探求心の魔物

弓チョコ

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9.人間の種類とお金

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「……参ったな」
「ああ。予想外とは言わないが、ちと厳しい」
「~♪」
 キース・ウィンゴット。短髪糸目の彼は、その会話を楽しそうに聞いていた。
「今年になって何か騒々しい。どの街へ入ってもそんな印象だ。ああ勘だ。だが商人の勘は……馬鹿にしたものじゃない」
 3つの馬車を群れにして、最後尾の荷車で会議が行われていた。
「次の目的地は【蒼穹の街】だが、どうする?」
 ひとりが口火を切る。
「盗賊と騎士団か。厄介事になるのは明白だ」
「だが、そこに商機はあるとも考えられる」
「そうだな。騎士団は金持ちだ。うまくいきゃ、先だっての街での赤字も取り返せる」
 商隊は意見が割れていた。【蒼穹の街】へ行くか、行かないか。
「キースはどうだ?」
「!」
 そこへ、意見の参考に新入りに振られる。彼はまだ半人前だが、『鼻が利く』ことで認められていた。
「【蒼穹の街】へは毎年行っている。俺達を楽しみにしてくれるお客も居る。できれば行きたいのは皆同じだ。だが今はリスクがある。どれだけ勉強して一般論を学んでも、『そこ』を嗅ぎ取れる嗅覚が無いと商人として大成しない。そこでキース。お前の考えは?」
「……」
 キースは頭から手を離し、皆が自分を待っているのを確認してから、口を開いた。
「行きましょう。嗅覚なんかじゃない。具体的なメリットがあって、中長期的にリスクと釣り合います。例え【蒼穹の街】で損害を出しても」
「ほう、なんだ?」
 キースは1通の手紙を取り出した。
「それはなんだ?」
 自信満々の若手に、興味津々の商人達。キースはにやりと笑みを浮かべた。
「『一族』との、コネクション」

ーー

ーーー(視点変更)ーーー

 私達はエルシャの家を出た。ギアの存在がレットにばれた以上、エルシャも疑われるだろう。何かしら接触はしてくる筈だ。
「どうするのよ。外は危ないのに」
「ギアを探す。万が一の場合に、奴が居ると生存率は上がる」
「……まあ、私は戦えないからね。じゃあね。私ができるのはここまで」
「ああ。助かった。ありがとうエルシャ」
「ありがとうございました。また遊びに来ます」
 エヴァルタの言葉に、エルシャは微笑んだ。
「そうね。その時は、オススメの本を沢山紹介してあげる。それとフロウ」
「?」
 エルシャは私に、ちょいちょいと手招きをした。近付く私の耳元で小声になる。
「あんたは男になるべきよ。誂え向きのお姫様も居るし。それに頭が良いし、浮気もしない良い夫になるわ」
「……アドバイスとして受け取っておこう」
「ま、そうなったらもう一緒にお風呂入れないけどね」
「そうだな」
 ……ギアは、浮気したのか。こんな良い女性がいるというのに、馬鹿め。
「あともうひとつ」
「まだあるのか」
 借家を出る私達に、彼女は1通の手紙を渡してきた。
「これは?」
「あんた達、ここから国境を越えるんでしょう?ならその先は[阿僧祇の国]よね。妹に会ったら渡してくれない?」
「エルシャさんの、妹さん?国外に?」
 エヴァルタが訊く。
「ええ。エヴァルタちゃん。あなたの目的からしても、あなた達が彼女に会う確率は高いわ。妹の名前はミーシャ。『臙脂の一族』よ」
「!」
 エヴァルタは驚愕していたが、私はその話を知っていた。『臙脂』のミーシャ・オーシャンは行方不明とされているが、さすがに親族は居場所を知っているのか。

ーー

「この世界には、人間は複数種存在している。普通の人間と、『一族』達だ」
「……種類……ですか」
 以前彼女は我々を異物と呼んだ。だがそもそも種類が違うなら、異物でもなんでもない。
「ああ。同じ鳥でも鴉と鳩が違うように、人間にも種類が居る。今はお前達を『一族』と一括りにしているが、本来は『普通の人間』と『一族』と同じくらい、『一族同士』は掛け離れている。普通の人間の数が単純に多いため、普通の人間視点で社会が回っているだけだ。『一族』の比率が多い集団ではその価値観は違うだろう」
 どこを目指すでもなく、街をうろつく。一応、ギアが寄りそうな馬小屋なんかを探したりしている。
「じゃあ、例えばその『臙脂』の妹さんも、私とは違うのですか」
「ああ。『臙脂』の身体に不死性は無い。だがどうあれ、今の世の中だと『一族』であることは優位だ」
「何故ですか?戦闘力?」
 エヴァルタの言うことも間違いじゃない。古来から『一族』は皆運動能力に長け、いくつもの勝利を飾ってきた。しかしそれだけではない。
「貨幣が流通し、経済と言う言葉が出てきた。今や人、物の流れは国境を越える。世界が資本主義になりつつある今、『一族』であるということは、つまり『金になる』」
 そこまで言って、エヴァルタは拍子抜けしたような顔をした。
「なあんだ。お金ですか」
「分かってないな。命と心以外の全てと交換出来るのがお金だ。『お金がある』という状況は『幸せ』ととても近い。お前だってお金があれば、知りたいことは知れるぞ。城の中からでも。私だって同じだ。お金があれば、中性者の社会的立場向上を目的とした団体だって作れる。それを拡大することも」
「そっ。それはそうですけど」
「勿論、こうして自分達の足で世界を回ることで得られる経験は尊い。だけど、それはお金が『あっても』できる。そしてより良い旅ができる。今もそうだ。お金があれば、越境くらい訳はない。それどころか逃亡の罪すら揉み消せるだろう」
「……」
「まあなんでも全部できる訳じゃない。だけど大抵はできる。その『大抵はできる』ことが、お金の無い人達に取ってはどれだけ焦がれても手に入らないものだ」
「先輩、もしかして私を使ってお金儲けを考えてます?」
 お金の大切さを語っていると、エヴァルタが疑いの眼を向けてきた。
「嫌なら無理強いはしない。私がやる」
「えっ。何をですか?」
「まあなんにせよ、この国を出てからだ。[阿僧祇の国]には『一族』はひとりしかいないと思っていたが、エルシャの妹も居るならふたりだな。それに確かあそこは『一族』の研究が活発だ。世界について、お前について。何か進展があるかもな」
「ちょっ。ちょっと、何を考えてるんですか?『私がやる』ってなんですか?」
「さあギアを探すぞ。奴の馬は目立つ筈だ」
「先輩っ」

ーー

 因みに、『中性』は差別用語だ。そして我々『中性』は、人間の出来損ない、つまり『人間以下』とされる。地域によっては完全に迫害されている所も少なくない。【天蓋の街】では奴隷にされていたのを見たな。
 我々は自分達を『両性』と呼ぶ。学者は我々を『完全体』と呼称する。中途半端な我々が何故『完全』なのかは、学者に訊いてみなければ分からない。
 そんな学者であり、『翡翠の一族』でもある男性が居る。現在の私達の目的の人物だ。名前はティオー・フルロイド。年齢は確か100を越えている。[阿僧祇の国]で大きな屋敷を構えている。『大抵はできる』お金持ちときた。
 長命な、しかも学者をしている彼なら、エヴァルタの謎も解決できるかもしれない。
 国境だ。それさえ越えれば、ティオー氏まですぐなのだ。
 死に物狂いで、レットの追撃をかわしてやる。
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