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作戦会議前の顔合わせといきましょう

誠に恐縮ながら独断で作戦開始させていただきたく存じます

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9月3日 

まどかが転校してきて遅3日。
何故か疲労感が凄い。本当に何故かわからないけど。
…多分、視線を感じるからだろうな。
3日経ってもまどかが注目されなくなることはなく、むしろ彼女を一目見ようと教室に押しかけてくる人数が若干増えた。
ここ1週間以内に絶対ファンクラブができる。断言できる。
嫌じゃないの、と聞いたら慣れたし変なことされるわけじゃないし、と笑顔でさらりと言われた。ほお、これが美人の余裕か。なんか違うと思うけど腹立つ。
ちなみに私は言うまでもなく慣れない。私なんて誰も見ていないとしても慣れない。
…そういえば今日は1時間目から学活だった気がする。
何やんだっけ。
「ねぇ、今日の1時間目ってなんの話だっけ」
「生徒会選挙についてだよ」
間髪入れず答えが返ってきた。さすがまどか、ぱっと見優等生なだけはある。
「めんどいやつか。寝ようかな」
「堂々と居眠り宣言するんだ」
私の発言に苦笑しながら隣で返したまどかは、それからくいっと私の方に顔を向けて、
「でも多分、寝てる場合じゃなくなると思うけどね」
と、微笑んだ。
その瞬間、けたたましい音をたてて反応する私の中の警報機。
「…それ、どういう」
「何が?学校の大事な先導者となる生徒会の話となれば、呑気に寝られる訳がないって話だよ」
またもにーっと微笑むまどか。
嘘だな。
まどかはそんな安っぽい発言私にしない。それに微笑む顔が完全にいたずらっ子の笑顔になっている。驚かせたい、早く言いたくて仕方がないって顔。
問い詰める前にホームルームが始まって、いつものように棚ティーがテンション高く元気を振りまいて滑っていたが、私は静まらない胸騒ぎに全くそれどころではなかった。

1時間目。
私の心配とは裏腹に、授業は滞りなく進んでいた。
選挙管理委員会の香山さんによる選挙についての簡単な説明が終わって、棚ティーによるさらに詳細の説明が始まる。
「まぁ、大体選挙管理委員の言った通りなので特に補足はないんだがー」
おい。
私達が冷たい目で棚ティーを一瞥する中、まどかがすっと手を挙げた。
全員の視線が彼女に集まる。嫌な予感はどうやら的中するらしかった。
「なんだ、質問か?」
「いえ、先生、先程香山さんが言っていた立候補についてのルールをもう一度言っていただけませんか?」
「え?さっき香山が言ったのにか?」
棚ティーが何度も瞬きしながら間の抜けた顔で聞き返す。はい、と爽やかなスマイルで返されて一瞬でおっさんのにやけ顔に変わるあたりがセクハラ全開だ。
「まぁ、どうせ言うこともないしいいけど、なんか意味あんのか?」
はい、とまどかは微笑みを崩すことなく頷いた。
立候補のルールなんて聞いて一体何になるのか全くわからないが、やはり何かするつもりらしい。
周りが微かにざわつく中、能天気な声で棚ティーが説明を始めた。
「えーっと、まず役職は各委員の委員長。美化、図書情報、健康安全、合唱、生活それぞれ1人だから合計5名だな。それから執行委員が5名と、生徒会長が1名。立候補人数に制限はなく、これらの役職は生徒であれば誰でも立候補することができる。指定人数より立候補数が多い場合は選挙、指定人数ぴったりの場合は信任投票となって、選挙は全校参加。もちろん投票人数が多い方が選ばれる。投票については枠からはみ出す、もしくは薄かった場合無効票となるので注意するように。また、立候補者への先入観を持った言動はもちろん、投票も控えるように。宣言を聞いた上で誰が投票するのかを決めるのは、当たり前だな。
…まぁ、大雑把に言うとこんなもんでいいのか?」
「はい、ありがとうございます」
黙って聞いていたまどかは、またもにっこり微笑む。
「で、これがどうかしたのか?」
「いいえ、何も。話を中断してしまい申し訳ありませんでした、続けてください」
棚ティーは先ほどよりも酷い間抜け面を晒しながら、いいのか?とほにゃっとした声で聞き返した。はい、と頷かれて返す言葉を見つけられなくなっている。
意図の全くわからないまどかの言動に、クラス中が頭を疑問符でいっぱいにした。
何かある。それは断言できるのにそれがなんなのか全くわからない。
じゃあ、続けるぞ、いいかと納得のいかない様子で口を開く棚ティー。
返事を待たず話し始める。
「えー、詳細は今言ったな。後特にはない…あぁ、忘れてた。執行委員に立候補したい奴はいるか?」
言いながら、クラス全体を見回す棚ティー。
私達一年にとっては初めての選挙だ。いきなり執行委員に立候補しても落ちるだけだと大概のものは諦める。毎年必ずと言っていいほど指定人数より多い人数の立候補が出て、歴代1人か2人は立候補するものの、ここ数年選ばれた人間はいないと先輩が言っていて記憶がある。
「先生」
よく響く声と共にすっと手を挙げたのはまどかだった。
棚ティーが驚いたように尋ねる。
「霜咲、執行委員に立候補するのか?」
なるほど、やっと分かった。こいつは転校早々選挙に出ようとしているのだ。
普通の人間にとっては無謀だが、こいつならやってしまうような気がする。と言うか必ずなるのだろう。心の中で1人頷く私。
しかしまどかの答えは私の予想と覆っていた。
「いいえ、そうではありません」
凛とした声で言い切って、笑顔で首を振るまどか。
明らかに困惑しきった棚ティーが何か言おうとするまえに、彼女は続ける。
「私は生徒会長に立候補します」
してもいいですか、ではなく、します、だった。
教室の微かなざわめきがどよめきに変わって、一気に騒がしくなる。
先ほどにも増して困惑した表情をした棚ティーが、恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「まだ1年だぞ?転校してきて気持ちが張り切ってるのは分かるが、そういうのは3年からでも遅くない。まずは執行部からでもー」
「一瞬の気の迷いではありません。気持ちは前から固まっています。それに、先生自身仰ったではないですか?これらの役職は生徒であれば誰でも立候補することができると。立候補者への先入観を持った言動は控えるように、そうでしょう?」
異論はありませんよね、とまどかはにっこり微笑んだ。
その悪魔のような天使の微笑みを前に、人間は頷く以外のすべをもってはいない。
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