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帝都⑤
第26話 招待状
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「アイネ様。王宮からの使者が来られています」
「……王宮から? 陛下かしら。今行きます」
こんこんとノックしてから、アイネの居る書斎のドアを開ける。事務処理の合間にミーリが作ったケーキのようなお菓子を食べているところに当たり、頬を染めたアイネが応えた。
「(ノックから、私の返事を待てなかった辺り。急ぎかしらね)」
アイネは丁度、書記官ロニーからの書面を確認していた。ロニーは現在ティスカを実質統治しているクーリハァの元部下である。書面を見るに、アイネの後を引き継いでティスカでは上手く回せているようである。
成功である。これを実例として、他の街も良くできないかと考えていたのだ。特に、国境近くの街を。それらを全て『正常化』できれば、シュクスが戦う理由そのものを失わせることができると考えている。
そんなことを考えながら、玄関へとやってきた。
「『助言師』アイネ様。私はデウリアス殿下の使いの者です」
「!」
訪問してきたのは、髭を長く蓄えた老人だった。だが執事服を着こなしている。ベテランの雰囲気を漂わせていた。
「……デウリアス、殿下」
「はい」
勿論、アイネは知っている。皇帝バルティリウスの、三男坊。王子である。
「どのようなご用ですか?」
「王宮にて、殿下が何度かアイネ様を見掛けたようなのです」
「……はあ」
情報としては、少ない。アイネにとって興味が無いからということもあった。軍事にも政治にも関心が無く、遊んでばかりだという噂を聞いているくらいだ。第三王子なら、継承順位的には狙える位置にいると思うのだが。
「殿下は、その際にアイネ様を大層気に入られたのです」
「……へ」
「是非妻にと。お迎えに上がった次第でございます」
「!」
吐き気がした。
だが。アイネはポーカーフェイスで堪えた。
「(何それ。私が誰で、今がどんな状況なのか分かってるの?)」
勿論会ったことはない。王宮へは確かに何度も足を運んでいるが。大抵は円卓の会議室にしか用が無かった。
「(え、断ればもしかして死刑?)」
だが。女遊びが好きという時点で『生理的に無理』だ。そもそもアイネは、自身の恋愛など生まれたこの方、一度も考えたことがない。
数年前に。イサキを見て。家族なら結婚はできないなと、ぽつりと思ったことがあるだけだ。
「……まずは、殿下から畏れ多くも誉れあるお誘いを頂き、恐悦至極に存じます」
どう断れば、穏便に済むだろうか。デウリアスの人柄は当然ながら全く分からない。
「しかし、私は『軍師』です。それも、陛下から特別な任務を与えられています。私が今、ここを離れれば。国防に関わる可能性があります」
「……ふむ」
皇帝を出して。
国防と言って。
『仕方ない』感を出そう。これがこの数瞬で、アイネが咄嗟に思い付いた断り方だった。下手に『平民出だから』などと言っても、『寛大なる殿下は~』となるに違いない。
「畏まりました。では『そのように』殿下にお伝えいたします。それでは、突然失礼いたしました」
にやりと口角を上げて。老人は去っていった。
驚くほど呆気なく。
「………………」
警戒せずにはいられない。これで終わりとは思えなかった。
——
「ああ……。悩みの種が増えた」
「心中お察しいたします、アイネ様」
放っておいてくれ。シュクスに集中させてくれ。
だがアイネは、真面目にも自身に反省点を見出だしていた。
「目立ち過ぎたのか……。確かに、軽く見られたら駄目だと思って毅然と振る舞ってたけど。別に私より美人なんていくらでも居るしさあ」
「ふむ。アイネ様」
「えっ?」
アイネのぼやきを聞いて。ラットリンは顎に手を当てて考えるポーズを取った。
「正直に申し上げますと、アイネ様はそこらの貴族令嬢など比べ物にならないくらいは大変見目麗しゅうございますが」
「…………」
淡々と。そう言われて。
「…………冗談でしょ?」
「ゼフュールにも聞いてみますか?」
