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アクシア王国
第35話 自己満足
しおりを挟む 太古、この星にはテラしか居なかった。
ある時、遥かな宇宙から、アビスがやってくる。
アビスはテラ達に技術を教えることで文明を進めたり、またテラを食糧として狩ることもあった。
しばらくして、少数のアビスを残して彼らはまた宇宙へと旅立っていった。
その後、またしばらく経ち。テラの文明が自力で宇宙開発できるようになった頃。アビスがその陰で細々と闇夜に紛れ、テラを襲いながら生きていた頃。
また宇宙から、アビスと。今度はラウムもやってくる。
アビスは、『悪魔』と呼ばれ。ラウムは『天使』とも呼ばれた。
その頃には『人間』と名乗っていたテラは、ラウムと組んでアビスと戦争をすることになる。
しかし、テラ・ラウムの姫『池上白愛』と、アビスの王子『星野黎』が恋に落ちてしまう。
ふたりは戦争を止めさせようと、人民全員の精神に細工する『祈械』を作り、発動する。それにより、アビスとラウムはどこかへ封印されて消えてしまう。
だが世界には、元々昔から居たアビス『妖怪』と。元々宇宙に居たラウム『神々や天使』が残っており。再び『人間』との戦争になる。
終末。ラグナログ。エスカトロジーが訪れる。世界は滅亡し、荒廃した大地が残った。
「……勿論、滅亡するまでにこの星を脱出した人間も居ます。それが方舟計画——『プロジェクト:アルファ』。彼らはいくつもの惑星に目星を付けて、移住していきました」
「……惑星に、移住」
「今のこの世界では、宇宙へ行くのはまだまだ先になりそうですけどね。そこまで、文明が進んでいたのです」
大まかな、『あらすじ』を聞いて。なんとなくの理解はできたアイネ。だが正直。
今の彼女にとっては、この話は至って『どうでも良い』。
「移住先でも、それぞれ色んなことがあったようですが。お互いに文明を進ませ、再会できるのはいつになるやら」
「その、アサギリの祖母は」
「ええ。『アスラハ』はその移住先の惑星からやってきました。ですが、一度きり。交易目的でもありません。ボロボロになりながら、『ホタル』に会うためだけにやってきました。……ふたりとも、もう亡くなりました。乗ってきた宇宙船は、彼の仲間を乗せてまた宇宙へと帰っていきました」
「…………」
アイネの知らないところで。様々な出来事が起きている。当然ではあるが、だが彼女の『知識』では追い付かない。
「滅んでいたと思っていたこの星に、まだ生命があって。子孫が居て。彼らは喜んでいましたよ」
空に人が居る。だが、途方もないほど遠いのだ。それは理解できる。
だが。
「……その話をするために、私を呼んだのでしょうか」
「!」
やはり、アイネにとってはどうでも良い。
「……ええ。私が懐かしみたかった。それがまずひとつ」
「ご期待に添えず申し訳ありませんが」
「良いのです。この『マインド・ウォー』と『エスカトロジー』の話は、殆ど私個人の自己満足のようなものですから」
「……では、シュクスは」
「!」
アイネにとっては。
帝国を滅ぼさせないことが、一番だ。歴史を知るのは大切だが、一番は今だ。
「ワープを使って攻め込んできたシュクス一行は、『アクシア』の後ろ楯があると踏んで、私はやってきました。そして、できればガルデニアは、アクシアとの協定を結びたいのです」
今の話をしなければならない。うかうかしていては、シュクスに滅ぼされてしまうのだから。
「……『風剣のシュクス』。『不死身のゼント』。『赤い爪リンナ』。彼らは、私達とは何の関係もありません。つい先日、お会いしましたけど。3人とも賢者でもありませんし。協力もしていません。アクシアは大陸の揉め事には不干渉です」
「……そうですか」
「ですが、特殊な『魂』だとは、感じましたね」
「!」
この世界が、『普通』ならば。あんな少年は生まれてこない。アイネは失礼ながらそう考えている。異常であると決めつけている。シュクスの精神力と、成長速度と、悪運を。
「人々の思いが、彼に流れ込んでいるような感覚。賢者ではなく、『精神隔世遺伝』でもなく。まるで運命の女神が居るとするなら、彼を贔屓しているような」
