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第二篇
22.翠月の床見世※
しおりを挟む「柘榴さま、本日もお泊まりで?」
「ああ、よろしく」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
地下の裏口で柘榴と落ち合い、黒曜宮の座敷を借りる。立ち会った烏夜が結界を張り、翠月の嬌声と柘榴の妖力が漏れないようにしてくれる。
あの夜会の後も、柘榴とは御客と芸者として、対面している。柘榴の発情期は定期的で、黄玉宮で会う折に次回をどちらの宮で楽しむのか、教えてくれる。翠月もその予定に合わせて準備ができるため、ありがたかった。
隣に腰を下ろしたかと思えば、着物を剥がされ、荒く胸に触れられた後、足を開かれ舐められる。緑翠からの甘い共寝に慣れた翠月には決して心地よいものではないが、仕事だと割り切ってしまう。黒曜宮で会う柘榴は、いつもこうやって翠月を使う。
望んだのは翠月でもある。そもそも、柘榴の発情期が抑えられなくなったのは、翠月が上階の見世で薬を断れなかったからだ。柘榴の妖力に当たって身体は重くて動きにくく、身体を柘榴の好きにさせる。
「口で」
「…かしこまりました」
柘榴が翠月に触れて、身体を移動させた。肘置きに軽く腰掛けた柘榴の前に、膝をつく姿勢を取らされる。
緑翠にも、したことがない。こんな近くで竿を見たこともなかった。ただ、見学していた頃にその様子は見て、どうすればいいのかは知っていた。淡雪のところで秘具を咥えてみたことはあるものの、口の小さい翠月にはなかなか難しい行為だった。
柘榴の妖力による支配で案内され、すでに張り詰めている竿に舌を這わす。付け根から先端にかけて、裏筋を行き来する。柘榴からの反応はなく、喜んでいるのかは分からない。咥えてみようかと、口を開けると、急に奥まで入った。頭を押さえつけられ、抵抗はできない。
「ぐあっ…、っ…」
「歯は立てないで。いい子だ、翠月」
「ん、がっ、あっ、っ…」
床見世を、初めて辛いと思った。涙が流れても、拭うために手を動かすこともできない。「見ないで」と前に言われていたが、余りの苦しさに、顔を離された瞬間に目を開けてしまった。
翠月は柘榴の表情を見てしまったことを、激しく後悔した。いつもの、黄玉宮で見る優しい柘榴はいない。色欲に溺れ、翠月を支配している優越感で溢れている。
(誰なのか、分からない……)
これが妖の発情期で、緑翠にはないものだ。ここまでとは、思っていなかった。黒曜宮での床は、過激遊戯と呼ばれ区別される。柘榴が地下に降ろされたのも、納得できるほどの床だった。
烏夜の結界があるおかげで、外からは見えないし声も漏れない。翠月が口を割らなければ、誰も地下での柘榴の様子を知ることはない。柘榴は見られたくないと思っているから、翠月に「目を閉じて」と言った。説明するために思い出すのも申し訳なく、緑翠にも言わないでおこうと、翠月は決めた。
黒曜宮での柘榴との床では、翠月は基本的に、柘榴が視界に入らないよう目を閉じて、打ち付けられる腰を身体で受け止めるだけだ。柘榴は妖力の制御も難しくなるようで、翠月は自分の意思では身体を動かせない。柘榴のいいようにされるがまま、くるくると体位を変えられ、口にも中にも肌にも放出され、気を失うまで何度も果てさせられる。
*
翠月が目を覚ます頃には柘榴はおらず、景色はいつもの翠玉宮の寝間に変わっていて、緑翠が隣に寝転んでいる。閉じられた襖にも光が当たっていて、陽が高いのが分かる。
翠月との床の後は毎回、落ち着いた柘榴が烏夜に頼み、緑翠を呼んでくれるそうだ。泊まり客なのだから、朝まで芸者といても文句は言われないが、相手が楼主の内儀・翠月で、しかも床見世を許可されているのは柘榴だけだ。発情が治って冷静さが戻れば、思うところもあるのかもしれないし、翠月が知らないだけで、何か決め事があるのかもしれない。
そんな柘榴は、黒曜宮で朝まで休んでから、裏口からひっそりと帰るらしい。そして、黄玉宮で会う時には、たんまりと上等な着物や装飾品を心付けとして贈ってくれる。夜会が終わってからは普段着もくれるようになり、黄玉宮だけでなく翠玉宮にいる間も、翠月の着物は九重屋のもので賄えるほどになった。
「緑翠さま…」
「ん、はよ。身体はどうだ?」
「いつも通り、怠いよ」
掠れた声で返すと、口移しで水を飲まされた。一緒に、緑翠のあたたかい妖力が流れてくるのも感じた。
「昨日はどう抱かれた?」
散々柘榴に抱かれ、声も枯れている。柘榴の妖力にも当たって熱はないにしても怠いと言っているのに、その床を再現するかのように、ただし優しく、緑翠にも触れられる。共寝をして緑翠を受け入れることが、妖力からの回復には早いが、体力は別だ。緑翠も事を始めると手加減はできないようで、翠月が当たっていない時と同じように動いてくる。
(たぶん、私が何も言おうとしないから……)
身体に直接、確認するのだ。結果、柘榴と緑翠に奥まで突かれた痛さで起き上がれなくなる翠月に、激しく後悔し、優しく髪を撫でてくる緑翠を見ることになる。
黄玉宮での見世は当然、数日まとまって休みだ。そもそも上位芸者として三番手の座敷を使う翠月の見世は、減らせるなら減らしたいのが緑翠の意向だから、狙っている部分もあるのだろうが、この痛みさえなければ、と思ってしまう。
「この痛みは、薬を飲んで効くのを待つだけ?」
「そうだな…」
「妖力で、どうにかできるものではない?」
「瑠璃さまならできるかもしれないが、俺にはできない」
「なんでもできるわけではないのが、不思議」
「ニンゲンにはないから、感覚も異なるのだろうな…」
今日の緑翠には、時間があるようだった。春霖・秋霖が持ってきた食事を、寝間で一緒に取っている。いつもなら、見世の準備で書斎に居たり、商談で外に出ていたりする時間だ。
翠月にとってこの痛みは、確かにいいものではないにしても、緑翠の共寝の相手をしているのは翠月だと、実感できるものでもある。婚姻してからも座敷に出ている翠月の目には、妻がいるのに廓へ来る御客がたくさん映る。妖とは、考え方も感じ方も違うのかもしれないが、ニンゲンの翠月がここで生きるには、緑翠が絶対に必要だ。
盆を片付けてもらった後、緑翠の視線を感じながら、ゆっくりと茶を飲む。いつもの茶ではなく、何か薬が含まれた、少し違和感のある味の茶だ。喉を労わるために、深碧館のどの宮にも用意のあるものらしい。
「……奥、突くの、好き?」
「こうなるのを見越していても、本能が勝るほどには」
「それなら、光栄」
「翠」
「発情期、ないって言ってたけど」
「翠に対してだけはあるかもしれない。情愛があるからな」
つい、「ふふっ」と声が漏れてしまう。夜に寝間で話すのは、共寝をするようになってからは減ったが、暇があれば向き合ってくれる。この妖は、前からずっとそうだ。翠月を、ちゃんと見てくれる。
(緑翠さまは、あんな獣にはならない。床に入れればいいって思うような発情期が、本当にないんだから)
湯呑を置くと、その腕の中に抱きとめられ、すっぽりと収まってしまう。大きな身体を背中に感じ、うたた寝ができるほどに、翠月が安心できる場所だった。
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