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5 初めの一週間
しおりを挟む学園へ行くと、私と幼馴染みが婚約破棄したことが大ニュースになっていた。
子爵家同士の婚約破棄、本来なら大したニュースではないのだが、幼馴染みの婚約者が学園1、2位と言われる美少年なため注目の的なのだ。
クラスに入ると、「あんなに仲が良かったのに、何がありましたの?」と、友人達が押し寄せた。
皆様、興味津々のご様子。人の不幸は蜜の味ってヤツかしら?
「婚約者の家で問題が起きたそうで、うちが巻き込まないよう配慮してくださったの」
と、悲しげにうつむけば有り難いことにそれ以上、聞く人はいなかった。
「あんなに愛し合っておられたのに、お労いたわしいですわ」
「きっと、また良いご縁がありますわ」
「だいたい、今まであんな美少年と婚約者だったっていうのが、奇蹟だったのよ!」
「あ~、それは言っちゃダメなヤツですわ」
などと、慰めの言葉やら、何やらひどいことなどを口にして友人達は去って行った。
婚約者の家で問題が起ったことは、うすうす噂になってたようで皆言わずとも察してくれたようだ。
お昼休みになり、私は一人教室を抜け出した。
今までは、幼馴染みの婚約者と一緒にランチをとっていたので、一緒に食べる人は居ない。
友達とご一緒するという手もあるんだけど、いろいろ気を遣われそうで今日は一人になりたかった。
学校の庭の目立たないところで、一人でランチを食べていたら、大商人の娘ダリアさんがやってきた。
彼女はゴージャスな赤毛の色っぽい美女だ。クラスは違うけど選択科目が一緒で親しくさせてもらっている。
「探してたのよ、イレーヌ様。婚約破棄されたと伺ったけど、大丈夫? お相手のこととっても愛してらっしゃったでしょう?」
「ええ、でも貴族の結婚は家同士の政略だから、自分たちの気持ちだけでは何ともならないの。もう決まったことなの」
「まあ、辛いわね」
ダリアさんの方が、涙ぐんでいる。
「まあ、あれだけの美少年、貴女には分不相応でしたものね」
一言、余計である。が、基本、彼女は優しい。
この婚約破棄が決まって、メイドのアンナに泣かれた。
本人は泣いてないのに、なぜか周りにばかり泣かれる。
幼馴染みの彼は、家の問題を解決するのに忙しいのか、学校へ来ていなかった。
彼を見なくて済んで、正直ほっとした。
どんな顔をしてあの子を見れば良いのか、私にはあの子に会わせる顔など無いのだ。
そうこうしているうちに一週間が過ぎた。
私の婚約破棄のニュースも下火になった。人々は常に新しいニュースを求めているのだろう。
初めて伯爵家でマナーやしきたり等を学ぶ日が来た。
礼儀作法にダンスに歴史、地理、国際情勢、文学、音楽、美術等々については、すでに、伯爵家から講師が派遣されている。
新しく学ぶことは楽しい。しかも自分の役に立つことなら、尚更だ。
チャッカリ、弟のミハエルも同席させてもらって講義を聴いている。
うちの弟、私が言うのも何だけどできが良いのだ。
伯爵家の支援が得られたから、弟の夢である学者になるための大学アカデミーへ入れてやることもできる。
有り難い。伯爵家さまさまだわ。
楽器は、小さい頃から幼馴染みのお母様にピアノを手ほどきしてもらっていたのが助かった。
幼馴染みのお母様は、病弱だが優しくてお美しい方で、早くに母を亡くした私のもう一人の母だった。
彼女と一緒にピアノをレッスンするのは楽しかった。
私は幼馴染みに会えなくなっただけでなく、もう一人の母も会えなくなったのだ。
でも、元気で居てくれればそれで良いと、自分に言い聞かせる。
勉強漬けの毎日だが、暇があるといろんなことを考えてしまうので、やることがあるのは正直有り難かった。
伯爵家へは、迎えに来た使用人の馬車で向かった。
さすが伯爵家、使用人用の馬車まである。その馬車で、使用人用の入り口からこっそり伯爵家に入った。
半年後に正式に婚約を発表するまでは、噂になるのを避けるため公に訪問することは出来ない。
執事に連れられて本館に入るとフィリップ様が待っていた。
フィリップ様と会うのも一週間ぶりだ。
さすがに婚約破棄で騒動中なので、近づかなかったようだ。
「イレーヌ嬢。今日もお美しいですね。天使が舞い降りたかと思いました」
相変わらず、口が上手い。平凡顔の天使などおりません。
一体、どのへんが天使なのかしら? 羽がついてそう? それとも頭が光ってるのかしら?
「ふふ、ありがとうございます。わたくしに甘い言葉は必要ありませんわよ。ご用件だけお願いします」
「母が待っております。母の部屋まで案内しますね」
嬉しそうに手を取ると、コーデリア様の部屋まで案内してくれた。
「名残惜しいですが、俺にも執務がありますので。母の講義が終わったら一緒にお茶しましょうね」
チャラ男どうやら仕事に励んでいる様子。廃嫡されたくないものね。
部屋に通されると、コーデリア様が嬉しそうに出迎えて下さった。
「あの子、貴女のおかげでしっかり仕事に励んでいるわ。貴女に良いところを見せたいのね。うふふ」
いやいや、廃嫡されたくないだけだと思いますよ?
「今日は、貴族名鑑を覚えて欲しいの。
半年後、婚約が発表になったら、社交が始まるでしょう。貴女は、公爵家の婚約者として振る舞ってもらわないといけませんから、まずは、貴族名鑑を覚えてちょうだい。すぐに全部は無理だろうから、婚約発表のパーティにお招きする主立った貴族の名前に印をつけてあるから、まずそれから覚えてね。これは我が家の覚え書き、こちらは家から持ち出せないからここで覚えなさい」
覚えることはたくさんあった。
まず、この国の主立った貴族の名前と経歴、家族構成、趣味、交友関係、人に言えない秘密まであった。
おう!、あの紳士にこんな性癖があるとは……、こちらの淑女はあの方の愛人なんて……。
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「招かれている貴族は王国内に領地を持っています。
その位置、特産品、良い点、悪い点などを理解把握しておくことで会話を繋げるのですから、地理はしっかり学ぶように。講師の先生にも、招かれている貴族の土地から教えるように言っておくわ」
コーデリア様は、おそらく社交界では最も影響力のある女性の一人だ。
その後、コーデリア様によるによる男心をがっちり掴むテクニック講座が開かれた。
平凡顔の嫁候補が不憫だったのだろうか?
それとも、フィリップ様のお心をガッチリつかめという圧力エールかしら?
ちょっと面白い物もあったので、こんどフィリップ様で試してみよう。
「もしかして、フィリップ様に女性の口説き方を伝授したのはコーデリア様ですか?」
「ええそうよ、女性の褒め方、口説き方をしっかり仕込んだわ。貴女のこともしっかり褒め称えてるでしょう?」
フィリップ様が無駄に女性を褒め称えるのは、コーデリア様のせいだったか……
「フィリップ様が遊び人になった理由は、半分くらいコーデリア様のせいではないでしょうか?」
「うふふ、ちょっとやり過ぎたかしら?」
と、コーデリア様は妖艶に笑った。
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