「はい」
頷いた。
そうなのだ。
この世界が『物語』なら。彼こそが主人公であるかのように。
「アイネさんとしては、止めたいのでしょう」
「勿論です。帝国を。陛下を討たれる訳には行きません」
「ですが、アクシアとしてはお手伝いはできません。私は彼の夢も、応援していますから」
「!」
ソラは。大陸の戦争とは無縁らしい。だから。
客観的に見れば、『正義』はシュクスにある。そう見えてしまう。
「……彼のやり方では血を流しすぎます。私は最も犠牲の少ない方法で、帝国を変えるつもりです」
「できると思います。アイネさんなら。だけど、『実際の民』からすれば。彼の思いや行動は、光り輝いて見えるのも確かですよ」
「でしょうね。世間では私が悪者と映るでしょう」
関係無い。
故郷を守るために。アイネは動いている。今は、もっと守るものがある。
帝都が炎上すれば。屋敷も無事では済まない。ラットリンやゼフュール、ミーリ、アミューゴ。そしてフィシア。5人の使用人を路頭に迷わす訳には行かない。
シュクスは、彼は知らないだろうが。
こちらにも、思いはある。エンリオの『雷刃』となった妹しかり。シャルナの壮絶な過去もしかり第三王子デウリアスの憂鬱しかり。決して、彼を主人公とする物語では語られないであろう『思い』が、そこにはある。
「興味深いお話をありがとうございました。ソラ女王陛下」
「……ええ。お会いできて本当に良かったわ。反抗軍にも帝国にも干渉しない、ということで良いかしら」
「充分です」
「ホテルへ案内させますね」
陽が傾いていた。夕陽が射す庭園は、やはりどこか懐かしい気持ちにさせる、儚げで美しい光景だった。
「……リンナさんだけ、『勘違い』していますから。あれは賢者とは言わないですからね」
アイネが去ってから。ソラが呟いた。
少しだけ、寂しそうな表情をして。
「アイネさんが正しい。こんな、誰の利にもならない、誰も知らない歴史なんて。語る意味は無いのに。……『分かって貰おう』だなんて」
——
「全く、意味が分かりませんでした」
「大丈夫私もよ」
案内されたホテルにて。
食事も絶品で、風呂も巨大だった。それらを堪能してから、用意された『ユカタ』というバスローブに身を包みながら、アイネはフィシアと話していた。
「アイネ様は、その、生まれ変わりというものなのですか」
「さあね。そんな自覚無いし、話半分で良いと思うわ。それよりも、シュクスよ」
タタミという床。足の短い木製のテーブル。面白い文化だとフィシアはキョロキョロしている。
「彼らはリンデンへ寄ってから、アクシアへ来ていた。つまり今、私達はその足取りを追い掛けているのよ。交渉が無駄なら、早く帰国しないと『次』が来る」
「……あの、アイネ様」
「えっ?」
今日の話とは関係無いが。フィシアはずっと思っていたことがある。
「今回だけでなく。お屋敷だけでなく。……私を、使用人だけでなく護衛としてお使い頂けませんか?」
「!」
アイネが私兵を持とうとラットリンに相談していたことは知っている。そして、相手が『魔剣使い』であるから難しいということも。
「このような遠征も、これから何度とあるでしょう。その際、陛下からではないきちんとした『アイネ様の護衛』に。私を」
「フィシア」
「男性のラットリンやゼフュールでは『お世話』に差し支えがありますし。ミーリはそれに特化していて戦闘力がありません。アミューゴは幼すぎる。……アイネ様」
「だけどフィシア、貴女分かってるの? 私が相手にしているのは——」
「『魔剣使い』。勿論承知の上です」
「!」
アイネは、フィシアが戦えるということは以前から知っていた。だが、彼女を戦力としては扱わなかった。当然、相手がシュクスであり、フィシアが女性であるという気遣いもあった。
「殺す必要はなく、私も殺されない。『男性』相手にそれができるのは、『私』が適任です」
「フィシア」
あの、伸び代の塊であるシュクスを。殺す必要はない。勝つ必要はない。そして、相手は女子供に『甘い』ことが分かっている。
フィシアは、そんな『常識はずれ』を正確に理解していた。
