妖からの守り方

垣崎 奏

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第二篇

18.天皇家での夜会 3

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 夜光への謁見が終わった後、そのまま側近に連れられ会場である庭へと案内された。よく晴れた空の下、緑翠は翠月とは隣に、宵や天月、朧はその後方の席へ腰を下ろした。

 ロの字に配列された座席が、序列順に並んでいるのはすぐに把握した。柘榴や瑠璃、孔雀を含め、大部分がすでに着席しており、招かれた中では緑翠たちが最後だった。柘榴とは夜光の席を挟んで向かいで、皇家・扇家、そして天皇家の三名のみが髪を結うことを許されていることからも、その高位ぶりが示されているのだろう。

 天皇家お抱えの料理番による食事が振る舞われ、中央にある舞台では楽や舞が行われる。実際のところ、廓で見慣れていると新鮮味がなく、緑翠たちにとっては周囲を見ながら食事を進めるだけの時間だった。

 食事が終わると楽の音が小さくなり、夜光が二度手をたたいた。ここからはどうやら席を考慮せず、自由に話し相手を選べるらしい。夜光の前にはすぐに列ができ、皆が皆、夜光と話したがっているのがよく分かる。おそらく、夜会前の挨拶などできない、選ばれた招待客の中でも低位にいる者たちだろう。

 柘榴をはじめとして、緑翠が見知った高位貴族たちも、それぞれ着飾った異性に囲まれている。婚姻がまだの者にとって、出会いの場となるのも、納得がいった。

「芸者に慣れていると、滑稽に映ったな」
「…そうですね」

 翠月の様子を確認するためにも、緑翠から話しかけた。宵に支えられ緑翠の視界の隅に映る天月も、ふっと笑った。食事の間は、何も事が起きなかった証拠だ。

「…失礼、皇さまで?」
「ああ」

 後ろから声を掛けられ、振り返った。その腰に揺れる青い石を見て、翠月を引き寄せた。おそらく宵も、同じく天月を守るよう腕に力を込めただろう。

「お初にお目にかかります、かんなぎ菫青きんせいと申します」
「…どうも」

 緑翠にとっては、初めて出会う者ではない。この輩は覚えていないらしいが、過去二度、緑翠は見たことがある。以前、九重屋に翠月と向かった帰り、無理にニンゲンを連れようと下町で妖力を放った輩だ。その後、一度番台で見かけたことがあるが出禁にしたため、それ以来顔を合わせようがなかった。

(よりによって、この輩が巫家なのか)

「ご婚姻されたと聞きました。おめでとうございます」
「ああ、感謝する」
「そちらが内儀さまで? 随分と小柄で、変わった匂いがしますねえ」
「…高位が、他の妻に近づくのか?」
「おっと、これは失礼。ニンゲンには、興味があるもので」
「っ……」

 次の瞬間には、翠月は当たっていて、自力では立っていられず、緑翠の腕の中で気を失っていた。菫青が妖力を放ち、緑翠が応戦したものの、圧倒的な夜光の妖力を感じ、全力は出さなかった。

(受け渡しをしていても、ここまで当たってしまうほど…っ)

 この場には天月もいる。複数の妖力が放たれた場合、翠月は緑翠の妖力には当たらないが、天月は緑翠含め、宵以外の全ての妖力に当たってしまう。緑翠の側にいた翠月ですら、こうだ。宵が咄嗟に結界を張る時間などなく、より重い症状が出るのは確定している。

 ぐったりとした翠月を抱えつつ、菫青を妖力で縛り付けた後、周囲を見回すと柘榴も誰かを捕らえていた。目を凝らすと、黄緑の石が見えた。

(あの石…、橄欖かんらんか)

 橄欖は、深碧館の座敷で、まだ見習いだった翠月を襲おうとした妖だ。柘榴が割って入ったことで翠月は助かったため、この夜会では隠密として張っていた相手かもしれない。菫青も橄欖も深碧館を出禁になっていて、皇家の後継問題以前に、緑翠に向けた恨みがあってもおかしくはない。

