな国だ。芸術と文化の街と言われ、世界で一番大きな美術館がある。当然、クリューとオルヴァリオの目当てもその美術館にある。
「やっと着いたか。隣国へ来るだけで1週間とはな」
「……お前が道中油を売っていたからだろうオルヴァ」
「いやいや、せっかくの旅は楽しまないとな」
どこかで買った名産品の菓子か何かを頬張るオルヴァリオ。クリューはやれやれと肩を竦める。
「今は丁度、一般公開してるみたいだな」
「してない時があるのか」
新聞と地図を買ってきたオルヴァリオがそれを広げて説明する。国が違うが、しかし陸続きな為に言語は変わらない。街の様子も大きくは変わらない。
ラビアとルクシルアは同盟国である。戦争の渦中に無いこの二国間の移動は比較的安全で楽にできた。
「研究に集中する時は公開しないんじゃないか? 詳しくは分からねえが」
「とにかく行こう。早く会いたい」
「おうおう。お熱いね」
クリューはもう待ちきれなかった。彼自身、10年間会っていない。あれを『会った』と表現するのもクリューくらいなのだが。
「……『グレイシア』、だってさ」
「何がだ?」
「『氷漬けの美女』だよ。そう呼ばれてるらしい」
「名前が分かったのか!」
「いーや、愛称さ。『氷漬けの美女』じゃ長いだろって。氷の『白色』と、『可愛らしい』を付けた造語だ」
「……なるほど」
この世界の言葉で、グレイは白、シアは愛らしい、と言った意味になる。だがクリューはやはり、本名を知りたがった。
「美術館はこの街の中心にある。そら、もう見えてるぜ」
「よし行こう」
まるで宮殿のようにも見える巨大な建造物が街の中心にあった。街のどこからでも、その姿が見えるくらいに大きい。ここはルクシルアの首都ではないが、同じくらい栄えているのだ。
「もはや、目玉だからな。入って一番最初な訳か」
「……!」
成人ふたり分のチケット代を叩き付ける勢いで美術館へ押し入るクリュー。そこまで焦らなくても彼女は逃げないとオルヴァリオは思ったが、クリューにとっては関係無い。
「…………やはり美しい。【心が浄化されていく】ようだ」
周りには何も、他の展示物は置かれていない。家がすっぽり入るような、縦にも横にも広い大きな空間に。その中心に。
ここだけ、冬が来たかのように冷えている。冷気が、クリューの顔を叩く。
質素な装飾のされた台座の上に。10年前のあの時のままの状態で。『彼女』が居た。
黒く輝く髪。見慣れない平たい顔のパーツ。小さな鼻と口。長い睫毛。少し露出が多目の、材質も分からない古代の服装。黄色に近い白い肌は血色も良く、今にも動き出しそうな姿で。
眠るように。四角錐の氷塊の中に浮かんでいた。
「こりゃすげえな。そもそも生きてるのか? 解かしたとして既に死んでないか? 普通」
オルヴァリオは、実物を見るのは初めてだと言う。あの見世物があった後に、クリューの街に引っ越してきたのだ。だが誰もがこれを見れば、一度は眼を奪われてしまうことは必然だ。クリューに至っては生涯に渡って心を奪われてしまった。
「……あまり考えないが、それならそれできちんと埋葬してあげたい。いずれにせよ、こんなところで晒し者になるのは彼女とて不本意に違いないだろう」
「まあ、そりゃそうだな」
オルヴァリオの疑問には、口だけで応える。目は、全て『彼女』へ向いている。美しい。やはり。10年経とうが、この気持ちは変わらない。
「綺麗だ。……冷たいだろう。苦しいだろう。氷を解かしてやりたい。断言できる。俺は氷なんかに閉じ込められていなくても。君をひと目見た瞬間に、君に心を奪われていただろう」
「…………」
普段は、冷静な男だ。喋り方も、考え方も。クリューの評価はそれで間違いない。彼は冷静沈着な男だ。
だが、それだけではない。オルヴァリオは知っている。クリューはとても、『熱い』男であると。
「今一度、決意が固まった。俺は必ずまたここへ戻ってくる。100億を集めてからじゃない。その解けない氷を解かしてからでないと、君の人生は停まったままなんだ」
「……解かせると良いな」
「解かすさ」
クリューはくるりと踵を返し、出口へと向かった。世界的な美術館へ、高い交通費とチケットを買って。『彼女』以外の他の品には一切目もくれずに。
「やっと着いたか。隣国へ来るだけで1週間とはな」
「……お前が道中油を売っていたからだろうオルヴァ」
「いやいや、せっかくの旅は楽しまないとな」
どこかで買った名産品の菓子か何かを頬張るオルヴァリオ。クリューはやれやれと肩を竦める。
「今は丁度、一般公開してるみたいだな」
「してない時があるのか」
新聞と地図を買ってきたオルヴァリオがそれを広げて説明する。国が違うが、しかし陸続きな為に言語は変わらない。街の様子も大きくは変わらない。
ラビアとルクシルアは同盟国である。戦争の渦中に無いこの二国間の移動は比較的安全で楽にできた。
「研究に集中する時は公開しないんじゃないか? 詳しくは分からねえが」
「とにかく行こう。早く会いたい」
「おうおう。お熱いね」
クリューはもう待ちきれなかった。彼自身、10年間会っていない。あれを『会った』と表現するのもクリューくらいなのだが。
「……『グレイシア』、だってさ」
「何がだ?」
「『氷漬けの美女』だよ。そう呼ばれてるらしい」
「名前が分かったのか!」
「いーや、愛称さ。『氷漬けの美女』じゃ長いだろって。氷の『白色』と、『可愛らしい』を付けた造語だ」
「……なるほど」
この世界の言葉で、グレイは白、シアは愛らしい、と言った意味になる。だがクリューはやはり、本名を知りたがった。
「美術館はこの街の中心にある。そら、もう見えてるぜ」
「よし行こう」
まるで宮殿のようにも見える巨大な建造物が街の中心にあった。街のどこからでも、その姿が見えるくらいに大きい。ここはルクシルアの首都ではないが、同じくらい栄えているのだ。