「…………………………」
数秒、固まって。思考した。
「(自分の顔がどうかなんて、見慣れた自分が一番分からない。だから他者評価は大事なんだけど。そんなこと、故郷じゃ言われたこと無いし。王宮の侍女とかより若いから、まだ肌が綺麗とかそんなんじゃないかなあ。いや褒められるのは本当嬉しいんだけど。ラットリンやゼフュールだとそりゃ主を褒めるだろうし。ていうか今まで気にしたこともなかったし。ずっと父さんの仕事を勉強してきて、政治を学んで。自分の顔なんて興味もなかったし。そりゃあ髪くらいは手入れするけど。家には父さんとイサキしか居なかったから化粧だって全然知らないし。ミーリだって美人じゃん。アミューゴだって可愛らしいじゃん。貴族令嬢とか知らないけど、お化粧も上手だしお洋服も綺麗なんでしょ? 私とは真反対じゃん。あ、そもそも殿下がそういうの好きってことなのかな。私の価値って賢者であること以外無いと思うんだけど。そう言えば宰相にも言い寄られたけど、あれは単に若い女の子が好きって感じがした。殿下は……もっと綺麗で、暇で、何でも言うこと聞きそうな女性は居るでしょ。別に私じゃなくても良いじゃん。私に『見目』とか、絶対要らないじゃん。シュクス専用の軍師だよ。終わったら賢者として働くとは思うけど。やばい。自分が褒められて嬉しい筈なのに、現状足を引っ張ってる。いや、そりゃ王子に嫁いだら人生勝ち組なんだろうけど。それしたらシュクスに帝国滅ぼされるじゃん。結局駄目じゃん。ていうか第三王子の妃が普通に嫌なんだけど。狙うなら第一王子でしょ。いや、狙ってないけど。ていうかこんなことしてる間にシュクスがどこかで修行とかしてると思ったらなんか焦ってくるし。どうすれば良いのよこれ。凄いややこしい。誰に相談すれば良いのよ。シャルナさん? いやいや、今忙しいし。あの人こそ王子とか一番興味無さそうだし。ていうかシャルナさんの方が美人だよね。絶対。ああそうか。私の賢者としての美的感覚と、この世界の感覚が一致しているとは言えない筈で。あくまで殿下やラットリン基準でのことであって。私自身は本来別に美人なんかじゃ——)」
「アイネ様?」
「ひゃぃっ!? はう。え?」
「……どうされました?」
「……えーと」
びくりと震えた。ラットリンの声で、アイネは現実に戻ってくる。気付かない内に、書斎の前まで戻ってきていた。
「と、とにかく。下手なお世辞は良いから。多分王子からのアクションはまたあるとは思うけど、取り敢えず今日は終わり。仕事に戻ってラットリン。あとお菓子美味しかったってミーリに伝えておいて」
「かしこまりました」
顔を真っ赤に染めて。
ばたんと、ドアを閉じて。
アイネは書斎に戻っていった。
「……ああいうのも、美貌だけではない魅力のひとつですね。もう既に帝国屈指の権力者から2回もお誘いがあるというのに。傲らないところも、また魅力」
ラットリンはくすりと笑って踵を返した。その表情は執事ではなく、もはや『兄』や『叔父』が見せるものに近かった。
「んー。ゼフュールは……相当、分が悪い。宰相様は半分お遊びとは言え、何もなければ朗らかに眺めていれば良いのですが……デウリアス殿下は少々危険な香りがしますね」
王子に見初められて喜ばない女性が居るとは。流石、陛下に怖じけず物言いをして、結果を出し、こんな屋敷まで手に入れるほどのことはある。ラットリンはこんなにも『面白い』主に仕えられて毎日が楽しそうであった。
——
「何度も申し訳ありません。アイネ様」
翌日。
またしても、デウリアスの使いという老執事がやってきた。
「殿下から、伝言を言付かって参りました」
「…………どうぞ」
警戒する。何を言われるか分かったものではない。諦めてくれるならば良いのだが、わざわざ伝言を寄越すとは。
「申し上げます。『素材の磨き方を知らぬのは平民出では当然であり、恥じることではない』」
「?」
疑問符が。
「『妻の話は一旦忘れよ。まずは我が城へ来たるべし』」
「…………え?」
増えて消えない。
アイネは一瞬、本当に何を言っているのか理解と考察が追い付かなかった。
「『招待状』をお渡しいたします。お待ちしておりますよ。アイネ様」