「……試しに『次』があるなら。私を連れていってください」
「…………分かったわ」
アイネはまだ、自分の使用人について何も知らない。
ある時、遥かな宇宙から、アビスがやってくる。
アビスはテラ達に技術を教えることで文明を進めたり、またテラを食糧として狩ることもあった。
しばらくして、少数のアビスを残して彼らはまた宇宙へと旅立っていった。
その後、またしばらく経ち。テラの文明が自力で宇宙開発できるようになった頃。アビスがその陰で細々と闇夜に紛れ、テラを襲いながら生きていた頃。
また宇宙から、アビスと。今度はラウムもやってくる。
アビスは、『悪魔』と呼ばれ。ラウムは『天使』とも呼ばれた。
その頃には『人間』と名乗っていたテラは、ラウムと組んでアビスと戦争をすることになる。
しかし、テラ・ラウムの姫『池上白愛』と、アビスの王子『星野黎』が恋に落ちてしまう。
ふたりは戦争を止めさせようと、人民全員の精神に細工する『祈械』を作り、発動する。それにより、アビスとラウムはどこかへ封印されて消えてしまう。
だが世界には、元々昔から居たアビス『妖怪』と。元々宇宙に居たラウム『神々や天使』が残っており。再び『人間』との戦争になる。
終末。ラグナログ。エスカトロジーが訪れる。世界は滅亡し、荒廃した大地が残った。
「……勿論、滅亡するまでにこの星を脱出した人間も居ます。それが方舟計画——『プロジェクト:アルファ』。彼らはいくつもの惑星に目星を付けて、移住していきました」
「……惑星に、移住」
「今のこの世界では、宇宙へ行くのはまだまだ先になりそうですけどね。そこまで、文明が進んでいたのです」
大まかな、『あらすじ』を聞いて。なんとなくの理解はできたアイネ。だが正直。
今の彼女にとっては、この話は至って『どうでも良い』。
「移住先でも、それぞれ色んなことがあったようですが。お互いに文明を進ませ、再会できるのはいつになるやら」
「その、アサギリの祖母は」
「ええ。『アスラハ』はその移住先の惑星からやってきました。ですが、一度きり。交易目的でもありません。ボロボロになりながら、『ホタル』に会うためだけにやってきました。……ふたりとも、もう亡くなりました。乗ってきた宇宙船は、彼の仲間を乗せてまた宇宙へと帰っていきました」
「…………」
アイネの知らないところで。様々な出来事が起きている。当然ではあるが、だが彼女の『知識』では追い付かない。
「滅んでいたと思っていたこの星に、まだ生命があって。子孫が居て。彼らは喜んでいましたよ」
空に人が居る。だが、途方もないほど遠いのだ。それは理解できる。
だが。
「……その話をするために、私を呼んだのでしょうか」
「!」
やはり、アイネにとってはどうでも良い。
「……ええ。私が懐かしみたかった。それがまずひとつ」
「ご期待に添えず申し訳ありませんが」
「良いのです。この『マインド・ウォー』と『エスカトロジー』の話は、殆ど私個人の自己満足のようなものですから」
「……では、シュクスは」
「!」
アイネにとっては。
帝国を滅ぼさせないことが、一番だ。歴史を知るのは大切だが、一番は今だ。
「ワープを使って攻め込んできたシュクス一行は、『アクシア』の後ろ楯があると踏んで、私はやってきました。そして、できればガルデニアは、アクシアとの協定を結びたいのです」
今の話をしなければならない。うかうかしていては、シュクスに滅ぼされてしまうのだから。
「……『風剣のシュクス』。『不死身のゼント』。『赤い爪リンナ』。彼らは、私達とは何の関係もありません。つい先日、お会いしましたけど。3人とも賢者でもありませんし。協力もしていません。アクシアは大陸の揉め事には不干渉です」
「……そうですか」
「ですが、特殊な『魂』だとは、感じましたね」
「!」
この世界が、『普通』ならば。あんな少年は生まれてこない。アイネは失礼ながらそう考えている。異常であると決めつけている。シュクスの精神力と、成長速度と、悪運を。
「人々の思いが、彼に流れ込んでいるような感覚。賢者ではなく、『精神隔世遺伝』でもなく。まるで運命の女神が居るとするなら、彼を贔屓しているような」
「はい」
頷いた。
そうなのだ。
