人間なんかに負けたくない!

浅木

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第一話: ぜってー負けねー!

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 駅から徒歩3分で日当たりも良好。

 周囲の建物に比べたらちょっと古いけど、そこそこ立派なマンション。

 間取りは1LDKで月6万。

 周辺の家賃相場の半額。そこが俺様の城だ。

 夜になると少し外が騒がしくなるのはネックだけど、ベランダから差し込む日差しの心地よさを考えたらイーブンになるだろう。

 (あー、気持ちいいな)

 太陽の光でポカポカになったフローリングの上に寝転がりながら、近くにあった漫画に手を伸ばす。

 (これの続きってどうなったんだろ)

 魔王に挑む勇者一行の後ろ姿を最後に『次号に続く!』と描かれた一コマ。

 魔王城に至るまでのストーリーは知らないけど、冒頭のシーンからして、数多の危機を乗り越えてきたようだ。

 この手の漫画は、じきに単行本として発刊されるらしいから続きを見ようと思えば見られるんだろうけど……無理か。

 元々、自分の趣味で買ったものじゃないし、数年前のものだから単行本を探すのも大変そうだし。

 他の暇潰しでもするか。

 (でも、何しようかな)

 うーん、と頭を悩ませて数分後。

 それまで物音1つしなかった室内にカチャと物音が響いた。

 今のは玄関の鍵が開く音だ。

 (まずい…!)

 咄嗟に扉へ駆け寄ると、ドアチェーンをかけて向こう側の様子を伺う。

「噂には聞いてましたけど、ちょっとドキドキしてます」

「少し落ち着かれますか?」

「いえ、大丈夫です」

 扉の向こうから男二人の話し声が聞こえてくる。

 そのうちの一人は聞き覚えのある低音で、不快指数が一気に跳ね上がった。

 (くそっ、最悪だ。扉を蹴って威嚇したら、ビビって帰らねーかな)

 どうしたら追い返せるのか。

 思考を巡らせてるうちに、目の前のドアが勝手に開いて半端な位置で動きを止める。

「あれ」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫ですよ。いつものことですから」

 さらりと言ってのけるなり、僅かに開いた隙間から手が伸び、瞬く間にドアチェーンを外してしまった。

 (ちっ、こんなことなら先に鍵を閉めるべきだった!)

 今さら後悔してももう遅い。
 一旦は諦めて様子を見るしかないか。

 扉が開け放たれて見知った顔と、もう1つ知らない顔が現れる。

 恐怖心半分、好奇心半分みたいな顔をしながら、知らない男はキョロキョロと室内を見渡して「わっ、思ってたより普通だ」と呟いた。

「皆さんそうおっしゃるんですよ。どうぞ上がってください」

「あ、はい。おじゃまします」

 誰もいない部屋の奥に向かって軽く頭を下げながら、見知らぬ男は俺様の前を通り過ぎていく。

「えっ」

「どうかしました?」

「今、妙に寒かったような……」

「もしかしたら、この辺りにいるのかもしれませんね」

 ニコニコの笑顔で俺様の位置を的確に指す男。

 もしかしたら、なんて白々しく言ってるけど、俺様のこと見えてるって知ってるからな!

 (けっ、白々しいヤローめ。バーカバーカ!)

 腹立たしさに任せて、ヤツの足を何度も踏みつけてやる。

 その間、当の本人は俺様には目もくれず営業スマイルを続けていた。

「もしかして、西道さいどうさんには見えてるんですか?」

「残念ながら、その類いのものは一切感じられない質でして。湊本みなもと様は気配を感じられるようですね」

「あははっ今まで気づかなかったけど、霊感あるみたいですね」

 ふわふわと綿菓子みたいなトーンで笑いながら、湊本はリビングへ向かった。その後ろに西道も続く。

「わぁ~10畳って思ってたより広いですね」

「家具を設置した後でも、ゆとりのある広さになっているかと」

 そんなどうでもいいやり取りを交わす後ろで、俺様が考えることはただ一つ。

 どうやって、あの男を入居させないか、だ。

「あれ……?」
「どうかなさいました?」
「週刊マンデーが落ちてるんですけど」

 (はっ!?  嘘だろ?)

 慌ててリビングまで走っていくと、俺がさっきまで読んでた漫画を湊本が拾い上げていた。

「あれ、今。足音が聞こえませんでした?」

「いえ、私には何も。しかし、おかしいですね。数日前に室内を確認した時はこんなものはなかったのですが……申し訳ございません」

「謝らなくていいですよー」

 パラパラとページをめくりながら、にこやかに話す湊本。

 こうなったら、西道に渡される前になんとかして取り返すしかないか。

 でないと……またあのヤローに捨てられる!

