隣人以上同棲未満

弓チョコ

文字の大きさ
上 下
21 / 30

第21話 一夜を共にする関係

しおりを挟む
「俺は——……」
「おにーさん?」

 何かを言いかけて。

「ちょ……おにーさんっ!」

 私の肩を掴んで。
 ドキドキしながら待ってたら。

「……ぅ……ん……」

 ふらりと、おにーさんの体勢が崩れて。

「……おにー……さん」
「……すぅ……ん」
「寝た……」

 どさりと倒れて。
 そのまま眠ってしまった。

「…………」

 テーブルを見る。
 おにーさんが開けた缶は、4つ。
 結構呑んだな……。
 でもあんまり、顔には出ないタイプだ。気付かなかった。私なんかすぐ赤くなっちゃうのに。

「……」

 何を言おうとしたのかな。
 愛の告白だったら嬉しいな。

 そんなことを考えながら、ちびちびと呑む。

 おにーさんの寝顔。毎朝見てるけど、夜は珍しい。いつも寝る前に自分の部屋に戻ってるから。

「…………おにーさん」

 じっと見ていると、なんだか変な気持ちになってくる。
 視線は、私の意思とは無関係に。唇とか、胸元とか。

 結構、筋肉質で。細身だけどよく見たら逞しいよねえ。

「起きないと、悪戯しちゃいますよ~」
「…………」

 起きない。

「……じゃあキス、しちゃいますね」

 本当は、駅でもキスしたかった。会ってすぐに。
 だけど。そんなにせがむといやらしい子だと思われてしまう。

 でも。でも。

 私達は恋人なんだし。しても良いじゃない。

「ん……」

 お酒の匂い。
 あとおにーさん。

 頭と胸が、幸せで満たされる。

「……まだ起きませんか~っ?」

 大好きだ。
 今気付いた。今。
 おにーさんが無防備で、私の目の前で、横たわっている。

「じゃあもっと悪戯しちゃいますね」

 キスをしてから。
 ずっと、したかったこと。

 ほっぺにもキスした。

 耳を少しだけ咥えてみた。

 胸板を撫で回した。

 頬擦りもした。

「……!」

 おにーさんの心臓の音が聴こえてきた。

 興奮した。

「おにーさん……っ」

 毛布を持ってきて、添い寝する。今日は良い。

 どうせ明日も明後日もお休みだ。メイクも落としてないしお風呂も入ってない。

 ……いや流石にメイクくらいは。

「……良いや」

 良いやと思ってしまった。目の前のおにーさんを見ていると、ここから離れることの方があり得なかった。

「おにーさん」

 おにーさんと、呼ぶ度に。自分の中の気持ちが1段階高揚する。
 心地好いんだ。耳と脳に。その言葉が。台詞が。音声が。
 私はこの呼び方が好きなんだ。

 多分、キモい、けれど。

 でも関係無い。

「おにーさんっ」

 1枚の毛布に、一緒にくるまる。おにーさんは起きる気配が無い。
 このまま。このまま寝よう。
 それが至福だ。今寝るのが完璧だ。

「……おやすみなさい」

 おにーさんの胸は広い。
 おにーさんの腕は太い。

「……ふふ」

——

——

 起きた。

「…………」

 起きたということは、寝ていたということ。

「…………」

 寝た記憶がない。待て。思い出せ。最後の記憶は——

「……ぁ」

 毛布。こんなの出したっけか。

「……んぅ」
「!」

 身体の隣で。横で。
 何かの気配と感触があった。

 見る。

「…………お」

 ほのかが、俺の隣で寝ていた。ぐっすりすやすやと。

「すぅ……。ふぅん……。すぅ」

 可愛らしい寝息を立てながら。

「おわあっ!!」

 飛び起きた。ばっちりと目が覚めた。
 何?
 何だ?
 何が起きてる?

「…………ふぅん」

 可愛い。
 いや待て!