この世界が『物語』なら。彼こそが主人公であるかのように。
「アイネさんとしては、止めたいのでしょう」
「勿論です。帝国を。陛下を討たれる訳には行きません」
「ですが、アクシアとしてはお手伝いはできません。私は彼の夢も、応援していますから」
「!」
ソラは。大陸の戦争とは無縁らしい。だから。
客観的に見れば、『正義』はシュクスにある。そう見えてしまう。
「……彼のやり方では血を流しすぎます。私は最も犠牲の少ない方法で、帝国を変えるつもりです」
「できると思います。アイネさんなら。だけど、『実際の民』からすれば。彼の思いや行動は、光り輝いて見えるのも確かですよ」
「でしょうね。世間では私が悪者と映るでしょう」
関係無い。
故郷を守るために。アイネは動いている。今は、もっと守るものがある。
帝都が炎上すれば。屋敷も無事では済まない。ラットリンやゼフュール、ミーリ、アミューゴ。そしてフィシア。5人の使用人を路頭に迷わす訳には行かない。
シュクスは、彼は知らないだろうが。
こちらにも、思いはある。エンリオの『雷刃』となった妹しかり。シャルナの壮絶な過去もしかり第三王子デウリアスの憂鬱しかり。決して、彼を主人公とする物語では語られないであろう『思い』が、そこにはある。
「興味深いお話をありがとうございました。ソラ女王陛下」
「……ええ。お会いできて本当に良かったわ。反抗軍にも帝国にも干渉しない、ということで良いかしら」
「充分です」
「ホテルへ案内させますね」
陽が傾いていた。夕陽が射す庭園は、やはりどこか懐かしい気持ちにさせる、儚げで美しい光景だった。
「……リンナさんだけ、『勘違い』していますから。あれは賢者とは言わないですからね」
アイネが去ってから。ソラが呟いた。
少しだけ、寂しそうな表情をして。
「アイネさんが正しい。こんな、誰の利にもならない、誰も知らない歴史なんて。語る意味は無いのに。……『分かって貰おう』だなんて」
——
「全く、意味が分かりませんでした」
「大丈夫私もよ」
案内されたホテルにて。
食事も絶品で、風呂も巨大だった。それらを堪能してから、用意された『ユカタ』というバスローブに身を包みながら、アイネはフィシアと話していた。
「アイネ様は、その、生まれ変わりというものなのですか」
「さあね。そんな自覚無いし、話半分で良いと思うわ。それよりも、シュクスよ」
タタミという床。足の短い木製のテーブル。面白い文化だとフィシアはキョロキョロしている。
「彼らはリンデンへ寄ってから、アクシアへ来ていた。つまり今、私達はその足取りを追い掛けているのよ。交渉が無駄なら、早く帰国しないと『次』が来る」
「……あの、アイネ様」
「えっ?」
今日の話とは関係無いが。フィシアはずっと思っていたことがある。
「今回だけでなく。お屋敷だけでなく。……私を、使用人だけでなく護衛としてお使い頂けませんか?」
「!」
アイネが私兵を持とうとラットリンに相談していたことは知っている。そして、相手が『魔剣使い』であるから難しいということも。
「このような遠征も、これから何度とあるでしょう。その際、陛下からではないきちんとした『アイネ様の護衛』に。私を」
「フィシア」
「男性のラットリンやゼフュールでは『お世話』に差し支えがありますし。ミーリはそれに特化していて戦闘力がありません。アミューゴは幼すぎる。……アイネ様」
「だけどフィシア、貴女分かってるの? 私が相手にしているのは——」
「『魔剣使い』。勿論承知の上です」
「!」
アイネは、フィシアが戦えるということは以前から知っていた。だが、彼女を戦力としては扱わなかった。当然、相手がシュクスであり、フィシアが女性であるという気遣いもあった。
「殺す必要はなく、私も殺されない。『男性』相手にそれができるのは、『私』が適任です」
「フィシア」
あの、伸び代の塊であるシュクスを。殺す必要はない。勝つ必要はない。そして、相手は女子供に『甘い』ことが分かっている。
フィシアは、そんな『常識はずれ』を正確に理解していた。
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