妖からの守り方

垣崎 奏

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第二篇

21.夜光の役割 2

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「おそらく知らないであろう情報をひとつ」
「伺ってよいのであれば」
「子の妖力とは、何で決まると思う」
「……」

 当然、夜光は緑翠の出生を知っている。天皇である以上、高位貴族が知っていることは全て夜光の手中にあると思っていい。

「…楪さまより、研究報告をいただきました。片親が妖であること、そして好意の強さが必要だと」
「おお、知っていたか。皇家が、後者を怠ってきたのも、分かっているな?」
「はい」
「圧をかけるわけではないが、お前に子が生まれなければ、皇家は養子を取ることとなり、貴族は大混乱に陥る」
「承知しております」

 緑翠が深碧館を継いだ時、あの場にたまたま柘榴の父がいて、緑翠を皇家の後継として認める発言をしたから、大きな混乱には至らなかった。最高位貴族が養子を取るなど有り得ないことを、緑翠は翠月の身体の成長を待っていることもあり、現状、真剣に捉えてはいなかった。それを、夜光は危惧している。

「その割に、妾を娶るつもりもないのだろう?」
「翠月の他に、好意を持てる相手はおりませんので」
「断言するか」
「はい」

 夜光が、杯に口をつけた。その焦燥が分からないわけではない。この安定した国に、最高位貴族が内乱を持ち込む可能性があるため、先手を打ったのだ。

 翠月と好意のある今の関係を続けていれば、それに応えるように、子が妖力を宿せる身体に生まれてくる。想い合っていた妖の父とニンゲンの母から生まれた緑翠は、妖だ。そのことが、証明している。

 緑翠は、妖とニンゲンの間に生まれ、姉のおかげもあり妖力は夜光に次いで強く、最高位貴族としての威厳を保ったままである。翠月と子を成すことがどれほど重要なものなのか、いまいち納得はできなかった。緑翠の妖力があれば、ねじ伏せられる。

(…いや、どれも言い訳に過ぎない)

 皇家当主として、夜光に対する義務のひとつであることは確かだ。いつかは、翠月を身籠らせなければならない。いつまでも、ふたりだけで居られるわけではない。

「奥方は、いくつだ?」
「十五の年です」
「そうか…、幾ばくは、子を宿せるだろうな」
「そうですね」
「妖力がなくても、当主には上げられるが、次代でもそれが続けられるかは保証がないのでな…」
「それは当然です、夜光さまから変わられるのですから」

 緑翠は、現天皇が夜光だからこそ、認められた皇家当主だろう。前天皇、つまり夜光の父であれば、ニンゲンとの混血である緑翠は、皇家の当主として認められず、家業を継げなかったかもしれない。緑翠が深碧館や皇家の外に意識を向け始めたのは最近で、最高位貴族としては夜光周辺の動きも把握しておく必要があるのを、ずっと怠ってきた。

 夜光には現状三名の皇子がいて、それぞれ三名の妃から生まれた。側妃から生まれた皇子が唯一男児だが、夜光のことだ、おそらくもう一度ずつは宿す気だろう。争いごとを避けたい穏便な天皇は、子好きでも知られる。できれば、皇妃からの男児を望んでいて、その子が夜光と名付けられるのは慣例だ。今はまだ、そう名付けられた皇子はいない。

 皇子が多ければ多いほど、その序列や権力争いで内乱が起きていたが、高位貴族という身分を作ったことで治めたと、記録を読んだことがある。高位貴族に属する者は、皆天皇の血をどこかで引いている。

 皇子を譲り受けた貴族は、高位貴族として格を上げる。高位貴族の中で婚姻できれば、最も均衡を取りやすいが、それが崩れているのも事実だ。夜光は、安定的に国を運営するためにも、独身で世継ぎを残さない選択しか取れないような高位貴族を減らしたいのだろう。緑翠に馴染み深いところで言えば、柘榴や瑠璃、孔雀が独身のまま、身分、つまり妖力と発情期の均衡が取れないからと、相手を選ばずにいる。

 緑翠と翠月の子が生まれ、妖力を持つのであれば、世代的に、夜光の子と婚姻することも可能だ。緑翠ははっと気付き、目の前に座る夜光の目を見た。

「……気付いたか。そういうことだ。できる限り、御子を残せ。それぞれの養子を私の皇子から選ばせ、緑翠の御子と共に継がせたい。皆独身で、一族から継ごうとすれば争いになるからな。天皇家と貴族最高位の嫡子を養子、そして夫婦とするならば、何も文句は言えまい。当然、強要するつもりはない。子の意思も、奥方の意思も大切だからな。家系が完全に薄れる時代は、残念ながらまだ来ないが、血を重視する時代は終わりに近づく」
「……」

 絶句とは、このことを言うのだろう。夜光からの話の流れで、自ら気付けたからまだいいものの、緑翠は衝撃を隠せなかった。

「榊のような、最近高位になった家より、扇の方が価値があるのは、分かるだろう?」
「…裏もありますしね」
「そうだ、何としても継承してほしい裏家業がある。宝石名も、結局は継ぐ者しか名乗れない」
「…今、なんと?」
「ああ、緑翠は幼名を持っていなかったはずだな。普通、当主として育てられるのが決まってからしか、宝石名は名乗れない」
「……」

 何度目かの衝撃だ。この後、翠月と天月を連れて、籠で深碧館に帰らなければならないというのに、頭の中がそれどころではなくなっていく。

「結局、お前にはそう名付けるしかなかったのだろう。お前の姉が生まれてすぐに宝石名で呼ばれたように、妖力がその地位を証明していた。しかし、お前は生後数日で、姉から妖力を譲り受け、皇家の誰よりも妖力が高くなってしまったがゆえにな」
「…宝石名は、高位貴族の証だと思っていました」
「間違ってはいない。当主とその直系の子の場合が多いというだけだ。最近は私が御子を推奨しているのもあって、数に限りがある宝石名は使われにくくもなっている。私の皇子も、大きくなっても宝石名を与えられない者がいるだろうな。皇家は代々例外が多いぞ、これからも知ることになるだろうよ」

 ニンゲンを娶る選択をしたのは緑翠だが、それ以前に緑翠の血は半分ニンゲンであるし、生まれてすぐに宝石名を持つことも例外と言われてしまった。おそらく、最高位貴族だからと許されたことが、他にもあるのだ。

「…宿らせる時期は、図らせていただきます」
「経験則だが、難しいと思う」
「難しい?」
「緑翠に発情期がないのも知っているが、好いた相手を前に狂わない妖なんぞ聞いたことがない。お前は親のこともあるから、無体を避けたいのも分かるが、もし宿ってしまった折の覚悟はしておけよ」
「……承知しました」

(狂っているのは、間違っていないな…)

 寝間で翠月を前にすると、すぐにその体温を感じたくなってしまう。避妊はしているため獣ほどではないが、夜光の言う通り、覚悟は必要かもしれない。
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