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15.月に酒、フロウの悩み
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ゴトゴト、ゴトゴトと、馬車に揺られるふたり。今夜は満月だった。窓から射し込む月の光を、フロウはぼんやりと眺めていた。
「んー……むにゃ……先輩それは……流石に……。河から学習院が出ると……麓のお姉さんが逆立ちします」
肩に乗るエヴァルタの頭部から、幸せそうな声が聞こえる。意味は全く分からないが、声は心地好かった。
「……座って寝ると寝相は悪くならないのか」
そんなささやかな発見をした所で、こんこんとノックが聞こえた。この馬車は巨大で、部屋がふたつ存在する。応じたフロウの部屋に入ってきたのは、キースだった。
「やあ、フロウ」
「キース」
フロウが扉を開けられない事情を察したキースは、フロウの向かいに座ってテーブルに瓶とグラスを置いた。
「良い馬車だ」
「最新鋭さ。ぐっすり寝たいならひとつ後ろの馬車へ移りな。まあ野郎が5人くらいイビキかきながら寝てるけどな」
「……なるほど、我々は厚待遇な訳だ。済まなかった」
「いやあ気にしないさ。……改めて再会を祝おうと思ったんだが、またにしとくか」
キースはすやすやと安心したように身体をフロウへ委ねて眠るエヴァルタを見て、口元が緩む。
「大丈夫だ。彼女の眠りは深い。少しのことじゃ起きないさ」
「そうか」
なら、と用意したグラスに酒を注ぎ、フロウに渡す。
「乾杯」
月に照らされたグラスが静かに交わされた。
ーー
「……結局、ギアは来なかったのか」
「らしい。詳しくは俺も聞いてないが」
「……無茶をしたのか、彼女は」
「だなあ。騎士団やレットに真っ向から挑んで。……俺はひやひやしたぜ。結果的に良かったものの」
「……彼女は、私の荷物となることを拒んでいたようだ。そんな訳は無いのに、自分にも何かできると私に見せたかったようだ。……そんなこと知っているのに」
「気持ちは分からんでもない。俺も商隊の荷物にならないよう、毎日必死でやってるからな」
「彼女は私より数段スペックが高い。本来なら私に意見を乞う必要はないのに」
「そりゃ関係ねえよ。エヴァちゃんはお前を尊敬して、信頼してるんだ。これはお前ら『ふたり』の旅なんだろ?どちらか一方の思い通りにはいかない」
「……話を変えよう。レットに会ったのか?」
「ああ。相変わらず無愛想だったな」
「そうだな。だが相手にすると恐ろしい。国境を越えるまで油断はできない」
「まあ、ここに居る限り大丈夫だ。越えてから、行く当てはあるのか?」
「『翡翠』であるティオー氏を訪ねる。国境から少し行った沿岸の街に屋敷を構えているという話だ。北上するから少し危ないが、できればそこで越冬しようと思う」
「金は?」
「今まで駐屯兵として稼いだ全てを持ってきた。冬を越せるくらいはあるさ」
ーー
「……なあキース」
「ん?」
フロウは徐に、キースに訊ねる。答えを望んではいないが、どうにも分からないことがある。
「この世界は、どうなっていると思う?『一族』とはなんだ?何故存在する?私は……何故性別が無いんだ?」
分からないことが多すぎる。城を出てからここまでは必死で、考える余裕は無かったが。ふと、また学生時代のように質問が湧いて出てきた。
「……『一族』のことは分からねえが」
キースは少し考え、フロウの顔を、その眼をじっと見て答えた。昔は教師に向いていたその眼が、今自分に向けられていることに少しだけ誇らしく思った。
「生物的には、中性は有利なんだろうな。子孫繁栄を目的としたら、自分の性別を自分の意思で決められるなんて、羨ましい限りだ」
「……羨ましい、か。お前はいつも、人とは観点が違うな」
「そうか?周りに女が多けりゃ男に、逆なら女になれば楽な人生だろ。仲良くなった相手がどっちだろうと結婚できる。世の中にゃ生まれる性別を間違えたって奴もいるんだ。自由意思で選択できるなら、それに越したことはないだろ」
「……私は中性について、まだまだ知識が足りない。お前は外国にも行っていて、世界について詳しいだろう」
「そうだな。中性は……10歳を越えた辺りから、自分の意思で性を司る『魔力』を操り、選んだ性別へ身体を成長させることができる」
「その事実は知っている。だが『魔力』という表現は初めて聞いた」
「これがすぐに変身できるモンじゃないらしく、例えば『男に成りたい』と思い続けて1ヶ月くらいで変化が現れて、完全に男になるにはさらに2ヶ月くらい必要らしい。そして当然だが、一度男になるともう女には成れないし中性にも戻れない」
「そうなのか」
「そして……ずっと中性であり続けると」
「……」
選ばず、そのままだと。フロウはキースの言葉を待つ。
