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<1-1>出会いと異変
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十八のセトは、物心がついた頃には軍部の施設で生活し、多くの孤児とともに育った。両親の顔は知らないが周囲の皆も両親を知らなかったため、特に疑問に思うこともなかった。
短く揃えた黒髪に、一重でつり目気味な黒い瞳を持つ。体格が良く武官として国に仕えるための訓練を受け始めると、めきめきと頭角を表し、ついに一隊の長まで上り詰めた。
上層部からの期待と戦果への圧を感じないわけではないが、それで潰れるような努力はしていない。多少傷を作っても、魔物に隙を作ることができれば人間の勝ちだ。怪我を厭わない戦い方が、上層部の目に留まったらしい。
◇
森の奥にある居住地区から出て、人間に危害を与えてくる魔物を討伐するのが、セトの仕事だ。地区といってもそれを決めたのは人間で、魔物は一切理解していない。
武官の中には王都や王族の警備に当たる者もいるが、セトのように軍部の施設出身の武官に与えられるのは魔物討伐が主だ。
魔物討伐を行うのは夕方から夜にかけての時間帯で、討伐が終われば一夜を外で過ごし、明るくなって周囲の状況を確認してから王都へ戻る。今回の野営が、セトにとって隊長職に就いて初の任務だった。
魔物の数を見誤った。対応できないわけではなかったが、ひとりで飛び出すぎた。致命傷ではないものの、大きな爪で何度も引っ掻かれたため出血箇所は多い。隊長職の振る舞いではなかったと、セトは野営基地へ戻りながら自らを律した。
隊長職以上の上官が野営を行う際には、専任の医官が用意される。上官になれる能力を持った人材はそう多くなく、一度任命された者の降格例はない。上官ともなれば、戦闘後の手当は最優先で受けられる。そのための、担当医官だ。
野営基地の入口からは遠い、セトが寝泊まりをする上官用の居室に入る。寝台の前へ広げられた敷物に膝をついていた担当医官が、セトに気付いた。
野営に来ている以上男ではあるが、武官と比べて線は細い。持っていた水桶を置き、軽い動作でくるりと振り返る。身体の正面で手を合わせ、セトに向けて礼を取る。
「おかえりなさいませ、セト様」
「早速、頼めるか」
「はい、お待ちしておりました」
セトに宛てがわれたのは、ネストールという茶髪の男だった。セトと同じく短髪で、昼間に見た二重の眼は青かっただろうか。二十六で医官歴六年、野営経験も十分だと聞いた。
隊長職に就いて初の任務に、気合いの入るセトを嗜められる人員として選出されたのは、結果的に分かった。
武具を脱ぎ、血のついた薄着も取り払う。ネストールがすっと預かり籠の中へ入れた後、セトの背中側へ回り、身体を清めつつ傷を確認していく。水で絞った手拭を当て洗い消毒し、軟膏を塗り込み、包帯での保護をするその手には迷いがない。
「んっ……」
「お痛みが強いです?」
「いや、くすぐったい」
「申し訳ありません、すぐに終えます」
野営では明かりも限られる中だが、ネストールの手際は、今まで処置を頼んだ医官の誰よりもよかった。医官歴六年は伊達ではない。
ただ、何故かくすぐったく、身体を捩りたくなってしまう。下半身に熱が集まり、滾ってくる。目の前にいるのは医官で、人体に詳しい。生理現象については何も触れてこないことを願った。
「……初めての隊長職で、神経が昂っているのでしょう。過去になかった感覚が生まれてもおかしくありませんよ。お疲れでしょう、背中側は終わりましたので、横になってください」
経験豊富で腕に自信のある医官の言うことだ、聞いておく方がいいだろう。寝台へ上がり、素直に背中をつけてから、この体勢では下穿きの膨らみが目立つことに気付いた。
十八という若さで隊長に上り詰めたセトには、性経験が乏しい自覚がある。何かあれば剣を振ることで発散していたこともあり、自慰もあまりしてこなかった。戸惑っている間に、ネストールの声が掛かる。
「セト様、不安のあるところは全て見せてください。患部に触れないと処置できませんので」
「……任せる」
下穿きの紐を丁寧に外され、下腹部の素肌に、ネストールの指が触れる。
「うっ……」
