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第二篇
15.妖の発情期 2
しおりを挟む「床見世はどう? 柘榴さまとだけ入ってるんだよね」
「うん、優しくしてもらってるよ」
天月は相変わらず、時間があれば翠玉宮に遊びに来てくれる。今ではもう、自主稽古をふたりですることはないし、春霖・秋霖が淹れてくれた茶を啜りながら、御客や見世の話をするだけだ。
柘榴が優しいのは本当で、床に入るまでは気楽な座敷だ。緑翠から事情を聞いて、食事の後に妖力を使われることは、柘榴にとっても不本意なのは理解した。翠月が、あの菓子を食べてしまったことが全ての発端で、柘榴に非はないし、その相手は芸者としてやり切りたい。
「でも、ちょっと疲れてそう、あったかくした方がいい」
「ありがとう」
天月が抵抗なく春霖・秋霖に頼んで、広間に毛布を運ばせた。この世界の気温の移り変わりは穏やかで、基本的には羽織るものがなくても過ごしていられる。だから、こんな風に毛布に包まることもなかった。ふわふわしていて顔を擦り寄せるほど心地よい。
「緑翠さまは、何か言ってる?」
翠月はその問いにすぐには答えず、天月の青い瞳をのぞいた。言葉にしていいものか、迷った。緑翠は、明らかに翠月にしか見せない顔がある。
「…心配は、してもらってる。本当は出てほしくないって、柘榴さまの予約見世の日は毎回言われる」
「それはそうだろうね。でも翠月も見世が好きでしょ?」
「柘榴さま以外の床が増えて欲しいわけじゃなくて、芸者として、見世でできることが増えるのは嬉しい」
「うん、分かるよ。ずっと望んでたもんね」
あったかい湯呑を口元へ運んで、茶を一口飲み込んだ。翠月は、黄檗の間に上がるようになってから特に、床見世を望んでいた。上位芸者への本当の仲間入りをするために、必要だと思っていた。許可されなかった理由は、今はもう知っている。楼主が、翠月を内儀にしたかったからだ。
床が解禁されても、翠月は素直に喜ぶことはできなかった。それを伝えられた日は、翠月が柘榴・緑翠と床を共にした翌日で、緑翠が疲弊し、仕方なく許可するのを隠していなかったから。天月なら、話したとしても宮番の宵くらいだし、言ってしまってもいい。
「緑翠さまは…、辛そうだよ」
「辛そう?」
「私の旦那さまだけど、みんなの楼主さまだから。私の前ではいつも迷ってて、すごく苦しそう」
「んー、深碧館のこと、ずっと考えてるのかな」
「たぶん」
「翠月がそれを感じ取ってるなら、それだけで十分なんじゃない? 少なくとも、僕は言われるまで分かんなかった」
(ああ、やっぱりそうなんだ)
蒼玉宮で暮らす天月は、緑翠と毎日顔を合わせるわけではない。翠月が緑翠の変化を感じ取れるのは、毎日同じ寝間で休める立場で、気を許されているからだ。
「隠すの、上手いもんね」
「翠月の前だと、隠しきれてないんだ」
「そうみたい」
「緑翠さまが、翠月にしか見せない顔だ」
「うん」
だから、心配にもなる。緑翠の辛さを作っているのが、見世に出たがる翠月であると言い換えてもいい。でも、見世は止めたくない。
「…見世に出るなと言われても、僕たちには見世しかないもんね。妖の世界で生活するのに、僕たちが上位芸者なのは大事なことだもん」
天月には、お見通しなんだろう。この世界に来てから、何かと世話を焼いてくれる男色の先輩芸者が、代弁してくれた。
「出なかったら、空いた時間に何もすることがないよね。近侍みたいな仕事は絶対にさせてもらえないし。いろんな宮へ行かないといけないしさ」
「…内儀としての仕事も、緑翠さまが一緒にいないとないし、そもそも見世の方が好き」
「うん、そうだよね。翠月は来た時から見世が上手かったし…、緑翠さまに話したことは?」
翠月は湯呑を握ったまま、考える。新しい仕事は疲れると、そう伝えたことはあっても、内儀の仕事が好みじゃないと、言ったことはあっただろうか。
最近の緑翠は寝間で話す時間を取ることもなく、翠月の着物を暴いてくる。共寝の後は翠月がすぐに寝てしまうこともあって、まともに言葉を交わせていなかった。
「…たぶん」
「宵さんもなんだけど、ちょっと抜けてるとこあるんだよね。疎かになるというか。あっちのこと考えたらこっちを忘れちゃって、みたいな」
「うん」
「だから、むしろ何か言われるまではそのままでもいいかもね。見世も禁じられてるわけじゃないし、結局のところ、楼主さまは僕たちから見世を取り上げられない。だって、上位芸者としてここにいるんだから」
「そうだね…」
天月は見世の準備があるからと、広間に翠月を残して出て行った。抱かれている間は緑翠に守られている感覚はあるのに、どこか寂しく感じるのを、どうにかしたかった。
(御客とは、楽しく会話ができるのに……)
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