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12 誘拐後
しおりを挟むフィリップ様が、子爵家まで馬車で送ってくれるという。
馬車の中で二人きりになると、フィリップ様が
「悪かった。君が刺されて死んでしまうかと思うと、心臓が止まるかと思った」と謝った。
自分のせいで私を巻き込んだことだろう。
刺されてないのに、人騒がせだったのは、悪かった。
だが、しかし、ここはキッチリ言わせてもらおう。
「フィリップ様、人のね、恨みを甘く見ちゃいけないのですよ。
どんな人でも侮られたり落ちしめられたら悔しいのです。
貴方が過去に弄もてあそんだ貴婦人やご令嬢たちは、怨み辛みから嫌がらせをするかもしれないし、
単なる嫌がらせだけじゃなくて伯爵家に被害が及ぶこともあるんですのよ。
たとえば、ダリアさんのお宅は大商人です。家の力を使って伯爵家との取引を切るとこもできるし、
商売で伯爵家が不利になるように持って行くことも出来るわ。
そうしなかったのは、彼女のプライドだと思うし、優しさだと思うの。
貴方が弄もてあそんだ本人だけでなく、親や家族も貴方のことを憎く思うでしょう。
彼女たちが結婚すれば、その夫も貴方のことを面白くないと思うわ。
貴方が一人の女性を弄んだことでそれだけの敵ができるですよ。
嫌がらせって、本人だけじゃなく周りも含まれるの。
貴方の妻や、将来の子供もね。
伯爵家として敵を作らなければならない時もあるでしょう。でも、作らなくて良い敵まで作ることは無いと思うのです」
「すまない、考えが足りなかった」
フィリップ様が項垂れている。
ああ、この人はちゃんと謝れる人なのね。
「そういう私も幼馴染みの元婚約者に恨まれているから偉そうに言えないですけどね……
そもそも、どうしてそんなに女遊びをなさってたんですの?」
「伯爵家の跡取りというだけで、女性が寄ってくるんだ。金目当て地位目当てで寄ってくる女がいやだったんだ」
「生涯を賭けるんですもの、少しでも良い条件をと、思うのは当たり前ですわ。
寄ってきた方の中にはダリアさんのように純粋に貴方のことが好きな方もいらしたと思いますわ。
残念ですが、私はお金目当てですけどね」
「君は、アランを助けたかっただけだろう」
――知ってたんだ。気づいてたんだ。
**
ダリアさんとのことは事件にしなかった。彼女を罪に問いたくないし、伯爵家としても子爵家うちとしても公にすると外聞が悪いのだ。
そもそも誘拐された本人が、されてないと言うのだから事件になるはず無いのだ。
単に友人の隠れ家にちょっとワイルドに遊びに行っただけなのだ。
数日後、ダリアさんからお宅でお茶に誘われた。
ダリアさんのお宅は大商人らしく豪邸だった。クラッシックな伯爵家と違ってモダンな雰囲気だ。
部屋で二人っきりになると、ダリアさんは頭を下げた。
「こわい目に遭わせてごめんなさい。ちょっと脅かすつもりだったの。本当に刺す気はなかったのよ」
「いいわ。ダリアさんの気持ちも分かるし。そもそもフィリップ様が悪いと思うの」
ダリアさんと優雅にお茶を飲む。さすが大商人、茶葉も良い物をお使いだ。
お茶菓子も美味しい。弟に少しお土産にいただけないかしら?
「ねえ、よかったら、どうしてフィリップ様と婚約することになったか教えてちょうだい」
ダリアさんなら、聞く権利があるだろう。
幼馴染みの家を助けるために、大金が必要だったこと。お金目当てに婚約したことを説明した。
「まあ、お金が必要なら私がご用立てしましょうか?」
「有り難いお申し出ですが、貧乏子爵家でまったく返す当てがございませんの」と、ニッコリ笑って首を振った。
「ねえ、貴女はフィリップ様のことどう思ってるの?」
「ここだけの秘密にして下さる?」
「ええ」
「チャラ男ですわね。職務など真面目なところもお有りですが、困った方。修飾詞が多い。あと、女の敵!」
「まあ」
ダリアさんが目を丸くする。
「貴女にかかると容姿端麗で優秀なフィリップ様も形無しですわね。好きな方に思われず、前途多難みたいだから、気が済んだわ」
ふふふと、ダリアさんは笑った。
そういえば、フィリップ様、恋の辛さを最近知ったって言ってたっけ? うふふ、好きな方に思われてないのね。
お菓子を見る表情に出てたのか、お土産にお菓子をどっさり頂いた。
やっぱりダリアさん良い人だ。
**
最近、フィリップ様は、つきあった(遊んだ?)女性達にお詫び行脚を続けてるらしい。
自分が傷つくのはともかく私が傷つくのは我慢できないのだそう。
それが済むまでは婚約しないそうだ。
交際の噂だけでこれだけ嫌がらせが有ったのだから、婚約したら危険だと思ったみたい。
ちなみに誘拐事件のあと、フィリップ様は女性に刺されている。
冬で厚着であったのと肋骨に当たって、傷は3cmくらいですんだ。
今日は、フィリップ様はお詫びした女性に殴られたのか頬を腫らして現れた。
「頬が腫れてますわ。もっとご自分を大事になさって下さい」
「俺は気にならないが」
「貴方は気にならなくても周りは気にしますわ。見た目は貴方の数少ない長所なんですから大事になさってください」
「他にも長所が有ると思うぞ」
「脇腹のお茶目な傷とか、かしら?」
「!?」
彼は日々、女の怖さを学習してるらしい。
ちょっとざまーみろだ。
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