「変身する『魔力』が無くなり、男にも女にも成れなくなる。生物として脱落する訳だ。『集落』は殆ど、そんな奴らの集まったコミュニティだ」
「……そう、なのか。私の『魔力』が無くなるのはいつ頃だ?」
「それは知らねえよ。個人差はあるだろ。だがまあ、今すぐってことも無いだろう」
「……」
自分の身体を未知の物を見るかのように振り返るフロウ。
「俺はさフロウ。お前は女が向いていると思うぜ」
「何故?」
そのキースの言葉に、はっとして眼を合わせる。対するキースは、あっけらかんとして答えた。
「かわいいから」
「……」
そしてそのフロウの眼は、半目になりキースをじっと睨み付けた。
「……私は女ではない」
フロウは、今まで向けられてきた『奇異の目』と同じくらい『女を見る目』を向けられることが苦手なのだ。
「分かってるよ。だが女になれば、美人になると思うぜ」
「……エルシャには男が似合うと言われたぞ」
「はっは。そうか、自分ではどう思う?」
「……それがはっきりしていれば、悩むことは無い」
「だろうな」
にししと楽しそうに笑うキースの声に、エヴァルタが居心地悪そうに「んん……」と呻いた。
「おっと。じゃ、この辺で俺も寝るわ。国境まではあと2日。まあ特にすることも無いし、気楽に揺られててくれ」
「ああ、感謝する。お休み」
「お休み」
ーー
フロウは、知識人として【落陽の街】では多少名があった。それゆえ、エヴァルタが話し掛けてきたのだ。それがあったから、ふたりは世界へ飛び出した。
しかし、一歩、国の端の街を出てみれば、分からないことだらけなのだと痛感した。フロウやレットと比べて特に成績が良くもなかったキースが、フロウの知らないことを知っている。それはキースが、世界中を旅しているからに他ならない。
知りたいと思った。ここに、正体不明の靄がある。全てを知れば、靄は解けるだろうか。フロウはエヴァルタの髪をひと撫でして、窓の外の傾きかけた満月に問う。
「1000年前に、確実に何かがあった。そうとしか思えない。私の悩みも、エヴァルタの疑問も……」
全て解き明かす。ふたりは、【落陽の街】を出ると同時に、世界へ勝負を挑んだのだ。エヴァルタとの話では、『一族』は1000年前の歴史に突如出現した。それを手掛かりに辿れば、彼女のルーツも追えるだろう。
「……ふっ。『魔力』、か。いよいよ『魔物』『妖怪』じみてきたな」
襲い来る睡魔にまどろみつつ、嘲笑しながら思い出すのは、やはり幼い頃聞かされた、『メア姫と魔物』の童話。
そう、これの舞台となったのは確か、1000年ーーーー
「っ!?」
「んー……むにゃ……先輩それは……流石に……。河から学習院が出ると……麓のお姉さんが逆立ちします」
肩に乗るエヴァルタの頭部から、幸せそうな声が聞こえる。意味は全く分からないが、声は心地好かった。
「……座って寝ると寝相は悪くならないのか」
そんなささやかな発見をした所で、こんこんとノックが聞こえた。この馬車は巨大で、部屋がふたつ存在する。応じたフロウの部屋に入ってきたのは、キースだった。
「やあ、フロウ」
「キース」
フロウが扉を開けられない事情を察したキースは、フロウの向かいに座ってテーブルに瓶とグラスを置いた。
「良い馬車だ」
「最新鋭さ。ぐっすり寝たいならひとつ後ろの馬車へ移りな。まあ野郎が5人くらいイビキかきながら寝てるけどな」
「……なるほど、我々は厚待遇な訳だ。済まなかった」
「いやあ気にしないさ。……改めて再会を祝おうと思ったんだが、またにしとくか」
キースはすやすやと安心したように身体をフロウへ委ねて眠るエヴァルタを見て、口元が緩む。
「大丈夫だ。彼女の眠りは深い。少しのことじゃ起きないさ」
「そうか」
なら、と用意したグラスに酒を注ぎ、フロウに渡す。
「乾杯」
月に照らされたグラスが静かに交わされた。
ーー
「……結局、ギアは来なかったのか」
「らしい。詳しくは俺も聞いてないが」
「……無茶をしたのか、彼女は」
「だなあ。騎士団やレットに真っ向から挑んで。……俺はひやひやしたぜ。結果的に良かったものの」
「……彼女は、私の荷物となることを拒んでいたようだ。そんな訳は無いのに、自分にも何かできると私に見せたかったようだ。……そんなこと知っているのに」
「気持ちは分からんでもない。俺も商隊の荷物にならないよう、毎日必死でやってるからな」
「彼女は私より数段スペックが高い。本来なら私に意見を乞う必要はないのに」
「そりゃ関係ねえよ。エヴァちゃんはお前を尊敬して、信頼してるんだ。これはお前ら『ふたり』の旅なんだろ?どちらか一方の思い通りにはいかない」
「……話を変えよう。レットに会ったのか?」
「ああ。相変わらず無愛想だったな」
「そうだな。だが相手にすると恐ろしい。国境を越えるまで油断はできない」