びくっと跳ねてしまい、羞恥に顔を逸らした。
上官の野営にはひとり、担当医官がつく。ネストールはその規則に従って、仕事を全うしているだけだ。隊長であるセトが、こんな刺激で興奮するなど思ってもいないだろう。
「私しかいませんから、気を楽にどうぞ」
「悪い、やりにくいだろう」
「いいえ、やっと見つかった気がします」
「見つかった?」
「はい。これから分かると思いますよ、セト様」
ネストールが何を知っているのか、セトには予想もつかなかった。セトに教えるつもりはない年上の医官に、今は身を委ねるしかない。
医官は、人体について詳しい存在で、薬を調合することもある。時に、毒にもなり得るのが薬だ。変な気を起こさせないためにも、担当医官の言いなりになる方が、後々を考えると都合がいいらしい。
「お辛いでしょうから、お手伝いいたします」
ネストールの手が、セトの陰茎に伸びる。慌てて、その細い手首を掴んだ。
「っ、待て、それはいい」
「私の手技のせいでしょう?」
「仕事だって言うのか?」
「ある意味では。私は担当医官です。お仕えする上官の興奮は治めて差し上げる必要があります」
もう夜も深く、外に出てひとりになることはできない。隊長に任命されてから日の浅いセトは、目の前の医官から得られる情報を受け入れるべきか迷った。今回の野営の隊長はセトで、頼れる者は他にいない。
諦めるために、ネストールにも伝わるよう大きく一息吐き出した。
「……今までは、なかったんだ」
「ええ、そうでしょうとも。放置する医官もいるでしょうが、私がどうにかしてあげたいと思えば別です」
仕事熱心と捉えていいのだろうか。妙な熱を持って向けられるネストールの言葉を理解はできるものの、答えられないでいると、さらに声が届いた。
「誰も言いません。戸惑っていらっしゃるのも分かりますが、ここは足を広げて、私に身体を預けてください」
野営では、上官と担当医官はふたりで夜を過ごさなければならない。上官は担当医官によって世話をされる前提があるため、部下の武官も休息を取れるのだ。
こうなってしまった以上、気にするなと言うのも無理がある。明かりが限られているのが、まだ救いだろうか。
セトは諦め、ネストールの言う通りに足を軽く広げた。身体を横たえたままでいると、ネストールが寝台に乗り、セトの足の間に入った。
短く揃えた黒髪に、一重でつり目気味な黒い瞳を持つ。体格が良く武官として国に仕えるための訓練を受け始めると、めきめきと頭角を表し、ついに一隊の長まで上り詰めた。
上層部からの期待と戦果への圧を感じないわけではないが、それで潰れるような努力はしていない。多少傷を作っても、魔物に隙を作ることができれば人間の勝ちだ。怪我を厭わない戦い方が、上層部の目に留まったらしい。
◇
森の奥にある居住地区から出て、人間に危害を与えてくる魔物を討伐するのが、セトの仕事だ。地区といってもそれを決めたのは人間で、魔物は一切理解していない。
武官の中には王都や王族の警備に当たる者もいるが、セトのように軍部の施設出身の武官に与えられるのは魔物討伐が主だ。
魔物討伐を行うのは夕方から夜にかけての時間帯で、討伐が終われば一夜を外で過ごし、明るくなって周囲の状況を確認してから王都へ戻る。今回の野営が、セトにとって隊長職に就いて初の任務だった。
魔物の数を見誤った。対応できないわけではなかったが、ひとりで飛び出すぎた。致命傷ではないものの、大きな爪で何度も引っ掻かれたため出血箇所は多い。隊長職の振る舞いではなかったと、セトは野営基地へ戻りながら自らを律した。
隊長職以上の上官が野営を行う際には、専任の医官が用意される。上官になれる能力を持った人材はそう多くなく、一度任命された者の降格例はない。上官ともなれば、戦闘後の手当は最優先で受けられる。そのための、担当医官だ。
野営基地の入口からは遠い、セトが寝泊まりをする上官用の居室に入る。寝台の前へ広げられた敷物に膝をついていた担当医官が、セトに気付いた。
野営に来ている以上男ではあるが、武官と比べて線は細い。持っていた水桶を置き、軽い動作でくるりと振り返る。身体の正面で手を合わせ、セトに向けて礼を取る。
「おかえりなさいませ、セト様」
「早速、頼めるか」
「はい、お待ちしておりました」
