「キミ」が居る日々を

あの

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本編

前編1~二重人格~

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人は辛いことがあると、別人格を作って心を守ろうとすることがあるらしい。
所謂多重人格というやつだ。正式には乖離性同一性障害と言うらしい。

ーーが、俺は別に辛いことがあったわけでも無く昨日突然俺の別人格が表に出てきた。

いや、今まで辛いことが無かったのかと聞かれれば否と答えるが、少なくとも昨日は特に何もなく普通の一日だった。

昨日の夕方に事故に巻き込まれそうになるまでは…

あぁ、でもそれはアイツが出てきたおかげで何事も無く終わったんだっけか。

俺はアイツの衝撃で忘れかけていた昨日の出来事を思い起こす。

***

時は昨日の夕方頃。
部活を終えて帰路についていたときだ。

夏も近いため部活終わりでも外はまだ明るかったが、流れてゆく雲の端が少し紅に染められていた。

交差点で待っていた信号が青になり、横断歩道を歩いていたその時。

「暴走車だ!」

交差点に居た誰かがそう叫んだため、思わずその場に立ち止まってしまった。

俺が立ち止まった道路側のレーン。猛スピードでこちらに走ってくる赤色の車が見えた。

走ればまだ避けられる距離だ。
そう、冷静に判断する思考とは反対に体は凍ったように動かなかった。

背中に嫌な汗が流れる。

あぁ、こういうとき世界がスローモーションで見えるって本当だったんだな。

そんなどうでもいいことを思考の端でうっすらと考えている間にも車は俺めがけて走ってきている。その時だった。

ーー危ない!!!

聞き覚えのある声が頭に響いた次の瞬間、俺の体が走り出した。

赤色の影が俺の後ろを通り過ぎていく。
もう少し走るのが遅ければ轢かれていた。

「危ないだろ!あの、くる…ま……?」

『俺』の叫ぶ声が段々と小さくなっていく。そして、困惑したように両手を見つめる。

俺はその様子をただ眺める。
意識はある。なのに体は動かせない。
否、動かしてはいる。
俺ではない、誰かが。

『は?どうなってるんだ?』

俺は呆然と呟いた。
勿論口は動いていないが。

すると『俺』はビクッと反応し、フリーズする。
俺の声が聞こえているようだ。

いや、本当にどうなってるんだ?
さっきのだって、呟いたとはいえ音として世界に吐き出されたわけではない。
なのになぜ聞こえたたんだ?

うーんと唸りながら考える。

…俺は俺の中に居るのか?だから同じ中に居る『俺』には声が聞こえたと?
ん?そもそも此奴は誰なんだ?

…いや、うん、考えてもわからんな。

考えれば考える程自分でもわからなくなってくる。
もう、此奴が動き出すのを待ってりゃいいか。

俺は考えることを放棄した。

あーー、もー、
此奴早くフリーズしてるの戻らないのか?
解凍だ、解凍!

心の中でふざけながらしばらく待っていると、やっと『俺』が口を開いた。

「セツ、なのか………?」
『そうだが…お前は俺の何なんだ?』
「お、れは…」

そこで『俺』はまた黙りこくってしまった。
何か考えているようだ。

だが、今度は比較的早く話し出した。

「…俺はお前の別人格だ。二重人格、というやつだな。どうやらさっき入れ替わってしまったみたいだ」
『ん?は?え?』

驚きすぎて変な言葉ばかり出てしまった。

というか二重人格?俺、初耳なんだが?

「驚くのも仕方がないが、こうなっている以上、信じるしかないだろ?」
『正直信じられないがまぁ、それは信じるとして、どうやったら元に戻るんだ?』
「さぁ?」
『おい』
「うーん、まぁ、セツが外に出ようと意識すりゃあいいんじゃないか?元々の体はセツのだし」

外に出ようと、ねぇ…
目を瞑って自分の外側に出るイメージをする。

「お…戻ったぁぁあ!」

スッと浮かび上がるような感覚がした次の瞬間には感覚が元に戻っていた。

元に戻って安心したところで、気づいた。
気づいてしまった。

今いるのが人の多い交差点だということを。

つまりは、ずっと独り言を呟いていた変人に見えていたわけで。
あまつさえ叫んでしまっていたわけで…

そろそろと周りを見るとこちらに数人分の目が向けられていることがわかった。
ただ、不幸中の幸いとでも言えるだろうか。
さっきの暴走車の混乱のおかげで俺を訝しむ人は思ったより少ない。

俺は叫んで走り出したい衝動を抑えながらそそくさとその場を去った。

***

とまぁこんな感じだ。
だが、最後のは思い出さなくてもよかったな。
忘れよう。

『どうした?』

昨日のことを思い出して自分の部屋のベッドの上で恥ずかしさにのたうち回っていると頭に声が響いた。

「昨日ハルと入れ替わってたときのこと思い出してどっかの穴にでも埋まりたくなってたんだよ…」
『……?』

見えてはいないが彼奴が首を傾げて不思議そうにしている姿が思い浮かぶ。

完全に元に戻ったと思っていたが、そうでもなかったらしくあの後から俺の別人格と頭の中で会話できるようになった。

名前は昨日家に帰って声が聞こえるとわかったときに、なんて呼べばいいか尋ねてみたら『じゃあハルとでも呼んでくれ』と言われたからそう呼んでいる。

どうやって名前を決めたのかは謎だ。
だが、そこまで悩まずサッと答えたから適当に答えたのかもしれない
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