にやりと、不敵に笑って。老執事は帰っていった。
「…………えっと」
招待状なる書状を残して。
「……王宮から? 陛下かしら。今行きます」
こんこんとノックしてから、アイネの居る書斎のドアを開ける。事務処理の合間にミーリが作ったケーキのようなお菓子を食べているところに当たり、頬を染めたアイネが応えた。
「(ノックから、私の返事を待てなかった辺り。急ぎかしらね)」
アイネは丁度、書記官ロニーからの書面を確認していた。ロニーは現在ティスカを実質統治しているクーリハァの元部下である。書面を見るに、アイネの後を引き継いでティスカでは上手く回せているようである。
成功である。これを実例として、他の街も良くできないかと考えていたのだ。特に、国境近くの街を。それらを全て『正常化』できれば、シュクスが戦う理由そのものを失わせることができると考えている。
そんなことを考えながら、玄関へとやってきた。
「『助言師』アイネ様。私はデウリアス殿下の使いの者です」
「!」
訪問してきたのは、髭を長く蓄えた老人だった。だが執事服を着こなしている。ベテランの雰囲気を漂わせていた。
「……デウリアス、殿下」
「はい」
勿論、アイネは知っている。皇帝バルティリウスの、三男坊。王子である。
「どのようなご用ですか?」
「王宮にて、殿下が何度かアイネ様を見掛けたようなのです」
「……はあ」
情報としては、少ない。アイネにとって興味が無いからということもあった。軍事にも政治にも関心が無く、遊んでばかりだという噂を聞いているくらいだ。第三王子なら、継承順位的には狙える位置にいると思うのだが。
「殿下は、その際にアイネ様を大層気に入られたのです」
「……へ」
「是非妻にと。お迎えに上がった次第でございます」
「!」
吐き気がした。
だが。アイネはポーカーフェイスで堪えた。
「(何それ。私が誰で、今がどんな状況なのか分かってるの?)」
勿論会ったことはない。王宮へは確かに何度も足を運んでいるが。大抵は円卓の会議室にしか用が無かった。
「(え、断ればもしかして死刑?)」
だが。女遊びが好きという時点で『生理的に無理』だ。そもそもアイネは、自身の恋愛など生まれたこの方、一度も考えたことがない。
数年前に。イサキを見て。家族なら結婚はできないなと、ぽつりと思ったことがあるだけだ。
「……まずは、殿下から畏れ多くも誉れあるお誘いを頂き、恐悦至極に存じます」
どう断れば、穏便に済むだろうか。デウリアスの人柄は当然ながら全く分からない。
「しかし、私は『軍師』です。それも、陛下から特別な任務を与えられています。私が今、ここを離れれば。国防に関わる可能性があります」
「……ふむ」
皇帝を出して。
国防と言って。
『仕方ない』感を出そう。これがこの数瞬で、アイネが咄嗟に思い付いた断り方だった。下手に『平民出だから』などと言っても、『寛大なる殿下は~』となるに違いない。
「畏まりました。では『そのように』殿下にお伝えいたします。それでは、突然失礼いたしました」
にやりと口角を上げて。老人は去っていった。
驚くほど呆気なく。
「………………」
警戒せずにはいられない。これで終わりとは思えなかった。
——
「ああ……。悩みの種が増えた」
「心中お察しいたします、アイネ様」
放っておいてくれ。シュクスに集中させてくれ。
だがアイネは、真面目にも自身に反省点を見出だしていた。
「目立ち過ぎたのか……。確かに、軽く見られたら駄目だと思って毅然と振る舞ってたけど。別に私より美人なんていくらでも居るしさあ」
「ふむ。アイネ様」
「えっ?」
アイネのぼやきを聞いて。ラットリンは顎に手を当てて考えるポーズを取った。
「正直に申し上げますと、アイネ様はそこらの貴族令嬢など比べ物にならないくらいは大変見目麗しゅうございますが」
「…………」
淡々と。そう言われて。
「…………冗談でしょ?」
「ゼフュールにも聞いてみますか?」
「…………………………」
数秒、固まって。思考した。
