GLACIER(グレイシア)

弓チョコ

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第2話 クリューの決意

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 ラビアという王国は、国土こそ広くは無いが技術力が優れており、経済的には大国と変わらない水準にある。クリューとオルヴァリオも、比較的裕福な家庭で育った。

「クリュー。お前もそろそろ20歳か」
「はい父上」

 彼のフルネームは『クリュー・スタルース』。スタルース家は貴族でこそ無いが、中流家庭として都にほど近い町に屋敷を構えている。彼の父親は商人をしており、町の商売を執り仕切る重役を担っている。

「ならば仕事をせねばならんな。いずれは私を継いで、スタルースをより繁栄させねばならん」
「否。父上。私は商人にはなりません」
「……なんだと」

 クリューは長男である。父親は彼に仕事を継がせるために育ててきたのだが。
 父親の書斎にて。床は高級な紅蓮色の絨毯、壁には有名画家の手掛けた絵画、天井からは金属と真鍮を使ったシャンデリア。全て父親の趣味だという。
 木製の大きなデスクに掛ける父親と、入口側で向かい立つクリュー。

「何故なら。父上の跡を継いでも100億は稼げないからです」
「……なんの話だ。100億などどんな大商人でも純利益としては出せる筈が無かろう。今の価値ではさらに不可能だ」
「ですが私は、私の目的の為に。なんとしても。100億が欲しいのです」
「……その目的とは何だ」

 クリューは、今の今まで、親には言っていなかった。反対されると分かりきっていたからだ。
 だがもう、大人になった。親元を離れる頃合いであると、クリューは判断した。

「『氷漬けの美女』を買います」
「なんだと……!」

 今や誰も話題にしないとはいえ。その存在は周知である『氷漬けの美女』。当然、その展示に息子を連れていったこの父親も知っている。

「アレは売買されるようなモノじゃない。100億なんて話も適当に、インパクトを持たせた表現なだけだ。目を覚ませクリュー」
「そう。『モノ』じゃあ、無いんですよ。父上。『アレ』でも無い」
「なに」

 これまで、反抗という反抗をしてこなかったクリューが、父親に対してこうも反発していることに、父親は苛立ち始めていた。

「『あの子』は人です。見世物じゃないし、芸術品じゃないし、古代遺物でもない。ひとりの女の子です。俺が、助けるんです」
「……だがお前のやろうとしていることは売買だろう」
「それが唯一の方法だから仕方無いのです。俺は買ってから、解かして自由にしてあげるつもりです。それからは所有権を主張するつもりもない」
「…………荒唐無稽だが、それでお前はどう満足なのだ」

 父親にとって、クリューの目的が分からなかった。珍しさ目当てで欲しがるコレクターは大勢居るだろう。だが自由にするとは。

「父上。俺はあの子に惚れています。だから、氷を解かした後、求婚をします」
「…………馬鹿な」

 父親は呆れてしまった。
 商人となるために学校にも行かせたが。まさか我が息子は馬鹿だったのかと。

「父上。私は私の人生を懸けてそれを為すつもりです。理解してくださらないなら、私は屋敷を出て行きます」
「…………ならば、クリューよ」
「はい父上」

 本気で。真剣に。その夢を語るクリューを見て。目と表情だけは一丁前になったと感じた。

「私が引退すればスタルース商会は終わる。お前の不在で、お前の家族は路頭に迷うことになるぞ」
「では制限時間を設けてください」
「なに」

 クリューは。
 当然家族のことも大事である。父親が隠居した後の、スタルース商会のことを全く考えていない訳では無い。
 ただ、冒険したいのだ。

「私が『100億を揃えて』『氷漬けの美女を買い』『解けない氷の謎を解き明かして解凍し』終えれば。父上を継ぐと約束しましょう。そしてそれは、父上の隠居なさりたい時までに、終えてみせます」

 人生で一度くらいは。

「…………分かった。思う存分やってこい。諦めてすぐに帰って来たりしても、ここの門は開かんぞ。半端な男はスタルース家に要らん」
「望む所です」

 父親との会話を終えて。クリューは荷造りを始めた。家を出るのだ。『100億』の為に、親の力は借りないという意志があった。それでは『格好悪い』のだ。

「『氷漬けの美女』も、見た目では20歳前後だからな。急がないと俺だけ歳を食ってしまう」

 意味不明な焦りを口にしながら、クリューは屋敷を後にした。
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