妖からの守り方

垣崎 奏

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第二篇

17.天皇家での夜会 2

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すめらぎさま」

 緑翠が、名を呼んだ側近を思わず睨んだ。家名を聞くのは、避けたい。深碧館を継いですぐの頃、芸者に寄られたのが蘇って、忌まわしい。

(柘榴も瑠璃も、俺のことを名で呼んだな…。特別頼んだ覚えはないが)

 皇として、認められていないのかもしれないと思わなくもないが、緑翠と同じ高位貴族で序列も近い。当主と正式に発表される前から顔見知りの御客で、ただ呼びやすいからだろう。

「ご挨拶を」

 夜光への謁見は、序列順で、貴族の中で最高位の緑翠が最後だ。宵・天月にとっては初めて夜光と対面することになり、緑翠の後ろにいるふたりからは緊張が読み取れた。朧も含め全員が腰を下ろしたのを確認し、ゆっくりと一息吐いてから礼を取った。

「夜光さま、久方振りでございます」
「頭を上げよ」

 緑翠が姿勢を戻すのを見て、翠月や朧、宵と天月も倣った。廓でも、立てる者を間違わずに真似るだけだ。御客の前に出ている者なら、世話係を含め皆ができる作法だ。

「緑翠、考えたな、その従者」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」

 柘榴との会話と異なり、夜光からの言葉は素直に受け取れる。嫌味が含まれていない。形式的な挨拶を済ませ、緑翠は少し気を緩めた。

 今回の夜会で以前から交流があるのは、御客を除けば夜光のみだ。多少の粗相は見逃してくれると分かっているし、夜光も緑翠がこういった場に出ていなかったことを気遣う文面をくれていた。

「柘榴とは話したか?」
「はい、先程」
「私が後押ししたにも関わらず、緑翠の皇家当主継承、それからニンゲンとの婚姻をよく思っていない者が多い。特に、おおとりかんなぎは謁見の折、直接尋ねてきた」

 自身よりも高位の私情について口を挟むことは、有り得ない。夜光の反応がそう言っていた。緑翠の継承も婚姻も、国で最高位の天皇である夜光の箔付きだ。その決定を覆すことができるのは、夜光しかいない。

「気をつけろ、緑翠」
「それは…」
「内儀だけではない。その近侍ニンゲンも危ない」

 夜光の話を隣で聞いていたニンゲンふたりが、息を止めているような気がした。夜光から視線を外し、ふたりを見やる。隣に座る翠月は肩が上がって、振り返って見た天月は目を見開いている。

「どうした、当たるのか? ゆっくり息を吐いて」

 普段なら寄り添って腕の中に翠月を収めてしまうが、夜光の手前、できるのはそっと手を握ることくらいか。宵にも目で指示をし、少しでもあたたかさを分けてやる。

「……あ、あの」
「いいぞ、話してみよ」

 翠月の声に応えたのは、夜光だ。緑翠も頷いて、翠月を促した。

「私の家名は、鳳です。こちらに来てからは、緑翠さまに一度名乗ったきり、使っていません」
「…僕は、巫です」
「……」

 緑翠は、気が付いていなかった。緑翠が本格的に貴族社会を意識したのは、翠月を内儀とするために皇家と対峙した後からであって、この世界へやってきたニンゲンの家名は記憶にかすりもしなかった。

「繋がっているのか?」
「…ふたりの家名は、確かに渡って来た初日に聞きましたが、今の今まで失念していました。ニンゲンの家名については記録で見たこともありません」
「人攫いの一族がそう言うなら、そうなのだろう。何の巡り合わせか、今宵、ふたりは狙われるぞ」
「……翠月、天月」

 緑翠が、表情の硬いふたりを目の前に座らせた。ニンゲンを動かしたのは、夜光の手前、緑翠が自ら動くことはより無礼となるからだ。ふたりは夜光に背を向ける形だが、おそらく緑翠の考えは見透かされていて、咎めるような天皇ではない。翠月の髪に差した簪と天月の帯に差した簪、それぞれに手を近づけ、妖力を込めた。

「天月は辛いかもしれないが、皇家と伝われば、攻撃されにくくなる」
「ありがとうございます」

 翠月と天月が元の位置へと戻る。天月はやはり、少しふらついたが、咄嗟に宵が支えた。

「そもそも、その着物や簪の上等さで、高位の関係者なのは分かるはずだがな…。緑翠に至っては髪も結っている。私と柘榴以外には有り得ないものを。緑翠、その者たちの側を離れる気はないのだろう?」

 緑翠の返事を待たずに、夜光が用意された杯をぐいっと飲み干した。この場にいるのは緑翠と、緑翠が信用する者のみで、夜光も気を許しているのだろう。

「全く、自らが上だと、何故思えるのだろうな。諍いを起こさないための序列だと言うのに。乱す輩へは、この国の天皇、貴族社会の最高位として、何か手を打たねば」

 独り言のようにも聞こえるその言葉を、緑翠は軽く目線を下げて聞いていた。夜光からの言葉に、これほど安堵する日が来るとは。緑翠が皇家当主を名乗るようになってから、夜光の手紙や公での発言にも随分と助けられている。

「翠月、それから天月と言ったか」
「はい」

 夜光がニンゲンふたりを見やり、翠月が口を開いた。今のところ妖力に当たることもなく、背筋を伸ばしたまま夜光の話を聞いていたからできたのだろう。天月は少し辛そうに、顔を上げるだけだ。

「何があっても、私は味方だ。護衛の者を含め、せっかくの夜会を楽しむといい」
「ありがとうございます、夜光さま」

 夜光に会うのは二度目で、多少気楽で居られる翠月が応え、合わせるように緑翠も頭を垂れた。

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