「まあ、ここに居る限り大丈夫だ。越えてから、行く当てはあるのか?」
「『翡翠』であるティオー氏を訪ねる。国境から少し行った沿岸の街に屋敷を構えているという話だ。北上するから少し危ないが、できればそこで越冬しようと思う」
「金は?」
「今まで駐屯兵として稼いだ全てを持ってきた。冬を越せるくらいはあるさ」
ーー
「……なあキース」
「ん?」
フロウは徐に、キースに訊ねる。答えを望んではいないが、どうにも分からないことがある。
「この世界は、どうなっていると思う?『一族』とはなんだ?何故存在する?私は……何故性別が無いんだ?」
分からないことが多すぎる。城を出てからここまでは必死で、考える余裕は無かったが。ふと、また学生時代のように質問が湧いて出てきた。
「……『一族』のことは分からねえが」
キースは少し考え、フロウの顔を、その眼をじっと見て答えた。昔は教師に向いていたその眼が、今自分に向けられていることに少しだけ誇らしく思った。
「生物的には、中性は有利なんだろうな。子孫繁栄を目的としたら、自分の性別を自分の意思で決められるなんて、羨ましい限りだ」
「……羨ましい、か。お前はいつも、人とは観点が違うな」
「そうか?周りに女が多けりゃ男に、逆なら女になれば楽な人生だろ。仲良くなった相手がどっちだろうと結婚できる。世の中にゃ生まれる性別を間違えたって奴もいるんだ。自由意思で選択できるなら、それに越したことはないだろ」
「……私は中性について、まだまだ知識が足りない。お前は外国にも行っていて、世界について詳しいだろう」
「そうだな。中性は……10歳を越えた辺りから、自分の意思で性を司る『魔力』を操り、選んだ性別へ身体を成長させることができる」
「その事実は知っている。だが『魔力』という表現は初めて聞いた」
「これがすぐに変身できるモンじゃないらしく、例えば『男に成りたい』と思い続けて1ヶ月くらいで変化が現れて、完全に男になるにはさらに2ヶ月くらい必要らしい。そして当然だが、一度男になるともう女には成れないし中性にも戻れない」
「そうなのか」
「そして……ずっと中性であり続けると」
「……」
選ばず、そのままだと。フロウはキースの言葉を待つ。
「変身する『魔力』が無くなり、男にも女にも成れなくなる。生物として脱落する訳だ。『集落』は殆ど、そんな奴らの集まったコミュニティだ」
「……そう、なのか。私の『魔力』が無くなるのはいつ頃だ?」
「それは知らねえよ。個人差はあるだろ。だがまあ、今すぐってことも無いだろう」
「……」
自分の身体を未知の物を見るかのように振り返るフロウ。
「俺はさフロウ。お前は女が向いていると思うぜ」
「何故?」
そのキースの言葉に、はっとして眼を合わせる。対するキースは、あっけらかんとして答えた。
「かわいいから」
「……」
そしてそのフロウの眼は、半目になりキースをじっと睨み付けた。
「……私は女ではない」
フロウは、今まで向けられてきた『奇異の目』と同じくらい『女を見る目』を向けられることが苦手なのだ。
「分かってるよ。だが女になれば、美人になると思うぜ」
「……エルシャには男が似合うと言われたぞ」
「はっは。そうか、自分ではどう思う?」
「……それがはっきりしていれば、悩むことは無い」
「だろうな」
にししと楽しそうに笑うキースの声に、エヴァルタが居心地悪そうに「んん……」と呻いた。
「おっと。じゃ、この辺で俺も寝るわ。国境まではあと2日。まあ特にすることも無いし、気楽に揺られててくれ」
「ああ、感謝する。お休み」
「お休み」
ーー
フロウは、知識人として【落陽の街】では多少名があった。それゆえ、エヴァルタが話し掛けてきたのだ。それがあったから、ふたりは世界へ飛び出した。
しかし、一歩、国の端の街を出てみれば、分からないことだらけなのだと痛感した。フロウやレットと比べて特に成績が良くもなかったキースが、フロウの知らないことを知っている。それはキースが、世界中を旅しているからに他ならない。
知りたいと思った。ここに、正体不明の靄がある。全てを知れば、靄は解けるだろうか。フロウはエヴァルタの髪をひと撫でして、窓の外の傾きかけた満月に問う。
「1000年前に、確実に何かがあった。そうとしか思えない。私の悩みも、エヴァルタの疑問も……」
全て解き明かす。ふたりは、【落陽の街】を出ると同時に、世界へ勝負を挑んだのだ。エヴァルタとの話では、『一族』は1000年前の歴史に突如出現した。それを手掛かりに辿れば、彼女のルーツも追えるだろう。
「……ふっ。『魔力』、か。いよいよ『魔物』『妖怪』じみてきたな」
襲い来る睡魔にまどろみつつ、嘲笑しながら思い出すのは、やはり幼い頃聞かされた、『メア姫と魔物』の童話。
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