「(自分の顔がどうかなんて、見慣れた自分が一番分からない。だから他者評価は大事なんだけど。そんなこと、故郷じゃ言われたこと無いし。王宮の侍女とかより若いから、まだ肌が綺麗とかそんなんじゃないかなあ。いや褒められるのは本当嬉しいんだけど。ラットリンやゼフュールだとそりゃ主を褒めるだろうし。ていうか今まで気にしたこともなかったし。ずっと父さんの仕事を勉強してきて、政治を学んで。自分の顔なんて興味もなかったし。そりゃあ髪くらいは手入れするけど。家には父さんとイサキしか居なかったから化粧だって全然知らないし。ミーリだって美人じゃん。アミューゴだって可愛らしいじゃん。貴族令嬢とか知らないけど、お化粧も上手だしお洋服も綺麗なんでしょ? 私とは真反対じゃん。あ、そもそも殿下がそういうの好きってことなのかな。私の価値って賢者であること以外無いと思うんだけど。そう言えば宰相にも言い寄られたけど、あれは単に若い女の子が好きって感じがした。殿下は……もっと綺麗で、暇で、何でも言うこと聞きそうな女性は居るでしょ。別に私じゃなくても良いじゃん。私に『見目』とか、絶対要らないじゃん。シュクス専用の軍師だよ。終わったら賢者として働くとは思うけど。やばい。自分が褒められて嬉しい筈なのに、現状足を引っ張ってる。いや、そりゃ王子に嫁いだら人生勝ち組なんだろうけど。それしたらシュクスに帝国滅ぼされるじゃん。結局駄目じゃん。ていうか第三王子の妃が普通に嫌なんだけど。狙うなら第一王子でしょ。いや、狙ってないけど。ていうかこんなことしてる間にシュクスがどこかで修行とかしてると思ったらなんか焦ってくるし。どうすれば良いのよこれ。凄いややこしい。誰に相談すれば良いのよ。シャルナさん? いやいや、今忙しいし。あの人こそ王子とか一番興味無さそうだし。ていうかシャルナさんの方が美人だよね。絶対。ああそうか。私の賢者としての美的感覚と、この世界の感覚が一致しているとは言えない筈で。あくまで殿下やラットリン基準でのことであって。私自身は本来別に美人なんかじゃ——)」
「アイネ様?」
「ひゃぃっ!? はう。え?」
「……どうされました?」
「……えーと」
びくりと震えた。ラットリンの声で、アイネは現実に戻ってくる。気付かない内に、書斎の前まで戻ってきていた。
「と、とにかく。下手なお世辞は良いから。多分王子からのアクションはまたあるとは思うけど、取り敢えず今日は終わり。仕事に戻ってラットリン。あとお菓子美味しかったってミーリに伝えておいて」
「かしこまりました」
顔を真っ赤に染めて。
ばたんと、ドアを閉じて。
アイネは書斎に戻っていった。
「……ああいうのも、美貌だけではない魅力のひとつですね。もう既に帝国屈指の権力者から2回もお誘いがあるというのに。傲らないところも、また魅力」
ラットリンはくすりと笑って踵を返した。その表情は執事ではなく、もはや『兄』や『叔父』が見せるものに近かった。
「んー。ゼフュールは……相当、分が悪い。宰相様は半分お遊びとは言え、何もなければ朗らかに眺めていれば良いのですが……デウリアス殿下は少々危険な香りがしますね」
王子に見初められて喜ばない女性が居るとは。流石、陛下に怖じけず物言いをして、結果を出し、こんな屋敷まで手に入れるほどのことはある。ラットリンはこんなにも『面白い』主に仕えられて毎日が楽しそうであった。
——
「何度も申し訳ありません。アイネ様」
翌日。
またしても、デウリアスの使いという老執事がやってきた。
「殿下から、伝言を言付かって参りました」
「…………どうぞ」
警戒する。何を言われるか分かったものではない。諦めてくれるならば良いのだが、わざわざ伝言を寄越すとは。
「申し上げます。『素材の磨き方を知らぬのは平民出では当然であり、恥じることではない』」
「?」
疑問符が。
「『妻の話は一旦忘れよ。まずは我が城へ来たるべし』」
「…………え?」
増えて消えない。
アイネは一瞬、本当に何を言っているのか理解と考察が追い付かなかった。
「『招待状』をお渡しいたします。お待ちしておりますよ。アイネ様」
にやりと、不敵に笑って。老執事は帰っていった。
「…………えっと」
招待状なる書状を残して。
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