「もはや、目玉だからな。入って一番最初な訳か」
「……!」
成人ふたり分のチケット代を叩き付ける勢いで美術館へ押し入るクリュー。そこまで焦らなくても彼女は逃げないとオルヴァリオは思ったが、クリューにとっては関係無い。
「…………やはり美しい。【心が浄化されていく】ようだ」
周りには何も、他の展示物は置かれていない。家がすっぽり入るような、縦にも横にも広い大きな空間に。その中心に。
ここだけ、冬が来たかのように冷えている。冷気が、クリューの顔を叩く。
質素な装飾のされた台座の上に。10年前のあの時のままの状態で。『彼女』が居た。
黒く輝く髪。見慣れない平たい顔のパーツ。小さな鼻と口。長い睫毛。少し露出が多目の、材質も分からない古代の服装。黄色に近い白い肌は血色も良く、今にも動き出しそうな姿で。
眠るように。四角錐の氷塊の中に浮かんでいた。
「こりゃすげえな。そもそも生きてるのか? 解かしたとして既に死んでないか? 普通」
オルヴァリオは、実物を見るのは初めてだと言う。あの見世物があった後に、クリューの街に引っ越してきたのだ。だが誰もがこれを見れば、一度は眼を奪われてしまうことは必然だ。クリューに至っては生涯に渡って心を奪われてしまった。
「……あまり考えないが、それならそれできちんと埋葬してあげたい。いずれにせよ、こんなところで晒し者になるのは彼女とて不本意に違いないだろう」
「まあ、そりゃそうだな」
オルヴァリオの疑問には、口だけで応える。目は、全て『彼女』へ向いている。美しい。やはり。10年経とうが、この気持ちは変わらない。
「綺麗だ。……冷たいだろう。苦しいだろう。氷を解かしてやりたい。断言できる。俺は氷なんかに閉じ込められていなくても。君をひと目見た瞬間に、君に心を奪われていただろう」
「…………」
普段は、冷静な男だ。喋り方も、考え方も。クリューの評価はそれで間違いない。彼は冷静沈着な男だ。
だが、それだけではない。オルヴァリオは知っている。クリューはとても、『熱い』男であると。
「今一度、決意が固まった。俺は必ずまたここへ戻ってくる。100億を集めてからじゃない。その解けない氷を解かしてからでないと、君の人生は停まったままなんだ」
「……解かせると良いな」
「解かすさ」
クリューはくるりと踵を返し、出口へと向かった。世界的な美術館へ、高い交通費とチケットを買って。『彼女』以外の他の品には一切目もくれずに。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
聖女を追放した国の物語 ~聖女追放小説の『嫌われ役王子』に転生してしまった。~
猫野 にくきゅう
ファンタジー
国を追放された聖女が、隣国で幸せになる。
――おそらくは、そんな内容の小説に出てくる
『嫌われ役』の王子に、転生してしまったようだ。
俺と俺の暮らすこの国の未来には、
惨めな破滅が待ち構えているだろう。
これは、そんな運命を変えるために、
足掻き続ける俺たちの物語。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
IL FALCO NERO 〜黒い隼〜
宇山遼佐
大衆娯楽
この物語は、レシプロ黄金時代のアレッサンドロ海を舞台に、誇りと金と女をかけて空中海賊と戦い、黒い隼(ファルコ・ネーロ)と呼ばれた一人の賞金稼ぎの物語である。
(要するに「紅の豚」リスペクト・パロディな話)
現実世界からレシプロ戦闘機の機体及び発動機等の設計図が流れ着き、それを基に造られたWW2終結までのレシプロ機が翔び交う世界で、真っ黒に塗装したキ43 一式戦闘機〈隼〉Ⅱ型を駆り、黒い隼(ファルコ・ネーロ)の名で、賞金稼ぎとして生きる男の物語
(※小説家になろうでも連載中)
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
とある婚約破棄の顛末
瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。
あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。
まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
無関係だった私があなたの子どもを生んだ訳
キムラましゅろう
恋愛
わたし、ハノン=ルーセル(22)は術式を基に魔法で薬を
精製する魔法薬剤師。
地方都市ハイレンで西方騎士団の専属薬剤師として勤めている。
そんなわたしには命よりも大切な一人息子のルシアン(3)がいた。
そしてわたしはシングルマザーだ。
ルシアンの父親はたった一夜の思い出にと抱かれた相手、
フェリックス=ワイズ(23)。
彼は何を隠そうわたしの命の恩人だった。侯爵家の次男であり、
栄誉ある近衛騎士でもある彼には2人の婚約者候補がいた。
わたし?わたしはもちろん全くの無関係な部外者。
そんなわたしがなぜ彼の子を密かに生んだのか……それは絶対に
知られてはいけないわたしだけの秘密なのだ。
向こうはわたしの事なんて知らないし、あの夜の事だって覚えているのかもわからない。だからこのまま息子と二人、
穏やかに暮らしていけると思ったのに……!?
いつもながらの完全ご都合主義、
完全ノーリアリティーのお話です。
性描写はありませんがそれを匂わすワードは出てきます。
苦手な方はご注意ください。
小説家になろうさんの方でも同時に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる