人間なんかに負けたくない!

浅木

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第三話: ウサギの視野を見習え!

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人間が夕食を食べてる間、俺様はあいつを怯えさせる方法を考えていた。

今日からこの部屋を住処にするっていうんだから、部屋の主として舐められないようめちゃくちゃ怖がらせてやりたい。

(なんかいい方法ないかな……)

アイデアを求めて押し入れの中を見渡すけど、俺様の下にある敷布団と掛け布団、枕くらいしか見つからない。

この部屋に数年いるならまだしも、きたばっかじゃ当然か。

しょうがないから、隠し持ってた心霊特集の雑誌を開く。

俺様の姿はあいつから見えないのに、わざわざ押し入れに入ったのはこれが理由だ。

俺様には、見つからないようにって念じながら物質に触ると、その部分を生物から隠せる力がある。

隠せるって言うのは、移動させてもないのに、五感を使っての感知……例えば、見たり触ったりができなくなるって考えてくれたらいい。

俺様からみたら、隠したものは変わらず目の前にあるけど、生物からみれば、目の前から突然消えたように見えるらしい。

めちゃくちゃ便利な力だけど、こいつには弱点もある。

それは、触れた部分しか隠れないこと。

本や漫画は外側だけを触っても、中身の部分は隠れない。

どうしても隠したいなら、1ページずつ念じて触んなきゃいけない。

それは流石にキツいから、外側しか隠してない漫画や雑誌なんかは、隠れて読まなきゃいけないわけだ。

死んでから使えるようになった力はどれも理屈がわかんないものばっかだけど、この力は特に謎だ。

宙に浮いたまま、ペラペラとページをめくる。

プールで泳いでたら足をつかまれて死にかけた話や、寝ている時に金縛りにあって、恐ろしい形相の幽霊に首を絞められた話。

それらを見てると、「なんで俺様は人間に触れないんだよ!」って感情がわいてくる。

この雑誌だけじゃなくて、テレビでも幽霊に足をつかまれたとか腕をつかまれたって人間を見たことあるから、多分ウソじゃないはず。

俺様以外の幽霊に会ったことないから、ほんとかどうかはわかんないけど。

……もし、俺様以外の幽霊に会えたら、人間を脅かす方法とか、この部屋から出る方法とか色々相談できるのに。

(……あー、つまんねー)

急に浮いてるのがめんどくさくなって、綺麗に畳んであった布団の中に沈み込む。

この雑誌はもう何度も読んでるから、内容は大体把握してる。心霊写真も心霊話も全部、だ。

そんなところから新しくアイデアをもらうなんて、そりゃ難しいに決まってんだろ。

(あーあ)

今なら、文句垂れ製造機の気持ちがわかる気がする。

やけくそモードに入って、読んでた雑誌を放り投げる。

バサッと押し入れの壁に当たるおとがして、半開きのまま布団と壁の間に挟まった。

(……)

なんだか悪いことをした気分になって、雑誌を救出。

気分じゃなくなったし、他のことをやろうとした時、ある文字をみて閃いた。

(これだ!!)

がばっと起き上がって、目の前まで雑誌を持ち上げる。

王道だけど、この方法は今までの人間に試したことなかった。

なんせ、試す前にほとんどのやつが逃げ出したから。

これならインパクトもあるし、のほほんとしたあいつでも恐怖を感じるにちがいない!

へらへら笑ってられるのも今のうちだぞ!
ビビってチビるんじゃねーぞ!

込み上げてくる喜びが顔をニヤつかせる。

よし、そうと決まったら早速作戦をーー。

「わぁぁっ!?」

突然、悲鳴に近い叫び声と共に、ガタタッとかガシャンッとか色々な音が襖の向こうから聞こえてくる。

(なっ、なんだ……!?)

とっさに襖を開けて飛び出してみると、目の前に広がってたのは大きくずれたテーブルと、その横で足を抑えてうずくまる人間。

よくみたら足元には割れた皿があって、その近くにはぐちゃぐちゃになった白い何かが飛び散ってる。

まさしく大惨事って感じだ。

「あーあ。せっかく買ってきたのに……いたたたっ」

珍しく顔を歪めながら湊本が立ち上がって、「あれ?」と声を漏らす。

一瞬、俺様が見えたのかと焦ったけど、後ろにある襖に気づいただけみたいだ。

「もしかして驚かせちゃいましたか? すみません。オレは大丈夫なので、ゆっくりしててくださいねー」

俺様に向かって、湊本はにへらと笑って足元の掃除を始める。

(全体的に緩いやつだと思ってたけど、それに加えてドジなのかよ……)