 妙に間延びした話し方といい、ゆるゆるな表情といい、根性があるやつにはとても見えない。

 ちょっと脅かしてやれば、すぐに漫画から手を離して泣きながら出ていくだろ。

 何か大きな音を立てられそうなものはないかと周囲を見渡してみる。

 人間が住んでいない室内はほとんど物がないから、俺様が期待してるような大きい音を立てるのは難しそうだ。

 (この部屋じゃ仕方ないか)

 唯一、音が鳴りそうなキッチンの戸棚に向かって意識を集中させる。

 こうやって、対象に意識を集中させると離れた場所からでも動かせるようになるんだ。

 少しずつ戸棚が開き始めた時、湊本が漫画から顔を上げて、はぁーと息をついた。

「懐かしいなー。この後、主人公パーティーが失踪しちゃって、捜索願が出されるんだっけ」

 (なっ…はっ!?)

 急にネタバレをぶちこまれて、集中力が一気にきれた。

 いや、この際ネタバレなんてどうでもいい。

 その後は?その後はどうなるんだよ!?

 何十通りもこの先の未来を思い描いてたのに、事実はどれにも当てはまらなかった。

 こんな話、誰が想像できるんだよ!!

 (おい、おまえ!その後どうなったのか俺様に教えろ!  でないと怖い目に遭わせるぞ!!)

 へらへらと笑いながら西道と談笑する湊本の肩を掴んで揺さぶってやろうとする。

 でも、悔しいことに俺様の手はヤツの肩を貫通するだけだった。

「ひゃっ!?  い、いまっ、肩に冷たいものが……!」

「すきま風ですかね。窓はしっかり施錠しているはずですが…」

 西道のヤローがわざとらしく俺様の体を通り抜けて、窓の近くまで歩いていく。

 別に痛くも痒くもないけど、煽られてるみたいでムカつく。

 俺様がこいつを嫌うのはこういう態度だけが原因じゃない。

 元々、ここは俺様の家だって言うのに、何度も何度も人を連れてきては、この部屋に住ませようとする。

 そこがいっっちばん嫌いなところだ!

 無駄にでかい背中を何度も何度もグーで殴る。

 その間にも二人の会話は進んでいく。

「いかがなさいますか?   こちらは心理的瑕疵物件しんりてきかしぶっけんですが、立地や部屋の広さを踏まえれば破格なお値段かと……」

「ですよねー。この値段は中々ないですもんね」

 西道に渡された紙とにらめっこしながら、顎に手を当てて唸る湊本。その手に俺様の漫画はない。

 慌てて西道の手元を確認しようとした時、フローリングに置かれてることに気づいた。

 (よかった。なんとか捨てられずに済みそうだ)

 会話に夢中な二人に気づかれないよう漫画を隠してほっと一息……って、そんなもんついてる場合じゃない!

 緩みかけた意識を引き締め直して、二人を睨み付ける。

 湊本の長考具合から見て、心はだいぶ住む方向に傾いてる気がする。

 そんなことさせるもんか。さっきは思いもよらない発言で邪魔されたけど、今度は成功させてみせる!

 再び戸棚に意識を集中させる。

 間もなく、キイーッと甲高い音を立てながらキッチンの戸棚が開いた。

 びくっと肩を震わせて、音の出所に目をやる湊本。その表情は固くこわばって見える。

「これが怪奇現象ですか?」

「はい。他にも、何者かの足音が聞こえたり、勝手にシャワーの水が出しっぱなしになっていることもあるそうです」

「毎日ですか?」

「そうおっしゃる方も過去にはいらっしゃいました」

「…そうですか」

 落胆するように、手元の紙に視線を落とす。

 ふんっ、どうだ。ここに住んだら毎日毎日こんな目に遭わせてやるからな。それが嫌ならーー。

「契約書って、ここにサインすればいいんですか?」

 (えっ)

 腕組みをして、瞑っていた目をうっすら開けてみる。

 二人して書類を囲んで話してるから文面は見えないけど、十中八九この部屋のことだよな?

「こちらにサインをいただければ契約は成立しますが……お決まりですか?」

「はい。この部屋に決めようかなーって」

 そういって部屋のなかを見渡す湊本。

 さっきまでの固かった表情が嘘みたいにへらへら笑いが戻ってきてて、シンプルに意味がわからない。

 (なんなんだこいつ…)

「わかりました。では、その方向で話を進めますね。入居までの流れを簡単に説明させていただきますので、いちど橘不動産に戻りましょうか」

「はい!」

 並ぶようにして部屋から出ていく二人。

 両者ともホクホク顔だったけど、俺様はきっとニクニク顔だ。

 部屋の扉が閉まりきるまでずっとにらみ続けるつもりで見てたら、閉まりかけてた扉が少しだけ開いて、湊本がひょこりと顔を出す。

「これからよろしくお願いします!」

 ペコリと頭を下げて、返事を待たずに扉が閉まる。

 (……)

 今までのやつらに比べたら多少は礼儀がなってるかもしれないけど、よろしくしてやるつもりなんてない。

 どうにかして追い出してやるから覚悟しとけよ!
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