 髪! ……やや乱れている。
 服! ……乱れてはいない。

「…………取り敢えず……過ちを犯してはいない……のか……?」

 落ち着け。
 段々思い出してきた。

 お酒呑んでたんだ。それで、俺は呑み過ぎて眠ってしまった。
 その後ほのかも寝ちゃったと考えるのが妥当……なのだが。

 何故毛布1枚を、シェアしながら?

「……すぅ」
「…………」

 むちゃんこ幸せそうに眠っていらっしゃる。
 そう言えば、ほのかが寝てる所を見るのは初めてだな。いつも寝る前に自分の部屋へ帰っていくから。

 ……昨日の俺よ。
 泊まっていけよと、言ったのか?

 駄目だ覚えてない。

 ていうか反射的に起きてしまったけど。
 ずっと、ほのかは俺の腕に引っ付いていた訳だ。

 その、柔らかいであろう感触を。
 はっきりと意識する前に、退いてしまった。
 ミスった。
 勿体無いことした。

「……ほのか?」
「…………んぅ」

 起きない。
 キャミソールみたいな肩出しスタイルで。

 汗ばんだ腕。

「……待て待て。まず俺だ。今日はほのかの実家へ行くんだから。取り敢えず風呂だ風呂」

 危ない。
 朝から妙な気を起こす訳にはいかない。もうすっかり酔いは覚めている。

 俺が寝落ちしてから何があったのかは、後で訊けば良いだけだ。

 ……話してくれるかは分からないが。

 気持ちを切り替えろ。
 今日は彼女のご家族に会うんだ。

——

——

 起きた。

「…………」

 自然に目が覚めるのは珍しい。いつもの『明日への扉(目覚まし)』が鳴らないとは。早く起きてしまったのかな。

「……あれ?」

 景色が違う。
 天井の位置がおかしい。
 身体がなんか痛い。

「——~~っ!!」

 そうだっ!

 き、昨日は……っ。

「おっ。起きた?」
「おに————!」

 奥からぬっと現れた、愛しい顔。
 吃驚と恥ずかしさから、私は咄嗟に毛布にくるまった。

「……ほのか?」
「いやっ! えっと! ……ぅぅっ」

 暑い。
 すぐに毛布を蹴飛ばした。

「…………おはようございます」
「うんおはよう。ほのか、昨日は——」
「待っ」

 昨日のことを。
 ことがっ。

 ば、ば。
 バレている……?

 うわあああ!
 死ぬ!
 あれは。

「あれはっ。えっとっ。わ、私も酔っていたと言いますかっ!」
「うん。……え? 何のこと?」
「……! ……へっ。覚えて、ませんか?」
「……な、何かあっ……ちゃったの?」

 恐る恐る訊ねる。
 するとおにーさんも、恐る恐る訊き返してきた。

「な、なんでもありません! ごめんなさい。私も酔っぱらって、眠っちゃって。あはは……」
「お、おう……。吃驚した。起きたら居たから」
「えへへ……。吃驚させちゃった」

 よし!
 バレてない! セーフ!

「じゃ、じゃあ、ごめんなさい私っ。ちょっと戻って準備してきますのでっ」
「ほいほい」

——

 音速で部屋を出た。
 顔から火が出そうだった。

「…………!」

 昨日のことは。
 全部そっくり丸ごと覚えている。
 明らかに酔っていた私は。
 おにーさんに色んな悪戯を……。

「…………!」

 あんなの、素面じゃ絶対できない。無防備で寝ているのを良いことに。

「……ふぅ」

 でも。
 酔った勢いでも。やっておいて良かったなと。
 思う私が居る。

「……おにーさん」

 思い出しながら呟いて。

「よし」

 気持ちを切り替えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お見合いすることになりました

詩織
恋愛
34歳で独身!親戚、周りが心配しはじめて、お見合いの話がくる。 既に結婚を諦めてた理沙。 どうせ、いい人でないんでしょ?

懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。 兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。 リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。 三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、 「なんだ。帰ってきたんだ」 と、嫌悪な様子で接するのだった。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...