そういえば、俺様の部屋に荷物を運び込んでた時も、何回かこんなことあったな。

(……はずい)

あいつには見えてないだろうけど、さっきの慌てっぷりは中々だった。

襖なんて生きてた頃みたいにわざわざ触らなくても開けられるし、なんなら開けなくてもすり抜けられるし。

焦ったり上の空だったりすると、つい、生きてた頃みたいな動き方をする自分がいる。

そんなとこをみられて、「幽霊なのに…(笑)」なんて笑われたら俺様のプライドはズタズタだ。

湊本の視線がこっちに向いてないのを確認しつつ、押し入れに戻る。

あいつの気配が消えるまで、しばらくここに隠れてよう。

恥ずかしい気持ちを抱えたまま脅かすなんて、ぜったいに失敗するだろうからな。

####    ####

しばらくしたら、襖の向こうが静かになった。

(………?)

襖から顔だけだして、部屋の様子をうかがう。

リビングの電気はついたままだけど、タンスの引き出しが微妙に開いてる。……ってことは、風呂か?

襖をすり抜けて、洗面所の方を確認。

引き戸の隙間からオレンジがかった光が廊下に漏れて、シャワーの音がほのかに聞こえる。

これは確実だな、うん。

あの作戦を実行するには今しかない……!

いそいそと、作戦に必要なものを準備して、洗面所の中に侵入する。

あいつは全体的に動きがスローリーだから、まだしばらくは出てこないだろ。

よし、思いっきりやってやるぞ!!

用意してきた塗料に手のひらをつけて、赤く染まった手を洗面台の鏡にくっつける。

(おっ、いいんじゃねーか?)

鏡から手を離すと塗料が滴り始めて、それはそれで恐ろしく感じる。

唯一気になるところは、俺様の手が若干小さく見えることだ。

ガキだって舐められたくねーしな、次はちょっと塗り広げて大きくしてみるか。

大きさの違う手が複数あれば、相手は複数人だってビビるかもしれないし。一石二鳥だ!

ペタッ   ペタッ

色々な大きさの赤い手で鏡を埋めていく。

幽霊の俺様からみても中々の迫力だ。

人間がみたら、恐怖で倒れるんじゃないか?

想像したら笑えてきて、にやにやしながら作業を続ける。

(よしっ、できた!)

鏡一面に広がる無数の手。

何通りかに大きさも変えたから、ここにいるのは俺様だけじゃないって思うはず。

後は、あいつが出てくるのを待つだけだ!

ワクワクしながら洗面所の引き戸の前で待機。

数分くらい経った後、シャワーの音が止まって風呂場の扉が開いた。

さぁ、どんな顔を見せてくれるんだ!?

期待に胸を膨らませながら観察を続けてると、扉の中からにゅっと手が伸びてきて、バスタオルをつかんだまま早々と風呂場にもどってく。

その間、驚いた素振りはなし。

でも大丈夫。

ここまでは想定の範囲内だ。

バスタオルは風呂場からみて右側にあったから、正面の洗面台に気づかないこともある。

大丈夫だ、まだ慌てる時間じゃない。俺様の作品を信じろ。

やがて、湊本自身が風呂場からでてきて、着替えを始める。

その間、正面を向いた時間は確かにあったのに、うんともすんとも言わない。

(まさか気づいてない……なんてことないよな?)

ほぼ一面を手形で埋め尽くしたから、鏡は全面真っ赤だ。

しかも、その赤は朱に近い色だから、見落とすなんてまずありえない。

そうなると、考えられる答えはただ一つ。

"気づいてて驚いてない"ってことだ。

(マジかよ……)

冷や水をかけられたような気分になって、溜め息をつく。

これでビビらねーとか、こいつの心臓どうなってんだ?

すっかり気分は萎えてるけど、最後の最後までどう転ぶかわからない。

そう自分に言い聞かせて、洗面所を出るまで観察を続けた。

けど、最後まであいつの悲鳴は聞けなかった。

(俺様が仕掛けた嫌がらせより、テーブルに足をぶつけてた時の方がでかい声出してたな……)

ただ存在してるだけのテーブルに俺様は負けたのか。

(くそっ……腹立つな)

見えもしなければ声も聞こえないし、触れられもしない。

間接的に怯えさせるしかないけど、あれでビビらなかったら、どんなことでビビるんだよ。

あいつは来たばっかだって言うのに、めちゃくちゃ劣勢じゃねーか。

ほんとにあいつを追い出せるのか?

一抹の不安が脳裏をよぎり、それを掻き消すように首を振って目を閉じる。



翌日の早朝、湊本のばかでかい叫び声で叩き起こされるなんて、この時は知る由もなかった。
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