 柘榴も攻撃をしたのなら、翠月がここまで当たってしまうのも頷ける。この場に居る、髪を結えるほどの高位が全員妖力を放ったのだから。

「……今宵は、ここまでとする。柘榴、後を頼む。緑翠と連れの者はこちらへ」
「承知しました」

 夜光の声が、牽制のための妖力に乗って響いた。夜会用に何層も布を重ねていても、緑翠が感じられるほどに身体が熱く、額に汗を浮かべた翠月が呻った。姉を看取った時と同様に、この庭に漂う妖力が濃すぎる。すでに姿の見えない天月と宵は、どうしているだろうか。

 菫青を、近寄って来た柘榴へと引き渡し、頷いた。柘榴は、緑翠の腕の中の翠月を見て一瞬顔をしかめ、高位としての面に戻った。最近の翠月は、黒曜宮での見世の折、柘榴の妖力に当たっているが、ここまでの症状を見せることはない。柘榴が衝撃を受け心配するのも当然だろう。


 *


 朧と合流し、準備させたであろう座敷に入ると、二枚用意された布団の一枚に、すでに天月が寝かされていた。宵が何度か口寄せを行ったのは、その焦った表情からも分かった。

 天月の隣に、そっと翠月を下ろす。高熱のために半開きになり、浅い呼吸を繰り返す小さな口に、緑翠も迷わず口を寄せた。

「水の用意もございます、それから手拭も」

 朧から杯を受け取り、少量を含むと、そのまま翠月へ流し込んだ。緑翠の唾液と共に、妖力が翠月の体内に流れていくはずだ。発汗が酷く、着替えさせたいところだが、流石にそこまでは準備されていない。帯を緩め、横になるには邪魔な簪や小物を外してやる。

「失礼、入るぞ」

 夜光の声がするが、緑翠は見向きもしなかった。翠月の頬に流れる涙に指を当て、拭ってやる。それから再度、水と共に体内へ妖力を渡す。時間経過で落ち着いていくのは分かっているが、籠に乗って帰らなければならない。夜光の結界があるとしても、翠玉宮の外であることに変わりはない。できる限り早く、慣れた寝間に連れ帰りたいと、緑翠は焦った。

「…初めて見たが、ここまで酷い症状が出るのだな」

 翠月の呼吸が少し落ち着いたように見え、緑翠は少し離れて腰を下ろした夜光に目を向けた。天皇の前ではあるが、自らを整えるために大きく一息吐く。

「…今回は、一種類ではなかったので。翠月は僕の妖力には当たりませんが、天月はここに居る宵以外の全ての妖力に当たります。夜光さまの妖力が強力でした。その他僕含め、あのふたりと柘榴さまも使われたでしょう」
「ああ。柘榴も緑翠も、ニンゲンには理解がある。高位で他者の目がある以上、あの場で全力を出せないのも分かっていた。久々だったのもあって、私が少々怒りに任せて放ちすぎたようだ。私に仕える侍女や近侍たちの中にも、失神した者がいる。ニンゲンには、酷だろう。ゆっくり、休むといい」

 夜光は必要なものがあれば側近に頼むよう言った後、席を外した。残された側近に、浴衣のように薄くて汗をよく吸う着物や、薄味で具のない汁物を用意できるかと緑翠が直接問えば、「すぐに」と座敷から出て行った。

 意識のないニンゲンふたりを、緑翠と宵、朧が囲んでいる。朧は手拭を水桶で洗い、緑翠と宵にそれぞれ渡した。額のものを替えるついでに、口を寄せる。

 戻って来た側近から、頼んでいた物を朧が受け取った。翠月は女で、緑翠の妻でもある。この場で着替えさせるのは心苦しく、夜光の結界の中ではあるが、宵が天月に結界を張り、更に緑翠が翠月に結界を張った。夜光は結界に気付くだろうが、正当な理由があることも理解してくれるはずだ。

 まだ目の開かない翠月だが、口寄せでなくても匙から少しずつ汁物を飲み込んでいる。やはり天月の方が症状が重い。宵が匙から飲ませようとするが、上手く飲めずに零してしまう。表情が苦しそうなのも、天月だ。

「無理に飲ませる必要はない。まず口寄せで、身体の辛さを取るのが先だ」
「はい」

 宵の方が、妖力の受け渡しをしている期間は長い。天月が座敷で当たった折にも、介抱をしたのは宵だ。その宵が、ここまで慌てている。翠月ですら、ここまで酷く当たっているのだ。宵が取り乱すほど、天月が苦しんでいるのも当然のことだった。
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