セトに宛てがわれたのは、ネストールという茶髪の男だった。セトと同じく短髪で、昼間に見た二重の眼は青かっただろうか。二十六で医官歴六年、野営経験も十分だと聞いた。
隊長職に就いて初の任務に、気合いの入るセトを嗜められる人員として選出されたのは、結果的に分かった。
武具を脱ぎ、血のついた薄着も取り払う。ネストールがすっと預かり籠の中へ入れた後、セトの背中側へ回り、身体を清めつつ傷を確認していく。水で絞った手拭を当て洗い消毒し、軟膏を塗り込み、包帯での保護をするその手には迷いがない。
「んっ……」
「お痛みが強いです?」
「いや、くすぐったい」
「申し訳ありません、すぐに終えます」
野営では明かりも限られる中だが、ネストールの手際は、今まで処置を頼んだ医官の誰よりもよかった。医官歴六年は伊達ではない。
ただ、何故かくすぐったく、身体を捩りたくなってしまう。下半身に熱が集まり、滾ってくる。目の前にいるのは医官で、人体に詳しい。生理現象については何も触れてこないことを願った。
「……初めての隊長職で、神経が昂っているのでしょう。過去になかった感覚が生まれてもおかしくありませんよ。お疲れでしょう、背中側は終わりましたので、横になってください」
経験豊富で腕に自信のある医官の言うことだ、聞いておく方がいいだろう。寝台へ上がり、素直に背中をつけてから、この体勢では下穿きの膨らみが目立つことに気付いた。
十八という若さで隊長に上り詰めたセトには、性経験が乏しい自覚がある。何かあれば剣を振ることで発散していたこともあり、自慰もあまりしてこなかった。戸惑っている間に、ネストールの声が掛かる。
「セト様、不安のあるところは全て見せてください。患部に触れないと処置できませんので」
「……任せる」
下穿きの紐を丁寧に外され、下腹部の素肌に、ネストールの指が触れる。
「うっ……」
びくっと跳ねてしまい、羞恥に顔を逸らした。
上官の野営にはひとり、担当医官がつく。ネストールはその規則に従って、仕事を全うしているだけだ。隊長であるセトが、こんな刺激で興奮するなど思ってもいないだろう。
「私しかいませんから、気を楽にどうぞ」
「悪い、やりにくいだろう」
「いいえ、やっと見つかった気がします」
「見つかった?」
「はい。これから分かると思いますよ、セト様」
ネストールが何を知っているのか、セトには予想もつかなかった。セトに教えるつもりはない年上の医官に、今は身を委ねるしかない。
医官は、人体について詳しい存在で、薬を調合することもある。時に、毒にもなり得るのが薬だ。変な気を起こさせないためにも、担当医官の言いなりになる方が、後々を考えると都合がいいらしい。
「お辛いでしょうから、お手伝いいたします」
ネストールの手が、セトの陰茎に伸びる。慌てて、その細い手首を掴んだ。
「っ、待て、それはいい」
「私の手技のせいでしょう?」
「仕事だって言うのか?」
「ある意味では。私は担当医官です。お仕えする上官の興奮は治めて差し上げる必要があります」
もう夜も深く、外に出てひとりになることはできない。隊長に任命されてから日の浅いセトは、目の前の医官から得られる情報を受け入れるべきか迷った。今回の野営の隊長はセトで、頼れる者は他にいない。
諦めるために、ネストールにも伝わるよう大きく一息吐き出した。
「……今までは、なかったんだ」
「ええ、そうでしょうとも。放置する医官もいるでしょうが、私がどうにかしてあげたいと思えば別です」
仕事熱心と捉えていいのだろうか。妙な熱を持って向けられるネストールの言葉を理解はできるものの、答えられないでいると、さらに声が届いた。
「誰も言いません。戸惑っていらっしゃるのも分かりますが、ここは足を広げて、私に身体を預けてください」
野営では、上官と担当医官はふたりで夜を過ごさなければならない。上官は担当医官によって世話をされる前提があるため、部下の武官も休息を取れるのだ。
こうなってしまった以上、気にするなと言うのも無理がある。明かりが限られているのが、まだ救いだろうか。
セトは諦め、ネストールの言う通りに足を軽く広げた。身体を横たえたままでいると、ネストールが寝台に乗り、セトの足の間に入った。
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